第三軍第二連隊の壊滅を見届けた後、隠れて各地を巡り情報を集めていたクシャナ達は第三軍第三連隊の兵士数名と遭遇した。
彼等の隊もまた、彼等を残して全滅してしまったらしい。
生き残った兵たちから得られた情報で、今この土鬼の地で何が起きているのかがはっきりしてきた。
快進撃を続けて来たトルメキアの侵攻軍だったが、ある日の戦いの最中に突如瘴気が襲いかかってきたらしい。
腐海から遠い地だったのでマスクを持ち込んでいた者はほとんどおらず大混乱に陥った。
その瘴気の中を完全防備の土鬼兵が襲い掛かってきたそうだ。
「やはり土鬼は瘴気を兵器として使っていたか……」
不利を察した三皇子は速やかに全軍撤退を命じ、クシャナの忠臣である第三軍はその支援のためとして三つの拠点の守備を命じられた。
一つの拠点にたったの一連隊というわずかな人数で、碌な装備も与えられず、得意の攻撃ではなく不得意な守備に専念させられた。
どう考えても『死んで来い』と言っているようなものだ。
「いつものことさ。三皇子殿下の将軍たちの逃げ足が速いのは」
「クシャナ殿下さえいてくだされば、多くの戦友たちが、むざむざと……!」
「苦労をかけた。生きていてくれてうれしいぞ、下がってよい」
生き残りの兵たちに休息を与え、作戦室にはクシャナとクロトワ、そして置物に徹していたヒノカミが残される。
「友よ、どうやら其方の推測は正しかったようだな」
『……やはりペジテで盗み聞きしていたか。
あぁ確定じゃな。腐海や蟲は旧文明の人間が作り出したものらしい。
そして土鬼の守っている聖都シュワとやらに、その技術が眠っていると』
「ヴ王がシュワ攻略に躍起になっていたのも、どこぞでその情報を手に入れたからやも知れぬな。
旧文明の技術が眠る地……完全に手中に収めれば世界を支配することすら容易かろう。
この戦でどれほどの兵と財を失おうと、それさえ手に入ればよいと言うわけか」
「こんな世界なんざ支配して何になるってんでしょうねぇ。
オマケに土鬼の連中が瘴気をばらまいたせいで人も国土もどんどん腐海に沈んでく。
ったく、皇帝サマとやらも何考えてんだか」
『トルメキアのヴ王も土鬼のミラルパも愚か極まるの。その犠牲になるのは民草ばかり。
やはりなんとしてもこの戦争を速やかに終わらせねばならぬ。
さもなくば滅びるは国ではなく人類そのものよ』
「うむ。そして道を閉ざさぬためにも、残る第一連隊を何としても救出せねばな」
クシャナは地図の一点を指さす。その周囲に描かれたいくつもの矢印は土鬼の部隊だ。
この圧倒的密度の包囲網を潜り抜けるとなれば。
「地獄に飛び込むしかあるまい。一気に突っ走るぞ、クロトワ」
「いよいよ旗上げですな」
そして夜が明け、コルベットは飛び立つ。
「各員持ち場につけ!長い流浪の旅は終わった!
我等はこれより原隊に復帰する!」
――――……
トルメキア最南端の拠点、土鬼サパタ土侯国の都城。
その周囲は何万もの兵士に完全に包囲されており、丘に設置されたいくつもの砲台が城へと向けられている。
トルメキア軍本体が撤退を始めた今、ここサパタの城を落とせばトルメキアを土鬼から追い出すことができる。
まさに土鬼にとっては一大決戦。土鬼皇帝ミラルパもこの地に足を運んでおり、皇帝と戦士たちに捧げるため僧侶たちによる儀式が続いている。
こういった土鬼の宗教上の理由により、攻勢に出るのは正午となる。始まれば一日足らずで全滅は必至。
今から決死の覚悟で攻勢に出れば第三軍の一部だけでも包囲網を突破し、後に繋ぐことができるかもしれない。
第一連隊の隊長であるセネイはそう進言したが、将軍は徹底防戦し最後の一兵まで戦い抜けと無責任に命じる。
その将軍は最後のコルベットで脱出の準備を進めており、兵を見捨てて自分だけは生き延びる腹積もりであった。
このまま座して死を待つしかないのかと、悲観に暮れる第三軍の兵士たち。
すると俄かに外が騒がしくなる。土鬼の儀式はまだ続くはずだが、突如砲撃が開始されたのだ。
しかし城に届く砲弾はわずかで、ほとんどは頭上を通り抜けていく。
訝しんだ兵士たちが、土鬼が狙う先の空を見上げる。
「味方の船だ!」
「墜落する!?こっちに来るぞ!」
「ここに降りる気か!?無茶だ!!」
悲鳴を上げるのも当然だろう。
何しろコルベットは船首を城内の広場に向け、ほぼ垂直に降下してくるのだから。
広場にいた兵士たちが逃げ出し、激突まであと数秒と言ったところ。
突然船から一つの人影がコルベットを超える速さで飛び出し先んじて大地に衝突した。
全身鎧姿の大男は大地にひび割れを作る勢いで着地したが全く揺るがず、左腕を頭上へと掲げる。
「「「!?」」」
すると鎧の隙間から凄まじい速さで白い帯が伸びていき、空中で不自然にうねり絡み合って大きな網を作り上げた。
網はコルベット全体を受け止め急減速させ、鎧男の伸ばした左腕に船首が届く頃には完全に速度がゼロになっていた。
鎧は垂直に立っていたコルベットを傾け、城の広間にそっと置く。
「あの船は……クシャナ殿下の船だ!!」
乱入者の正体に気付いた第三軍の兵士たちが我先にと駆け寄る。
将軍は自身の船の脱出準備を優先しろと怒鳴るが誰一人として聞く耳持たず、そもそもクシャナのコルベットが滑走路を塞いでいるので離脱は不可能だ。
そして兵士たちの流れに逆行して、ただ一人将軍に近づく人影があった。
「うぐぅっ!?」
『……貴様か。勇猛果敢な兵士たちにふざけた命令を下し犬死させた無能な将は』
超常の力を操る鬼鎧の大男が、将軍の胸倉を掴みつるし上げる。
兵士たちは、誰も将軍のことなど見ていない。
「はっ、放せぇっ!」
『敗戦の責を負うのも将の務めよ。
……あの世で部下たちに詫びてこい』
「!?」
将軍を掴んでいた左腕から伸びた帯が丸々と太った体を鎧の上から縛り上げる。
そのまま腕を後ろに振るうと凄まじい勢いで帯が伸び、将軍の体は放物線を描いて城壁の外側へと消えていった。
このまま地面に叩きつければ即死だろうがヒノカミは帯を操り、直前で減速させ緩やかに落としてから帯を回収した。
ヒノカミの地獄耳が慌てて門を叩きつける音を拾う。しかし門は将軍自身の命により固く閉じられている。
間もなく数発の銃声と断末魔の悲鳴が響いた。ヒノカミ以外の誰も、それに気づかぬままに。
「友よ」
兵士たちを連れたクシャナがヒノカミへと近づいてきた。
「今のは何だ?」
『……将軍閣下は単身土鬼の軍勢へと挑み、名誉の戦死を遂げられた』
「ほう。それは勇猛なことだ。
兵士たちもその雄姿に奮い立ち、士気もこの上なく高まることだろう」
悪い笑みを浮かべ城内へと歩いていく鬼と蛇の背中を見届け、クロトワが呆れたようにつぶやく。
「……やれやれ、おっかねーんだからあのお二人は」