城内にわずかに存在し、将軍と共に脱出する予定だった本国側の兵士は瞬く間に拘束され、ここサパタの都城は完全に第三軍により占拠された。
もはや隠す理由はないと、集合させた兵士たちの前でクシャナは高々に宣言する。
「雌伏の時は終わった!私は我が母の心を奪い、無為に戦火を広げ多くの兵の命を奪った暗君、ヴ王を討つ!」
ウォォォォーーーーーーッ!!
第三軍の兵士たちは躊躇うことなく呼応し鬨を上げる。
しばし間を置き静まった後に、クシャナは更に言葉を続ける。
「そして私は、この戦争を終わらせる。
勝利によってではない。土鬼との停戦協定を結ぶ所存である」
こちらには同意の声が上がらず、兵士たちの間にどよめきが大きく広がっていく。
静かなのは共にコルベットでここまで旅してきた者たちのみ。
「私と部下たちをここまで導いてくれた、我が友の願いだ。
この無意味な争いを止めこれ以上憎しみと死を広げぬことを条件に、彼は私に力を貸してくれた」
そこでクシャナの隣に立っていた鎧姿の大男、ヒノカミが一歩前に出る。
コルベットを受け止めた瞬間を目撃したのは当時広場にいたほんのわずかな兵だけだ。
顔すら隠した不審人物が、敬愛するクシャナの隣に堂々と立っていることを訝しむ声が上がる。
これを鎮めるには、相応の力を見せるしかあるまい。
戦争には不干渉を貫き、軍人が戦場で死ぬのは当然と考えているヒノカミは普段ならここまで譲歩はしないが……仕えるべき主君から引きはがされ無駄に命を散らされた彼等第三軍の待遇はあまりに哀れである。
それにクシャナを通じてだが彼等にはこれから自分の流儀に合わせてもらおうとしているのだ。故にもう一歩踏み込むことにした。
ゴゥッ!
突如としてヒノカミの全身から白い炎が膨れ上がり、兵士たちが集まった広場のみならず城内の隅々に至るまで広がり、そしてすぐに消えた。
突然炎で焼かれた兵士たちは当然驚き身構えるがやがて違和感に気付く。
傷や痛みが消えたのだ。それどころか失われたはずの四肢や眼球すら戻ってきている。
同時刻、病室では瀕死の重傷者が傷一つない姿で驚き立ち上がっていた。
『この戦争では一度限りじゃ。二度目は期待するなよ』
「……っハハハハ!次から次へと、其方は本当にびっくり箱のような奴だな!」
呆然とする部下たちを放置しクシャナはただひたすら愉快に笑い、息を整えてから話を続ける。
「皆も知っていよう。土鬼は腐海を兵器として使った。
ここに至るまでにいくつもの地が、街が、奴ら自身の手によって腐海に没した。
……諸君らはこのような地に命を賭けるほどの価値を見出せるか?」
「「「……!?」」」
「そしてたった今見たであろう。我が友の力の一端を。
彼は人間同士の醜い争いを嫌悪しながらも、己の主義を曲げて戦場に立ち、ここまで私と共に歩んでくれたのだ。
その恩義に報いるため、だけではない。
彼は私が平和な世を築くのならば、今以上にその力を振るっても良いと言ってくれている」
この場には土鬼の瘴気攻撃によって肺をやられ、石化の病が始まっていた兵士もいた。しかし白い炎を浴びて既に完治している。
であればクシャナが友と呼ぶこの人物が力を貸してくれるのならば、腐海の毒で病に倒れる未来は無くなるかもしれない。
それだけで土鬼を支配する以上の見返りとなり得る。土鬼の領地では現在進行形で急速に腐海が広がっているので相対的に更に価値が跳ね上がっている。
トルメキア本国でも腐海の侵食は著しく、病に苦しむ民衆はいくらでもいる。彼等からも強い支持が得られるだろう。
ここサパタの拠点にいた第三軍第一連隊の兵士たちもその事実に気付き、クシャナの提案に肯定的な反応を見せ始める。
「今はまだ迷うのも無理はない。だが私は友を信じると決めた。
諸君らにはどうか、友を信じると決めた私を信じてほしい」
その一言が決めてとなった。
祖国にも友軍にも見捨てられ死を待つばかりであった自分たちの下に、腐海を超える過酷な旅を経て駆け付けてくれた敬愛すべき主君、クシャナ殿下。
彼女を信じられなければ一体誰を信じられるというのか。
「……軍団長に歓呼三声!!」
ラーーー!ラーーー!!ラーーーー!!!
感極まった第一連隊隊長が声を上げると、兵士たちは即座に呼応した。
「……セネイ、各隊の指揮官を集めろ。軍議を行う」
「ハッ!」
身をひるがえし立ち去るクシャナを追う部下たちの足取りには僅かな迷いもなかった。
――――……
クシャナ率いるコルベットの乱入という事件は起きたが、城を取り囲む土鬼の一斉攻撃は予定通り正午に行われるだろう。
それまでに何らかの対策を取らねば全滅する。もはや時間はない。
「その先手を取って我が軍は攻勢に出る。
攻撃目標は南正面に展開している攻城砲台だ。これを潰せば敵の攻撃は遅延せざるを得ん」
しかし門は敵から警戒されており、開ければ一斉に目標である砲台から狙われる。
よってクシャナは『城内から南側に砲撃を行いその爆炎と轟音を隠れ蓑にして、工兵に城壁の一部を破壊させその穴から出撃する』というあまりに大胆過ぎる作戦を提案。
装甲騎馬兵は自軍の砲撃に並走するかたちで突撃して敵の前面を潜り抜け、後方に配置された砲台を破壊した後に回頭。
残る兵は東の門を開き周辺の敵を掃討、突撃部隊の帰還を援護する。
「良いか、この作戦は祖国への旅の第一歩と思え。
犬死は許さん。蛮勇も無用。速力が武器だ。
襲撃の先頭には私が立つ!」
兵を無駄に死なせるような真似はせず、躊躇いなく己の命を懸け部下たちを導く。
勇猛果敢にして大胆不敵。
兵たちにとって、クシャナは己の命を預けるに値する将であった。
『待て』
だが『ようやく第三軍らしい戦ができる』と勇む彼等に、部屋に割り込んできたヒノカミが水を差す。
「どうした?」
『クシャナよ。話を……いや、取引をせぬか?』
「……ほぅ、何を求める?」
『この城に捕らわれている土鬼の者たちを解放してもらいたい』
それはトルメキア軍がこの城を占拠すると同時に捕らえた捕虜たちのことだ。
本国に連れ帰れば奴隷として高く売れるのだが、友軍に置き去りにされ土鬼に包囲されている現状ではどうすることもできぬと城の一画に集められ放置されている。
それに女子供や老人ばかりで一人残らず非戦闘員だ。
放り出したところで敵の戦力とはならず、国土ごと腐海に沈める覚悟を持った敵相手では人質としても機能しない。
ヒノカミは当然その存在を把握しており、白い炎を城全体へと走らせたのも彼等を対象に含めるためだ。
今頃彼等も、突然傷や病が軒並み消え去って喜び以上に困惑していることだろう。
トルメキアと土鬼のどちらか一方だけを優遇できないヒノカミは、トルメキア兵と捕虜の土鬼の民の両方に施しをすることで帳尻を合わせようとした。
今クシャナに持ち掛けている取引と同様にだ。
「我らの見返りは?」
『攻城砲台の破壊を儂が代行する』
クシャナが思案を始める。
デメリットは友軍の士気低下と折角の捕虜を手放すことだが、後者は気にせずとも良いだろう。
先に挙げた通り持ち帰る手段がない現状では、余計な食料を浪費する足手まといにしかならない。
他にあるとしたら正午までの対処に失敗する可能性か。
広範囲に点在する砲台を単独で破壊して回るなど、飛翔能力を持つとはいえ流石に容易ではあるまい。
メリットは言うまでもなく自軍の消耗を押さえられること。
たった今宣言した通りクシャナたちにとってここはただの通過点。
第二・第三連隊が壊滅した今、残る第一連隊は一兵たりとも失いたくない。
そして機械技術や結界や癒しの力といった補助に徹してきたヒノカミの攻撃能力を確認できる機会であることだ。
「……我々の作戦の実行は1時間後だ。
それまでに砲台の破壊を達成できたのならば応じよう」
『交渉成立じゃな』
パァン!
ヒノカミが勢いよく掌を叩く。
ドガァァァァァァン!!!!
「「「!?!?!?!?」」」」
直後、爆音の大合唱が城を大きく揺るがす。
「なんだっ、何が起こった!?」
「ほ、報告します!!」
優秀な指揮官たちですら狼狽している場に、城の外の監視に当たっていた兵士が駆け込んでくる。
「敵陣の……敵陣の砲台が一斉に、突如として爆発炎上しました!
弾薬庫からも黒煙が立ち上り、敵は大混乱に陥っています!」
「なんだとぉっ!?」
「ま、まさか……!」
飛び込んできた兵士以外の全員が、掌を叩きつけたままの鎧に驚愕の視線を向ける。
領域の維持には力を使うが、一瞬でいいなら範囲を大きく広げることができるのだ。
『では、捕虜解放の手続きを頼む』
「…………くく、クククククク……!
皆の者、軍議は中断だ。私は書状を一筆したためてくる」
笑いを堪えて歩き出すクシャナに続いてヒノカミも退出し、部屋には呆然とした指揮官たちだけが残された。