「これより、諸君らを解放する」
城内に捕らわれた土鬼の民たちの前で、己が書き上げた書状を掲げたクシャナが宣言する。
「僅かではあるが、食料も持たせよう。外で待つ同族の下へ行くがよい」
クシャナは書状を監視の兵に手渡してから背を向け立ち去る。
受け取った兵は少し悩むが、敬愛するクシャナの命令ならばと東門へ繋がる扉を開いた。
砲台が破壊されたので門を開いた途端に砲撃が飛んでくることはなく、土鬼が同族を誤射して殺してしまう危険もあるまい。
困惑していた捕虜たちだが、少しずつ自分たちが自由になったことを自覚し、どよめきが広がっていく。
そして立ち上がり、トルメキア軍が心変わりをする前にと足早に扉へ歩き出す。
『焼きしめたパンと、水じゃ。一人一つずつじゃぞ』
「慌てないで。大丈夫、沢山あるから」
そして扉の前で背中から炎を立ち昇らせる鎧の大男と、真っ青な服を着た少女が鞄を配っている。
受け取った後で恐る恐る中を覗くと本当にパンと水入りの袋が詰め込まれており、老人も赤子も関係なく、本当に一人に一つずつ用意されていた。
この二人は憎きトルメキアの人間ではないようだと、解放された人々は感謝を告げて歩き去っていく。
尚この物資、用意したのはヒノカミでありトルメキア側は一切関わっていない。船や城の倉庫に立ち入りを許可したこともない。
身一つで訪れたはずの鎧がどこからこれだけの食料を用意したのか気になるところだが、ヒノカミは何も言わず故にクシャナも問い質すことはしなかった。
「あっ……」
『……残る人数はわずか。一人でも十分に捌ける。行ってこい』
「はい」
ナウシカは赤子二人を抱えた女性を見かけ、三人分の鞄を持ってその場を離れていく。
赤子はナウシカとヒノカミが助け出し、ここまで連れて来た子供だ。
しかしいつまでも戦艦で連れ回すわけにもいかず、土鬼の捕虜の中に乳飲み子を亡くした女性がいたため、彼女に託すことにしたのだ。
部族は違うだろうが同じ土鬼の民に育てられた方が赤子たちの為にもなるだろう。
ナウシカは女性に声をかけ赤子たちとの最後の別れを惜しみ、貴重な石で作られた耳飾りを譲り渡していた。
「奇跡のお方よ」
『?』
ほぼすべての民が立ち去った広場で最後に残っていたのは、数人の僧侶を伴う老僧だった。
どうやらこの城に暮らしていたサパタ族の族長であるらしい。
既に光を失い足も動かなくなっていたはずだが、つい先ほどの白い炎を浴びたことでそれらは完治していた。
とはいえ高齢であるため一人では満足に歩けず周囲の僧たちに支えられているが。
「我らを癒してくださったのも、我らを解放してくださったのも、貴方様なのでしょう?
その上これほどの施しまで……皆に代わって、お礼申し上げます」
『気にするな。ただの自己満足じゃ』
「……しかしなぜ、貴方様のようなお方がトルメキアの魔女と共に?
あの辺境の少女もです。心優しく、侵略者の側に立つのはあまりに……」
『……儂はトルメキアにも土鬼にもつかぬ。
ただクシャナという一人の人間に力を貸すと決めた』
「同じことでは?」
『クシャナの目的は、兵たちを連れての本国への帰還じゃ。
土鬼との争いは望んでおらん。この城もいずれ引き払う』
「……まことで、しょうか?」
『一方的に侵略された土鬼の民に願うのは酷だと思うが……今しばらく時間の猶予を頂きたい。
他の戦隊も引き上げていると言うし、放っておけばトルメキアは勝手に土鬼の土地からいなくなる。
どうか、上の者に伝えてはくださらぬだろうか』
「……かしこまりました。奇跡のお方のお言葉なれば」
解放された土鬼の民は、城を包囲していた兵の中にいた家族と再会を果たす。
戦場のど真ん中だというのに男たちは武器を放り出して妻や子と抱き合い、互いの生を喜ぶ。
そしてサパタの長老は土鬼皇弟ミラルパと対面しヒノカミの言葉を伝えていた。
「トルメキアの兵たちもまた、奇跡のお方に良く従っておる様子でした。
我等からの攻撃を止めさせるためのでまかせとも思えませぬ」
「『奇跡の力』か……」
「いかがなさいますか、皇弟さま」
サパタの長老と共に出て来た赤子を抱えた女性との話を終えた側近の僧正チヤルカが語り掛ける。
「攻城砲台が軒並み破壊された以上、正面から激突すれば甚大な被害が出ます。
家族との再会で兵たちの士気も低い……立ち去るというのならば放置も悪い選択肢ではないかと。
無論、引き続きの警戒は必要ではあるでしょうが」
「砲台を破壊したのもその者の力であるはず。……探るとしよう」
土鬼神聖皇帝の一族は代々超常の力を受け継いでおり、現皇帝のミラルパも念動や読心の力を持っている。
ミラルパはその力を使い、体をこの場に置いたまま意識だけをサパタの都城の中へと飛ばした。
サパタの長老が言うには、鎧の男は青い服を着た辺境の小娘と共にいたとか。
(……違う、トルメキアの白い魔女か。今はどうでもよい)
ミラルパが最初に捕捉したのはクシャナだった。
『女』という情報から探し始めたところ、力強い生命力を持つ彼女の方に引き寄せられてしまった。
(いた、この小娘が青き衣の者。
……未だ土鬼にはびこる邪教の予言に合致する。いずれ排除するべきか)
ナウシカはミラルパの意識が自分に触れて来たことに気付いたようだ。
急に表情を硬くして周囲を油断なく警戒し始める。
(そしてその傍に件の……っ!?)
ミラルパは続いてナウシカの隣に立つ者を視界に捉えようとして。
太陽に目を焼かれた。
「ギィァァアアアーーーーーーーーッ!!!!!!」
「皇弟さま!?」
突如絶叫を上げのたうち回るミラルパに、忠臣であるチヤルカが駆け寄り体を支える。
「お気を確かに!そのように激しく動いてはお体が崩れます!!」
「熱い、熱い、熱い……!何故あんなものがこの世界に存在している……!?
いや存在していいはずがない!決してあんなものの存在を許してはならない!!」
「一体、何を……!?」
「炎だ!我等土鬼の地を、いやこの世界全てを焼き尽くす禍の炎!
アレを放置すればやがて激しく燃え盛り、今度こそ終焉をもたらす!!」
「炎、今度こそ……『火の七日間』のことでしょうか?」
「トルメキアなど二の次で良い!あの炎を何としても排除するのだ!
そのためならば……蟲と森を使う!」
「なっ!?」
『……んぁ?』
「いかがなさいました、お師匠さま?」
『何かが儂を見ていたようでな。まぁ見ただけですぐ引っ込んだし、小物じゃろ』
城の高台でメーヴェに手を加えていたヒノカミが、ナウシカの問いかけに応じる。
クシャナは第三軍の生き残りと合流し、これより本国に戻りヴ王を討つために動き出す。
膨れ上がった人員に対してコルベットは2隻しかないのでどうやって運ぶかを現在検討中だが、いずれにしてもクシャナは土鬼の地を去るのだ。ヒノカミもそちらに同行する。
対してナウシカは戦争するためにここまで来たのではない。
『南の森が助けを求めている』という王蟲の言葉を頼りに、腐海や蟲たちに何が起きようとしているのかを知るために同行していただけだ。
だからナウシカは、ここで軍を離れる。
相棒のテトだけを連れて単独で土鬼の領地を巡るつもりだ。
そんな彼女への餞別として、ヒノカミは彼女の翼の改修を行っているのである。
『……よし、こんなもんじゃろ。
こんだけ推力を強化してやればそれこそ二人乗りでも問題なく飛べるはずじゃ』
「ありがとうございます」
攻城砲台は破壊されたが対空砲はまだ残っている。
今飛び立てば撃ち落されるため出立はもう少し先だ。
だがヒノカミは他にもやるべきことがある。ナウシカとの会合はこれが最後になるだろう。
『トルメキア軍は撤退するが、しばらくは土鬼国内は慌ただしくなるはず。
異国の民を歓迎するはずもない。接触は可能な限り控えるのじゃぞ』
「はい」
『本当にわかっておるんかのぉ。お主は優しすぎる。
平時では好ましくもあるが戦時中ではそういう者から早死にする。
……ここまで散々見て来たじゃろう?人は、醜いぞ』
「…………」
『……やはりそのまま送り出すのは不安じゃな』
立ち上がったヒノカミはナウシカに向けて右腕を差し出し、掌に小さな炎を生み出す。
「これは?」
『持っていけ。はっきりとした力となるのは遥か先になるじゃろうが、お主の行く先を照らしてくれよう』
そのまま炎をナウシカの胸へと押し込める。
「あたたかい……」
『助けを求める者を目の当たりにして体が勝手に動いてしまうのは仕方がない。
だが己の帰りを待っている者がいることを思い出せ。お主は一人ではない』
キィィッ!
『おっとっと、すまんすまん。
お主がおるからこれからも一人ではないよなぁ、テト』
キッ!
「フフッ」
『さて、では儂はもう行く。……死ぬなよ、ナウシカ』
「はい!」
ヒノカミが言っている通り当分の間は、天神武装の火種は何の力も発揮しません。
せいぜい『お守り』程度のものです。
そして申し訳ありませんが、想定以上に進みが遅くストックが尽きかけています。
キリが良いのでいったんここで休載を挟み、また書き溜めたら戻ってきます。
半月も待たせないとは思います。