忘れられる前に再開します。
場所は変わって、ペジテ地下大空洞。
ペジテに戻ってきてからのアスベルは、そのほとんどをこの場所で過ごしていた。
暇つぶしに持ち込んだ工具や機械、食べ物のゴミなどが散乱しており、当の本人はそれらに囲まれながら今は毛布に包まって昼寝している。
どこか神殿を思わせる静謐さを醸し出していた空間が、妙に生活感溢れる場所になってしまっていた。
「おい!起きろ、アスベル!」
「んぐっ!?んぁ……?」
アスベルは普段は扉の外にいるトルメキアの兵士にどつかれ目を覚ました。
彼等も地下で暇をしていたので良い話し相手になっていた。
付き合いも長くなり既にお互いに遠慮が無くなっている。
「ふぁぁ……なんだい?何かあったのかい?」
「土鬼だ!辺境巡回船が浮砲台を見つけたそうだ!
一隻だけだが、ここペジテに向かって来ているらしい!」
「なんだって!?」
アスベルの意識が覚醒する。
ペジテそのものは土鬼と敵対はしていない。アスベルには土鬼の部族の知り合いだっている。
だが辺境国家の一つでありトルメキアの属国、そして今トルメキアは土鬼と戦争中だ。
加えてペジテ郊外にはクシャナが残したトルメキア兵が滞在している。土鬼が敵と見なし攻め入ってもおかしくはない。
「動きが妙らしいが、無視はできん!すぐに出ろ!」
「わかった!」
アスベルは扉を抜け、エレベーターに乗って地上へ向かう。
ペジテに滞在中のトルメキア軍が保有している船は腐海から引き返した際に使ったバカガラスが1隻だけ。
ペジテの方は小型艇がいくつかと大型貨物船くらいで、戦闘可能なのはガンシップだけ。
そしてアスベルはこの国一番の技師でありガンシップのパイロットだ。
「アスベル!」
「出られるかい!?」
「無論だ!行ってこい!」
トルメキア兵が対空砲の準備を進めている中を駆け抜けドッグに辿り着くと、ペジテの技師がガンシップを起動状態にして待っていた。
飛び乗ったアスベルはすぐにペダルを踏み、土鬼の船が目撃されたという南の空へと飛び出す。
「……いたっ!」
アスベルはすぐに巨大な船体を見つけた。間違いなく土鬼の浮砲台だ。
そして報告の通り一隻だけ。火力は脅威だが木造で鈍重なので、弾幕を潜り抜け一撃を当てればすぐに沈められる。
だがおかしい。相手もその程度のことは当然理解しており既にガンシップを捕捉しているはず。
だと言うのに船体から伸びた無数の砲台に全く動きがない。
そしてアスベルは敵船の上に予想外のものを見つけてしまった。
「……白旗!?」
間違いない。土鬼の船は白旗を揚げている。戦闘の意志はないということだ。
攻撃を中止し周囲を旋回するガンシップに向けて、更に発光信号が放たれる。
「『対話……、望む』?」
やがて船から一隻の飛行ガメが出てきて、離れながら地上へと降りていく。
おそらくアレに、土鬼側の使者が乗っているのだろう。
訝しみながらアスベルは飛行ガメを追い、ガンシップは地上へと降り立った。
「……火と水に調和を」
念のために銃を手に持ったアスベルは、片手をあげ印を組む土鬼の使者と相対する。土鬼にて敵意がないことを示すための挨拶だ。
相手の人数は3人。年老いた僧正と、付き添いの少女。そして。
「その服装……我らエフタルの系譜に近い者と見た。其方は何者か?」
「ペジテの若君とお見受けする……私の名はユパ。ユパ・ミラルダ」
「……ユパ?そうか、貴方がナウシカの先生か!」
アスベルは銃をホルスターに入れて一行に駆け寄った。
目の前に立つ壮年の男は辺境一の剣士と名高い男だ。銃を持っていようと一人で戦って勝てる相手ではない。
銃を突きつけたアスベルが無事であることが、彼等に敵意がないことの証明となり得る。
「ナウシカを、知っているのか?」
「従軍中に会いました。彼女は貴方のことも含めて、僕に色々なことを話してくれた。
……しかし何故、辺境の剣士である貴方が土鬼の船に?」
「説明するには時間が惜しい。今はこちらの方の話を聞いてはもらえぬだろうか」
ユパに促され、少女に支えられた老僧が前に出る。
「私は、マニ族の長を務めておる者。
辺境の方よ、あなた方にお伝えせねばならぬことがある」
「なんでしょうか……?」
「現在土鬼の幾つかの部族が、辺境諸国へと侵攻を企てているのです」
「なんだって!?」
トルメキアと土鬼は間に内海を挟んでおり、トルメキアによる侵略が開始された際、海岸沿いの都市に住む部族は真っ先に犠牲になった。
そして故郷を追いやられ行く当てを無くした部族たちに土鬼神聖皇帝ミラルパは命令を下した。
『トルメキアが前線に兵を送り手薄になっている隙に、辺境の国々を掠め取れ』と。
古き盟約によりトルメキアには辺境国家の危機に立ち上がる義務があるが、ほぼ全軍を土鬼侵攻に充てているため今は本国の余剰戦力がほとんどない。
であればバラバラに点在し、精々ガンシップ1隻程度しか戦力を持たない辺境国家ならば無傷とはいかずとも容易に攻略できるだろう。
二大大国の全面戦争は、それを望まぬ周辺国すら戦火で飲み込もうとしているのだ。
その第一目標となったのはペジテだ。
アスベルを通じてヒノカミが僅かにもたらした技術により近日急速に発展しているこの都市はまさにたわわに実った果実。
怨敵であるトルメキア兵も大勢いる。辺境に残るトルメキア軍兵力の全てだ。
彼等を真っ先に殲滅すれば以降の攻略が容易になる。
トルメキアに土地を奪われた土鬼の民が攻撃をためらう理由はない。
だが目の前にいるマニ族の僧正はこの侵略戦争をためらった。
彼は今隣にいるケチャという少女と共に、腐海の酸の湖で王蟲がナウシカに心を開く光景を目の当たりにした。
『青き衣を纏いて金色の野に降り立つ者』。
土鬼の皇帝一族により邪教とされた、先住民族の教えにある救世主。
マニの僧正はナウシカにその希望を見出した。
腐海や蟲を利用し民や国土を犠牲にしてでも敵を滅ぼそうとする土鬼よりもナウシカと、そして彼女の住まう辺境諸国と共に歩むべきだと考えたのだ。
しかし不穏な動きをすれば土鬼皇帝ミラルパや彼の信奉者たちに察知されてしまう。
土鬼皇帝は超常の力を持つ一族だ。人の心すら覗いてしまう。
よってマニの僧正は同族を少しずつ説得しながら機会を伺うことにしたが、そこに望外の幸運が転がり込んだ。
単身腐海の調査を行っていた辺境一の剣士ユパが、土鬼が極秘裏に関係を持っていた蟲使いの村に潜り込み騒動を起こした。
彼ならば戦力として申し分なく、辺境諸国にも顔が利く。しかも聞けばナウシカの師だというではないか。
マニの僧正は彼を極秘裏に匿い、事情を説明し協力を求めた。
そしてついに開始された辺境侵攻にて、マニ族の船は適当な理由を並べて戦線を離脱。
危機を伝えるためにこうしてペジテへと先回りしてきた。
「僧正殿のおっしゃったことは全て事実だ。
私の名に懸けて保証する」
「1隻や2隻ではない、大規模な船団です。我らの離反は既に察知されているでしょう。
攻勢ももう間もなく……明日にでも開始されてもおかしくはない」
「わかった。どうか共にペジテへと赴き、詳細な情報を提供していただきたい。
あなた方マニ族の安全は、このペジテのアスベルの名に懸けて保証します」
「かたじけない」