アスベルが連れ帰ったマニ族とその船は当然トルメキア兵たちに警戒されたが、彼等からもたらされた情報が事実だとしたら一大事だ。
アスベルは『可能性があるならば備えるべき』と訴え、ペジテは土鬼からの襲撃が行われるという前提で動き出した。
まずは女子供を避難させることにした。彼らを送り出す先は風の谷だ。
あの地は辺境でも特に平和で、ここにはかの地を出身とし崇敬を集めるユパがいる。
彼が書状をしたため持たせれば邪険に扱われることはないだろう。
だがユパ自身はこの地に残り、土鬼と戦うことにした。
マニの僧正が言うには、侵攻軍の目的はペジテの破壊ではなく制圧だ。
浮砲台からの爆撃が飛んでくる可能性は低く、戦いは市街での白兵戦となる。
辺境一の剣士ユパはこの上ない戦力となるだろう。
強さに反して争いを好まぬ彼だが、同じ辺境国家の危機とあれば躊躇いなく戦に赴くと決めた。
そしてトルメキア兵たちも最終的にはペジテに同調し動き出した。
マニ族を信じたわけでもペジテに気遣ったわけでもない。
辺境国家の危機に立ち上がるという盟約の履行というのも嘘ではないがこれも本当の理由ではない。
彼等は元々、クシャナと共に土鬼と戦うために本国を飛び立ったのだ。
戦いで傷つくのは覚悟の上で、散るとしても本望。
だと言うのに今の彼らはクシャナの帰還を待ちながら訓練ばかりの日々。いい加減に平和で退屈な日々に辟易していた。
だから『土鬼が攻めてくるかもしれないから備える』のではなくむしろ『攻めてこい』という願望混じりだ。
ペジテの民としてはたまったものではないが、手を貸してくれるというなら否やはない。
彼等はクシャナに付き従う精鋭部隊。
拠点防衛は得意ではないそうだが、それでも頼もしい戦力であることに変わりはない。
尚、マニ族は戦場に出ず離れた場所で待機してもらうことになった。
『信用ならない』という声があったのも間違いないが、たとえ味方として戦ってくれるにしても敵と見分けがつかないからだ。乱戦になれば巻き込んでしまう。
マニ族の民たちも辺境国家に協力することには同意したが、トルメキアと肩を並べて戦うことに拒絶反応を示す者が多かった。
無理もない、彼らはトルメキアにより故郷を追われ多くの同族を殺されているのだ。
過激な者は既にユパによって懲らしめられているので、愚行に走る者は出ないと信じるしかない。
今日までずっと地下空洞で過ごしていたアスベルだが、以降はそのほとんどをガンシップと共に空の上で過ごした。
ペジテ唯一の戦闘艇の乗り手として、僅かな休息以外はほぼ全て哨戒に充てていた。昼夜問わずだ。
土鬼が得意とするのは夜襲。むしろ真夜中に仕掛けてくる可能性の方が非常に高い。
そしてその予想は見事に的中してしまった。
「っ!?いた!船団だ!」
真っ暗な夜の中に浮かぶ、不自然ないくつかの光。
アスベルはそれが飛行する船のものであることにすぐに気付いた。
辺境国家の船ならばもっと赤々と光を出して飛ぶはずだ。
トルメキアの船だとしたらこんなにゆらゆらとゆっくり動くはずがない。
そして確認のために警戒しつつガンシップを近づけると。
「撃ってきた!?やっぱりか!!」
浮砲台が一斉に砲撃してきた。この展開を予想していたアスベルは軽やかに機体を操り銃撃の嵐を躱す。
今の音が届いていたとは思うが、念のためにペジテに向けて鏑弾を飛ばす。土鬼の襲撃が始まったことを伝えるにはこれで十分なはずだ。
「クッ!そりゃそうか、僕ら辺境のガンシップと戦いに来てるんだからな……!」
ペジテの方へと向けていた船首を戻すと、船団は密集して陣形を組み互いの死角を塞ぐように過剰とも言えるほどの弾幕を展開してくる。これでは容易には近づけない。
動きが鈍重で脆い浮砲台が高速戦闘艇であるガンシップに対抗するには、とにかく接近させないことに尽きる。一撃もらえば終わりなのだから。
そしてガンシップは素早いが砲は前についている一つしかなく、おまけにペジテのものは連射ができる代わりに射程が短い。
これが風の谷のガンシップならば届くだろうが砲が単発式なので複数の敵相手では撃破しきれない。
土鬼はガンシップが嫌がる戦い方をしっかりと研究している。
「だからって……ペジテを焼かせるわけには!」
ペジテには他の飛行戦力がない。対空砲はあるが射程以上に高く飛ばれては対処できない。
浮砲台の船団を近づけさせてしまえば勝敗は決定的となる。
己が抗っている内は敵もペジテには近づけないはずと、アスベルは孤独な闘いに気高く挑んだ。
アスベルが戦闘を始めて間もなく、ペジテの街でも戦闘が開始されていた。
やはり土鬼は得意の夜襲を選ぶつもりだったようだ。兵士たちはあらかじめ船から降りて、隠れながら地上を少しずつ迫り、いつの間にかペジテの包囲網を形成していた。
だが彼らが計画を実行に移す前に空で戦闘が始まり、街全体が警戒態勢に入ってしまった。
これでは時間をかけるほどに不利になってしまうと判断し破れかぶれの突撃に出たのだ。
「総員抜刀!突撃ーーーーっ!」
「「「うぉぉぉぉーーーーっ!!!」」」
トルメキアの装甲兵が勇猛果敢に突撃する。
彼等の鎧はセラミック装甲だ。砲ならともかく銃弾程度で貫かれることはない。
対して土鬼の装備は主に布と皮。動きは早いが防御では明らかに劣っている。
故にペジテ側は両者の装備の違いを逆手に取った。
ペジテの男衆や装甲兵以外のトルメキア兵は、敢えて威力の弱い銃を揃え後方から乱れ撃ちしている。敵味方構わずだ。
装甲兵はよほど運と当たり所が悪い者以外は怪我の一つも負わず、しかし土鬼にとっては致命傷になり得る。
そしてクシャナが連れていたトルメキアの精鋭たちは、自分たちごと攻撃される程度の事で弱音を吐く者など一人もいなかった。
しかしそれでも戦力差は歴然だった。
土鬼は複数の部族が集まっているのに第三軍を丸ごと本国に取り上げられていたクシャナ軍は元々わずかな人員しかいない。
おまけに拠点防衛は苦手であり、少数で守るにはペジテという街は広すぎる。
やがて防衛線を抜ける土鬼の兵が現れ、後方支援をしていた一団へと迫る。
ズバババババッ!
「おぉ、ユパ殿!」
「流石は辺境一の剣士!」
「油断めさるな。敵はまだまだ迫っている」
一団の更に後ろから飛び出したユパが土鬼兵を鎧ごと易々と両断する。
だが彼一人で守れる数には限りがある。それに前線のトルメキア兵の中からも脱落する者が現れ始めた。
対して雪崩れ込んでくる土鬼兵は倒しても倒しても数が減る様子は見えず、仲間が次々と倒れながらも生き残った者は足を止めず鬼気迫る表情で特攻を仕掛けてくる。
無理もあるまい。トルメキアにより故郷を追われた彼等にとって、これは一族の存続をかけた戦いなのだ。
しかしそれはペジテの民にとっても同様である。この戦に敗れれば彼らは故郷を失う。
そして土鬼の民はここを足掛かりとして辺境全域を手中に収めようと動き出すはず。
皇帝自身の作戦により国土を腐海に呑まれ行く当てを失った他の部族も雪崩れ込んでくるだろう。
各地に連絡は送ったがこの戦いに間に合うことはあるまい。援軍は期待できない。
ペジテが落ちれば間もなく旧エフタルの国々は滅び、血脈は完全に途絶えることとなる。
トルメキアに攻め入られ国を追いやられた土鬼に同情はしよう。
だがマニ族一つならともかく彼等全てを受け入れる広さは辺境にはなく、対話ではなく武器を選んだ彼らを受け入れる度量もまたない。
戦いは止まらない。どちらかが滅びるまで。
そして激化する地上の争いの衝撃は、地下大空洞にまで届く。
ヒノカミにより強固に補強されたこの場は、地上よりもよほど強固なシェルターだ。
たとえ地上が爆撃の嵐を受けて廃墟と化してもこの地下は壁のひび割れすら起きることは無い。
ギギィ……
だが、地下の大扉が僅かに歪んだ。
地上からの余波ではない。いつの間にか時間が来ていたのだ。
遂に『地獄の蓋』が開かれる。
『………………』
土鬼との争いが起きずこの場にアスベルがいたならば、腰を抜かしていただろう。
開いた扉の隙間から覗いたのは、巨大な顔だった。