敵に近づきたいガンシップと、敵を近づけたくない浮砲台の船団。
夜空を飛び交う彼らはしばらく膠着状態にあったが、ようやく均衡が崩れつつあった。
この世界のエンジンは半永久機関だ。よほど無茶な機動をして負担をかけたり、衝撃を受け故障あるいは破壊されない限りはずっと飛び続けることができる。
だがそれぞれの砲口から発射する弾丸は消耗品。特に土鬼の船団はガンシップを近づけないためにやたらめったらに撃ち続けなければならず、凄まじい早さで浪費している。
アスベルはそこを勝機に繋げようとした。逸る気持ちと恐怖を抑え込み、自分が攻撃を見てギリギリ躱せる距離を見極め敵の攻撃を誘発させ続けていた。
浮砲台側もその目論見を見抜いていたかもしれないが、彼らは攻撃を続ける以外の選択肢がない。
それでも残弾の数が心もとなくなれば、どうしても『節約せねば』という意識が生まれ攻撃は手ぬるくなる。
「南無三!」
ついに隙を見つけたアスベルは船を急激に上昇させ、敵船団の真上からほぼ垂直に降下しながら銃弾の嵐を撃ちこんだ。
真上から真下に向けて放たれた弾は空気抵抗で失速しても弾道を歪ませることなく土鬼の船に突き刺さり、ガンシップが船を横切ると同時に船体の至る所から伸びる砲の一つが誘爆。
ほぼ木材でできている浮砲台は瞬く間に火の手が広がり、やがて黒煙を上げながら高度を下げ、そして爆発した。
「ハァ、ハァ、よしっ……次だ!」
慌てて船団は再び攻撃の密度を上げるが、船の数が減ればその分攻撃の数も減る。
機首を上げ姿勢を戻したガンシップは、このまま残る船も撃ち落そうと夜空に大きな弧を描きながら回頭する。
パウッ
「!?!?!?!?」
しかし突如として地上から光の柱が生まれ天へと伸びていく。
「あの場所は……ペジテの方だ!」
異常事態を察したアスベルは攻撃を中断し、敵船団を放置して急いでペジテへと飛ぶ。
そこで彼は、ペジテ上空に浮かぶ何かを目の当たりにする。
「あれは……なんだぁっ!?」
光輪を背負い宙に浮かぶ巨大な人影。
アスベルを含め、その存在を直接見たことがある者はおるまい。だがそれが何かは誰もが知っている。
その遺骨がこの世界のいたるところに残されているのだから。千年が経った今も。
かつて『火の七日間』を引き起こし、世界を焼き尽くし旧文明を滅ぼしたとされる旧世界の怪物。
「まさか、『巨神兵』……!?いや待て、あの位置は!?」
アスベルは巨神兵の真下、おそらくその巨体が通り抜けてきただろう大穴を見据える。
あの場所にはペジテの坑道、そして地下空洞と師が守っていた扉があったはずだ。ならばこの巨神兵こそが。
「じゃあアレが、『地獄の蓋』の中身!?
トルメキアも土鬼も滅ぼしうる力の正体……!!」
今の時代よりもはるかに科学技術が進み繁栄していたと言う千年前の世界を、たったの数十体で滅ぼした最凶最悪の兵器と伝えられている。
ならば目の前にいる一体であっても容易く世界を滅ぼし、この世界を『地獄』に変えることができるだろう。
『聞け、人間よ』
「頭に、声がっ……巨神兵は喋るのか!?」
『我は調停者。愚かしき争いを鎮めるもの。
この声を聴く全ての者に命ずる。即刻戦闘行為を停止せよ』
言われるまでもなく、苛烈な殺し合いをしていた地上の人間たちは頭上に浮かぶ巨神兵を見上げて驚愕に動きを止めている。
仮に我を取り戻したとしても対抗する手段はない。遥か高くに浮かぶ巨神兵にまで届く砲は地上にはない。
ガンシップならば攻撃もできるが、何故突然巨神兵がこの場に現れたかを察していたアスベルは判断に迷い距離を取って旋回するだけ。
ドガァンドガァン!!
故に動いたのはガンシップを追ってペジテに迫り、半ば恐慌状態に陥りつつも巨神兵へと砲撃を放つ土鬼の浮砲台の船団のみ。
だが爆発と煙の隙間からはまったく揺らぐことなくただ静かにたたずむ巨神兵の姿が現れた。
『我は裁定者。愚かしき悪に裁きを下すもの。
繰り返し警告する。即刻戦闘行為を停止せよ』
声が届いていない、ということはないだろう。
だが土鬼の浮砲台からの無意味な攻撃は全く止まる様子はない。
残る弾薬全てを使い尽くす勢いだ。
『…………』
巨神兵が、口を開いた。
長い牙の隙間から覗く口内に禍々しい光が収束していく。
パゥッ
光が走った。
船団のすぐ傍を通り抜けた熱線が空を貫きどこまでも伸びていく。
おそらく今の攻撃が、ペジテの坑道を熔解させ外に出るための大穴を作り出した熱線だ。
『仏の三度目、最後の警告だ。
退け。さもなくば、裁く』
ようやく彼我の戦力差を理解した船団は慌てて回頭し、南の腐海の方角へと進んでいく。
その光景を見て、ペジテに侵攻していた土鬼の地上部隊も蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
流石に訓練された軍人ということか、『追撃し掃討を』と動き出したトルメキアの兵士たちは。
チュンチュンチュンヂュィン
『戦闘行為を停止せよと、伝えたはずだ』
巨神兵の額から走った細い熱線により大地が抉られてできた境界線を、踏み越えることができなかった。
「すごい……あっさりと戦争を止めてしまった……!」
アスベルは緩やかに飛翔するガンシップの中から一部始終を全て見届けた。
「でも兵器のはずの巨神兵に自我があるなんて……いや師匠もではあるけど……」
それに伝承では当時百億はいたとされる人間のほとんどを殺し尽くした破壊の権化とあるが、巨神兵は調停者にして裁定者を名乗り争いを止めようとした。
「アイツだけが特別なのか?それとも巨神兵の全てが……っ!?」
アスベルは途中で言葉を途切れさせ慌てて舵を切る。
巨神兵が一瞬でガンシップの正面に移動し、両手を広げてつかみかかろうとしていたのだから。
アスベルに土鬼を追撃する意志はないが、未だに飛び続ける戦闘艇を排除すべき対象と見なしたのかもしれない。
攻撃したところで通用しないことは、ガンシップ以上に強力な砲を持つ浮砲台により実証されている。
なので回避に専念したのだが空中を自在に動く巨神兵には及ばず捕まってしまった。
「ぐぅっ!?待ってくれ!僕は争いを続けるつもりは!」
『……やはり君か。ずっと僕の傍にいたのは』
「えっ……?」
巨神兵はガンシップを掴んでいるが、その手つきは非常に繊細で船体には僅かな軋みもない。
巨神兵の体格から見れば大きめの模型程度でしかない船を、両の掌ですくいあげるように優しく持ち替え、キャノピー越しに二人は視線を合わせる。
『驚かせてすまない。非礼を詫びる。君に尋ねたいことがあるんだ』
「なん、だい……?」
先ほどまでと違い、巨神兵の言葉に圧がない。
こうして対話する限りでは自分よりも幼い子供が背伸びをしているようにすら思えた。
『僕の母さんは、どこ?』
本作の巨神兵は完全体として生まれました。
劇場版のように早すぎて体が腐っていることもなく、原作漫画のように土鬼の不完全な技術で成長させたわけでもない。
よって体は万全であり思考もある程度成熟しています。
また、体から毒の光も出しません。理由はいずれ。