ペジテでの戦いを乗り越えたユパは即座に風の谷へと向かった。
運んでくれたのはアスベルだ。彼はペジテの王族として、風の谷に避難させた民に争いが終わったことを伝えるため、そして避難民を受け入れてくれた風の谷に感謝を伝えるために来た。
谷につくや否や、ユパは一人でナウシカの父であり風の谷の元族長、何より自分の友人であるジルの下へと向かったのだが……。
「……おぉ、ユパ。あれが今生の別れと思っていたが、まさか死に目に再び会えるとは……」
「ジル……」
旅立つ前に顔を合わせた時はまだ互いに顔を見て話ができていた。
だが僅か10日足らずで、腐海の毒に侵されたジルの病状は急激に悪化しておりついに光すら失っていた。
だが幸いにもまだ耳と言葉ははっきりしている。
ユパは言葉を選び、谷を出てわずかな間に起きた出来事と判明した事実を伝えていく。
「そうか……土鬼が蟲を……」
「蟲使いの里で、確かに目にした。
培養層とやらで王蟲が作り出される有様を……」
『どうやって親を怒らせずに子供の王蟲を連れ去ることができたのか』。
酸の湖でナウシカが抱いた疑問の答えがこれだ。
土鬼はシュワの墓所とやらに封じられた技術を使い、蟲使いに金を払って協力させ、囮にする王蟲を自分で作り出していたのだ。
「『腐海や蟲はかつて旧文明により作り出されたもの』。
ペジテ地下より這い出た機械兵士とやらの推測が事実である可能性が高まった。
巨神兵を守っていたことと言い……彼の者がこの世界の謎に最も近しいところにいるのは間違いない」
「行くのか……」
「あぁ。その者だけではなく、ナウシカも南に残っているのならば猶の事。
それに巨神兵も彼の地へ赴くことを望んでいる。共に行こうと思う。
辺境に攻め入ろうとしてる土鬼は気にかかるが……既に各国はペジテの残存トルメキア兵と協力し防衛態勢を築きつつある。
私一人がこの地に残ってもさして役にも立つまい」
「そうか……我が国のガンシップを持っていけ。ミトたちも連れて行くがいい。
お前とナウシカの力となろう」
「感謝する」
「こちらの台詞だ……お前たちがいるならば……ナウシカも、一人には……」
「……ジル?」
彼の言葉の続きはなかった。
永きに渡り己の身を蝕む腐海の毒と戦い続けた男は、ただ一人の娘を友に託せたことに安堵し、静かに息を引き取った。
――――……
「ホラ、この子が僕の妹さ」
「は、はじめ、まして……」
『はじめまして。そうか、君にもきょうだいがいたのか』
「『も』?ってそうか、昔は巨神兵がたくさん……いや、すまない」
『気にしなくていい。皆、しっかりと生を全うしたんだから』
アスベルは風の谷に避難したペジテの民の中から、己の双子の妹であるラステルだけを連れて谷外れの海岸に立っていた。
二人の見上げる先には巨大な人型……巨神兵がいる。
他のペジテの民が彼を見れば腰を抜かして恐慌状態に陥るだろう。自分たちの住んでいた街の下にいたというのだから猶更だ。
恐怖よりも好奇心が勝ってあっという間に馴れ馴れしくなったアスベルが異常なのである。
風の谷に来たのはアスベルとユパだけではなかった。巨神兵もまた二人に同行していた。
巨神兵の目的は彼が『母』と呼ぶ存在と合流すること。……おそらくアスベルが師と呼ぶ鬼鎧のことだ。
だが蘇ったばかりの巨神兵は現代の事情に疎く、しかし信用できる人間もいない。
母が己のことを託したアスベルを除いて。
そしてアスベルとしても、『責任は委ねない』と言われたが結果的に目覚めさせることを選んだのは自分だ。
土鬼が辺境諸国にまで戦争を持ち込もうとしている以上、この戦争の行く末は他人事ではない。
母に会い、裁定者として争いを止めるという巨神兵と共に行くことに決めた。
辺境諸国の側についてくれたが同族の責任を感じているマニの僧正も、彼が何より信頼している少女ケチャを同行させたいと言っている。一度ペジテに戻り合流してから出発する予定だ。
「君は生まれたばかりだと言っていたじゃないか。
兄弟たちに会ったことはないはずなのに、何故わかるんだい?」
『僕の知識には母さんの記憶が用いられている。
僕が作られる前に母さんは、皆をちゃんと看取ったみたいだ』
「そうか……巨神兵の感情は機械兵士と共通規格なのかな?
それで師匠のものをコピーしてるから親ってことになるとか……。
でも、本当に『母さん』なのかい?『父さん』じゃなくて?」
『僕らに父さんはいないよ。親と呼べるのは、ヒノカミ母さんだけだ』
どうしてもそこが気にかかるアスベルはすでに何度も巨神兵に尋ねているが、いつも同じ答えが返ってくるだけだ。
こんな形で師が隠したがっていた名前を知ってしまった罪悪感はあるが、やはりそれ以上に耳を疑うのはあの巨漢の性別が『女性』だということ。
「……そもそも機械兵士に性別ってあるのか?というか必要なのか?
もしかして巨神兵の自我のベースが師匠であるように、師匠のベースとなった人がいて、その人が女性だったとか……?」
「に、にいさん……」
「っと、さっきから何度もすまない。巨神兵も。
どうにも色々と考えてしまうことが多くてね」
『大丈夫。気にしていない』
「その……ついでに尋ねたいんだが、君には名前はないのかい?
巨神兵は大勢いたんだし、感情があるんなら名前も必要なんじゃないか?
あ、師匠みたいに『隠しておきたい』って言うなら……」
『名前は……『それぞれで好きなものを名乗って良い』と言われてる。
母さんは名前を考えるのが苦手みたいで、『変な名前を背負わせたくないから』と。
……そうだ、君たちが考えてくれないか?』
「「えぇっ!?」」
『今の時代に生きる僕は、今の時代に沿った名前を名乗るべきだ。
こうして念話で会話はできるが言語から違うようだし、それを知らずに名乗った名が変な意味になってはたまらない。
かと言って僕が今の言語を理解するまで棚上げするのもお互い面倒だろう?』
「いや、それは、そうだけど……なぁラステル、何かいい名前はないかい?」
「私ですか!?えぇっと……」
兄との会話を横で見ているだけだったが、確かに彼の言う通り巨神兵からは子供っぽさすら感じる。
実際に産まれて間もないらしいので、肉体はともかく精神性は幼いようだ。それも俗にいう『素直で良い子』。
「……『オーマ』」
「『?』」
「エフタルの古い言葉で、『無垢』という意味です。……いかがでしょうか?」
『……うん、いい響きだ。今日から僕の名前はオーマだ』
「よし!これからよろしく、オーマ」
そして翌朝。
風の谷のガンシップとバージは工房都市セムに立ち寄り、ユパが住人に預けていたトリウマのカイとクイを引き取った。
そして先にペジテに戻っていたアスベルと改めて合流。
巨神兵と共に南の空へ……腐海の向こうにある土鬼の地を目指して旅立つ。