クシャナ軍が占拠するサパタの都城を包囲していた土鬼軍は、間もなく全て撤退した。
肝心の攻城砲台が全て破壊されたとはいえあまりにも引き際が良すぎる。
ヒノカミの願いを土鬼の皇帝が受け入れてくれたと考えるのは希望的観測が過ぎるというものだろう。油断することなく次の行動に移らねばならない。
クシャナの目的は第三軍を引き連れ本国へ凱旋し、王権を打ち建てること。
生き残りは第一連隊しかいなかったが、合流には成功した。
後はどうやって彼等と共に本国に帰還するかだ。
土鬼の領地とトルメキア本国の間には海が広がっており、陸路は腐海に阻まれているので空路以外の選択肢はない。
部下の数はおよそ二千。対して彼らの手元にある船はコルベットが二隻だけ。
クシャナがここまで乗ってきたものと、将軍が脱出に使おうとしていたものだ。
どれだけ詰め込んでも1割も載せられないし、その程度の人数ではクーデターを引き起こしてもすぐにヴ王軍に蹂躙されてしまう。
ペジテにはバカガラスがあるがそちらも一隻だけ。
何度往復しなければならないか、考えるのも億劫だ。
よってクシャナは、撤退の準備をしているというトルメキア本隊の基地を襲撃し船を強奪する作戦を立案した。
彼等第二軍は兄皇子たちの配下であり、連中の船の中には強奪した戦利品がひしめいているだろう。
第三軍を切り捨ててできたスペースにだ。反対意見は誰からも出なかった。
そしてヒノカミの手により改修された二隻のコルベットは、襲撃の為の精鋭部隊だけを乗せてカボの基地へと飛ぶ。
『こちら二番艦、異常ありません!』
「そうか、よし」
「おいおい、何度報告すりゃ気が済むんだぁ?」
『申し訳ありません!ですがこうしていつでも殿下のお声を聞けると思うと、ついつい定時通信を早めてしまいましてな!』
「ったくはしゃぎやがって」
「フフフ、まぁ連絡を密に行うのは良いことだ」
サパタに残されていたコルベット二番艦は、クシャナが乗ってきた一番艦と同じく推力を大幅に強化されていた。
おかげで狭いながらも載せられる人員は増えており、おまけに『無線通信機』なるものまで追加されていた。
船に収まるほど小さな箱なのに、旗や発光信号を使わず物理的につながっていない相手と直接会話ができると言うとんでもなく画期的な道具だ。
当人に言わせれば『音質が今一つだ』と不満げではあるのだが。
「カボの基地まであと50リーグです」
「薄暮まで上空で待機する。地形を見よう」
『ハッ!』
『待て、その前にアレを見ろ』
ヒノカミに促されて眼下の雲の切れ間を見る。
「蟲だ。竜のような奴だな」
『その更に前方。雲の下に船があるぞ』
『あれは……おそらく第二軍のバカガラスですな』
「同じ方角、ってことは基地に向かってんのか。
……本国への撤退準備を進める本隊に合流しようとする連中か?」
トルメキア本隊が土鬼の領地から撤退すれば、取り残された者が土鬼からどのように扱われるかは想像に難くない。
だから各地を占領した兵や貴族は持ち出せる全てを船に乗せ一緒に本国へと帰還するつもりなのだ。
あの船の中には土鬼の民から奪い取った金銀財宝がたんまりと詰め込まれていることだろう。
あの一隻で人員全てが乗せられるならこの場で襲撃をかけて奪い取るという選択肢もあったのだがあれっぽっちでは足りず、おまけに空中にいる状態では成功率も低い。
よって一行は気付かれぬよう遥か上空から監視するにとどめていた。
「蟲が雲に入った。こいつは出会いますぜ」
二隻のコルベットの下で、羽根の生えた巨大なムカデのような蟲ヘビケラがゆっくりと降下していく。
今のところは攻撃の意志はないようだ。
『しかしなぜ、こんなところに一匹で……はぐれでしょうか?』
『……違うな、艦後方を見よ』
「んなっ!?何だありゃ!?」
振り返ると、コルベットに迫るほどの巨体を持つヘビケラが数百という大群で空を泳いでいた。
その速度もまたコルベットに迫る。追いつかれればバカガラスでは振り切ることはできまい。
「クソッ!一体何がおっぱじまったんだ!?」
「あれは斥候か。敵か味方を調べているのだ」
『嫌な予感がする……距離を取れ』
「クロトワ」
「了解、船首上げます。ついてこい」
『ハッ!』
ヒノカミの悪寒は正しかったが、それでも対応が遅すぎた。
彼等の下で、バカガラスの砲が並走する蟲へと向く。
ドドドドドドッ!!
「バカヤローが!撃ちやがった!!」
仲間を殺されて、蟲たちは完全にバカガラスを敵と見なした。
後方の群れが一斉に速度を上げ襲い掛かる。
バカガラスは今更になって全砲門を開き全力で攻撃するが空を埋め尽くすほどの蟲の大群相手では一つ二つを落としたところで意味がない。
あっという間に群がられ装甲は食い破られ、黒煙を上げながら大地へと落ちていく。
「駄目だ、とても助からねぇ……」
『!?蟲はこちらも狙っています!退避しましょう!』
「増速!離脱します!遅れんなよ!!」
強化改修を受けた二隻のコルベットはヘビケラの速度を振り切り一気に上空へと昇るが。
『……っ、総員衝撃に備えよ!』
「何を……っ!?」
他の者もすぐに気付く。
船の更に上にあった雲を越えた先にもまた、夥しい数の蟲の大群がひしめいていたのだ。
その中を通り抜ける過程で船体はいくつもの蟲を轢き殺してしまう。
ボンッ!
『うわぁぁっ!』
「二番艦が!?」
当たり所が悪かったのだろう。後続のコルベットは黒煙を吐き出し大きく速度を落とした。
これでは襲い掛かる蟲を振り切ることができない。
『ぐぅ……殿下!おさらばにございます!ご武運を……!』
「諦めるな!すぐに荷を捨てよ!」
クシャナが通信機越しに叫ぶが、彼女が見つめる先で二番艦の船体に蟲が食らいつこうとしている。もう間に合わない。
『いい加減にしろよ虫ケラどもが』
しかしいつの間にか空に出ていた鬼鎧の巨漢が二番艦の上に立ち、振るった腕から吐き出した炎で迫る蟲の群れを焼き尽くした。
その後屈んで船体に手を添えると、不調だったエンジンが再び息を吹き返す。
『御友人!?』
『足止めを兼ねて少し間引いておく。先に行け、後から追う』
「……待っているぞ、友よ!」
「全速!離脱だ!」
クシャナは頭の中に響いてきた声に応え、二隻のコルベットは蟲の軍勢から遠くへと離れていく。
蟲たちの敵意は完全に、船から降りて空中に佇む小さな人影へと向いていた。
ヒノカミはここまで、蟲たちに念話で必死に呼びかけていた。
『自分たちは蟲に攻撃を仕掛けた人間とは無関係であり、敵対する意志はない』と。
だが怒りに我を忘れた蟲は聞く耳を持たなかった。
目についた人間全てを、己の命を費やし殺し尽くそうとした。
それはただの八つ当たりだ。ヒノカミは八つ当たりを許容しない。
今や目の前の蟲共はただの無差別虐殺者だ。ならば駆除対象である。
自分たちの怒りをも超える圧倒的な殺意を受けても、蟲は物怖じしない。
だがそれは勇敢ではなく蛮勇、いやただの考え無しだ。
彼等がそのように生まれたという事実は理解しているが、ヒノカミはこの世界の蟲というものが嫌いだった。
『仲間の為に簡単に命を投げ出す姿』を見せつけられると……同族嫌悪を抱かずにはいられないから。
『飛んで火にいる夏の虫め……そんなに死にたいか?』
ギシャァァァァァアッッ!!
『そうか……ならば望み通りにしてくれるわぁっ!』
間もなく現れた巨大な炎により空は赤々と照らされ、飲みこまれた蟲は死骸すら残さず焼却されていく。
仲間が傷つけられると烈火のごとく怒り狂い、己の身を顧みず敵を殺し尽くすまで止まらず、その後で自分の行いに後悔する。
『無関係な者を巻き込まない』という一線を守っていますが、本質的にヒノカミと蟲は同類です。