クシャナ達が目指す基地には第三軍以外の未だ土鬼の地に残る全戦力が集結している。
だからこそ船が残っているはずだが戦力差は歴然。真正面から仕掛けて勝てるはずもない。
故に当初の予定では、クシャナ達が本格的に行動を開始するのは夜になってからのはずだった。
まずは日中に周辺の地理や基地の状況や保有戦力を高高度より観察し、気付かれぬ位置に着陸。
兵士たちは陸路を行き、友軍の振りをして何食わぬ顔で基地へと侵入。
そして夜にそれぞれの船に襲撃を仕掛けて奪い取り離脱する。
安直で単純だが現実的で妥当な計画だ。
しかし今、怒れる蟲の大群が基地へと向かっている。
連中が辿り着けば蟲はトルメキア兵の群がる基地を襲うだろう。
勿論、クシャナ達が強奪しようとしている船も一つ残らず破壊してしまう。
とはいえ、迫りくる蟲の大群を排除するのも不可能。
ヒノカミですら『間引く』のが限界で精々足止めしかできない。足止めができると言うだけでとんでもないのだが。
クロトワは計画の中止と転進を進言する。
このまま基地に飛び込めば自分たちまで蟲の餌食になってしまう。
だがクシャナはこれを天祐と捕らえた。
どのみち連中の船を奪わねば彼女と部下たちは故郷に帰れないのだ。
ならばこの混乱を利用して速やかに目的を達成すべきと決断した。
2隻のコルベットは速度を上げた。負傷した二番艦も少し遅れてだがしっかりとついて来ている。
間もなく彼らの眼下に広大な平原の上に設立された基地が見えてくる。
クシャナの予想通り、基地は斥候である少数の蟲に襲われ混乱に陥っていた。
間もなくこれとはけた違いの数が襲ってくるとは知るまい。でなければ撤退を選んでいるだろう。
そして基地の奥の滑走路付近に並んだ大量の船。
信号弾を上げながらその近くに強引に降下したコルベットから、船の停止を待たず次々と船員が吐き出される。
「大変だ!蟲の大群が真っ黒になってこっちへ向かってるぞ!」
「空中で大型船がやられた!みんな逃げろ!!」
「船は駄目だ!地下壕へ隠れろ!」
作戦はこうだ。三人一組で編成した部下たちを放出して蟲の襲撃を声高に叫ばせ、基地全体を混乱に陥れる。
同時に基地の兵士たちを船から離れるように誘導して、船の警備を手薄にする。
その隙に部下たちは人混みをかき分け船の中へと潜入し、コクピットを占拠。
そのまま蟲から逃げ出す自軍の船の振りをして基地から脱出し、サパタへと帰還する。
急遽考えた作戦だが思うように上手くいった。
ここまで何とか持たせたコルベット二番艦が、着陸と同時に黒煙を上げて崩壊する様を見せつけたことも大きいだろう。
半壊した船には明らかに蟲にやられた痕も残っている。
そして二番艦の船員も、こちらは全員が船から離れ一番艦の兵士たちに続き慌てふためく演技を披露する。
危機感を煽るには十分だ。船の傍にいたはずの基地の兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。
「クロトワ、離陸を援護しろ!」
「了解!」
クシャナとクロトワだけを乗せたコルベットは再加速。
滑走路を駆け抜け再び離陸しようとする。
「!?あの船は!」
だが割り込んできた巨大な船がコルベットの進路を阻む。
トルメキア王家の所有する重コルベットだ。
頑強な船体をクシャナ達が乗るコクピット付近にぶつけてコルベットを破壊し、続けて離陸準備を進めていた船の前に威嚇射撃。
旗信号を上げて離陸の禁止を命じた。
重コルベットからぞろぞろと出て来た装甲兵が、コルベットの残骸の中に立つクシャナを取り囲む。
傍らのクロトワは激突の衝撃をモロに受け満身創痍。
そして二人を船上のタラップから見下ろすのは、丸々と太った体を無駄にきらびやかな装飾で着飾った醜い男。
クシャナの異母兄であり彼女の仇の一人、トルメキア第三皇子だ。
「土鬼での最後の日に妹に再会するとは不思議なめぐりあわせだね、クシャナ。
おかげで酷い貧乏くじだよ。兄たちがうらやましい。
先に帰ってしまったからね……妹がコソ泥として死ぬところを見ずに済む」
「そういう兄上も帰り支度ですか。
戦が不利になるといつでも兵を捨てて先にお帰りになる」
「ホホホ……クシャナはちっとも変わらないね。
私は生意気な女と頭が良い女は大嫌いだといくら言って聞かせてもすぐそれだ」
クロトワは薄れゆく意識の中で二人のやり取りに耳をそばだて周囲の状況を確認しようとする。
(いけねぇ、いつもの冷静なクシャナが逆上しちまってる……!)
折れたアバラの痛みに耐えながら、クロトワはゆっくりと顔を上げる。
周囲の装甲兵たちは油断なく自分たちを取り囲んでおり、兄皇子の合図ですぐに命を奪いに来るだろう。
ただの時間稼ぎにしかならないとしてもクロトワは必死に生にしがみつく。
身体は動かずともまだかろうじて声は絞り出せる。口車でもなんでも駆使してこの場を乗り切ろうとした。
「ぁ……あ……!?」
そしてクロトワは兄皇子に向けた視線を、更に先へと向ける。
「……は、はは……ははははっ、イテテテ……!」
そして突然笑い出した。兄皇子や装甲兵たちはこの絶望的な状況に気がふれたかと訝しむ。
だが違和感に気付いた。クシャナもまた唖然とした表情で、兄皇子に向けていた顔の向きはそのままに視線をその先へと注いでいた。
『おい』
兄皇子が立つタラップの先。重コルベットの船首の上。
蟲の真っ青な返り血に塗れた憤怒相の全身鎧を纏った巨漢が、いつの間にかそこに立っていた。
「なっ、何だ、貴様は!?」
『殺そうとしたな、我が友を。儂が守ると誓った盟友を』
ヒノカミはその場で片脚を軽く上げ、そして踏み下ろす。
ドカァァン!!
突如として重コルベットのコクピットが爆発した。
キャノピーがはじけ飛び黒煙が立ち上る。衝撃でタラップの上にいた兄皇子が吹き飛ばされ、無様に大地に叩きつけられる。
「げふぅっ!あ、が、何が……!?」
無駄な贅肉が衝撃を受け止めてくれたのか、兄皇子は大した怪我もないようだ。
……いっそここで死んでいた方がマシだったのかもしれない。
『ミンチか、チャーシューか……あぁ時間がないんじゃったな。素直に焼くとしようかの』
「貴様ぁっ!」
重力を無視するかのようにゆっくりと着地したヒノカミを、装甲兵たちは少なくとも敵と判断した。
鎧の近くにいた者たちが剣を構え一斉に襲い掛かる。
ボッ!
ヒノカミは蒼い炎を纏った腕を乱雑に振り抜いた。
軌跡上にいた装甲兵たちのセラミック装甲は熔解し、肉は消し炭すら残さず燃え尽き、唯一残っていた膝から下の部分が間もなく地面に倒れる。
「ひっ、いっ、なっ……!?」
『レア・ミディアム・ウェルダン……お好みの焼き加減は?』