ペジテを出発したガンシップは遠征にて使うはずだったルート……すなわちクシャナたちが通っていったはずの道を進み、当日の夜には腐海を通り過ぎていた。
以前は酸の湖で野営をしたが、あれは鈍重なバカガラスに足並みを揃えるため。
ガンシップは例えバージを引っ張っていようとコルベットよりも速い。
そして巨神兵オーマは全力のガンシップよりも速かった。
バージを連れておらずしかも強化改修されているペジテのガンシップよりも。
無事に土鬼の領地に足を踏み入れたことに安堵し、腐海のほとりで一夜を明かした一行は、これからどう動くかを議論した。
オーマは目立ちすぎる。安易に飛び回ればすぐに察知されるだろう。
クシャナの軍ならばヒノカミがいるので話は早いのだが、トルメキア本隊や土鬼軍に見つかれば厄介だ。確実に戦闘になる。
となれば、彼に隠れてもらい人間たちだけで情報収集をするしかない。
トルメキアと古い盟約を結んでいる辺境国家の民は土鬼から見て敵だが、幸いにも一行にはマニ族を代表して同行してくれた少女ケチャがいる。
彼女ならば土鬼の民に疑われることなく話を聞くことができるはず。
この近くに街があるという情報も持っていたので、ケチャとアスベルとユパの3人はカイとクイに乗って地上から街へと向かったのだが……街は腐海に飲み込まれていた。
彼等は知らないことだが、ここはクシャナ達も訪れナウシカとヒノカミが赤子の生存者を救い出した街だった。
まだそれから数日しか経過していなかったが、放置されたトルメキア兵の死骸を苗床として木々が生い茂り、大量の瘴気を吐き出していた。
生存者がいるはずもないと、ユパたちはその場を立ち去り仲間たちに事態を報告する。
ナウシカの予感は正しかったようだ。ここ土鬼の地で何かが起きている。
そう確信した一行はしかしいきなり躓いてしまい、どうやってナウシカを見つければいいのかわからない。土鬼の領地は広すぎる。
するとオーマが突然、『母の気配を感じた』と言い出した。
『母が強大な力を使っている』と。
彼の母ヒノカミはクシャナと共にいて、ナウシカはクシャナの軍に同行しているはず。
他に行く当てもないと一行はオーマの感覚を信じて飛び、カボの王都の先で蟲の死骸と瘴気に呑まれた平原に辿り着いた。
その真ん中には巨大な半球状の膜……酸の湖でもヒノカミが使ったという『領域』とやらがあった。
どうやらオーマはこの力を感じ取っていたらしい。
『母さん、本当に会いたかった。本当に無事でよかった』
『ありがとう。……そして済まぬ。
お主が生まれる瞬間にも立ち会えずに……』
『構わないよ。母さんが無事なら』
オーマに続いて地上に降りたガンシップから人間たちが飛び出して、領域の縁まで駆け寄ってくる。
土鬼の民であるケチャだけは、故郷を追いやったトルメキア兵を警戒してバージの中から睨みつけていたが。
「クシャナ殿下!」
「ペジテのアスベルか!?これは一体……」
「……御覧の通り、巨神兵です。ペジテの地下の門より生まれ出でた……」
「ではこれが、ヒノカミが守っていたものだと……!?」
「クロトワさんや!姫様はおられるか!?」
「あん?風の谷のじぃさんたちか。アイツならいねぇよ」
「なんじゃと!?どういうことじゃ!」
「ではいずこにおられるのか!?」
「わかったわかった。こっちも話を聞きてぇし、とりあえず中に入ってくれや。
すんなり通り抜けられるはずだからよ」
「おぉ……本当じゃな」
「……ぬ?何じゃ、腕に違和感が……動きが良くなった?」
「失礼する。我が名はユパ・ミラルダ。
其の方がペジテの地下でオーマ……巨神兵を守り抜いていたアスベルの師、ヒノカミ殿に相違ないか?」
『オーマ?……名を決めたのか?』
『うん。ラステルという子が考えてくれたんだ』
『そうか、良い名をもらったな。
……如何にも、其方が探している者は儂で間違いない。
だがどうか名は呼ばないでいただきたい。
今の儂は、その名を名乗る資格もない罪人じゃ』
「……罪人とは何か、犯した罪とは何かも気にかかる。だが今は……」
『世界の真実を知りたい、か?
ナウシカから聞いておる。恩師は長年それを求めて旅をしていると。
……クロトワ、船の修理にはまだ時間が必要と言っていたな?』
「あ?あぁ。聞こえてたと思うが、急いでも2時間はかかるそうだ」
『そうか……わかった。儂もここまでの旅で色々と確信を得た。
知りたいと言うなら知り得る限りの全てを語ってやる。オーマについてもな。
そしてそれが、儂の罪を明かすことにもつながる』
参加者はトルメキア側よりクシャナとクロトワ。
辺境側よりアスベル、ユパ、ミト。土鬼のケチャ。
そしてヒノカミとオーマだ。
他のトルメキア兵は巨神兵が気になって仕方がないが作業を続けるよう命じられており、風の谷の他の城オジたちはバージの中でカイとクイの世話。
領域を維持するには内側から出ることはできず全員に中に入ってもらったが、オーマは大きすぎて入るスペースがないため領域の外側だ。
一行は領域の縁に円になって座っており、オーマは領域の壁を背にしているヒノカミの後ろの岩の上に座っている。
会談はまずは互いの報告から始まった。
酸の湖で別れてからここに至るまでのクシャナ軍の経緯。
彼らの本当の目的が土鬼侵攻ではなくヴ王討伐であること。
故に土鬼の地に残って謎を調べたいナウシカはサパタの地で一人旅立ったこと。
土鬼が国土を腐海に呑ませることも厭わず蟲や瘴気を兵器として利用してきたこと。
部下の生き残りと合流したが船が足りず、強奪するためにここカボの基地を強襲したこと。
蟲の大群の進撃。しかし土鬼側の策略ではなくおそらくナウシカの言う大海嘯、あるいはその予兆であること。
ユパは蟲使いの村で土鬼が王蟲を培養している光景を目の当たりにした。
土鬼皇帝は辺境諸国への侵攻を決めたが、蟲と腐海を軽んじ味方すら切り捨てる皇帝に反感を抱くマニ族が離脱。
彼等と協力し蘇った巨神兵の力もあって侵攻を退け、今はクシャナが残したトルメキア兵たちが各国と連携して再侵攻に備えている。
もはや辺境諸国もこの戦争に無関係ではなく、事態を収束させるため。
そして一人戦い続けるナウシカの力となるためにここ土鬼の地までやってきたこと。
「そうか……私の部下たちは勇敢だったか」
「彼らが命を賭けて戦っていなければ、我が祖国は焼かれていたでしょう。
ペジテを代表し、改めてお礼申し上げる」
「かしこまるな。古い盟約を思えばこれは我らの義務である。
私が玉座についた後も、引き続きよろしく頼みたい」
「はい」
「そしてマニ族の少女よ。我等が盟友への助力、感謝に尽きぬ。
恩義には必ず報いる。トルメキア全軍を撤退させ、其方らを故郷の地に帰すと約束しよう」
「……フン」
「さて、我らが語るべきはここまでか……其方の番だ、友よ」
『あぁ……では明かすとしようか……全てを』
「「「!?」」」
突如として、ヒノカミの全身が燃え上がる。炎の中で鎧が崩れ落ちていく。
そして顔につけた仮面だけはそのままに、真っ赤な異国の服を着た女が燃え残った。
「女……人間!?」
「機械兵士では、なかったのか!?」
「巨神兵の『母さん』と言う言葉……聞き間違いかと思ったが……!」
「見ての通り、儂は機械兵士ではない。
しかし人間でもない。とんでもない人でなしじゃよ」
「もしや……其方、ヒドラか!?」
「ユパさま、ヒドラとは……?」
「旧文明が作り出し使役していた人造人間じゃよ。
良く知っていたな。土鬼の奴らが使っておるのか?」
「初代神聖皇帝が土鬼の地を征服した時に従えていたと聞いている」
「そうか。どうやら奴らの不死性も把握しているようじゃな。
儂も同類かという問いには『否』と答えよう。儂の不死性はヒドラの遥か上を行く。
何しろ老いだけでなく、飢えすらもないのだからな」
「「「……!?」」」
「儂がどのような存在かを語れば長くなる。今はただ化け物とだけ認識してもらえればよい。
今はこの世界の真実について……時はおよそ千年前、火の七日間の前にまで遡る」
ヒノカミは鎧が消えても組まれたままの掌を上げ、仮面の前へと持っていく。まるで神に祈りを捧げているようにも見えたが。
「儂は人間として、一人の科学者として社会に紛れて生きていた。
わずかな人間の同志と共に、世界の汚染と荒廃を食い止めるために研究を続けていた」
それは祈りではなく、懺悔であった。
ヒノカミの姿は大きい方です。
理由はやはり子供に見える小さい体では信用を得られにくいから。
何しろ世界が滅ぶ寸前、わずかなおふざけも許されない。