およそ千年前。今となっては旧世界と呼ばれる時代。
人類は栄華を極め、世界中の至る所で暮らしていた。空を飛び越えた先にある漆黒の海にすら島を浮かべていた。
世界中のあらゆる謎は科学によって次々と解明されていった。
長年人を蝕んでいた不治の病も治療可能なものになり、寿命はますます延び、やがて死すら覆せるほどに至った。
便利な道具もどんどん増えていった。
人類のあらゆる欲望は知恵により容易に叶えられるようになり、不可能とされた一部の例外も少しずつ現実の物となっていった。
まさにこの時代が、この世界における人類という種の絶頂期であった。
だが彼らは人類もまた動物であり、自然の一部であることを忘れてしまっていた。
彼らがそれに気付いたのは星の命を極限まで削り切り、もう取り返しがつかなくなった後だった。
彼らの技術も無から有を作り出せるまでには至っていなかった。文明を支えていた資源は一瞬で枯渇した。
無駄に増え過ぎた数百億という人間が残された僅かな物資を求め、同じ国の仲間どころか親兄弟とすら奪い合い殺し合う時代が到来した。
世界中に人類がはびこっていたからこそ争いは世界中に広まった。
一部の知識人たちはこの未来を予見し、ずっと警鐘を鳴らし続けていた。
『このまま貪りを続けていては人は滅びる』と。
だが欲に溺れた人間たちは耳を貸すことはなく目先の恩恵を享受し続けた。
やがて説得を諦めた彼らは志を同じくする賢者を募り、既存の国や組織に頼らず自分たちだけで世界を救うために活動した。
ヒノカミもそこに参加した。優れた知識と技術に加え超常の力さえ持っていた彼女はすぐに頭角を現し、間もなく組織の長として賢者たちの集団を率いるようになった。
だが結局、旧文明の崩壊は止められなかった。
いや、止めるどころか僅かに遅らせることすらできなかった。
数が違いすぎるのだ。数百人という賢者が一騎当千の働きをしても、その億倍の人間が欲望の赴くままに浪費を続けていては焼け石に水どころではない。
噴火に伴う溶岩の濁流を手桶の水で消火しようとするようなものだ。結末は必然だった。
そしてついに崩壊が始まると人間たちは次々と理性を失い、制御不能の暴徒となってより一層世界を傷つけ始めた。
汚染された大地では稲穂も果樹も育たない。
わずかに残された清浄な地を奪い合い、その争いで大地が更に汚染される。
何とか種をまいても、人間たちは成長を待つ前に土を掘り返してその種すらも食べてしまう。
極限状態に追い込まれた人間たちは『いずれ訪れる豊穣』ではなく『今を生きる糧』をひたすらに追及し続けた。
他人どころか未来の自分すらも蹴落として、今を生き延びることにただひたすらに必死だった。未来を考える余裕などなかったのだ。
崩壊が始まっても人類は悔い改めることなく終始この調子だった。
賢者たちが知恵を絞って生み出したわずかな資源を、堕ちた愚者たちはまるでイナゴの群れの如く瞬く間に食いつぶしてしまう。
それどころか賢者たちが持つ復興を進めるためのわずかな資源すら奪い取ろうと襲撃する者もいて、『己に仕え我が国を復興させよ』と迫る傲慢な王も次々と現れた。
賢者たちは世界を救うための研究と並行して、自衛のためにも労力を割くしかなかった。こんな状況で復興なんてできるはずがない。
ヒノカミはこの世界の人類を見限り始めた。
部下たちの中からも『人類が減るのを待つべきでは』という意見が出るようになり、日に日に失望の声は大きくなっていた。
事態が動いたのは、どこぞの国に仕えていた天文学者の発見だった。
星の海を越えた遥か遥か遠くに、人類が移り住める惑星を観測したという情報が入ったのだ。
賢者たちも独自に調べてみたところそれは事実と判明した。
知的生命体はまだ生まれておらず、しかし大気は存在している。
とんでもなく遠いが決してたどり着けない距離ではなく、残る人類が一丸となれば移住するための船を作り出すことも不可能ではないだろう。
新天地があれば、人類がわずかな物資を奪い合って争う理由は無くなるのだ。
そして人類から解放してやればこの星を休ませてやることができる。
安定した環境下で復興を加速させれば、荒廃したこの惑星も元の美しい姿に戻せるはずだ。
賢者たちは絶望の中に見えたかすかな希望に期待せざるをえなかった。
だが人類の愚かさは賢者たちの上を行った。
移住可能な惑星が見つかったことを知った各国は団結するではなく、『他の陣営よりも速く辿り着き占拠すれば自分たちだけはあの繁栄を再び味わうことができる』と考えた。
それぞれの国に残る僅かな資材を無理やりかき集め、足りなければ他国に攻め入って奪い取り、自分たちだけを運ぶ箱舟を作り出そうとしたのだ。
争いは止むどころか激化した。人類はこの期に及んでも他者と手を取り合うことなく、蹴落とし合いを選んだ。
「その光景を見た時、儂は『もう無理だ』と諦めた。
人類はケダモノどころか、寄生虫以下にまで落ちぶれていた。
これ以上その存在と横暴を認めることはできなくなった」
この寄生虫どもが新たな星に辿り着けばまた貪りを始め、跡形もなく喰らい尽くして、また次の星を探し求めるだろう。
駄目だ、それは。
この世界の人間を星の海に解き放てば破壊と侵食はやがて宇宙全てに広がってしまう。
そしてヒノカミは決断した。
彼女は『神』であることを止め、『鬼』となった。
賢者たちの組織から離れ、自ら公開を禁じていた危険な技術を総動員し、この世界で実現しうる究極の力を持った兵士を……。
「巨神兵を生み出した」
「「「「「………………え?」」」」」
「あの頃の儂は、今よりもずっとずっと弱かった。
それこそヒドラ一匹と大差ないほどに。だから創り出すしかなかったんじゃ。
人類の争いを力づくで止め、それでも悔い改めぬ者に裁きを下す『戦いの神』を」
彼女の本当の技術力は、今の時代よりもはるかに発展した旧人類の科学力すらも遥かに凌駕していたのだ。
何しろ僅かなら完全な『無』から『有』を生み出すことすら可能なほど。
彼女はその力を救済ではなく破壊のために振るった。
世界中の国家が結集しても太刀打ちできぬ最凶の戦士として生まれた巨神兵たちは、母の命に従い世界中へと飛んだ。
そして星の海へと漕ぎ出そうとする船を、人類の希望を、悉く破壊した。
「何の罪もない幼い子供もいたじゃろうなぁ……。
生まれて間もない赤子もいたじゃろうなぁ……。
己の愚かさを認めて改心し、真っ当にやり直そうとしていた人間もいたじゃろうなぁ……!」
それを理解していてヒノカミは『滅ぼせ』と命じた。
害虫だけを選んで駆除するような力も時間もなかったから、漏れなく殺し尽くすことを選んだ。
「新天地への移住は、当時の人間たちに残された最後の希望。
各国は国力を上げて船の建造に挑んでいた。
有能な人材も、残された物資も、何もかもを費やして作り上げた船に残る全てを詰め込み飛び立とうとしていた」
その船が破壊されたのだ。人類が文明を維持する力は完全に失われた。
裁きの炎を免れた者ももはや生き延びる術はなく、絶望と失意の中で死に絶えるだろう。
そして旧人類は完全な滅びを迎える。たった一人の鬼の決断によって。
人々の希望を奪い終末をもたらした『炎纏う巨神たちの進軍』。
何の皮肉か、それはかつて神が『世界を作り出した』とされる時と同じ日数であった。
「傲慢な『火の神』がまき散らした炎が、人々の未来と希望を飲み込み世界を燃やし尽くすまで、わずか一週間。
これが、『火の七日間』じゃ」
『火の七日間』以前には王蟲のような巨大生物はおらず、科学により発展していたこの世界の強度は低く、よってヒノカミの力は著しく制限されていました。
それでは物質の具現化も、せいぜい植物の種や鉱物の欠片を作り出すので精一杯。
癒しの炎による大地の浄化はもちろん、悪だけを選んで排除することも到底できはしない。
目の前に会ったのは『全てを貪る寄生虫が宇宙に飛び散ることを許容するか』、『その前に善も悪も構わず全てを滅ぼすか』の二択だけ。
そして彼女は後者を選択しました。