『火の神』によって引き起こされた『火の七日間』によって、旧文明は滅んだ。
しらみつぶしに殺戮を繰り返したわけではないので生き残りもいたが、やがて死に絶えるだろう。
……そのわずかな生き残りだけであれば、ヒノカミが支えることもできた。
復興の妨げになっていたのは『多すぎる人間』だったから。少数ならばどうとでもなる。
しかし人類の絶対数が、種を維持するには足りないだろう。絶滅がほんの少し先延ばしになるだけ。
それにどの面を下げて彼等の前に姿を見せられると言うのか。
人類を見限ったヒノカミは、人類と共に歩む資格を失ったのだ。
故に彼女は、地下深くで永い眠りにつくことを選んだ。
世界の全ては炎の中に消え、残されたのは汚染された大地だけ。やがて人間のみならずあらゆる生物が絶滅するだろう。
だが地球という星そのものが死んでしまったわけではない。
何千年どころか何万年も先になるだろうが、やがて地上には新たな自然が生まれ、知的生命体が生まれ、そして人類と呼べるものが生まれるだろう。
その遠い未来の世界には、旧文明の痕跡は何一つとして残っていまい。
だから伝えなければならない。かつてこの星に人類が栄え、そして滅んだことを。
新たな人類が同じ過ちを繰り返さないように。
それが彼等を滅ぼした己の責務であり贖罪であると、ヒノカミは考えた。
そして役目を終えた巨神兵たちは、母の傍で寄り添うことを望んだ。
重ねて言うが、当時のヒノカミは本当に弱い存在だった。
まさか今ほどの力を発揮するようになるとは思いもしなかった彼等は、力なき母を孤独な未来へ送り出すことが不安で仕方がなかった。
だが彼らはヒノカミとは違い不死ではない。
永久機関を積んでいるので食事は不要だが、寿命はある。冬眠するような機能も備えられていない。
だから彼らは母に『母と共に歩むことができる末弟を一人、連れて行ってほしい』と懇願した。
「それが、ここにいるオーマじゃ。
この子はたくさんの兄たちの実動データを反映させ、兄たちから提供された生体組織を使って構成されておる。
……新たな巨神兵の製造に必要な物資は儂自身のせいで、軒並み燃え尽きてしまったからの」
人類が滅び争いも消え去った世界に、調停者であり裁定者である巨神兵の存在意義はない。
寿命はあってもすることがなく、やりたいこともない。生き続けてもやがて無意味に滅びるだけ。
ならばこそ彼らは『自分たちの体を弟を生み出すために使ってほしい』と願い出た。
弟の一部となって、人と歩む資格を失った母の隣を歩き続けようとしたのだ。
「オーマの能力はあらゆる面で兄たちを遥かに上回る。
寿命の伸長はもちろん休眠機能も獲得した。
出力も大幅に向上したが余剰光は抑えられており無駄な破壊を広げることもない。
やろうと思えば単独で火の七日間を再現することすら可能であろう」
言い方は悪いが、伝承にある巨神兵たちは少ない物資で作った急造の兵士だった。
対してオーマは長い時間をかけ、十分な量の素材を用いて作り上げられている。性能差は歴然だ。
「だが調停者であり裁定者であるこの子の力が必要になる時とはすなわち、再び人類同士の争いが起きた時。
オーマには悪いが……力を振るう機会が来ないことを望んでいた。
だから生まれる直前の状態で作業を中断し、共に眠りにつくことにした」
人間たちの争いにより再び地上が地獄になった時に扉が開き、動き出した神の兵士は地上を焼き尽くし更なる地獄を作り上げる。
ヒノカミが守っていた扉はまさに『地獄の釜の蓋』だった。
「……じゃが人類が儂の下に辿り着いたのは、たったの千年後じゃった。
そしてアスベルから話を聞き、今の人類は旧文明の人類から地続きであることを知った」
人類は滅びておらず、どころか国家すら形成するほどの数が生きていると知った。
食料は田畑を耕して得た実りや小動物の肉、鳥類の卵などを糧にしているという。何百万もの人間が食いつないでいけるほどに植物や動物が存在しているということだ。
信じられなかった。ヒノカミが最後に見た地球はほぼ全域が猛毒に汚染され、どこもかしこも雑草すら生えぬ不毛の荒野だったのに。
千年程度で復興できるほど生易しい環境では決してなかった。
「クシャナに連れ出されて地上を目の当たりにし、ナウシカから話を聞いて、確信した。
腐海じゃ。火の七日間の直後に生まれたというあの植物群が急速に毒素を浄化している」
完全な無毒化はできず『地中から吸い上げた毒素の一部を瘴気として吐き出す』という深刻な欠点はあるようだが、だとしてもあまりに世界に都合が良すぎる生物だ。
出現も突然すぎる。ヒノカミが眠りについたのは火の七日間の直後だが、その頃にはそんな植物など影も形もなかった。
「儂はこの世界の地図と、土鬼が腐海を兵器として利用した光景を見て確信した。
土鬼の聖都シュワ……あそこはかつて儂が所属していた組織の研究所があった場所じゃ。
儂が人類を見限り滅ぼした後で、生き残った賢者たちが腐海を作り出したのだと察した」
巨神兵が破壊し尽くしたのは争いを止めず、星から逃げ出そうとする者たちだ。
争いから離れ地球を救おうとしていた賢者たちと、彼らの施設は対象外となる。
「儂が研究所にいた頃には『汚染された大地でも育ち実をつける植物』を生み出す研究もしていた。
あ奴らはそれを更に発展させ、生物を利用した強引な自然再生……バイオメディケーションを試みたのであろう」
シュワの墓所の力を借りている土鬼が腐海や蟲を操る手段を持っているのは当然である。何しろ腐海を生み出した張本人だ。
そして世界の浄化が目的である墓所の連中にとっても、腐海を一気に広げる行為はメリットですらある。
今を生きている人類への負担は深刻だが、その分世界の浄化が早く終わるのだから。
「おそらく今の墓所にいるのは儂が裏切ってしまったかつての同胞たちの末裔か、その知恵を引き継いだ何者か。
だがいずれにしても少数であろう。たとえ旧文明の技術を全て引き継いでいたとしても単独で千年も維持できるとは思えぬ。
故に時の権力者に頼る必要があるわけじゃ。そして今は土鬼の皇帝にくっついておるんじゃな」
およそ二百年前、とある男がシュワの墓所に辿り着き協力を取り付け、土鬼神聖帝国を作り上げた。
そして初代皇帝となった彼の息子ミラルパが現皇帝となった今も共生関係が続いている。
「これらを知った儂は深く失望したよ。人類は千年前と何にも変わっていない。
腐海に呑まれ蟲に脅かされ、それでも手を取り合うことなく糧を巡って殺し合う。
『世界を救うために』とかつての同胞たちが生み出した技術すら利用してな。
思わずにはおれんよ……ちゃんと根絶やしにしておくべきだったのかとな」
「「「「「!?!?!?」」」」」
「墓所の連中も同様じゃ。主義を曲げ、人類同士の争いを助長し多くの死者を出すような真似は到底看過できぬ。
故に儂は、巨神兵を目覚めさせる決断をした。
トルメキアと土鬼が一線を越えた時、即座に両国を焼き尽くすために」
『………………』
掌を組んで領域を背に座るヒノカミの向こう側、薄い膜越しに巨神兵の両目が禍々しく光る。
視線を向けられた人間たちは、話が全く聞こえていなかった兵も含めて一斉に顔をこわばらせ、怯えて後ずさる。
「案ずるがよい。先ほど告げた通り、今の儂にはかつてとは違い大きな力がある。
それに人間の数も少なく、兵器の質も玩具同然。
時間をかければ兵士と悪人だけを選んで殺し尽くすことも不可能ではなかろう。
その破壊に伴う二次災害まで面倒を見てやるのは無理じゃがな」
仮に火の神と巨神兵が動き出し、トルメキア王国と土鬼神聖帝国を滅ぼしたとすれば。
見逃されたが故郷を失った民はそのまま朽ち果てるか方々に散らばるか。
辺境諸国も無関係ではいられない。いや、欲深い者が『今こそエフタルの再興を』などと言い出す可能性もゼロではない。
いずれにしても間違いなく世界は荒れる。
そして再び戦乱が起きれば、また巨神兵が世界を焼く火をまき散らし、世界は火に包まれる。
「例えシュワの墓所の力を借り受けようとも無駄じゃ。
如何なる物質もこの子の光から逃れることはできぬ」
『僕は戦士オーマ。調停者にして裁定者。
争いを引き起こす者と、悪に裁きを下す者だ』
「心せよ人類。『火の七日間』の再来は、もうすぐそこにまで迫っているぞ」
本作の巨神兵は原作の完全体を更に大きく上回ります。
理由は本文にて書いた通り。
原作ではボロボロだったとは言え墓所を消し飛ばすことができませんでしたが、本作はやろうと思えば一撃で決着がつきます。