重コルベットにて土鬼各地の都市を巡り始めたクシャナは、全てのトルメキアの兵と民に『自分たちと共に土鬼から撤収せよ』と命じた。
反発する者は多かった。彼女がヴ王に対する反逆者と見なされていたことだけではない。
『土鬼から奪った物資や捕らえた奴隷は全てを放棄せよ』と命じられたからだ。
第二軍と共にやってきて土鬼の領地を植民地化していた彼らは傲慢な貴族の出身者ばかりであり、自身の財産を奪われることに過剰な拒絶反応を示していた。
だが反抗は無意味である。
クシャナの後ろには彼女が鍛え上げた勇猛果敢な第三軍の精鋭たちと、山のように巨大な船と、それを抱える巨神兵がいる。
巨大船に武装はないが、過酷な星の海でも進めるようにと作られた強固なセラミック装甲は現代のひ弱な兵器の砲撃程度では傷一つつくことは無い。
そして伝承に語られる旧世界の怪物。その恐ろしさを知らぬ者はこの世界にいない。
どうしてここにいるのか、何故クシャナに従っているのかはともかく、たったの一体であろうとトルメキア全軍で挑んでも勝てない相手であることは間違いない。
たとえ最後までクシャナの命令に抗いこの地にとどまったとしても……いや、本隊が既に土鬼の地から逃げ出し助けは来ないとなれば、暴力による支配の維持は不可能になりやがて反旗を翻した土鬼の民に殺されてしまうだろう。
本国からの支援がなければ彼らは立ち行かない。クシャナに助けてもらうしか生き延びる道がないのだ。
ようやく理解した彼等は、不満を漏らしながらも従うしかなかった。
都市を巡るほどにどんどんと乗員と荷物が増えていくが積載量にはまだまだ余裕があり、生活するにも問題はない。
ヒノカミがこの巨大船を具現化する前に、衣類や保存食などの必須物資を大量に具現化していたからだ。
数百万人の食い扶持がいても一ヵ月は持たせられる量である。
当初は『備えが過剰すぎる』と漏らしていたクロトワだが、やがてヒノカミが正しかったことを思い知る。
乗員がトルメキアの人間だけではなくなったからだ。
今の巨大船には土鬼の民も大勢詰め込まれている。
どうやら土鬼は、腐海の制御に完全に失敗したらしい。
トルメキア本隊は撤退したというのに彼らが用いた腐海の植物が吐き出す瘴気は強くなるばかりで、加えて瘴気におびき寄せられてしまったらしい蟲が国土で次々と死に絶え、死骸を苗床として木々が成長。腐海の拡大に歯止めが効かなくなっていた。
瘴気に追われた人々は住み慣れた地を捨ててまで必死に風上へと逃げているが、人の脚では腐海の侵食速度には敵わない。
それにたとえ逃げ延びたとしても清浄な土地があとどれほど残っているのか。
何故か皇帝の動きがまるでない現状では、土鬼の民たちの逃避行は絶望的と言えた。
そんな彼らが目にしたのが、クシャナの隣に立ち厚遇されている同族の少女ケチャだった。
トルメキアは敵国でありクシャナは『トルメキアの白い魔女』と恐れられた憎き仇であるが、ヴ王に反旗を翻したという今のクシャナは土鬼の民を虐げない。
ケチャの暴言混じりの言葉を不敬と断じることもなく真摯に耳を傾け、トルメキアの暴挙で何もかも失ってしまった貧しい民には船から運び出した食料を分け与えている。
サパタの都城から解放されたサパタ族をはじめとした同胞が口にしていた『クシャナ軍から食料を分けてもらった』という噂が、嘘ではなかったのだと信じるには十分な光景だった。
だから追いつめられた土鬼の民から、助けに来てくれない皇帝よりも目の前にいるクシャナに縋る者が現れた。
土鬼は多民族国家。かつては『土王』と呼ばれる統治者がいたが今ほど団結を強制するようなものではなく、それぞれの部族が独立して国家のような集団を形成していた。
そこに、およそ200年前にやってきた先代皇帝に武力統一され今の形になった。
土鬼の民は同族や故郷への執着心は強くそれを脅かす侵略者を過剰に憎むが、『土鬼』という国家や土鬼皇帝への忠誠心はそこまで高くはなかったのだ。
そしてヒノカミに『偉大な王になる』と誓ったクシャナは彼らの手を取った。
敵であろうと味方であろうと、救いを求める民を見捨てるような王は彼女の思い描く偉大な王ではない。
巨大船の中で区画を分け互いに接触させないように気を使いつつ、土鬼の民もトルメキアの民と同等の待遇で保護した。
多くの同胞が匿われていると知れば『自分たちも』と願う者たちも当然増えてくる。クシャナはその全てを受け入れた。
今は各地の都市だけでなく放浪する土鬼の民がいればガンシップを向かわせて対話し、相手が望むのであれば巨大船を降ろして受け入れた。そうでなければいくらかの物資を持たせて比較的安全な方角を示し送り出した。
そんな地道な活動を続けていたおかげか、ついに彼らが欲していた情報の一つが手に入る。
高台の丘の上に避難していた大勢の土鬼の一団。彼らは『白い鳥が危険を知らせてくれた』と一様に口にした。
「間違いない、ナウシカだ」
どうやらメーヴェに乗った彼女は未だ土鬼の各地を飛び回り、住民の避難を呼びかけているらしい。
そしてもう一つの情報。土鬼が生み出した突然変異の粘菌が、猛毒の瘴気をまき散らして国土を蹂躙しながら一か所に集まろうとしているとか。
今まで集めて来た、腐海から飛び出した蟲たちが向かう方角とも一致している。
ナウシカが向かうとしたら、この場所だ。
クシャナとしても、土鬼の地を飛び回ったナウシカが持っているであろう生きた情報が是非とも欲しい。
『救援に向かいたい』というユパとミトの要望を承諾し、2隻のガンシップとバージを送り出した。
そして翌朝、バージに積んでいた無線機を通じてクシャナたちの下へ連絡が届く。
『ナウシカを発見した』と。
だが続く彼等の言葉は合流予定時間ではなく救援要請だった。
重コルベットと巨大船は救助作業を一時中断し、ガンシップの向かった地へと飛翔する。