ガンシップとバージが粘菌の集合地点の近くまでたどり着いたのは夜明けの直前。
彼らが目にしたのは粘菌がはい進んだ後が波紋として残る荒野と、目的地を目指す途中で息絶えたらしい夥しい数の王蟲の死骸。
どれもこれも表面はカビに覆われており、良く見れば甲殻だけで内側の肉がない。おそらく粘菌に食われたのだろう。
「なんという光景だ……!」
「本当に何もかも食われてしもうたのか……!?」
『そろそろ夜が明けます』
通信機越しにペジテのガンシップから届いたアスベルの声に、風の谷のガンシップに乗って眼下の様子に目を凝らしていたユパとミトは顔を上げる。
空は一面黒雲に覆われているが、そのわずかな隙間から光が射した。
「王蟲の死骸が……!」
日を浴びた腐海の植物は急成長を始める。
王蟲の亡骸を飲み込み、樹高十数メートルという高さにまで一気に伸びる。
「……っ、正面を見てくだされ!」
『あそこは……粘菌と蟲の合流地点か!?』
「なんと巨大な森だ……たった今出来上がったというのか!?」
「粘菌とやらは何もかも飲み込んでしまうのではなかったのですか?
だと言うならなぜ腐海の植物が……」
「わからぬ……急ごう」
風の谷のガンシップがバージを振り落とさぬギリギリまで速度を上げ、ペジテのガンシップが追走する。
やがて更に森の中心部に近づくと。
『緑一色……何だ!?何かいる!』
「蟲か?」
『違う……人間だ!蟲使い!?』
「とんでもない数です!奴ら、蟲を追って歩いて来たのか!?」
「……なんだ、動きが慌ただしい。……揉めている?」
大半が腐海の植物に呑まれ森と化した中、わずかに残った平地に何百……いや何千もの人間がひしめいている。
確認するために近づくユパたちの前で、何かが人の集団の中から飛び立った。
「土鬼の飛行ガメ?……あれは!」
「メーヴェだ!姫様!」
ワイヤーで吊り下げられた白い凧を見て、前席に座るミトが舵を切る。
探し求めて来た敬愛する姫がいるかもしれない。そうでなくともようやく見つけた重要な手がかりだ。
暴風を纏うガンシップで小さな飛行ガメに近づけば風で煽って危険に晒してしまうが、ミトは焦りで我を忘れていた。
『お待ちなさい』
「「『!?』」」
しかし突如頭の中に響いた青年の声で我に返り、速度を緩める。
『あなた方はナウシカ殿の友なのですね。
どうか焦らないで、彼女はここにいます』
「念話か?あの飛行ガメから……?」
『はい。……今はこの地を離れましょう。どこか、船を降りて話ができる場所へ』
「こちらの声も届いておるのか……ミト」
「……わかりました。途中で見かけた高原に。先導します」
『お願いします』
進路を変え、ガンシップとバージがゆっくりと飛んでいく。飛行ガメもその後を追う。
やがてまだ瘴気の届いていない山の上へとたどり着いた。
ガンシップは広さのある岩肌の上に着陸し、飛行ガメは少し離れた草原の上に降りた。
「姫様っ!」
完全に停止するのも待たずミトは船から飛び降り駆け出す。
ユパとアスベル、バージにいたもう一人の城オジもその後ろに続いた。
飛行ガメに乗っていたのは土鬼の僧侶と僧兵が一人ずつ。
おそらく声の主であろう、蟲の内臓で作った防護服に身を包んだ青年。
意識のないナウシカと、それに寄り添う小さな少年だった。
「どうかお静かに。彼女は暗い深淵の縁にいる。
無理に起こすのは危険です」
「むぐっ……」
「其方……森の人か?」
「はい。セルムと申します」
腐海を旅してきたユパでも、噂で聞いただけで実際に会うのは始めてだ。
火を捨て、人界を嫌い、腐海の奥深くにて蟲との共生を成し遂げた人間。
蟲使いの祖であり最も高貴な血の一族とされている。
「何故森の人が腐海より離れた土鬼の地に……」
「蟲たちの大移動……その理由を確かめるために父は私を遣わしました。
そして、この少女に出会った」
「姫様は一体どうなってしもうたのです?」
「ナウシカは、王蟲と一緒に森になろうとした」
「なんですと!?」
「森に……!?」
ミトたちの疑問に応えたのは今もナウシカから離れぬ少年だった。
「チククは、ナウシカから聞いた。
『南の森が助けを求めている』と、王蟲が言っていたと。
南の森は、粘菌のことだった。だから王蟲は自分たちが森になって粘菌を受け入れようとした」
「蟲は粘菌を攻撃しようとしていたのではなかったのか!?」
「違います。森にとっては突然変異体の粘菌でさえも仲間なのです。
己の骸を森にして、互いに食べて混ざり合う……それが森と蟲との友愛の形なのです」
「我等人間の愚行を、蟲たちは多大な犠牲を払い食い止めてくれたのです。
王蟲を神聖視する古い土鬼の教えの通りでした……」
ナウシカの力を借りて陣頭指揮に当たっていた土鬼の僧チヤルカは、この惨事を引き起こした者としてただひたすらに己の行いを悔いていた。
「それに気づいたナウシカ殿は王蟲と共に、己も森の一部になることを望みました。
だから王蟲は彼女に心を開き、しかし共に連れて行くまいとした。
今の彼女の心は王蟲の去った深淵の岸辺にいます。
……戻ってくるかは彼女自身が決めるでしょう」
「そんな……姫様……!」
崩れ落ちたミトは、何の反応も示さぬナウシカの手を握りしめ泣き崩れる。
ユパもまた顔を伏せ、アスベルは思いを口にした。
「聞けば聞くほど信じられなくなるな……そんなに優しく気高い王蟲が、『人の手で作り出された生き物』だなんて」
「……なんですって!?」
ここまで常に穏やかでいたセルムが、思わず声を荒げてアスベルに聞き返す。
「師匠が教えてくれたんだ。シュワの墓所の奥にいる旧文明の科学者たちが、汚染された地上を浄化するために腐海と蟲を作り出したって」
「腐海が、人の手により作られた……!?」
「っ、そうじゃ!あのお方ならば姫様の御心を救えるのでは!?」
「!確かに師匠ならできるかもしれない!」
「その『師匠』とは一体……!?」
「辺境の地下深くで眠りについていた、旧文明以前の時代より生き続ける賢者だ。
およそ知らぬことは無く、其方の疑問にも全て答えてくれるだろう。
面会を望むのであれば共に向かうか?」
「……お願いします。ですが今のナウシカ殿をあまり遠くに動かすのは危険だ」
「わかった。こちらにお越し願おう。
土鬼の僧官殿、其方も今しばらくお待ちいただきたい。
我等とその賢者はトルメキアのクシャナ皇女と行動を共にし、民の救助活動に当たっている。
トルメキアの民のみならず多くの土鬼の避難民も保護しているのだ」
「なっ……!?」
「僧官殿が姿を見せれば彼等も安堵しよう。
避難民たちのこれからについても、話をさせていただきたい」
「……わかりました」