間もなくセルムたちの前に現れた巨大な船。そしてそれを抱える巨神兵。
到着を待つまでの間にお互いに情報交換は済ませていたが、あまりの異様に言葉を失い立ちすくんでいた。チヤルカとチククもだ。
『お待たせ、ユパ』
「ご足労すまない、オーマ殿。だがすまぬ。
この周囲を探したがその船を降ろせる場所がなく……」
『船尾を預けられる場所さえあればいい。
船首を僕が支える。何日だって耐えられる』
「すまぬ」
周囲を見渡した巨神兵が山の頂上付近に船尾を乗せ、飛翔したまま船首を持つと、間もなく船のエンジンが停止した。
これでヒノカミの意識は戻っているはずだ。
「ゆこう」
「……」
「う、うむ……」
既にミトとアスベルはそれぞれのガンシップに乗って巨大船の中に着艦している。
唯一案内のために残っていたユパがチヤルカたちと一緒に飛行ガメに乗りこみ、巨神兵の巨体をも超える巨大な船の中へと入っていく。
「おっきい……」
「これが旧文明の作り上げた、星の海を渡る船か……」
「賢者殿が言うには、これでも機能のほとんどを制限しておるとのことです。
『ガワとエンジンをこしらえるだけで精一杯だ』と。
なので階層を越えての移動は、後付けした階段や『これ』で行っております」
待ち構えていたミトが一行をエレベーターへと案内する。
ペジテの地下坑道の移動に使われていたものの複製で、これもまたヒノカミが先んじて具現化していたものだ。
船内で用いている他の道具や装置も全て、同様に今の文明で使われている物の複製品である。
消費を抑えるために船内の機能を使うことができないからではあるが、仮に使用できても今の人類には使い方が分からず使いこなせないだろう。
「幻とは言え、これほどの物を瞬時に生み出すとは……まさしく『神』としか言いようがない」
「セルム殿、かの賢者はそう呼ばれることを忌避している様子。
どうか御前ではその言葉は謹んでいただきたい」
「かしこまりました、ユパ殿」
「……チヤルカ殿、あちらを」
「あれは……!?」
エレベーターで上へと昇っていく途中、ミトに促されたチヤルカは眼下の巨大な区画を目の当たりにする。
その中には保護された何千人もの土鬼の民がひしめいていた。
後から割り当てたのでここは貨物室であり、だだっ広いだけで居住には向かないが、それでも今の地上よりはよほど安全だ。
民たちの表情には不安はあるが、肌の色は悪くない。食事を始めとした環境は決して悪くはないのだろう。
「土鬼の民の生き残りがこんなに……!
絶望の中で、かすかな希望が見えました。皆様方への感謝は絶えませぬ」
「決断なされたのはクシャナ姫様で、応じたのは賢者様です。
その言葉はどうか彼女らへ」
「……わかりました。いずれ必ず」
船内に案内したが、チヤルカがクシャナと対面するのはしばらく先延ばしにする予定だ。
離反したとはいえ『トルメキアの白い魔女』と恐れられるほどに多くの土鬼の民を殺したクシャナと、皇帝に再考を何度も具申したが最終的には腐海を利用することを是としたチヤルカ。
互いの為にも今は顔を合わせない方がいい。彼ら自身も彼等の周囲の人間も、まだ割り切ることはできないだろうから。
「つきましたぞ」
エレベーターが頂上にまでたどり着き、艦橋に繋がる扉が開く。
「よく、きた、の」
部屋の真ん中、彼らの正面にいたのは、椅子に全身を預ける恐ろしい仮面をつけた赤い服の女だった。その隣には先回りしていたアスベルが立っている。
チヤルカと付き添いの僧兵は彼女が普通の人間にしか見えず困惑するが、超常の力を身に着け優れた感覚を持つ森の人であるセルムは即座に悟る。
(『火の神』……それ以外に例えようがない……!)
セルムほどではないが力を持つチククも何かを感じ取っているようで、セルムの後ろに隠れている。
「ナウ、シカは、いるか……?」
「あぁ。私の背だ」
「すま、ぬが、こちらへ……その頭、を、儂の手、に……」
「…………」
僅かな余力もない今のヒノカミは耳と口しか働かせられない。
くしくも己の友ジルの最期に似た姿にユパは胸を痛めるが、だからこそ素早く応じねばと背負っていた教え子をヒノカミの傍へと連れて行く。
そしてアスベルと協力して、椅子の脇に投げ出された彼女の掌の下にナウシカの頭が来るように抱きかかえる。
「賢者様、姫様は……!?」
「……ん、わか、た。大事、ない。
今、ナウシ、カの、心は、内なる、森に、いる……」
「内なる森……?」
「彼女は、一人で深淵を抜けたと言うのですか……?」
「ナウシカ、には、儂の、火、が、ある。
闇、には、呑まれ、ぬ、よ。
セルム……あ、ない、して、やれ。お主な、らば、できよ……」
「何故私ならばできると……いえ、尋ねるまでもないのでしょうね」
「く、け、け……其方の、問いに、は、すべて、こた、える。
だが、その場、には、ナウシカ、も、居合わせ、る、べき……」
「わかりました。呼びかけてみましょう」
「姫様をお願いいたします」
「医務室にはベッドがある。そっちに運ぼう」
「チククも行く!」
ミトとアスベルがナウシカを抱え、セルムとチククと共に引き返していく。
「お待ちを」
続いて退出しようとしたチヤルカと僧兵を、ユパが留めた。
「何か……?」
「土鬼、皇帝、の、腹心、だと、言う、其方に、は、大切な、話、が……」
「賢者殿、後は私が。通信機越しにだが一通り話は聞いている」
「……任せ、た」
ヒノカミは意識を落とした。
胸は上下しておらず、呼吸すらしていない。本当に死体のようだ。
「我々がナウシカを探しにこの船を離れている間に入った情報なのだが……土鬼の体制に大きな変革が起きているそうだ」
「!一体、何が!?」
「皇兄ナムリスがクーデターを引き起こした」
「なんですと……!?」
「皇弟ミラルパが療養のためにシュワから動けぬ状況で、ついに行動に出たようだ。
現皇帝の作戦により国土の大半が腐海に呑まれ、多くの民が同胞と住む場所を失った。
ナムリスは不満を抱く各地の民をまとめ上げミラルパへの敵意を煽り、彼と僧会を滅ぼすための戦力を集結させている」
そして従わぬ者は容赦なく撃墜すると宣言している。
彼の乗る船から砲撃を受け、崩壊する船から飛行ガメで命からがら逃げだした避難民が教えてくれた。
「皇弟様は、皇弟様は無事なのですか!?」
「今はまだ無事なはずだ。シュワが落ちたという報は届いていない。
だがナムリスが攻め入るのは時間の問題だ。
今土鬼は真っ二つに割れている。そして大規模な争いが起きれば……」
「調停者……巨神兵が、動く……!?」
そしてこの窮地に陥っても殺し合いを続けるような土鬼神聖帝国は、完全に滅びることになる。
原作とは違い、ナウシカに過剰な敵意を抱いていないミラルパは負傷していません。
よって療養は必要ですが、ある程度の超常の力は問題なく使える状況。
乗り込んで薬液の濃度を変えようなんてしたら返り討ちに会う可能性が高いとナムリスも理解していたため、暗殺ではなくクーデターとなりました。