まず最初に断言してしまうと、シュワの墓所の技術力ならば浄化後の世界に適応できるように人間を作り変えるなど造作もない。
この千年の間にヒノカミが知るよりも技術力が落ちている可能性はあるが、今の人間たちの体を見る限り改変の難易度は低く、故に問題なく可能と判断した。
そして既に腐海が尽きた場所が存在していることも知っているだろう。
ヒノカミが簡単な計算で確信できるほどだ。腐海を作り出した連中ならば浄化速度も、いつ頃にどのあたりの浄化が終わるのかも全て把握しているはず。
であればシュワの墓所は、『協力者である土鬼の民を作り変えてそこに移住させる』ことができる。
毒のない肥沃な土地。他の人間では生きられないからこそトルメキアの侵略の不安もない。
やがて滅びる連中をしり目に彼らだけの千年王国を作り上げることが可能なのだ。
だから既に隠れて移住が進んでいるかもしれないと考えていた。
だがセルムたち森の人の証言により、その説は却下された。
土鬼の重鎮であるチヤルカも身に覚えがないようなので、移住どころか情報の公開すらも行われていないのは間違いあるまい。
次に考えるのは『何故そうしないのか』だ。
土鬼の皇帝としては躊躇う理由がない。であれば阻んでいるのは墓所の方。
墓所側が聖地の存在を隠している可能性もあるが、人の心を読むミラルパが気付かぬはずもない。
その上で墓所が移住を認めず、ミラルパはそれに従っていることになる。
ここからわかるのは『墓所と土鬼は対等な関係ではない』ということ。
少なくとも墓所は土鬼を、今を生きる人間たちを下に見ている。
『これらの情報を精査し、儂の推測の一つが正解であると確信した。
其方らにとって重く辛い話となるが……まずは言葉を挟まず、最後までご清聴願いたい』
千年前、賢者たちは世界を浄化するために腐海と蟲を作り上げた。
だが彼らの技術力では『浄化の過程で地中の毒素の一部を瘴気として大気中にまき散らしてしまう』という問題を解決できなかった。
そしてその一部の毒素でさえ、当時の人類には到底耐えられない猛毒であった。もちろん他の生物にとっても。
これでは浄化が終わる前に地球上の種の全てが死滅してしまう。
だから『毒に耐えられるように生物の体を作り変える』計画を立てた。
今の時代を生きる人間を始めとした動植物が毒に対して強い耐性を持つのは長い年月を経て進化したからではない。
『賢者たちがそのように造ったから』だ。
だが問題があった。
毒への耐性を高めると同時に、毒への依存性も持ってしまった。
当時の賢者たちの技術力を知るヒノカミが推測するに、彼等では『依存性を持たせず耐性だけを高める』という改変はできなかった。
これならば浄化が終わるまでは耐えられるだろう。
だが浄化が終わった時に全滅することになる。
よって彼等は次の計画を立てた。
『人類を始めとした生物の種や旧文明の技術力をタイムカプセルに詰め込んで、浄化が終わる時まで長い眠りにつく』というもの。
このタイムカプセルが『シュワの墓所』だ。
しかしこちらにも問題があった。
何しろ千年だ。ヒノカミのように不死不滅でもなければ確実に乗り越えられる保証はない。
全ての種が滅び腐海に呑まれた静寂の世界になったとしても、大規模な地殻変動や隕石の落下など、墓所の存続を脅かす事態が発生する可能性は非常に高い。
人の生きられぬ毒素に侵された世界で、誰がどうやって浄化が終わるまで墓所を守り維持するのか。
ヒドラでは無理だ。それほどまでに知能が高い個体は容易に作れない。
物資も何もかもがない状況では数十体が精々だろう。それでは全く足りない。
それに仮に耐え抜いたとして、その後どうやって文明を再興するのか。
墓所に詰め込める量は限られる。浄化が終わった時にはかつての文明の土台は何一つ残っていない。
ただどこまでも自然だけが広がる世界で人類がかつての繁栄を取り戻すにはどれほどの労苦があるか。
道半ばで力尽きる可能性の方が高いだろう。
『だから連中は、この二つのプランをくっつけた』
人間を含めた全ての動植物を毒に耐えられるように作り替えた上で、自分たちは墓所で眠りについた。
旧人類は自分たちが目覚める時まで、最低限の文明と墓所を維持するための労働力……『奴隷』として新人類を創り出したのだ。
こう考えると、墓所の支援を受けているはずの土鬼神聖帝国があまり発展していない理由に納得がいく。
仮に墓所が土鬼に真っ当に協力していたとすれば、300年前まで旧文明の技術の一部を継承し続けていたエフタル王国と同等以上の規模に達していなればおかしいのだ。
それにエフタル王国は発展のために蟲を狩り引き起こされた大海嘯により滅びたが、墓所は蟲を生み出せるのだから養殖することだってできる。
なのにトルメキアと戦い苦戦する程度の力しかないと言うことは、少なくとも兵器に関しては一切の情報提供が行われていない。
つまり墓所の連中は腐海を広げる、つまり浄化を早めることに繋がるものを除き、土鬼に提供する技術を著しく制限しているのだ。
あまり力をつけてもらっては困る。新人類には愚かでいてもらわねばならない。
何故なら、『後で自分たちが滅ぼす予定』だから。
『そして浄化が終わり全てが滅んだ世界で旧人類は目覚め。
死に絶えた新人類が残した文明の残骸を土台として、浄化した世界でもう一度かつての文明を再興する。
これが墓所の連中が企てた世界再生計画の全容となる』
とはいえ、全ての新人類を殺し尽くすつもりはないだろう。
浄化が終わった後の世界でも引き続き労働力は必要だ。ヒドラだけでは駄目な理由は既に挙げた通り。
だから能力が高く、自分たちに従順な一部の個体を選定して改造し、何らかの首輪をつけて利用する形になる。
新人類が生き残るにはこの枠に食い込むしかない。
だから土鬼皇帝の一族は墓所に従っているのだ。
いずれ訪れる浄化の時に、自身の血脈と自国の民を一人でも多く生き残らせるために。
耐え難い屈辱だろう。墓所と手を切り怒りのままに滅ぼしたいと考えてもおかしくはない。
だが旧文明の圧倒的な技術力を継承し続けている墓所を相手に勝ち目はなく、仮にあったとしても成し遂げてしまえばその先にあるのは今ある全ての生命体の滅亡だ。
一人の人間が引くには、あまりにも重い引き金である。
『非人道的だと思うか?違うな、連中はそもそもお主らを『人だと思っていない』。
ヒドラよりも弱くて脆いが知恵が回り、放っておけば勝手に増えてくれる都合のいい家畜。
その程度の認識でしかないかもしれぬな』
旧人類は新人類と同じ視点ではなく、一つ上に立っている。
そして実際に次元が違うほどに力の差がありすぎる。
もし新人類が『我々は家畜ではなく人だ』と主張するのならば。
『旧人類はお主ら新人類にとっての、『神』ということになるわけじゃな』