施設に鳴り響く緊急警報。
それが自分たちの捕らえたホムンクルスの脱走を知らせるものであり、向かった先が医務室だと聞いて、防人と千歳が転移で駆けつけた。
千歳の武装錬金では三人は運べない。火渡は施設内では全力を発揮できないので、防人が向かうべきと同行を辞退した。
扉を開けた二人が目にした光景とは。
「もう……殺してくださいぃ……」
「あーん?貴様は命乞いした者を見逃したかー?」
「命乞いじゃないです……死に乞いですぅ……!」
「ぴぃ……ぴぃぃ……」
部屋中に散乱したホムンクルスの体らしき機械の残骸。
頭だけになり涙を流すホムンクルスの髪の毛を掴み上げメンチを切るヒノカミ。
シーツを被って震えて泣いている事件の被害者の少女。
「テメェら!……なんだ、この状況……?」
数分遅れで火渡が到着するまで、防人たちは扉を開けたまま硬直していた。
彼の声で防人たちに気付いたホムンクルスが頭だけで器用に彼らの方を向いて叫ぶ。
「た、助けてェ~!!
全部白状するから!もういっそ殺してェ~~~!!」
「えぇい、情けない!
仮にも人間を超えた存在を名乗るなら、もう少し根性見せんかい!」
「ふざけんなよぉ~~!
お前の方がよっぽど化け物じゃんかぁ~~っ!!
生身でホムンクルスより強いってなんなんだよぉぉぉ~~~!!!」
「「「……はぁ?」」」
「やれやれ、騒がしいですねぇ」
騒動を聞きつけて、照星も医務室にやって来た。
警報は止まっている。彼が連絡を入れたらしい。
「ヒノカミ、そこまでです。
そのホムンクルスを独房まで返却してきてください。
拷問の手間が省けたのでこの件は不問としますが、あまり勝手な行動は慎むように」
「……チッ」
渋々……本当に渋々といった様子で、ヒノカミはホムンクルスの頭をぶら下げて医務室を出て行った。
「アナタたちも、この場はもう結構です。
そちらのお嬢さんは部屋の準備ができましたので案内します。
こんな散らかった場所では心も休まらないでしょうし」
「……ぴぎぃぃ……」
照星はシーツを被り大粒の涙を流して震える少女を優しく抱き上げ、放心した部下たちを置いて部屋を出ていこうとした。
「……って待てや!
さっきのはどういうことだ!?」
「それは秘密です。本人に聞いてください。
……ですが言った通りだったでしょう?
『怒らせたら私の比ではない』と」
「「「……」」」
それはもはや脅迫ではないのだろうかと、3人は思った。
状況を推測すると、自分たちが捕らえたホムンクルスが脱走して医務室を襲撃し、被害者の少女の治療を受け持っていたヒノカミが核鉄も使わずにホムンクルスをズタボロにし、命乞いをするほど追い詰めた、ということになる。
「……ねぇ、私任務の後でヒノカミさんに武装錬金を見せることになってるんだけど……」
「「……」」
千歳の言いたいことはわかるが、一度大敗を喫した二人は露骨に目を逸らす。
「……ついてきてよぉ~~!防人くぅ~~ん!!」
「えぇ!?オレ!?」
「じゃあオレは任務の報告があるからッ!!」
「逃げるな火渡ぃ!!」
今回の任務で一般人を巻き込んでしまったのは千歳のミスのせいだったので、一番怒られるとしたら彼女。
ヒノカミとは知り合って間もなく、何が虎の尾を踏むかわからない。
恥も外聞もかなぐり捨てて同僚に泣きついた。
最もその心配は杞憂であり、ヒノカミは同僚のミス程度で激怒するほど狭量ではない。
それが多大な犠牲者を生む結果になったとしても最善を尽くそうとした者を責めることはなく、むしろそれをカバーできなかった自分を責めるだろう。
それに武装錬金の研究は戦団の役に立っているとは言え一番の理由はヒノカミの都合であり、協力してくれる千歳には申し訳ないと思っているくらいだ。
暫く後、護送を終えて研究室に戻っていたヒノカミの元に千歳が訪れたのだが。
「おー、来たか。……なんで防人まで一緒なんじゃ?」
「いや、彼女がどうしてもと……」
「……ふむ」
安全な施設内だというのに、なぜか武装錬金『シルバースキン』を展開している防人の後ろに千歳が隠れている。
彼の武装であるコートをしっかりと掴んでおり、わずかも離れる様子がない。
「……お主らデキとったんか」
「「ぶふぅっ!?」」
互いに憎からず思っているのは気付いていたのでヒノカミは『予想より進んどったんじゃなー』程度の意図での発言だった。
千歳は否定しようとしたが今の有様では説得力がなく、しかし怖くて防人から離れることもできない。
防人の方も色恋事に耐性がなく、武装錬金の一部である帽子を目深に被り動きを止めてしまった。
『ヘルメスドライブ』を預けている間、ヒノカミの質問に答える以外、彼らは椅子の上で石のように固まっていた。
ヒノカミは武装錬金をスキャンしたり何度か動作を試したりしたが、流石にこの短時間で全貌を暴けるはずもなく、かといって長期間拘束するわけにもいかない。
即興で運用データログを取る機械を組み上げ、持ち歩いてもらうことにした。
核鉄の私的運用は禁止されているのでプライバシーの問題はないだろう。
本部にはヒノカミが頼み込んで許可を取った。断じて脅したわけではない。
その後もヒノカミと千歳の定期的な交流は続き、ヒノカミの性格が理解され始め、彼らのわだかまりは消えていった。
そして事件から2年後。
ヒノカミは書置きと連絡先を残して突如姿を消した。
書置きには『確かめねばならないことができたから戦団を一時離れる』。
『定期連絡と緊急事態が起きた際には千歳を遣わせよ』と記されていた。
当人は前々から準備していたらしく、彼女が不在でも滞りなく運営できるよう研究設備や医療体制が備えられていたので、彼女の望み通りに放置することになった。
彼女がこうと決めたら梃子でも動かないことは良く知られていたので。
ただ彼女の仕置きを受けたことがある戦団関係者からの嘆願もあったことを追記しておく。
次回、一気に時間が飛びます。