夜。周囲に何もない洋上の空に浮かびまどろんでいたヴィクターは目を覚ます。
「……」
懐かしい夢を見ていた。
まだ自分が人間で、家族と共に錬金術の未来を信じていた頃の夢だ。
だが現実はこれだ。
錬金術により自分は化け物となり、妻を失い、娘は自分の責を負わされ化け物にされた。
錬金術は人の手に余る。この力はいずれ必ず人類に不幸をもたらす。
故にこの世から錬金術のすべてを滅ぼすと決めた。
そして蘇ってから今日に至るまで、自分を殺そうとする錬金戦団と戦ってきたのだが。
「……?」
静かすぎる。
少しの間とは言え無防備な姿を晒していたのだ。
その程度では傷一つつかないが、爆撃の一つや二つ飛んでこなければおかしい。
……思い起こせば、自分への攻撃があまりに弱すぎる。
まともな戦士の一人も差し向けられることもなく、遠距離から武装錬金か現代兵器による散発的な攻撃が飛んでくるくらい。
こちらを見定めようとしているのかと考えていたが、まさかあれが今の戦団の全力だったのだろうか。
だとすれば自分が手を下さずとも戦団はやがて滅びるだろう。
手を緩めるつもりはないが。
「……む」
彼は凄まじい速さで何かが近づいてくることに気付いた。
戦闘機の類かと思われたが動きがおかしい。まるで空中を跳ねるような挙動をしている。
そして何より、あまりに小さい。
「人間……?」
「こんばんわ。良い月夜じゃな」
和服とかいう東洋の着物を纏った小柄な女が自分の正面、上空に立ち止まった。
「錬金の戦士か」
「いかにも。錬金戦団亜細亜支部、技術局長を務めておる。
名を『ヒノカミ』……いや、そなたに偽名は無礼であるか。
……『鬼束 マトイ』と申す」
彼女がやってきた方角の遥か遠くにヘリが数台飛んでいることに気付いた。
すぐに助けに来れる距離ではない。目の前の女は自分を前にしてたった一人だというのに、あまりに落ち着いている。
そして何より敵意がまるでない。
「関係ない……誰であろうと、錬金術に関わる者はすべて消すだけだ」
「くかか。我ら亜細亜支部の面々を、お主が退けた他の連中と同じにしてもらっては困るな」
その言葉が真実であるのなら、彼女の支部とやらが錬金戦団の最大戦力。
こうして一人で前に出てきたということは、彼女はその中でも最上位に位置する戦士なのだろう。
ならば女と言えど加減はしない。
自身の武装錬金、
「……すまなかった」
マトイと名乗った女は頭を下げた。
「……何……?」
「言うたであろう。我らは他の連中とは違うと。
お主の身に起きたことの顛末も、底知れぬ怒りの理由も、すべて把握しておる。
……本当にすまなかった」
「……今、更……!」
しかし彼女の謝罪はヴィクターの怒りに油を注ぐだけだった。
「今更何をほざくかぁっ!!
いくら頭を下げたところで、俺の体は……妻は……娘は!!
許せというのか!?俺に貴様らを許せと!?
そして人の世のために俺にもう一度死ねというのかぁっ!!」
「言えるはずがない。
たとえ望む形ではなかったとはいえ、それはヴィクトリア殿が繋いだ命。
儂には奪うことなどできぬ」
「貴様らが妻を語るなぁっ!
すべて理解しているというならその首を差し出すがいい!
錬金術に関わる全てを葬り去るまで……俺は止まらん!!」
「……で、あろうな」
頭を上げたマトイの右手には、核鉄が握られていた。
彼女はそれをヴィクターへと突きつけ、提案する。
「言葉で治まる怒りではなし。
されど我らもただ殺されてやるわけにもいかぬ。
じゃから……喧嘩をしよう。お主と儂らで。
怒りも憂さも吹き飛ぶような、世界一派手な喧嘩を」
「……どこまでもふざけたことを!
その軽薄な振る舞い、あの世で後悔するがいい!」
大戦斧を振りかざしたヴィクターが迫るとも動じず、マトイが宣言する。
「武装錬金!」
展開した核鉄が彼女の体を覆っていく。
変形が完了する前にヴィクターの攻撃が届きそうになるが、核鉄を握っていた右腕は一足早く武装が完成しており、巨大な拳が彼の顔面を捉えた。
「ぶっ……ぐぉ……!」
まるで首が取れるかと思う程に強力な一撃。
ヴィクターは殴り飛ばされ、空中で姿勢を戻した時にはすでに彼女の核鉄は変形を終えていた。
月に照らされた彼女のシルエットは先ほどまでの小柄な女性の姿ではなく、ヴィクターをも上回る体格を持つ筋骨隆々な男性の姿に。
赤と青の二色で構成されたボディは見事な逆三角形を描き、背中の部位から炎が漏れ出ている。
顔面を覆う仮面は見る者を脅え竦ませる憤怒の表情。
そして額から後頭部に伸びる二本の黄金の角。
「では始めようか……世界の命運をかけた大喧嘩をな!!」
仮面越しに放たれた彼女の声は低く、その身なりに相応しい力強い男性の声だった。
マトイ……ヒノカミがあらかじめ戦場となるエリアの海上や空中に配置していた多数の小型ステルスドローンによる中継映像が、亜細亜支部の巨大モニターに映し出されていた。
音声はヒノカミが彼女自身に取り付けたマイクが拾ったもの。
ヒノカミと大戦士長、そして彼直属の部下である3人の戦士長を除いた関係者のすべてがここに詰めかけている。
アレキサンドリアとヴィクトリアもだ。
「……『鬼のヒノカミ』って……」
彼女の武装錬金を初めて目にした者たちが、揃って声を上げた。
「「「……まんまじゃん!!!」」」
・武装錬金『
彼女の中に色濃く焼き付いている、二人の英雄の姿を模している。
一人の特徴である金色の触覚と、もう一人の特徴である憤怒の表情が組み合わさり、鬼のように見えたことからその名が付けられた。