難産でした…
神殿、それも古代ローマ式の神殿には外と中を隔てる扉は基本的に存在しない。開放的な作りになっていて、屋根を支える多くの柱が一番の大きな壁のようだ。
そしてここ、神殿領域の中でもそれは同じ。因果の悪魔一行は蛸の悪魔の擬態もといステルスを用いながらもマコノムの重層神殿内に簡単に潜入を成功させていた。そして薄暗い中、巨大な柱に囲まれながら神殿内を彷徨いていた。
ー因果様、この上階から多くの強力な悪魔の気配がする。引き返そう。それが良い。これが最善だ! なあ!
「いやいや、ここが計画の要と言っても良いくらい大事な場所だよ。どうにかして契約、それができなくてもせめて協力者を仕立て上げないと…」
ー命あってこそだろうが!
「大丈夫、死なないから」
ー死なないことはリスクを負うための免罪符ではない!!
「しー! 静かに! 声大きいから!」
ー…。
彼、蛸の悪魔がここまで言うのには臆病という精神的な問題だけではなかった。彼は鈍臭い因果の悪魔では分からない何か高次元からの
彼の類い稀ない精度の探知能力が告げていた。この使徒は『守護者』と格が同じか上だと。まだ気づかれてはいないがこれは駄目だ。駄目なのだ。
彼の死の経験が彼の足を震えさせていた。死は痛く、苦しい。例え刹那の出来事でも死を鮮明に覚えている。
「うーん、なんで信じてくれないのかなあ?」
ー死なないことに疑いはない。ただ本当に地獄から脱出できる保証が欲しいのだ。我は慎重に生を全うしてきた。だからこそ我の生きてきた時間が、習慣が、真逆の因果様を受け入れないのだ。
「僕が行き当たりばったりってこと?」
ー少なくとも計画を精密に練った者が、首をやすやすと取られる道理はないだろう。
「…たしかに」
蛸の悪魔の目にはいつも、因果の悪魔の恐ろしさと同じくらいに因果の悪魔の間抜けな面が写っていた。もはや悪魔の格についての言及はしない。だが蛸の悪魔は一つだけ因果の悪魔に優っている部分があると自負していた。
頭の出来だ。
彼は都度2回の調教を受けてもなお、頭の出来は自分の方が上だという謎の優越に浸っていた。彼が地獄脱出の計画の手綱を握らないのは、単に因果の悪魔の力が便利で、情報面でも、潜入面でも負けていたからに他ならないのだ。
「まあ我慢してよ。嫌なこと避けてたら脱出できないよ?」
ー………。
まあ最後はこうなる。世界というのは嫌なことに突っ込まなければならないことが多い。それは人も悪魔も変わらない。
だが元凶に限りなく近い
「おっと、何かいるね」
ーそこそこの悪魔だが先ほどの悪魔達よりも断然に強いな。
重層神殿の上階へと上がるための階段の前に悪魔がいた。大きな、と言っても蛸の悪魔よりは小さいがそれでも大きいと区分されるほどの図体を持った猿のような悪魔だった。その頭に頭蓋骨を被っており、腹の部分には埋め尽くすように人の顔が浮かび上がっていた。
因果の悪魔達は蛸の悪魔のステルスによって気づかれることはないようだ。
ーどうする? あれが階段を塞いでいる。これでは通ることができないぞ。
「………」
蛸の悪魔がそう不安がっている間、因果の悪魔は目の前の悪魔の因果を覗いていた。彼はここの状況に既視感を覚えていたのだ。そう、二日前の『因果観測』で少し見た光景だった。
この場合、最も効率的な方法は…
「たこ、僕の後ろに擬態したままついてきて」
ー何を…
「ここは結構杜撰なところがあるんだよ。戸籍とかないし、ここに入るのに何か登録が必要だったりしないんだ」
因果の悪魔はそう言うと擬態から外れ、スタスタと猿のような悪魔の前まで歩く。そして悪魔の眼前に立った。猿型の悪魔は因果の悪魔を値踏みするようにチラリと見る。
「ぉお? 見ない顔だな」
「まあ新入りですから。少し前に天秤の司祭からここを紹介されましてね。あなたは…仮面の悪魔ですかね?」
「…その通り。だがそうか…お前、強いだろう。なるほどなるほど……とりあえず第三天にというわけか」
「そんな感じです」
この猿型悪魔、『仮面の悪魔』は神殿領域の中ではかなり理性が高い。それは人が顔に付ける物を司っているからかは定かでは無いが、利口で本能が薄い。暴力で訴えることなどまずしないと観測結果にはある。
敵対した場合には殺さねばならないだろう。そして実際、因果の悪魔とは相性が良いが蛸の悪魔とは相性が最悪なため、仮面の悪魔は殺されてしまう。
だが因果の悪魔はそれを望んではいない。『因果観測』による『計画失敗パターン』の一つが、それだからだ。
戦闘による存在の露見。神殿領域内には『枢機卿』の神経が通っている。普段はかなり愚鈍な代物だが、それなりの衝撃が起きるとそれが『枢機卿』にダイレクトに伝わってしまう。
では伝わると何が不味いのか? 簡単だ。『執行官』と『墓守り』と『守護者』がやってくることになるだろう。因果の悪魔の相性的に初めの二体は倒せるだろうが『守護者』は現状、打破できる相手ではないのだ。
「それで案内をお願いしたいんですけども」
「ふむ、うーん…。だがこちらも仕事が…」
「あ、いえいえ、第三天に繋がる門の場所をざっと教えてもらいたいのです」
「ああ、なら簡単だ。第三天に繋がる門は45個ある。一番近いのはこの階段を登った先を右に曲がったところにあるからそこをくぐれば到着だ」
「おおー、丁寧にどうも」
そう言って階段を登り始める因果の悪魔。仮面の悪魔は終ぞ疑問に思うことはなかった。科学文明には個人識別認証があるがここにはない。未来を見通す悪魔にとって侵入などお手のものだった。
そうして階段を登って辿り着いたのは重層神殿2階。広大な敷地を誇る神殿領域を不便なく行き来するための『
ー因果様。ここに何か用事があって来たのではなかったか? それとももう第三天とやらにいくのか?
「そんなわけないじゃん。さっきのは方便だよ。目的を明らかにした方が怪しまれないからね。もちろんまだ行かないよ」
ーならばここに留まるのは、例の便利な悪魔とやらが目的か?
「うん。その悪魔は鏡の悪魔。光が反射する材質ならどこにでも移動できる能力を持ってて、例えば大理石がある場所は大体移動が可能という、居るのと居ないのとでは計画のリスクが大幅に変化する超重要悪魔だよ」
ーなるほど、行こうか。どこにいるんだ? その悪魔は。
突如提示された安全を限りなく保証する金粉の如きその悪魔は、蛸の悪魔にとって何よりも魅力的な悪魔だった。その安全性という悪魔的な選択肢は、蛸の悪魔に何がなんでも契約をさせねばなるまいという強い意志をコンマ20秒の刹那の間に燃え上がらせたのだ。
何はともあれ、蛸の悪魔がその闘志を燃え上がらせたのは因果の悪魔にとっても僥倖だった。彼の因果の権能は対象の精神的な状態によっていくらでも弱体するのだ。因果の悪魔は内心、胸を撫で下ろした。
「それはもう、ここのさらに上、3階の『
━まあ、任せてよ。神殿の白金を背景に、因果の悪魔はそう言うだけだった。
▼▼▼
スニークミッション…それは絶対に見つかってはならないスパイ行為。だがどこにも
そう、例えば未来を見通す悪魔が主導しているのであれば隠れるなど逆に非効率だ。
ーおい…これ大丈夫なのか? 隠れている悪魔はいないのか?
「大丈夫大丈夫。仮に隠れていたとしても監視専門の悪魔で、こっちがどんな身分なのか分からないから誰かに指摘なんてできないよ。今のところ被害は視えないし」
ーそ、そうか。
「だから僕らは堂々と道を歩いている悪魔と出会わなければ良い。話しかけられたら内容を合わせられる自信ないしね」
━まあ出会わないけどねぇ! そう言ってクツクツと笑いが止まらない様子の因果の悪魔。これは未熟な悪魔がよく起こす興奮状態だ。自分の力が最大限に発揮される時、悪魔は非常に気持ちが大きくなるのだ。最高に気持ちがいいからである。
蛸の悪魔ほどになればそんな油断はしないが、どうやら因果の悪魔はまだまだ悪魔としての知性が劣っているようだ。蛸の悪魔は因果の悪魔の後ろを付きながらそう優越に浸った。
現在神殿領域に侵入してからおよそ8時間、重層神殿第三層、役職持ち悪魔のみが立ち入ることができる
慣れが2匹に浸透し、程よく緊張を解す。特に蛸の悪魔は結果を見ればまだ何とも遭遇していないため、それの程度は甚だしかった。
第三層には二層には無かった第五天マティ、そして第六天ゼブルへの
例え役職を得ようとも、大七天アラボト…神の座をその目で拝むことは出来ないのだ。
それはそうと、因果の悪魔はそこそこ広い第三層の中心ではなく端の方を目指して歩いていた。それを蛸の悪魔も後ろから擬態を用いながらついてきていたが流石に気づいた。
ー因果様? 何故端へ行くのだ? 鏡の悪魔はそんな端にいるのか?
「ん? いや、そもそもここに今、鏡の悪魔はいないよ。鏡の悪魔は便利だから多忙なんだ」
鏡の悪魔。その力は反射物から反射物への転移。その力は伝令・輸送に適しており、様々な事柄に利用されているが、とりわけ今は『執行官』の移動補佐によく使われている。
そんな鏡の悪魔はこの神殿領域が抱えるとある問題の解決には欠かせない悪魔なのだ。
「まあ色々あって明日…今から10時間後に『執行官』を第三天から第二天へ送るためにこの領域に鏡の悪魔が現れるから、仕事を終えて油断した鏡の悪魔を拉致監禁しようか! だから今は10時間居ても見つからない場所を探してるんだ」
ーなるほど…だが拉致しても大丈夫なのか? 便利なのだろう? すぐに気づかれるにはずだ。
「大丈夫! 鏡の悪魔を利用する『使徒』は『執行官』だけで、その『執行官』の用事は1週間周期のものらしい。そしてなにより他の悪魔たちは鏡の悪魔が居なくともなんら疑問を抱かないんだ。どっかにいるだろって安易に考えるのが悪魔らしいと言えばらしいね」
「大丈夫。気づかれない刹那に全ての計画は終わってるよ」
そんなこんなで神殿の外と中を隔てる等間隔に立つ柱の列のそばまでやってきた因果の悪魔。曰く三層からは神殿の出入りはできないらしい。外の空間は捩れていて、外に出ようものなら千切れ飛ぶのだとか。
ここから10時間、外の景色を眺めながら機を待つというのは流石に無理なので、この近くにある『食糧庫』に潜むことにした一行。彼らは早速食糧庫に忍び込んだ。
「食糧庫の中身は人間だけだから奥に潜めば大体バレないよ」
ー人間。これが人間か。昔1匹だけ見たことがあるがそうか、こんな姿をしているのか。意外と悪魔に似た部位を持っているのだな。
「違うよ。人間が悪魔に似てるんじゃなくて、悪魔が人間に似てるんだよ…らしいよ?」
ーそうなのか。食べて良いか?
「まあ何人か減ってもバレないんじゃない?」
そこそこ大きな部屋を進む。彼らの左右には人間だったらしい肉が無造作に積まれていた。傷はない。余程上手く殺したのだろう。
蛸の悪魔は触手を使い、前に進みながらそこらの人間の肉を口にする。ブチブチ、グチュグチュ、ボリボリ。死んで少なくない時間が経っているはずの肉は新鮮そのものだった。まるで生きている人間を食べているような気持ちになり、生まれて初めての本能の幸福感が蛸の悪魔を襲った。
ー……。
「僕は悪魔だからね?」
ー…そうだな。人間そっくりだな。
「たこ焼きにすんぞ」
契約で蛸の悪魔から攻撃されないとはいえ、因果の悪魔は少し距離をとる。何気なしに自身の側頭部に生えた大きなツノを撫でてみた。そうして硬い触り心地で自分が悪魔だということを再確認したのだった。
☆☆☆☆☆★☆☆
◆第三天シェハキム
私は幸運だ。何故ならこの神殿領域において私に害を成せる者は存在しないからだ。
私は鏡の悪魔。汎用性と理性の高さだけで高い地位に上り詰めた悪魔だ。木っ端悪魔はもちろん、通常、私よりもはるかに格の高い悪魔だって私を無視することはできないのだ。
そんな私は現在、『執行官』様の移動を手助けする任に就いている。『執行官』様は好きだ。理性が高く攻撃してこないし、私に随分と優しい。そしてその見た目…全身影みたいに真っ暗なところや全く見た目に特徴がないところが好きだ。
そしてそんな使徒様と一緒にいられるこの時間は私の幸福だ。
「ナル。終わったぞ」
「ザカエル様! ご苦労様です!」
「ああ。では私をラキアへ」
「了解です!」
本当はこの美しいシェハキムで執行官様とゆったり過ごしたいところだけど、執行官様はお忙しい。なんせあのラキアを統治する任を任されているのだから。
あそこにいるのは木っ端悪魔達だが、『質より数』を重視するここでは、あんなのでもちゃんと生きていけるようにしなければならないのだ。
「ザカエル様も大変ですね。1番格の低い悪魔達が集められた領域の統治を任されただけではなく、こうして1週間に一度、『墓守り』様のところに赴かなければならないなんて…」
「そんなことはない。大変な任ほど私の力量を御信頼頂いているという証なのだ。むしろ我が体躯に力が滾るほどの光栄だ」
「ええ、ええ。このナルキッソス、そんなあなた様を深く尊敬しております!」
美しい草原と生い茂る森林を持つ第三天シェハキム。その中心に位置する大きな教会のその端に床一面が鏡となっている部屋がある。そこは鏡の悪魔たる私の負担を最小限に抑えようと、『執行官』様がお作りになられた部屋だ。
その部屋に向かい、中に入る。私としても忌々しい『墓守り』の気配が強いここからは早く出たいと思っていたのだ。休暇が取れないのなら早く帰った方が良い。
「それでは帰ります。よろしいですね?」
「ああ、頼む」
そして私は鏡渡りの力を解放した。鏡の境界が歪む。そして私と『執行官』様は鏡の中に落ちていった。
気がつけば私にとって見慣れた景色が目の前にあった。薄暗い教会の裏手、小さな食堂の大理石の食卓の上に私たちはいた。『執行官』様はそのことを確認して食卓を降りる。
「ご苦労だったな、ナル。もう休んでも良いぞ」
「ザカエル様はこれからどうなさるのですか?」
「私はこれからラキアに異常がないか見て回ってくる。そして異常がないようだったらゼブルへ行く。ザキエルから呼び出しを喰らっていてな。ナルも今回疲れたろう、休むといい」
「…はーい」
そうか、ゼブルに行っちゃうのか。なら今回は黙って帰るのが良いか。ゼブルに入れるのは『使徒』様か招かれた者だけ。私では入ることはままならない。それは悪魔としての力を用いても同じことだ。
本当に名残惜しいが、『執行官』様と離れ離れになるのは本当に辛いが、ここは我慢だ。また1週間後に会えるはずだ。なら今はお手を煩わせるのは良くない。
「では戻ります。ザカエル様もお身体にお気をつけ下さい」
「フッ…人間のようなことを言うのだな。この身は主の剣、万が一もあるはずがないさ」
目の前の影の人型はそう言って笑った。私はそれを見届けて鏡渡りを発動させた。
マコノム第三層の中央の廊下の床に出る。いつもならこの時間は『執行官』様とラキアで一緒だというのに今日は暇になった。憂鬱だ。私の唯一の楽しみだったのに…!
そうして廊下の隅でぐるぐると回っていると、廊下でバッタリ巨大な悪魔と鉢合わせた。
「おお、鏡の。ちょうど良い。貴様今から食糧庫で食料の運搬をせよ。良いな?」
「……はい」
はあ、だからさ。だから鬱なんだ。目の前の悪魔は『大司教』。私は『司教』。命令には逆らえない。鬱の最中にこんなやつの馬鹿げた命令を聞かなければならない。そして
目の前の悪魔に限らない話だが、私は嫉妬されている。『執行官』のお気に入りという立場である私を、羨んで妬んでいるのだ。はあ、馬鹿らしい。そんなことしても『使徒』のお気に入りになれるはずないのに。
だが命令されたのなら行かなければならない。食糧庫には鏡や反射物はない。だからこれは嫌がらせだ。私を困らせて鬱憤を晴そうだなんて低俗なやつだ。いつか『執行官』様に八つ裂きにしてもらおう。
「はあ、鬱すぎる」
そんなこんなで神殿内を歩き続けて食糧庫の前まで辿り着いた。目の前には食糧庫の扉。私の背はあまりにも
「あ」
ーあ
「は?」
何か人型がいる。悪魔か?角生えてるから悪魔か。人間が自我を持ったのかと驚いたが、悪魔なら理解ができる。だがこんなやつ見たことがないぞ。新参か?盗みか?嫌がらせに新参を向かわせるはずがないから盗人が妥当か。
ならどうする。逃げよう。そして誰かに報告だ。大司教でもいいかr━━━━━
「チェストおおおおおおお!!!」
「ふげっ!」
そして私は錯乱した目の前の悪魔をその目に映しながら、秒も経たない内に透明な何かに潰されて死んだ。
現代編(原作期)を同時進行で書くかどうか
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書け
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無理すんな