ー近くで見ると、大きいなんてものではないな。
「こっからはたこにも頑張ってもらうよ。避けられる攻撃は全部避けて、君はただ頂上を目指してくれたらそれでいいからね」
ー上にはどうやって上がるんだ? 上に上がる坂でもあるのか?
「階段があるから、いやまあ、たこなら壁に引っ付いて上がれるからどっちでも好きなように登ってね」
ー了解した。
もう完全に因果の悪魔の従僕のようになっている蛸の悪魔。戦いの高揚なのか、テンションがおかしくなっている。ハイってやつになっている。
そして未だに因果の悪魔の脇に抱えられているナルキッソスはもう立つ気力もないらしい。しょうがないので脇に抱えたままにしておく。
「よし! ぶち破れ!」
ーうらぁ!!
間髪ない軽い掛け声。巨塔の入り口は呆気なく吹き飛んだ。そして勢いよく走り出す蛸の悪魔。
巨塔一層。そこは巨大な広場だった。広場といっても何かあるわけでもない。ただ自然が生い茂るだけの広大な空間だった。巨大な木の根が地面を埋める勢いで生い茂っている。それは壁にも這い寄っており、見た目だけなら完全に廃れた高層建築だった。
ーこれは…。
「走るのを止めたらダメだよ。そろそろ来るから。一回も死にたくないなら全力疾走を提案する」
ー来るって…『枢機卿』か!?
「あともう一体もだ」
因果の悪魔がそう言ったとき、静寂が途絶える。植物は震え、根はミシミシと脈打ち、形を作り、少女となる。
緑の少女。鮮やかな少女。頭には白い花を装飾し、その目は空洞だった。
現れたる彼女こそ第六天ゼブルの管理者にして支配者。
神の至言を尊ぶ者。
偉大なる女神の木樹にして【使徒】
『枢機卿』ザキエルだった。
「ザキエル、枢機卿。因果の悪魔、因果の悪魔。『勝利を得る者』。発見捕獲抹殺・・・・・・ハジメマシテ?」
「初めましてが正解なのかな? 初めて会った気がしないな」
形式的な挨拶を交わす二体。その間にも辺りの木々は脈動を続けていた。この木々全てが彼女の肉体ならば、広範囲殲滅攻撃を持たない因果の悪魔では勝つことは難しい。
だが彼は笑う。内心ある緊張を押し殺して笑う。
「主に仇する獣、抹殺対象。疾く主の洗礼を受けよ」
「…ラストステージだ」
つまらないという表情のザキエル。流動する大森林の如きその肉体は"静"から"動"へと切り替わる。木々がざわめき、何本もの巨大な木樹が龍のように中空を泳ぎ回る。
僕は知っている。その行動はブラフだ。緑色をした木々植物には殺傷性はあまりなく、本命は青い植物だ。敢えて巨大な樹を生物のように泳がせることで相手の気を引かせて、下からの本命攻撃で相手を殺す初見殺しだ。
見るべきは下。対処は容易い。
直後、床全面を這う木々の隙間から青い木の根が飛び出した。数は6。それらは鞭のように音速で蛸の悪魔、そしてそれに乗る因果の悪魔を切り裂いた。
因果は捻じ曲がる。
駆けていたところを斬られた蛸の悪魔は3m後ろに瞬間移動した。傷はない。当たっていないことになったのだ。
因果の悪魔は手を前に突き出す。四方から青の触手が飛んで来ているが無視だ。
「巨人の一撃が『枢機卿』に直撃する」
「因果収束」
瞬間、塔の入り口…いや、入口方面全ての壁がぶち破られる。粉塵が舞い、瓦礫が散乱する。
巨人来たる。
既に巨人は殴りの前傾姿勢をとっていた。それはもう修正が効くような体勢ではない。そしてそのまま拳は振り下ろされる。『枢機卿』のいた塔の中央へと。
「馬鹿」
刹那、ザキエルの声がした。しかし無情にも轟音が響く。人の形をとっていた『枢機卿』は潰された。チラリと覗いた顔は達観していたようにも見えた。無表情だから本当かは分からないが。
だが当の、『枢機卿』を潰した本人はそんなに気にしていないらしい。因果の悪魔を見つけて唯一の顔パーツである口を忌々しく変形させた。
『imimasiyatm』
忌々しい奴め
「そーれ逃げろー」
ーぐぇ! 吐きそう…!
因果もとい、蛸の悪魔は全力で逃げる。階段は壁伝いで螺旋状に作られているため、壁をよじ登るのは鼠返しのようになってなかなかに厳しい。ならば正攻法で登るしかない。
だから彼は一生懸命、まさに命懸けで疾走する。階段の初めがある一層広場の奥地へと。
『hukinar』
不快なり
「おっと」
突如、因果の悪魔の首が吹き飛んだ。『守護者』による首切りの権能だ。もう何回も喰らった技なので元に戻すのに時間はかからなかった。
そんなこんなでようやく階段に到達した。人型が潰されてからずっと空を泳いでいた木龍が蛸の悪魔目掛けて飛んでくる。蛸の悪魔は追尾する木龍を階段を登りながらも死に物狂いで避ける。
噛みつきを壁を走ることで避け、木龍から飛び出した青い蔦を飛び跳ねて避ける。生き物系悪魔の身体能力を最大限発揮した結果だった。
「遅延解除・巨人の足」
そんな中突然、上から巨人の足が落ちてきた。『守護者』の権能の一つであるそれはちょうど追いかけてきた木龍を踏み潰す。階段を登り始めるころに空から降ってきたそれを、因果の悪魔は遅延状態にしていたのだ。
第一層を壁伝いに螺旋する階段は天井に至るまでぶち抜かれていた。蛸の悪魔は鼠返しを心配することはなくなった。
「よし、あのぶち抜かれてるところを登ろう。壁を走れ」
ーああ!
『onreeeeee!!』
オノレエエエエエエ!!
巨大な質量を持つ『守護者』が階段を登る一向に向かってがむしゃらに突き進む。
因果の悪魔にとって最も厄介なのがこの物理攻撃だ。知性体を対象にした権能の行使はとても時間がかかる。『守護者』ほど強力無比な悪魔ならそれこそ1時間はかかる。それはザキエルもまた然り。
第五と第六の使徒はそれを考慮すればあまりにも相性が悪い。悪すぎる。
「因果、改編」
因果の悪魔一行の姿が消える。彼らは天井付近の階段へと到達した。彼らは一度も妨害を受けなかったif世界線へと路線を切り替えたのだ。妨害分の時間ロスは消失した。
下の方で壁が砕け散る音がした。『守護者』が壁をぶち抜いたのだ。相も変わらず奴は頭が弱かった。厚さ5メートルはあろうかという石の壁を易々とぶち抜くなんて『守護者』くらいしかいないのだが。
「よし、二層だ。二層もたいしてェエ"!」
ーっな! 『枢機卿』!?
喋る因果の悪魔の喉に青い花が咲く。肉を引きちぎって生えたソレはザキエルの肉体の一部だ。因果の権能ではまだ動かせない。
それは因果観測で見逃した可能性。特大の爆弾だ。因果の悪魔はこれをどうにかすることはできない。それは彼の権能最大の弱点にして難点があるからだ。
彼の力は「因果の操作」。しかし全てを操作できるわけではない。全ては「因果力」とでも呼称するべき法則に基づいている。
この「因果力」とは、どれだけその因果を通過する確率が高いかを表したものだ。因果力100%ならそれは「確定で起こる事象」になる。
因果の悪魔が操ることができる因果力は50%まで、頑張っても精々70%までだ。一つの因果の因果力は通常なら1%あるかないかなので、この限界はあってないようなものだ。
「ぐっ! ゲアァっ!!」
だが、知性体の因果は因果力が極端なのだ。因果力1%以下の因果もあれば、90%の因果もある。手につけられない因果が一つでもあればその対象の因果はコントロールできない。だから時間をかけて因果力を低下させる操作をしなければならない。
だからこそ物理的に影響力が強い上位悪魔なんかは本当に手をつけられない。影響力が強すぎて因果力が全然低下しないからだ。
そう、今のこの状況みたいに。
ーおい!? 早くそれを外せ!
「ガッ! ァアアアアアア!!」
因果の悪魔は喉に根を張った花を喉の皮膚ごと引きちぎった。それは失敗の代償。先ほどの難点の究極形。
因果の悪魔が定めた因果は、因果の悪魔自身を持ってしても覆せない。
因果の悪魔は自分たちを対象に因果を変えた。そうして天井付近に到達した。だから彼はもう、己の過去を変えることはできないのだ。
「くそが。これが再生する感覚か。なんか気持ち悪い…」
ーおい! 来てるぞ! どうする!?
「………頑張って逃げて」
ーちょぉ!?
掠れた声でそういう因果の悪魔。だが彼は再生で神経が繋がる感覚があまりにも不快でそれどころではなかった。続く痛みと不快感に嘔吐感すらも抱いていた。
それを脇で見ているナルキッソス。彼女は思った。塔に着いた時点でもしかして叛逆勢力はいらないのか?と。なぜそう思ったのかというと、もうそこに『守護者』がいるからだ。
確か因果の悪魔は塔に着くまでに【使徒】が妨害してこないようにという理由で裏切り者を作っていたはずだ。なら、もういらないのか。
「よろしくね」
「…………契約は、守らないといけないから」
ナルキッソスがしようとする行動を見透かすように因果の悪魔はそう言った。ナルキッソスはツンと突き放した。
走る蛸の悪魔の上にナルキッソスは降り立つ。
「蛸、お前が走るのに支障がない程度に触手の目玉を貸せ」
ーあぁ!? とち狂ったか!?
「いいから貸せ。足止めする」
ー………なら2本分だ。
ずいっと2本の触手が蛸の頭の高さまでに持ち上げられる。もちろん吸盤のある方を上にして。
彼女は力を解放した。16の目玉が光だす。
蛸の悪魔は約6mもの巨体だ。当然吸盤もそこについている目玉もそれなりに大きい。そして目玉は一応、光を反射する。
ならやってやれないこともない。
「出でよ、第五天の悪魔共! 憎き『守護者』を滅ぼせ!!」
「あ?」
「なぁ!?」
「どこだここ!!」
「ヒハハハハ!! そろそろ…あ? なんだここ」
16の目玉からそれぞれ、現在反射物に乗っていた悪魔が召喚された。
「腐敗の悪魔」
「屠殺の悪魔」
「牙の悪魔」
「口の悪魔」
「臓物の悪魔」
「ギロチンの悪魔」
「棺の悪魔」
「屋敷の悪魔」
「奴隷の悪魔」
「貴族の悪魔」
「カビの悪魔」
「後悔の悪魔」
「アイアンメイデンの悪魔」
「山羊の悪魔」
「麻薬の悪魔」
「無知の悪魔」
彼らは三者三様の様子だった。だが混乱していたのはどれも同じだった。
「あぁ? …お? 因果の悪魔じゃねぇか。てめぇ、これは聞いてないぞ。ここは明らかにヤバい。ここら一帯からとんでもない気配がするぞ。いや、外にも…『守護者』がいるのか!」
「聞いてない! 『守護者』と戦うのか!? 呼ぶな! オレを呼ぶな!! 腐れ共が!」
「能無し共を皆殺しにしてる最中だってのにヨォ〜!」
悪魔はそれぞれ触手の上に乗ったりしがみ付いたりして因果の悪魔とナルキッソスを睨む。脅威的な悪魔に敵意を向けられたナルキッソスは身体が無意識に震えていた。生まれてから一度も弱肉強食の世界に身を置いたことがない彼女に、この圧は少々過激だった。
だが因果の悪魔はどこ吹く風だ。彼は完璧に治った喉をさすりながら目の前の悪魔達に口早に言う。
「要件はわかってるみたいだね。君たちに頼むのは『守護者』の足止めだ。16体もいるのだから足止めはできるだろう。僕らはその間、『枢機卿』を足止めする。できるだけ長く時間を稼いで欲しい。僕の力の関係上、時間を稼ぐほどこちら側が有利になる。契約に従い、暴れてくれたら良い。死んでも蘇生するから頑張ってね」
「おいおい、お前の話では『守護者』とはやらなくて良いってのがあったはずだろ? 契約違反じゃないのか?」
「てめぇ…! 元々こういう算段だったのかァ!?」
「契約に『守護者』の項目は含まれていない。そして時間がない。もう来るよ!」
「! っちぃ!!」
第二層の厚い壁から巨大な拳が突き出る。そこは誰もいない空間だったので被害は無いが、もしそこに悪魔がいようものなら問答無用で潰されていたところだ。
そして上半身が壁をぶち抜いて二層の外縁の廊下に『守護者』が現れる。もしかしなくても彼は100mもの壁をよじ登り、第二層に突っ込んできたのだ。
権能が放たれる。
「ギィヤァアアアア!!」
「ぶべえ!」
「ゲェ!?」
「あ、早い。因果改編」
人型悪魔である「奴隷の悪魔」、「貴族の悪魔」、「後悔の悪魔」、「因果の悪魔」の首が飛ばされる。
「くそっ!! やるしかねぇだろうがァァァァァァァ!!」
「ピギー」
「ホホホ、嫌な役回りデスナ」
「だが勝ち目がある! オレの牙が疼いてんだァ!」
「死にたくない! 死にたくない!」
「興味ない、知りたくない、虚無になりたい」
たった今、4体の悪魔が死んだことで悪魔達を危機感と高揚が支配する。やぶれかぶれなものもいるが、戦力に期待しても良いだろう。
そうして彼らは触手から離れていく。白銀の巨人と対峙する。
それらを見届けた因果の悪魔。彼は彼で最後の戦いに挑まなければならなかった。
戦いの舞台、またしても自然豊かな第二層の中心にやはり彼女はいた。木龍を侍らせ、全ての木々を青に染めた彼女こそ【使徒】にして『枢機卿』、名をザキエル。
「待たせたね、『枢機卿』。喉の恨み、晴らさでおくべきか!」
「遺憾、主命困難。主命続行、主命続行。抹殺、因果の悪魔」
上位悪魔同士の乱戦。ここはまさしく地獄であった。
ラストバトルはここから始まる。
☆☆☆☆☆
神殿領域の外縁、さらにそこから遠い場所、隆起した地獄の大地のその真上、夥しい数の扉の一つが開かれた。
何かが落ちる。
あと3話だ…!
現代編(原作期)を同時進行で書くかどうか
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書け
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無理すんな