腐敗の悪魔
屠殺の悪魔
牙の悪魔
口の悪魔
臓物の悪魔
ギロチンの悪魔
棺の悪魔
屋敷の悪魔
奴隷の悪魔
貴族の悪魔
カビの悪魔
後悔の悪魔
アイアンメイデンの悪魔
山羊の悪魔
麻薬の悪魔
無知の悪魔
◆神の塔 第二層の外縁回廊
「一人じゃ勝てねぇがよぉぉォ? 16もいりゃァさすがに勝てるだろうよォ?」
「そうなれば嬉しいのデスガ」
「ピギー」
「あー、ダメだ。もうだめだ。死んだわ」
「コロス!」
『jamwsurkgerudom!!』
邪魔をするか、下郎共!!
白亜の神々しい宮殿のような回廊に悪魔が16匹。それぞれが一騎当千の悪魔達。
対して壁から上半身だけを出す巨大で強大な悪魔が一体。
第五天マティの看守。
神の玉座に侍る者。
神の威厳の体現者にして【使徒】
『守護者』サンダルフォン。
因果の悪魔の言葉通りなら、悪魔達の勝利条件は足止め。できないことではない。
16体の悪魔はサンダルフォンを取り囲むように素早く散開する。
「ム、とりあえず、どうします? 多分人型のお三方は死にますけど…」
「ひいぃぃぃいい!? 死にたくない! 死にたくない!」
「殺されないように手数で圧倒するのデスヨ」
「ジャあ、全員でかかれば良いってことカァ!?」
「殺す気でぶち殺す」
先に仕掛けたのは「腐敗の悪魔」。彼の力は「傷をつけた相手の肉体を腐らせる能力」だ。その手に備えられた鉤爪をサンダルフォンへと振りかぶる。
対するサンダルフォンは不動。彼からすればササミ程度の大きさしかない
「!? っかたい! …だがナァ!」
腐敗の悪魔の鉤爪はサンダルフォンの左の二の腕に振るわれた。しかし硬いものがぶつかる音がして、鉤爪にヒビが入る。
サンダルフォンのその石灰の肌は凄まじい強度を誇る。そのため生傷をつけることができる存在は中々存在しない。精々がかすり傷程度に止まってしまうまさに金剛の防御だ。
だが腐っても相手は「腐敗の悪魔」。かなり強めの現象系悪魔である。その鉤爪は薄皮を通り抜け、ほんの少し、サンダルフォンの肉に傷をつけた。
『!?』
悪魔の力は放たれる。悪魔の能力は一貫性を保つものだ。条件を満たした能力は遺憾無くその真価を発揮する。
サンダルフォンの腕の一部が石灰色から黒く染まる。サンダルフォンは生きてきた中でも感じたことのない痛みを感じてうめいた。
サンダルフォンは瞬時に危機レベルを上昇させた。
囲まれているのにも構わず塔の中にある上半身をさらに食い込ませて下半身を塔の内部へと入れようと画策する。腐食して使えなくなった左腕のせいで踏ん張りが効かなくなったためだ。
そのため、手始めに超質量による右腕の大薙を放つ……が、止められる。
「ガガガ! オレの牙は、砕けねぇ!!」
「ム、我が体内へ収めるのは無理だ。ムム、抵抗が強い」
「ヒヒ、山羊なんて草食なんだぜ? 耐久が無駄にあるだけのぽっと出なんだぜ?」
「牙の悪魔」、「アイアンメイデンの悪魔」、「山羊の悪魔」。16体の悪魔の中でも耐久と質量が高い三体がサンダルフォンの攻撃を受け止めたのだ。牙の悪魔に至っては右腕にその牙が食い込んでいる。
これに驚いたのはサンダルフォンだ。彼は生まれてこの方、力勝負で負けたことは二度しかなかったのだ。例え三体の連携プレーであっても、彼はショックを受けた。
サンダルフォンはいよいよ焦り始めた。彼が行った右腕の大薙は体勢を崩してまで行った諸刃の剣のようなもの。今の彼は無防備だった。
そして権能は行使される。空中で生成された「巨人の足」が16体の悪魔を襲った。
「ぎえぇぇえ!? 何コレェェエエ!?」
「避ければ問題はない」
「ム、これなら我が体内へと収めることができる」
「はぁ、アイアン。私を守れ」
「なに、儂の出番カナ」
阿鼻叫喚の状況で、足から逃げ惑う悪魔の中、一つの目を持つ巨大な鶏の姿をした「屋敷の悪魔」が声高らかに叫ぶ。
「歓迎します。さあ、どうぞ御ゆっくりしていってください」
何かに引き摺り込まれる感覚。次の瞬間、足の雨は止んだ。そしてその場にいた悪魔は気づけば巨大な屋敷のエントランスにいた。驚愕に顔を染める悪魔達。そんな最中、サンダルフォンは昔のことを思い出した。目の前の鶏のような悪魔のことを。
屋敷、空間能力、疎外。…まずい。サンダルフォンは急いで彼を叩き潰そうとして━━━━
「おのれ、狼藉者。お前は地下牢行きだ」
そしてサンダルフォンはその場から消失した。この間、他の悪魔達はこの状況に置いてけぼりになっていた。
「オイ、なんだここは」
「ひいぃぃい!? 悪魔の体内だ…! 喰われた! 喰われた! 喰われた!!」
「体内ダァ!? そうか、屋敷の悪魔。つまり屋敷内はお前の体内ってわけだ」
「体内! 臓器はあるか!?」
「…」
「ピギー」
「えぇ! こここそが儂の体内サナ。といってもこれも時間稼ぎのようなもの。いつかは破られる」
屋敷の悪魔が言うにはここは創造され、隔離された異空間らしい。屋敷の悪魔によって作られ、支配された空間。特筆した攻撃能力は無いものの、空間のルールをイジることで相手を惑わすことができるそうだ。
下から物凄い轟音が轟き、エントランスがゆっくりと揺れる。どうやらサンダルフォンはどこかで生きているようだ。奴隷の悪魔がヒィ!? と情けない声を出した。
「素晴らしい力だな。得意のフィールドで戦うことが生き残る術の一つ。それを作り出すともなれば今の今まで生きてこれたのも納得だ。屋敷…この私、貴族の悪魔にピッタリではないか?」
「オイ、ならここで時間稼ぎすりゃあ良い話ってことカァ?」
「…ほっ」
「いえ、それも難しい話デスナ。儂の空間は壊されたらそれっきり、作り直すのに莫大な力を用するのデスヨ。今は地下牢へと閉じ込めておりますが地下牢もそこまで堅牢というわけでもなく…。まあ、儂がマティに囚われていたことが答えデスナ」
「うぇぇえぇえ!?」
再度轟音。地響きで木製の床がギシギシと悲鳴をあげる。屋敷の悪魔は険しい顔をしながら言った。
「もう持ちませんナ。せっかく儂が110年かけて作り上げた傑作だというのに…」
「守護者を閉じ込める程度の空間はどれだけ掛ければ作れるんだ?」
「うーむ。閉じ込めるだけならざっと20日程度かと。普通の、小さな屋敷ならばすぐにでも作れるのですが…守護者を通すためのエントランスと閉じ込める地下牢の大きさがとんでもないのです」
「なんだ、コスパが悪いな。期待外れだ」
轟音。照明が落ち、壁にヒビが走る。それを見たアイアンメイデンの悪魔が言う。
「ム、もう近いな。我が鉄の肉体が滅ぶまで、争おう」
「ピギー…」
「俺の薬を使えば幾分かは持つか?」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ!! 僕の力なんて何の役にも立たないよ! あの頭のおかしい巨人の力で首が飛ぶ!!」
「頭がおかしいのは、お前だ奴隷の。鳴くだけのギロチンと喋れない棺、そして喚くだけのお前は同じレベルなんだぞ。己れは無知だがそれは分かる」
一同が戦闘体制に入る中、遂にその時が訪れる。壁が砕け、屋根は落ち、床は炸裂する。それを一言で表すのなら崩落。巨大な屋敷はエントランスを残して全てが瓦礫に帰した。
無貌の巨人が姿を表す。
『koshknamnwo!』
小癪な真似を!
「あ、終わった」
「己れに任せろ」
動いたのは無知の悪魔。先頭に立つ。
奴隷の悪魔は絶望した。無知の悪魔は恐れを知らなかった。そしてサンダルフォンはその身に宿る権能を解放しようとして━━━━
『…………?』
━━━力の使い方を忘れた。
無知の悪魔は唇を舐めた。息を吐く。その鳥頭についた黒曜の瞳はギラギラと欲望に染まっていた。彼は久方ぶりに
その様はまさに水を得た魚のごとく、周囲の悪魔も無知の悪魔の雰囲気に飲まれて動かない。いや、動けない。
サンダルフォンもまた動かない。身体が止まり、思考が止まり、そして何も分からなくなった。目の前の無知の悪魔を認識はすれど、敵として認識出来なくなった。
無知蒙昧の人形たち
そんな独壇場の中心で、無知の悪魔は親指を伸ばして自身の長い首に持っていき、その首を掻っ切るように線を切った。
『………!? GUAAAAAAAAA!!』
グアアアアアアアアア!!
「な!? ありゃァ…!」
「なるほど、それが貴方の力のようデスネ」
突如としてサンダルフォンの首から青い血が噴水のように噴き出る。まるで鋭利な刃物で首を斬られたようにそれは起こった。
それはまるでサンダルフォンが持ち得る権能のような、あるいは無知の悪魔の力なのかも知れないが、やはりはっきりと「無知」の力を見せつけた。
無知の悪魔の力は「知識の収奪、そして力の強奪」なのである。彼はサンダルフォンの首斬りの権能を強奪した。
あまりの痛みで我に返ったサンダルフォンだが、その状態は芳しくない。血が流れすぎた。大動脈も大静脈も綺麗に真っ二つだ。今はもうすでに再生したのだが、まるで身体が寝起きのように力が入らない。
つまり萎縮していた。無意識に怯えていた。虫けらと見下していた悪魔達に手玉に取られて地に這いつくばっていた。
「…ォォい! 先に攻撃を言ってくれりゃあ、腐らせてやったのにヨォ! 勿体無いぜ全く…」
「麻薬も散布してやったのに…」
「ム、無理だ。そんな頭の良い奴には見えない」
「なんだとオイ!」
「…」
「……己れの力、それすなわち知識の収集。まあすぐに忘れてしまうのはご愛嬌」
「ふん、なんだ。流石にこれだけの数いれば『守護者』といえども敵わんか」
だが、使命は一欠片も消え失せない。【使徒】として、『守護者』としてその命を全うするこの忠誠心は、かくして逆境だからこそ再燃する。使命を燃やし、心の核を燃やし、そして命を燃やすだろう。その巨大なる悪魔は拳を握る。
目の前の16の悪魔共を真に敵と見なし、己の全てを持って相手をしようと、そう決めた。
『hiabri』
火炙り
サンダルフォンは屋敷の悪魔を指差し、何かを唱える。強大な悪魔、解禁された権能。それはまさしく死の宣告だった。
サンダルフォンのその呟きは1秒にも満たない。だが途端に屋敷の悪魔の周囲は暑くなって、熱くなった。蒸し暑いを通り越して火花は弾け、彼は炎に包まれた。
「あ、え、ガッ…ギアァァァァァァァアア!? ゾンナ"!?」
「は? なんだそれは。それは、知らない」
「ム、火…ですか。これまた大層なモノを操りますね」
「だが『守護者』は魔王ではない。『守護者』の元々の力なのか、もしくは肉片を食べたか…」
「ひ、あぁぁ…!?」
「火力も十分ある。これに当たれば全員死ぬなあ」
「屋敷の、さらばだ」
仲間が一体燃やされているというのに冷静な悪魔達。屋敷の悪魔は絶望の中、焼死した。
そして異空間は解除された。仮初の屋敷は粉々になり、その場にいた全員が元いた外縁廊下に戻される。
数瞬の空白。屋敷の悪魔が死んだことによる状況の変化の後には僅かに思考のインターバルが起きる。そしてそこで動けたのは腐敗の悪魔ただ一体のみだった。
「屋敷の恨みイイィィィィィ!」
思ってもいないことを口走る腐敗の悪魔。その大きな鉤爪でサンダルフォンへ迫る。
サンダルフォンもまた動く。右腕の大振りの体勢。その巨体は破壊の権化である。当たれば腐敗の悪魔の身体は砕け散るだろう。
他の悪魔も動く。屠殺と牙そして山羊は駆け、口、臓物、棺、後悔、麻薬、無知は己が力を解放した。
サンダルフォンに降りかかる悪魔達の力。
それは聴覚を錯乱し、内臓を破壊し、思考能力を奪った。崩れ落ちるサンダルフォン…ではない。
彼はその身に全ての攻撃を受けてなお、右腕を薙いだ。腐敗の悪魔に向けて。
「ガ…ァア!? テメ━━━」
案の定、パワーでは敵わない腐敗の悪魔は、鉤爪もその身体も潰されながら、廊下の端、ちょうど階下は下るための大階段の方へと吹っ飛んだ。
そして力無く倒れるサンダルフォン。未だに下半身が塔の中は入っていないため、倒れるという表現は些か不適切だが、地べたに身体がくっついた。
好機と見た屠殺と牙と山羊はその無防備な背中に飛びかかろうとして、空から落ちてくる巨大な"足"に阻まれた。山羊の悪魔は右腕が潰された。
「おい、無知! この空から足降ってくるやつも無効化しろ!」
「ガガ! あの足ごときに負けたわけではないぞ? 本命ではないからな」
「ヒヒ、危ない。右腕が持っていかれたぜ?」
「なんてやつ、俺の口聞きが効いてない」
「うっせぇ…。首落としされないだけでも精一杯なんだよ! 他のやつに言え!」
「フン! ならこの私を頼ると良い!我が貴族の力は知り得た物の行使! 無知の力、使わせてもらうぞ!」
尊大な悪魔がサンダルフォンに腕を伸ばす。
そして「巨人の足」は止んだ。その力さえも貴族の悪魔に奪われたのだ。
だが闘志は止まない。その巨体を武器に彼は戦う。
「止めたぞ! 火の力を使われる前に殺せ!!」
「ガッテン!」
「ガガガガガ!!」
「ヒヒッ!」
『onr!!』
おのれ!!
サンダルフォンは右腕を大振りに振るう。だが当たらない。悪魔たちが身軽に飛び跳ね、狙いが定まらないのだ。
彼は、やはり重量があり愚鈍な己の攻撃では当たることが難しいと認識する。そして奪われた力の奪取が最優先だと考えた。
だから彼は敢えて受けた。悪魔達の攻撃を。牙の噛みつきも、屠殺の拳も、山羊の蹄も。今もなお臓器は溶け、骨も溶け、なお最後の権能を振るう。
火炙り。
「ぐっ!? チィッ!! 待て! クソ! クソガァああァァァァァァァ!!」
「な!? 無知!?」
「ム、炙られてる」
「この火はどういう条件で出るんだ?」
「ま、まずい…! まずいまずい!! 貴族の!」
火炙りの力により無知の悪魔が焼死した。そしてそれで狼狽えるのは自己保身が第一の奴隷の悪魔だ。だが遅すぎた。
首切り
「ッ!? な、にが…」
「アァ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「かっ!?」
瞬間、貴族の悪魔と奴隷の悪魔、そして後悔の悪魔の首が飛んだ。因果は戻らず、再生せず、つまり死んだ。残り10体。
それを目端で見ながら牙と山羊がもう一度特攻をかけた。しかし、俊敏に機動する牙の悪魔のその牙、山羊の悪魔のその蹄がサンダルフォンに当たる前に2体は火達磨になった。
サンダルフォンの権能が2体の悪魔に襲いかかったのだ。出せば必ず当たる必殺の権能が彼らを火達磨にした。
だが炎に包まれる2体は悲鳴をあげず、燃えた身体で更なる突撃をかました。牙は首に噛みつき、山羊は肩に殴打を放った。そして死んだ。残り8体。
「おいおいおいおい。屋敷と無知がいなくなった途端これかよ」
「臓器は壊してるはずなのにぃ〜〜〜!!」
「ム、拙いな。攻勢に出過ぎた感はある」
「口聞きが効かない敵に対して俺は無力なんだ。逃げて良い?」
「あ〜〜。確かにもう逃げるか?」
『kismrazninknotdkorsteyrzo!!』
貴様ら全員この手で殺してやるぞ!!
「いや無理そうだな」
「我が身果てるまで戦おう」
「おい、なんでアイアンはこんなに意欲が高えんだ」
「さあ?」
「アイツ無知の悪魔と仲良かったからな」
他愛もない会話をする悪魔たち。彼らは諦めた。目の前の守護者を倒すことは叶わない。例え因果の悪魔による蘇生が約束されていたとしても死にに行くことは割に合わないのだ。
死は怖い。
だから彼らは内心逃げることを決意した。戦意の高いアイアンメイデンの悪魔と後悔の悪魔の死体を食べている棺の悪魔、動かないギロチンの悪魔、途中から姿が見えないカビの悪魔を残してとりあえず下層に降りようと目配せで示し合わせた。
「おいアイアン。俺らのことは気にせずに攻めてもらっても━━━━
何か来る。
その瞬間、全てが停止した。守護者も、悪魔も、全てが。
屠殺、口、臓物、ギロチン、棺、カビ、アイアンメイデン、麻薬、そして罰。
全てが止まった。
気づけば辺りは暗闇に満ちていた。誰も知覚出来なかった。誰も気づかなかった。
誰もがその時、生を諦めた。冷や汗すら命取りだと確信する。
その場を動いてはならぬ。
そんな、誰も動けない闇の中、ちょうど目先に星が見える。小さな星だ。それがキラキラと輝いていた。
だがそれは【闇】に遮られた。屠殺の悪魔は無意識に頭を上げる。
好奇心は■■を殺す。
「 」
いた。存在してはならない■■がいた。
涙が伝う。
目が合う。
「……ま…お━━━
その言葉を最後に、彼の意識は闇に包まれた。
ばらばら