僕は一般人です   作:~のほほん~

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師匠

あの日から、僕はおじちゃんやミヤコさんの仕事について行くことが増えた。もちろん小学校が終わってからだ。収録現場、打ち合わせの場――見せてもらえる書類の“質”が少しずつ変わっていく。紙に残るインクの匂い、付箋の粘り、コピー用紙のざらりとした手触り。

 

「あー、そこはこうするんだよ」

 

「違う違う、それはもっと違う場所に持っていって」

 

現場の手伝いもさせてもらえるようになった。書類仕事よりは簡単だが――

 

「おっもい」

 

体が足りていない。小学生、しかも低学年の体では重い機材は運べない。できることは限られる。それでも、僕にできる雑用は全部やった。

 

「うふふ、大丈夫?」

 

「疲れたけど、まだ平気だよ」

 

いつの間にかミヤコさんが近くにいて、労ってくれる。

 

「そう。じゃあ収録が始まるから観に行きましょうか」

 

「え!いいの?」

 

「えぇ、プロデューサーにも許可をもらってるから。何だったらあなたの働きぶりを見て褒めてたわよ?」

 

「僕、あんまり手伝えてないけど」

 

少しためらう僕の頭を、ミヤコさんはそっと撫でる。声色がきゅっと締まり、おじちゃんと同じ、高鳴る“色”が混じった。

 

「いい、真珠君。今後あなたがまたここに来るなら覚えておきなさい」

 

毅然とした、でもどこか優しい声音が続く。

 

「あなたは仕事をしたの。大なり小なりだけどね。あなたが報酬をもらわないとプロデューサーの品位が下がってしまう」

 

「ひんい?」

 

「そう。あなたに金銭とかでの報酬はどうしても渡せないからね。それにあなたが何のために働くのか。それをしっかりと認識しないとね」

 

 

フロアに入ると、さっきまでなかった緊張が広がった。照明の熱、ケーブルのゴムの匂い、モニターの微かなノイズ。いろんな“色”が混じり合い、カメラの向かう先だけが強く光る。

 

「おう!来たか!」

 

緊張を物ともせず広がる声。空気の向きが変わる。ここはこの人が掌握している――丸山プロデューサー。気さくで、おじちゃんの旧知らしい。

 

「丸山さん、こんにちは」

 

「しっかり挨拶できて偉いな!うちの餓鬼共に見習わせてやりたいぜ」

 

「僕も見てもいいの?」

 

「観てけ観てけ!」

 

丸山さんが隣のパイプ椅子をバンバン叩く。椅子がギシギシ鳴って、少しだけ心配になりながら腰を下ろす。

 

「真珠君、今日も来てくれたんだね」

 

「あ!真珠君さっき飲み物持ってきてくれてありがとね」

 

「真珠君、大きくなったねぇ」

 

声が飛ぶ。ディレクター、演者、照明、カメラマン――名前はまだ追いきれない。でも、それぞれ違う“色”がきれいに見える。

 

【収録始めまーす】

 

合図とともに、緊張がもう一段階固くなる。スタッフはすっと持ち場へ戻った。

 

「いいか、真珠。今お前の目に映っているものはな偽物なんだよ」

 

「丸山さん頭ぶつけたの?」

 

「がはは、馬鹿野郎。おかしくなったわけじゃねぇよ。テレビやラジオ、映画や雑誌。この世にはエンターテインメントが溢れてる。お前の目から見たらきれいに見えるんじゃねぇか?」

 

「うん。だってキレイだよ?」

 

「だろうな。そういう風に作ってるんだからな。だから偽物なんだよ」

 

「???」

 

「壱護の話じゃ、お前さんは裏方志望なんだろ?」

 

「まだわからないけど、やってみたいって思ったことはあるよ」

 

「お前さんの夢を馬鹿にするわけじゃねぇがな。向いてねぇよお前さん」

 

「え?」

 

「優しすぎるんだよ。別にここにいる奴らが酷い奴らって言ってるわけじゃねぇ。だけどお前さんみたいに愚直なまでに真面目なやつはみんな潰れちまうんだ。何でがわかるか?」

 

「えっと「夢と現実がかけ離れてるからだ」」

 

丸山さんは収録を見つめながら言葉を続ける。そこに何が映り、何を思っているのかは分からない。けれど、僕に何かを渡そうとしていることだけは分かった。

 

「だからな真珠、もしお前が裏方をやりたいなら夢は見ないほうが「わかってるよ。」あ?」

 

「みんなの色を視たら嘘があることはわかるよ」

 

「色?何を言って」

 

「丸山さん。僕はね」

 

ぞくり、と背筋が冷えた。収録中に視線を逸らしたのは初めてだ。だが、この瞬間は違った。体のどこかが、警鐘を鳴らしている。

 

「それでも良いんだ」

 

身震いが止まらない。意味は分からない。ただ、自分の二回り以上小さい子供から放たれる、その言葉の重み。

 

こいつは普通じゃない(・・・・・・・・・・)

 

さっきまでの“可愛い少年”はもう見えない。輪郭そのものが薄れていくように感じられた。

 

「じゃあお前は何で裏方をやりたいんだ?」

 

「ごめんなさい。僕もまだわからないけど支えたいって思ったんだ。お姉ちゃんたちのステージを作った人たちが綺麗に見えたから」

 

こいつは狂っている――丸山は、言い表せない気持ち悪さの正体をそう結論づけた。これ以上は追求しない。真珠自身が気づいていない感情の正体を知っているから。ソレを知ってしまったとき、どうなるか分かってしまったから。

 

「そうか。頑張れよ」

 

「うん。だからこれからもよろしくお願いします。丸山さん」

 

「おう。任せとけ。お前は俺が鍛えてやるからよ」

 

 

それは五年前まで、とある裏格闘技場で猛威をふるっていた男の、初めての弟子との出会いだった。

その男の名は丸山 龍(まるやま たつき)

別名【火竜】と恐れられた男であった。

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