僕は一般人です   作:~のほほん~

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星の結晶 蒼

僕こと雨宮吾郎は、推しのアイドルが妊娠している事実を知り、ショック死したらしい。

というのも、死んだときの記憶があまり鮮明ではない。断片は残っているが、どこか朧。最初こそ思い出そうと躍起になったが、その熱はすぐに冷めた。

 

なぜかって? そりゃおまえ。

 

「いい子でちゅねー。愛久愛海」

 

なんかめちゃくちゃヤバい名前をつけられていたが、それはそれとして、ここが天国であることは間違いなかった。

 

転生

 

非科学的で合理性にも欠けるそれが、我が身に起きた。他人から聞いたなら鼻で笑うはずの事象が、目の前にある。

 

「ば、ばぶー」

 

――まあ、どうでもいい。だって天国なのだから。

僕みたいな人間は地獄行きだと思っていたが、担当患者であり推しでもある星野アイの息子として、転生を果たしていた。こんな近くで“生のアイ”を見られるなんて。心中穏やかではないが、それを隠し、赤ん坊の真似事をする。

 

「おぎゃー、おぎゃー」

 

「はいはい。どうしましたかー」

 

アイはもう一人の子を抱きかかえる。僕の瞳が蒼なら、もう一人の子は紅に近い。名前は瑠美衣。ダメージが少なそうな名で、少し羨ましい。

 

どうやらこいつにも前世があるらしい。年齢は知らないが――

 

「ハァー! ママの美を理解しない類人猿どもが!」

 

と、アイが寝静まった頃にリプ合戦をしている始末。驚かせないよう声をかけた僕に、

 

「赤ん坊が喋ってる! キモー!」

 

鏡を見ろ、鏡を。

もっと“普通の子”を産ませてあげられなかったのかと嘆きつつ、変えられない事実を飲み込み、平穏な日常――と言っていいもの――を過ごしている。

 

「お姉ちゃん」

 

「あ、真珠君。来たんだ」

 

「うん。おじちゃん達は今下に車を停めてるから後でくるって」

 

「はーい」

 

「アクア、ルビーこんにちは」

 

「ばぶー」

 

そう言うと、真珠君は僕とルビーに近づいてくる。あの小さかった真珠君が、今や僕より大きく“お兄さん”になっていることに、少し感動する。

 

「やっぱり駄目だね」

 

「ルビーは真珠君のこと苦手だね〜」

 

アイが笑いながら、落ち込む真珠を慰める。ルビーは自我が芽生えてから一度も、真珠に抱っこさせたことがない。理由は僕にも分からないが、本人曰く、誰かに似てるから苦手らしい。

 

「クソ〜、私のママを独り占めして〜」

 

「いや、お前が兄さんを落ち込ませるからだろ」

 

「だって…」

 

アイが取られることへの嫉妬もあるようだ。今でも二人が仲良しなのは僕としては安心だが、二人をあまり知らないファンの転生者からすれば、真珠君の立ち位置はよだれものだろう。

 

なんやかんやあり、事務所の社長こと壱護さんが、今後のスケジュールを伝えにやってきた。隣には、僕は会ったことがないが、真珠君の“母”だろう人。

 

「ミヤコにはアイが仕事でいない間、二人の面倒を見てもらう事になってるから」

 

「ええ〜。連れて行っちゃ駄目なの?」

 

「駄目に決まってるだろ。バレたら終わりなんだからな?」

 

「アイさんがいない間は私がこの子達の面倒を見ますから」

 

ミヤコさんの目は、不思議なほど明るい。美容に気を配るタイプに見える人だ。こういう年齢層が子育てを進んでやる印象は薄いのだが――

 

「なんかミヤコさんやる気に満ちてない?」

 

「ほら、真珠がうちに来たのって五歳くらいだろ? なんかその頃から母性に目覚めたらしくてな」

 

「へー。なんか意外だね〜」

 

「俺もだよ。真珠のやつがいてくれて良かったな。ここまで安心して任せられるやつも稀だぞ?」

 

小躍りしそうなくらい上機嫌なミヤコさんを見て、ひとまず育児は安心だと思う。まあ、僕もルビーも夜泣きの心配はないが、一応、負担にならないよう気をつけよう。

 

そんなことを考えていると、真珠君と目が合う。初めて会ったときと変わらない“昏い”瞳。けれど、どこか優しさを帯びた、その目に安心する。

 

「あうあう」

 

近づいてきて、僕の頭を撫でてくれる。その手は、僕が赤子になったせいか、それとも真珠君が成長したせいか、とても大きく感じた。

 

「うー」

 

「ルビーも大きくなってね」

 

ルビーも軽く撫でられる。少し怯えた様子ながら、黙って頭を差し出す。いつかこの二人が自然に笑い合えばいい、と思いながら、掌の温度にまぶたが重くなる。

 

「おい。二人共写真を撮りたいのは分かるが、無言でやるのはやめとけ」

 

「はぁ~、これだから斉藤社長は。この自然体の尊さがわかんないかな?」

 

「ほんとね。だから壱護は未だに名前を間違えられるのよ」

 

「いや、関係ないだろ」

 

 

目が覚めると、だいぶ時間が経っていた。カタカタ、とキーの音。身体をころりと転がし、音の方へ顔を向ける。ミヤコさんと真珠君が、机でパソコンに向かっている。

 

「ミヤコさん。とりあえずスケジュール調整してみたよ? あと〇〇さんから渡辺さんに雑誌でのオファーをしたいって言われたよ」

 

「スケジュールの確認はクラウドに上げといてもらえるかしら。あのディレクターは壱護の方が詳しいからそっちに任せたほうが良いかもね」

 

「うん。おじちゃんにも伝えたんだけど、オファーは受けるけどミヤコさんが取ってきたことにしてほしいって」

 

「…あの人はいつまであのことを引きずってるのかしら」

 

「僕にはわからないけど、おじちゃんにとっては結構ショックだったみたいだからね」

 

「そりゃそうでしょうね。自分が育ててたB小町の本音を聞いちゃったんだから」

 

何の話かは分からないが、B小町のことらしい。聞き耳を立てていたいが、そろそろアイが出演する番組の放映時間。隣の妹を起こすも、全く起きない。

仕方なくベッドから抜け出し、テレビの前へ。リモコンのボタンを小さな親指で押そうとするも、上手くいかず悪戦苦闘。背後から、ひょいっとリモコンが持ち上がる。

 

「あら、いつの間に起きたのかしら?」

 

「さっき話してるときに起きたみたい。多分お姉ちゃんの番組を見たいんじゃないかな?」

 

「あはは、そんな訳無いでしょ。まだ赤ちゃんだからわからないわよ」

 

「そうかな?」と言いながらも、ミヤコさんはチャンネルを操作し、アイが出演する番組に合わせてくれる。

 

「あんまり近くで見たら駄目だよ?」

 

「あうー」

 

そう言い残し、真珠君は席へ戻る。彼は感覚が鋭い。この調子なら、そのうちバレるんじゃないか――と少しだけ不安になるが、いまのところ変わらず接してくれている。大っぴらに「転生者です」とは言わないが、バレたらバレたでなんとかなるだろう。そう思いながら、画面を観る。

 

その後、アイの声に飛び起き、普通に喋ろうとする妹に冷や汗をかく――よくある一幕だった。

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