感想についてのご報告です。
この作品は完結まで書くつもりでいます。設定につきましてもこのまま行くつもりです。誤字脱字、表現方法に変更を加えることはあるかもしれませんが、設定自体は変えないつもりです。
本当なら感想に対して返信したいですが、私自身ネタバレは好きじゃないので、疑問とかに対してのみ返信します。(必ず出来るかは知りません)
真珠という主人公がいる物語を楽しんでもらえると嬉しいです。
では、本編をどうぞ
私、星野瑠美衣は斉藤真珠が苦手だ。
別に彼が私に何かをしたわけではない。ただ、その瞳が気に入らなかった。
「ルビー」
私にとって斉藤真珠という男は、おじ? いや、年齢的には兄に近い。ママとは血縁がないから容姿も似ていない。言ってしまえば、どこにでもいそうな子ども——そう思っていた。けれど、その昏い瞳を見ると、前世の自分を否定されているような気がしてしまった。
「怪我はない?」
あの病室の窓に映った、私の目と同じだったから。家族に見捨てられて、それでも迷惑をかけたくなくて無理に笑って、一人になるとやっぱり辛くて。外ではみんなが家族と幸せに暮らしているのに、どうして私だけ——と何度思ったか分からない。
それなのに。
ママやミヤコさん、壱護君と一緒に暮らしている。私が手にできなかった幸せが目の前にあるのに、彼の目は絶望を湛えていた。
最初は、少し意地悪をしてやろうと思った。抱っこされれば嫌がり、ミルクをくれようとすればこぼした。さすがに見かねた双子の兄のアクアに叱られたけれど、やめる気はなかった。
それでも真珠お兄ちゃんは、どんなに迷惑をかけても「仕方ないなぁ」と言って、必ず優しく頭を撫でてくれた。その手は少し大きくて、安心する温度だった。
「やだよ。真珠おにいちゃん」
——どんなことがあっても、この人は私を好きでいてくれる。きっとこれからも、私が迷惑をかけても笑って許してくれる。そう思っていたのに。
「あぁ、本当に良かった」
「ルビーどいて!」
「早く止血を!」
私が四歳になった頃、ママのドームライブが決まった。嬉しかった。ママは前世の私と同い年なのに、私とは違ってキラキラと輝いていたから。病室のベッドでまともに動けずに消えていく私には、あの姿は遠い星のようにまばゆかった。
だから、二度目の生を受けたときは思った。神様はいるんだ、と。これから私は幸せになるんだ、と。やっと真珠お兄ちゃんを家族として認められたのに——
「ヤダ!逝かないで、真珠君!まだ君に——『やっと会えるね。ママ』——愛してるって伝えられてないの!」
その言葉を最後に、まぶたが下りる。私を見ていた瞳が閉ざされる。けれど、口元はどこまでも幸せそうに笑っていた。
*
救急搬送され、手術室前のベンチに座る。消毒液の匂いと冷たい空調。現実味が薄い。ママは今まで見たことのないほど取り乱し、祈るように腕を組んでいる。目尻は赤く腫れ、涙の跡がついていた。
少し遡る。
朝、玄関のチャイムが鳴った。ママが「真珠君かな?」とつぶやいて玄関へ。私は眠い目をこすりながら洗面所へ向かおうとしたとき、玄関からガラスの割れる音と、聞いたことのない怒鳴り声がした。何事かと思えば、ナイフを持った男と真珠お兄ちゃんが揉み合っていた。
真珠お兄ちゃんは小学五年生にしては体格がいい。けれど、相手は細身でも大学生くらい。力で勝てるはずがない。
どこか怪我をしたのか、真珠お兄ちゃんは蹲る。血走った目の男がママに何かを叫ぶ。言葉は頭に入ってこない。ただ、怒りだけが伝わった。
男がナイフを構え、ママに向かって走る。凶刃はきっと届く——直感が硬い確信に変わる。私はママを庇うように男の前に立ってしまった。
本当なら、あの時に刺されるはずだった。ママの代わりなら、死んでもいいと本気で思った。だけど——
私が刺されることはなかった。さっきまで後ろで蹲っていたはずの真珠お兄ちゃんが、いつの間にか私の目の前にいた。
「ひっ」
表情は見えない。背中だけが、いつもより大きかった。男は一瞬たじろぐ。遅い。次の瞬間、男が弾かれた。何が起きたのか分からない。
「消えろ」
真珠お兄ちゃんは優しい。なのに、その声には今まで聞いたことのないほどの昏い感情が乗っていた。
怖い——。
脳が状況を整理する前に、身体が悟る。私は怯えてしまい、兄の背中から目をそらした。そらさなければ、もっと早く気づけたかもしれないのに。
「くそ! ふざけんな! こんなやつがいるなんて聞いてねぇよ!」
黒フードの男はしゃがれた声を残して走り去った。脅威が去る。緊張がほどけ、私はその場に崩れ落ちた。
「ルビー! 大丈夫? 怪我してない?」
ママとアクアが顔を覗き込む。ママは私の頬や腕を確かめ、怪我がないと分かると大きく息を吐いた。アクアには危ないだろ、と説教された。反論したかったのに、目尻に涙が浮かんでいるのを見て、言葉が出なかった。ママが私とアクアを抱き寄せる。
「ごめんね。怖い思いさせちゃって、アクア、ルビー愛してる」
この日、私は初めてママ自身の口から「愛してる」と言ってもらえた。思い返せば、今まで一度も言われていない。だから、とても嬉しかった。
「私もママのこと大好きだよ」
思いのままに返した。今日が、ママと話せる最後になるかもしれないから。真珠お兄ちゃんがいなければ、私はもう——。
「あ、そうだ」
有頂天だった。今日、兄に素直に謝って、みんなで仲良く暮らせる。これからは幸福しかない——本気でそう信じた。
そう、思っていた。
「真珠お兄ちゃん。助けてくれてありが——」「ルビー」「え?」
おかしい。
後ろでまだアクアと話しているママは気づいていない。
なぜ真珠お兄ちゃんは、私たちの方を向かないのだろう。玄関の方に身体ごと向けたまま、振り向かない。
ドクン、ドクン。
嫌な予感。鼓動が早くなる。嘘であってほしい。確かめたいのに、確かめるのが怖くて声が出ない。
真珠お兄ちゃんが膝をついた。糸の切れたブリキの人形みたいに、力なく崩れ落ちる。
「怪我はない?」
異変に、私はすぐ正面へ回り込む。そこには、薄く笑う真珠お兄ちゃんがいた。
一瞬、安堵する。けれど、足が何かで濡れているのに気づく。額には汗。表情の奥に、苦痛。
嫌だ。
視線を下げる。
割れた瓶の破片。こぼれた砂。そして、紅。
白かったシャツは、黒に近い色へ。
刺されている、と理解するのに時間は要らなかった。いつ刺されたのか——答えは一つ。
真珠お兄ちゃんは、私を庇って刺された。
「あ、あ。血が」
私の頭に、その大きな手が置かれる。
「やだよ。真珠おにいちゃん」
その手は今までにないほど冷たく、今にも消えそうに儚い。顔を見直す。左目のあたりも切れているのか、血が滲む。
「あぁ、本当に良かった」
残った右目は昏い。どこまでも昏く、優しい光を宿していた。
——この人は、私と同じなんかじゃなかったのに。
気づいていた。いつも優しく笑う兄に甘えていたことに。前世の私が家族に見捨てられたことから目を背けたくて、無意識に怒りをぶつけていたことに。
本当は、もっと早く仲良くなりたかったのに。
いつまでも居てくれると信じて、甘えた私のせいで、この人を傷つけてしまった。
神様、どうかお願いします。
真珠お兄ちゃんを助けてください。
隣で祈る母と同じように、腕を組む。もう一度会えるように、と。
「なんで、なんでよ。何でこの子ばっかり」
ミヤコさんが手術室の前で泣いている。私は罪悪感に目を背けるように、ただ祈り続けた。
手術は無事に終わり、一命は取り留めたらしい。偶然にも外科のスペシャリストがいて、その人がいなければ無理だったと聞かされた。——神様はいるんだ、と思ったのに。
願いは、半分だけ叶えられた。
それでも、私はまだ真珠お兄ちゃんに謝れていない。
あれから一度も目を開けない。意識が戻らないまま、五日が過ぎようとしていた。