僕は一般人です   作:~のほほん~

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鼓動の終わり

 

 

あぁ、僕は死んだんだ。

 

それは曖昧ながらも、直感的に確信できた。目の前に広がるのは、現実離れした、幻想的な光景。どこまでも続くこの場所は、現実の世界とは思えないほどの美しさを湛えていた。

 

両脇には、紅葉の木々が並木道を形成しており、その葉はまるで燃えるような赤に染まっている。その木々の間を縫うように、静かに水面が広がっていた。水は鏡のように周囲の景色を映し出し、その美しさはこの世のものとは思えない。まるで、永遠の安らぎを約束されたかのような、この不思議で幻想的な空間を僕は何も考えずに歩き続けていた。

 

いつから歩いていたかは覚えていない。

 

「お疲れ様」

 

不意にそんな声が聞こえた。視線をあげると、そこには靄がかかって見えないが、ナニカがいた。

 

「君は?」

 

「私は君たちの言う神様ってところかな?」

 

「神様か」

 

神様を名乗るナニカはどこか嬉しそうにくるくるとその場で回る。

 

「残念だけど、君はまだ死んでないよ?」

 

まるで僕の考えを見通すかのように、言葉を続ける。

 

「ここは君たちで言うところの走馬灯に近しい場所だよ」

 

「何で僕はここにいるの?」

 

「さぁね、世界が君に何を求めているのかは預かり知らぬことさ。ただ言えるのは君はこのままこの道を進んだほうがいいよ」

 

その声には、微かに寂寥感が漂っているように感じるが、僕にその靄の色は視えない。嬉しさも悲しみもそもそも色が視えないこと自体初めてのことだったが、全てがどうでもよかった。

 

「このまま進むと僕の願いは叶うのかな」

 

「願いか。君の願いは母親に会うことだったかな?」

 

「……そうだ「本当に?」何でそう思うの?」

 

神様は僕に何を伝えようとしているのだろう?何かを試すかのように僕に問いかけてくる。

 

「だって君、今泣いてるじゃないか」

 

何を言われているのかわからない。そんなはずは――と思った瞬間、頬を伝う温度に気づく。

 

【真珠君は私の自慢の弟だよ】

 

だって僕は

 

【おい坊主、行くぞ】

 

だって

 

【真珠君。あなたは一人じゃないわ】

 

ママに会うために良い子でいた。だって、そうすれば会えるかもしれないって言われたから

 

だから

 

【兄さん、この本なんだけど】

 

【やだよ、真珠お兄ちゃん】

 

涙は止めどなく流れ落ちるが、それでもこの切ない願いからは逃れられない。心の中でモヤモヤとした、ドロドロとした重い感情が渦巻いている。その感情に直面することを避けるように、歩みを止めなかった。胸の底で重いものが渦を巻く。見ないように、視線を落とす。音も景色も、切る。

 

「本当にそれで良いのかい?」

 

もう神様の言葉は聞こえない。

何も、何も聞こえない。

 

「君が目を背けたものは」

 

もう何も考えたくない。

願いだけを抱いて、神様の横を通り過ぎる。足音はなく、空気だけが揺れる。

 

神様の声が聞こえる。だが、僕は止まること無く歩き続ける。

 

「行ってしまったか。出来るなら止まって欲しかったんだけどね」

 

黒い靄はそこにいなかったように霧散する。その言葉だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

真珠君が意識不明の状態に陥ってから三日が過ぎた。彼をこのような状況に追い込んだ犯人への怒りが私の中で沸き起こるも、その犯人はすでに警察によって逮捕されている。この行き場のない怒りと悲しみに苛まれた私の心は限界だった。

 

あの日、アイさんたちの前から姿を消した犯人はマンションの地下で倒れているのを発見された。

手に持っていたナイフや背格好から犯人と断定されたその男は二十二歳の大学生だったらしい。なぜそんなところで倒れていたのかはわからなかったが、警察の調査では頭部に強い衝撃を受けていたことによる気絶とのことだった。

 

「多分、兄さんだ」

 

「え?」

 

一緒に聞いていたアクアが警察の話に言葉を付け加える。

 

「あの時しっかりは見えなかったけど、兄さんの腕が一瞬消えたんだ。そしたらフードの男が後ろに吹っ飛んで」

 

「いや、そんなはず」

 

「あり得ないことなのは僕もわかるけど、でもそうじゃないと」

 

警察の人は困ったように頭を掻いている。

小学生高学年程度の兄さんが、年齢が10以上も離れた大人を吹き飛ばした。

 

アクアとて自分がおかしなことを言っていることは百も承知だった。しかし、目の前で起きたことは紛れもない事実。

 

「興味深いな」

 

「あ、阿古谷警部、お疲れ様です!」

 

「その話、詳しく聞かせてもらう」

 

警部と呼ばれた男は見るからに強そうな男だった。身長は190cmを超えており、目つきは鋭い。何よりもその男の雰囲気から只者でないことがわかる。

 

「し、しかし、本件は警部が担当するような「何を言うか。事件に小さいも大きいもないだろう」し、失礼しました」

 

「あの、あなたは?」

 

「申し遅れました。警視庁に勤務しております阿古谷清秋です。この度は息子さんの件については先程お聞きしました。ここからは私も捜査の方に参加させていただきます」

 

「捜査ですか?」

 

「今回の件ですが首謀者は別にいると私どもは考えています」

 

「え?」

 

「まだ確証はありません。何か心当たりのある人物はーー」

 

犯人が別にいる?

確かに今思えば、おかしなことだらけだ。

アイさんはここ数年でトップアイドルとして上り詰めるだけのキャリアを手に入れた。

だからこそ相応しいレベルの新居へと引っ越したばかりだ。セキュリティもしっかりしていたはずだ。

 

どうやって中に入ったのか?

そもそもどうやってアイさんが住んでいるマンションを見つけたのか?

 

いや、それよりもなぜアイさんに子供がいることを知ってるのか?

 

回り始めた頭は止まらない。その場にいたミヤコとアクアは同じ見解へと辿り着く。

 

(あの場所を知っていたのは)

 

ミヤコはその答えに辿り着く。信じたくはない。けれどもそれしか考えられない。

 

「どうかされましたか?」

 

「いえ、なんでも。すみません。疲れてしまったみたいなので私達はこれで失礼します」

 

ミヤコはアクアの手を引いてその場を離れる。その激情を表に出さないように、しかしその手を握っているアクアには伝わってしまっていた。

 

「アクア」

 

その声はとても冷たく、アクアへとのしかかる。同じ答えに辿りついてしまったアクアも何も言えなくなる。

 

「あなたは賢いから気づいたかもね。でも、アイさんはまだ気づいてないかもしれない。だからあなたは黙っていてね」

 

怒りと悲しみが交差する。

もしかしたら思い違いかもしれないと淡い期待を抱く。

しかし、一度抱いた疑問は拭えずに心に漂い続ける。

 

【大丈夫。絶対に真珠君は戻って来るよ】

 

あの言葉、瞳は以前のアイさんとは別物だった。何かを確信しているかのような絶対的な輝き。

その言葉にどれだけ救われたか。

諦めていた私が今、膝を折らずにいるのはあの輝きがあったからだ。

 

だからこそ確信している。あの子は真珠の姉として絶対に裏切らないと、たった数年ではあるが一緒に生活してきて見てきた彼女の笑顔には嘘はないと信じたかった。

 

時が巡る

 

歯車が回る

 

壊れた砂時計の砂は戻らずに散っていく。

 

一番星には劣るれど、そこには母親としての輝きを放つ女性が立っていた。

 

 

 

********

 

 

 

歩く

 

歩く

 

歩く

 

 

あれからどれだけ歩いたことだろう。

 

いつしか周りの紅葉はなくなり、真っ白な空間だけが広がっている。

 

終着点

 

そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 

 

 

終わるんだ。

 

 

 

 

残念なようで安心したような

 

そんな感情だけが胸中に渦巻いていた。

 

 

 

 

これで良かったのか?

 

 

 

 

 

そんな自問自答を何度繰り返したかわからない。

 

答えはでない。

 

そして着いてしまった。

 

 

 

鳥居が見える。

 

あそこを通り抜けたら終わりなのかもしれない。

 

その前に立つ。

 

僕の人生が終りを迎える。

 

名前を呼ばれている。

誰に呼ばれているのかは分からない。

振り返らなきゃいけない気がするのに、もうそんな力も思考する余力もない。

 

早く通り抜けてしまおう。

 

そう思い、鳥居を抜ける。

 

この日、斎藤真珠の心臓は止まった。

 

 

 

 

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