アイが暴漢に襲われ、それを庇った真珠が刺された。
ドーム公演前ということもあり、忙しくなっていた背中の出来事、情報量の多さにショート仕掛ける頭に気合を入れ、体を動かす。
「ーーーークソっ!」
植物状態。
英先生からそれを聞いた時、何も感じなかった。
どこか現実感のないような、ミヤコやアイ、ルビーとアクア。そこにいるのにいないよう、まるで自分だけが取り残されたように感じる。
あいつの過去の話をしてるときもそうだ。
警察から聞いた話をしているときも俺はそこにいないようなテレビに映る自分を見てるようなそんな気がしてしまった。
時間が経つにつれ、悲しみの波が襲う。
「…何であいつなんだよ」
あの場でその行動を取った真珠《息子》を攻めたい気持ちとアイ《娘》を庇ったことに感謝する気持ちがごちゃ混ぜになる。
言い表せぬ感情がどんどんと大きくなり、飲む酒の量が増えているのがわかる。
「壱護飲みすぎよ」
コトっと横に置かれた水を見やる。少し上に視線を上げれば、ミヤコが心配そうに俺を見つめている。
あの日、一番絶望を感じていたはずのミヤコはいつの間にか立ち直っていた。支えてやろうと思ったのに、いつのまにか俺がこのザマである。
帰って来ることを信じて疑わない。その姿は今の俺には救いだった。
「……なぁ、何でお前は」
「どうしたの?」
「いや、なんでもねぇ」
俺はこいつに何を聞こうとしてるんだ。悲しいに決まってる。それなのに何で信じることが出来るんだなんて聞くのは酷すぎる。
「はぁ、あなたが聞きたいことは何となく分かるわ。でもそれを言葉で伝えても意味がないのよ。辛いし、逃げ出したい。きっとアイさんもそう」
「…じゃあなん「あの子の夢を知ってるでしょ?」だから何だよ」
「あの子はあなたにとって何?」
「息子だよ。俺の自慢の。でもよ、思っちまうんだ。刺されたのがアイじゃなくて良かったって。最低すぎるだろ。息子だなんだって言ったって俺は「じゃあ、何でそんなに泣いてるのよ」っ!」
「そんな毎晩泣いて、ろくに寝ないで働いて、大事そうにボール抱えてるのに責めたりなんてしないわ」
グラスの横に置いてあるボールに目をやる。それはただの野球ボール。少し汚れて入るが、土などはついておらず綺麗に拭かれているのがわかる。
それは初めてあいつと遊ぶために買った遊具。俺はあまり親父との思い出はない。不仲だった訳では無いが、これといって遊んでもらった記憶がない。だから少し憧れもあったのだろう。
まだ大人の男に怯えていたあいつとは禄に話もできなかった。ミヤコが間にいたから話せていたといっても過言ではない。父親になりたかったのかはわからないが、仲良く出来るならその方が良いと思ったのがキッカケだった。何をしていいかわからない中、あいつが公園でキャッチボールをしている親子を見ていた。
気まぐれで「やってみるか?」と声を掛けると、少し遠慮がちに頷いてくれたんだったな。
懐かしさに込み上げてくる愛おしさ。ボールを撫でる度に重ねた記憶が蘇ってくる。
最初は下手くそだったあいつの球はどんどん上達した。高く投げてやった球を取れたときに笑う顔が好きだったな。
ボールが行き交う度にあいつと会話できているような気がして
気がついたらあいつとは普通に話せるようになっていてさ
仕事が忙しくなるにつれてあいつとキャッチボールをする頻度は減ってしまった。会えないことに淋しさを感じたのを覚えている。
あぁ、だからだろう。あいつが事務所の仕事を手伝いたいと言った時、他に迷惑が掛かることよりも一緒にいれることが嬉しかったんだな俺は。
「……ありがとな、ミヤコ」
「あなたも父親なんだからしっかりね」
「……頑張ってみるよ」
お前は本当に強いな。俺なんかよりも。
俺にはこの感情を抑えることなんて出来そうにない。
警察に捕まってなかったらあんな男ーーー
【だからおじちゃんの夢は僕が叶えるよ】
それはある日の記憶。
あいつが俺に投げかけてくれた言葉。
俺が夢を語ったときにあいつがくれた言葉。
嬉しかったんだな。一緒に夢を見てくれるやつが増えて、芸能界で夢を見るのは三流だ。それを叶えるにはどんな手段でも使わなきゃいけない。
それが他のやつの夢を奪うものでも
【おじちゃんの諦めた夢は僕が拾うよ。おじちゃんがみたい夢は僕が叶えてあげる】
でも、あいつは本当に
本当に俺の夢を拾い集めてくれた。
B小町というグループを土台にアイという絶対的な個を輝かせる。スカウトした時の言葉に嘘はない。あいつらなら本当に上に登れると思ったんだ。だけど、現実は厳しくて、上に行けるやつは決まっていて、それを俺は選んでしまった。諦めたんだ。全員で行くというあいつらの希望をを俺は踏みにじった。
だけど、お前は本当に俺が切り捨てようとしたアイ以外に夢を与えてくれた。
あいつらのあんな顔は久しく見てなかった。アイのあんな嬉しそうな顔は見たことなかった。
「社長、ありがとね」
「は?何がだよ?」
「え〜、しらばっくれちゃって。真珠君に何か吹き込んだんでしょ?」
「え?」
「真珠君言ってたよ。社長は本当はみんなを輝かせたいんだ〜って」
その言葉を聞いたB小町の面々は何故か涙を流していた。「辞めないで良かった」とか「若い子好きの変態かと思った」とか何やら不穏な単語も聞こえてくるが、あいつらの中でいつの間にか俺は裏で諦めずに動いていた社長という美談が完成していた。
お前は俺にできないことをしてくれたのに……
あいつの心臓が停まった。
その知らせを聞いた時、力が抜けるのを感じた。
俺は、あいつに何かを返せたのか?
あいつは俺に多くのものを、夢を、希望を残してくれたのに………
まだ、何も返せてない。
【ミヤコさん、大丈夫だよ。みんなはママにちゃんとお別れが言えたんだね】
ミヤコの姉の葬儀の日に感じた違和感。
俺はそれをしっかり感じ取っていたのに、目を背けた。
ミヤコはわかってたんだ。あいつはちゃんと母親として向き合ってたから、だからあいつのSOSにも気がつけてた。
それなのに俺は………
俺は父親失格だ
だからよ、真珠見ていてくれよ
お前が残してくれたものは護るから
今度は俺が零さないように拾い集めるから
だからちゃんと帰ってきてくれ
いつかお前と酒を飲みたいんだ
それは父親として小さな願い。
停まった心臓は動き出し、未来へと繋がる。
その小さな願いのために今日も明日もこれからも前へと進む。父親として社長として、誇れる姿でいるために