僕は一般人です   作:~のほほん~

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楔を外す者

 

 

 

 

あの日のことがずっと頭の中を回っている。

真珠君が意識不明になってから五日目。あの子の夢を叶えたい。そのためにも明るく振る舞った。恐怖も悲しみも怒りもすべてを飲み込んで最強で無敵な私を。

 

涙が溢れそうになるたびに逃げちゃいけないと思った。

怒りが込み上げてくるたびに自身の浅はかさを嘆いた。

言葉に出来ないほどの憎しみが心を押しつぶす度に、母にしてくれたアクアとルビーの顔が浮かんだ。

 

全ては私のせいだ。

 

それに気がつくのに時間はいらなかった。

 

 

 

 

 

真珠君の心臓が止まった。

 

その言葉を聞いた時の絶望は計り知れない。

 

星野アイは番組の収録終了とともに走り出す。

斎藤社長が迎えに来てくれていた車に飛び乗り、病院へと向かう。

 

乗っている時間が永遠にも感じるほどに病院まで遠くに感じる。その遅く進む時間に苛立ちを感じながらもグッと堪える。

 

「アイ。少し休んどけ」

 

社長も落ち着かない様子でハンドルを指先でトントンと叩いている。

社長の焦燥感が私にも伝わってくる。幸い渋滞にはなっていない。もう十分程すれば病院に到着するだろう。

 

「なぁ、アイ。ドームライブ本当に出来るのか?」

 

その言葉は真珠君が刺された日にも聞いてはいた。ドームライブまで残り二日。

あの日、私はあの手紙のことを思い出さなければ辞退していたかもしれない。

 

「うん。絶対にやるよ」

 

「無理してないか?お前あいつと仲良かっただろ」

 

「無理はしてるよ。できることならずっと真珠君のそばに居たい。でもね、私はお姉ちゃんだからちゃんと弟のお願いを聞いてあげないと」

 

「お願い?」

 

「うん。昔に貰った手紙にね。大きな場所でいっぱいの人を喜ばせる私が見たいって。僕が支えるからって言ってくれたの」

 

 

だからこそ、今ここで挫けるわけにはいかない。だって私はもう一人じゃないから。

寂しがり屋なウサギはもういない。

 

「はは、あいつは凄いな」

 

「私の弟だもん」

 

「そうだな」

 

 

 

病院に到着し、先に車を降りる。

受付に伝えると真珠君がいる部屋まで案内される。

看護師さんがノックをすると中からミヤコさんの声が聞こえてくる。

中に入ると、アクアとルビーも居た。泣いていたのだろうか、その目元は赤く腫れている。

 

「アイさん。お仕事お疲れ様」

 

ミヤコさんも目元は赤いがどこか落ち着いた声だった。取り乱していたような雰囲気はなく、真珠君がいたときのような温かみを感じる。

 

「真珠君は?」

 

「15時頃に一度心臓が止まったみたい。でも、英先生のおかげなんとか峠は超えたわ」

 

外は夕日が沈みかけるような薄暗い模様となっていた。夜の帳が下り始める。

 

「ママ」

 

「ルビー、おいで」

 

ルビーはあの日以来、元気がない様子が続いている。真珠君から離れるのを嫌がるようになった。

今の様子を見たら真珠君は大喜びだろうななんて考えながら愛娘の頭を撫でる。

 

ここにいる人はみんな真珠君のことを心から心配している。だからこそ私はずっと言えなかったことを口にした。

 

「ミヤコさん、ごめんなさい。多分「いいのよ」え?」

 

あの黒いフードの男の声には聞き覚えがあった。あの人はよく握手会にも来てくれていたリョースケ君だろう。

多分リョースケ君が私の家を知ったのは、カミキヒカル。アクアとルビーの父親に私が連絡を入れてしまったからだ。別に寄りを戻したかったとかではない。そもそもそんなに好きでもないとわかったから。

 

それでも真珠君達を見ていると父親がいたほうがいいのかもしれないと思ったのがきっかけだった。

 

「あなたがあの子のことを想ってたのは知ってるわ」

 

「ミヤコさん」

 

「何で黙ってたのかとか言いたいことはあるけど、一発で許すわ」

 

え?

言葉が出る前にパンと乾いた音が病室に木霊する。一瞬の出来事に私はポカンとしてしまう。その音に時が停まり、一瞬遅れてアクアとルビーもアワアワと慌ててしまっている。

 

叩かれた頬はジワジワと熱を帯び、痛みが広がる。ミヤコさんを見ようと顔を上げるが、次の瞬間抱きしめられた。

 

「これでチャラにしてあげるわ。馬鹿娘」

 

その声は震えていた。私より少し高い身長のミヤコさんに抱きしめられた身体からは温かな熱を感じる。

小さい頃、まだ私に優しかった母の温もり。私が欲していて手にできなかったもの。

 

「うぅ、ごめん。ごめんなさい。私頑張るから」

 

溢れる涙と言葉は静かな部屋を満たしていく。

ミヤコさんはもう何も言わなかった。そこには血の繋がりはなくても確かな繋がりがある母娘の姿があった。

 

「お前ら何してって、おい!アイお前その頬どうしたんだ⁉」

 

私とミヤコさんは顔を見合わせて笑い合う。社長とルビーは理由がわからずに立ち尽くし、アクアは安心したように胸を撫で下ろした。

 

慌てる社長を他所に真珠君の隣へと移動する。

左目も怪我をしているのか包帯が巻かれた顔。

少し痩せてしまった手を握りながら、私は彼からの手紙を思い返す。

 

私を一人にしないでいてくれて

 

またメンバーたちと仲良く出来るようにしてくれて

 

家族を作ってくれて

 

愛してるを言わせてくれて

 

 

今度は君の夢を私が叶えてあげるからね。

憎悪の炎は胸にはない。ただあるのはこの子との約束した綺麗な未来の光景だった。

 

 

 

********

 

 

 

 

「久しぶりね。真珠」

 

もう思い出すことはできない。

 

記憶が薄れるたびに謝ったが、もうその声も聴こえてこない。

 

また会いたかった。またあの体温を感じたかった。悲しくなるほどその呼吸に触れていたかった。

 

必死に寂しさを誤魔化した。

僕が寂しそうにするとみんなが悲しむから

 

ミヤコさんが抱きしめてくれて嬉しかった。凄く暖かくて安心した。

おじちゃんとしたキャッチボールは僕にとってかけがえのない思い出だ。あの大きな掌で撫でられるのが好きだった。

お姉ちゃんと話すのは楽しかった。どこかそそっかしいけど時折見せてくれる力強い温もりが僕を支えてくれた。

 

アクアは僕の自慢の弟だ。賢くてどこか大人びていて、前に一緒にいった映画の現場では本当にかっこよかった。

ルビーはきっとお姉ちゃんと同じくらいすごいアイドルになるだろう。お遊戯会で見た姿はとても眩しかった。天真爛漫でそれでいて素直で。嫌われているのはショックだけど、それでも僕の大切な妹だ。

 

二人ともあの時助けられてよかった。

 

この気持ちに嘘はない。僕はあの場所にいられて幸せだった。だが、駄目だった。

あそこに居たいと思えば思うほど僕の中のドロドロがソレを拒んだ。

 

「いやぁ、本当にかっこよくなったねぇ」

 

「ま、ママ?」

 

「そうだよ〜。まさかこん「ママ!」あらら」

 

ママが目の前にいる。

僕は何も考えずにママの胸へと飛び込んだ。

 

僕が大きくなったからだろうか。「おっと」と軽くよろめきながらも支えてくれる。

懐かしく感じる匂いや体温が僕を包んでいく。

目頭が熱くなり、鼓動が早くなる。

声を出そうにも込み上げてくる嗚咽から言葉にならない。

 

「いつになっても甘えん坊ねぇ」

 

僕の心情を悟っているかのように頭を優しく撫でてくれる。その感触がどこまでも心地よく安心する。

 

「ごめんねぇ。あの時何もしてあげられなくて」

 

ママは何も悪くないと言いたいのに溢れてくる涙がそれを邪魔してくる。

 

「ママも本当はもっと真珠と一緒に居たかったんだけどね」

 

僕ももっと一緒にいたかった。会えて嬉しいはずなのに、この溢れてくる涙は嘘じゃないはずなのに。

なんでみんなの顔が頭をチラつくの?

 

「でもね真珠。まだこっちに来るには早いんじゃないかな?」

 

「ママ?」

 

やっと会えたのに、まるで別れのような言葉が続く。

 

「ママはね。もっと真珠が大きくなる姿がみたいなぁ。これから中学生になって、高校に入って、真珠は頑張り屋さんだから大学にも行くかもね」

 

「ど、どうしたの?」

 

「きっと真珠の彼女さんになる人は素敵な人なんだろうね。一緒にお風呂とか入って見たかったなぁ」

 

「嫌だよ。もう離れたくないよ」

 

「違うよ?離れるんじゃない。真珠は自分の人生を進むの」

 

イヤイヤと泣き縋る僕にママは言葉を続ける。

 

「私がいなくても真珠には大切な人が沢山できたでしょ?」

 

大切な人という言葉を聞いた瞬間。考えないようにしていた思い出が溢れてくる。

ミヤコさんとおじちゃんと初めて行った縁日はキラキラして楽しくて美味しくて楽しかった。

変装したお姉ちゃんとのお買い物は着せ替え人形みたいで少し大変だけど、褒めてくれるお姉ちゃんの顔が好きで僕も笑顔になった。

アクアに教えてもらった本は少し難しいけど、どれも面白くて語り合えるのが嬉しかった。

嫌がりながらも僕が作ったココアを美味しそうに飲むルビーの姿が可愛くて、また作ってあげたいって思った。

丸山さんとの訓練は大変な時が多いけど、いつも僕のことを考えてくれてるのがわかるからそれに応えたかった。

B小町や事務所の人たちはまるで本当の弟のように優しくしてくれた。

 

「私にも。真珠にも人生はあるの。楽しいことも辛いことも笑っちゃうような可笑しなことも怒ることもね」

 

その声はどこまでも優しく僕の心に入り込んでくる。ドロドロとしていた感情が和らいでいく。

 

「真珠は真面目だからママのこと思い出せなくて苦しんでたことも知ってるけど、人を想う心があれば大丈夫。その人を大切に想う気持ちが大事なことだから」

 

「わからないよ」

 

「わからなくてもいいよ。でも、覚えておいて。ママはずっと真珠を見てるから。真珠が忘れちゃったら今度はママが迎えに行くから」

 

 

だからまた生まれ変わったらママの子供になってくれる?

 

「……当たり前だよ。ずっと、ずっと大好きだよ」

 

「私もよ。あなたのことをいつまでも愛しているわ」

 

親子はお互いを離さないように抱きしめ合う。無色だった部屋に光が満ち、色が溢れる。

まるで月光のような輝きがその空間を支配する。

 

「ミーちゃんのこと教えてくれる?」

 

「みーちゃん?」

 

「ミヤコよミヤコ。私の妹は元気?」

 

「ミヤコさんってミーちゃんって呼ばれてたんだ」

 

「そうよ〜。最初は嫌がってたんだけどね。ゴリ押しで言い続けてたら諦めたの」

 

「ミヤコさん押しに弱いからね」

 

「それにね………」

 

親子の会話は続いていく。

その無色の部屋で際限なく。六年間の空白を埋めるようにお互いの話に花を咲かせた。

 

話せば話すほどみんなに会いたくなる。この気持ちを僕はもう知っている。

 

この止めどない程の感情をーーー

 

【真珠君、いってらっしゃい】

 

最後に玄関で別れたミヤコさんの姿が脳裏に浮かぶ。

いつも側にいてくれた。優しくしてくれた。微笑んでくれた。料理を作ってくれた。まだあの人に伝えられてない。僕を愛してくれてありがとうって。それに僕はーーー

早く会いたいな

 

「じゃあ、ママ。僕帰るね」

 

「いざとなると寂しくなっちゃうけど、今度はもっと男前になってるのを期待してるから」

 

「うん!かっこいい大人になるよ」

 

「それとね。真珠戻ったら…………」

 

「分かったよ。ちゃんと伝える。それにお父さんにあったら聞いておくね」

 

「任せちゃってごめんなさいね」

 

「大丈夫。ママ、僕を愛してくれてありがとう。今度はもっといっぱい思い出を作ってくるから」

 

その姿は、初めて会った時よりもずっと成熟して見える。子どもの成長を目の当たりにする親として、感動で涙腺が緩むのを感じたが、母親としての自制心で涙を堪えた。

 

(だってあの子は優しいから泣いたら行けなくなってしまうから……)

「楽しみに待ってるわ。行ってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

その背中はどこまでも大きくみえる。鳥居を潜った瞬間、真珠の姿は消えてしまう。

 

 

 

 

 

「よかったのかい?」

 

「ええ。あの子は私の息子ですから」

 

「それは茨の道だよ?」

 

後ろから聞こえてきた声に振り返ると幼い少女が立っていた。まだ幼稚園生くらいだろうか。愛らしい顔つきをしている。

 

「神様。また真珠に会わせていただいてありがとうございました」

 

「いいさ。これも僕の仕事の一つだからね」

 

「おかげさまで死んで良かったと初めて思えました。あの子を一人にしてしまったことだけが私の心残りでしたから」

 

「そうかい。巫女である君に喜んでもらえたなら幸いだよ」

 

「あはは、巫女だなんて」

 

「かの神は君に感謝をしていたからね。これは正当な褒美だとでも思ってくれ」

 

「はい。感謝いたします」

 

「では、名残惜しいがお別れだ。君の魂に輪廻の加護があらんことを」

 

その言葉とともにその姿が霧散する。最後にもう一度鳥居の方に視線を向ける。

 

 

真珠

 

私がこの名前をあなたにつけたのは優しい子に育ってほしかったから。

 

涙のようなその宝石の名前にしたのは相手を想いやれる人になってほしかったから。

 

どんな苦難も逆境もあなたなら乗り越えられる。天才じゃなくてもいい。長い年月を経て宝石になるように、地道に少しずつでも前に進める子に育ってほしいから。

 

あなたなら大丈夫。

 

私は信じてる。

 

光の粒子が霧散していく。

白い空間には誰もいない。

 

何もなかったかのような静寂のみが辺りを包む。

 

 

 

 

***********

 

 

 

鳥居を潜り、紅葉の並木道を逆走する。

 

走る、走る、走る

 

息が切れ、肺が圧迫され痛みに変わる。

 

お腹が痛くなり、休みたいと身体が願うが、会いたいという気持ちが身体を動かし続ける。

 

「やぁ、また会ったね」

 

「はぁはぁ、あれ、神様?」

 

そこにはまた黒いナニカが佇んでいた。どこか嬉しそうな雰囲気をしているソレからは期待や悲しみの色が滲み出る。

 

「凄いな。私の色を視るのか」

 

「さっきはごめんなさい。せっかく止めてくれたのに」

 

「別にいいさ。それよりもだ。君の魂は一度世界から抜け出てしまってる本来であれば君は死んでいるんだ」

 

「え⁉僕帰れないの?」

 

「そうだね。このままいくとだが。これは一度きりの奇跡だ。かろうじて道が繋がっている。強引ではあるけどこの方法しかないだろう」

 

神様はどこか楽しそうに語り続ける。

 

「神様が助けてくれるの?」

 

「まさか、君にその資格はない。だが君を助けたいという巫女の願いを叶えてるだけさ」

 

「巫女?」

 

「教えてあげたいけど時間がない。君はどんなことがあっても立ち止まるな。常に前へと進め。何が何でもだ」

 

「それって」

 

「世界の法則から外れ、本来の世界線すら壊した君は世界から拒絶されている。だが今の君ならなんとかなるかもしれない」

 

「今の僕?」

 

「そうだ。君が視えている色は意志であり個でありその存在が持つ力だ。感情や精神という言い方もできるが、君たちの世界では気とも言うんだったかな?」

 

時間がないと言う割に語りだす神様には申し訳ないがみんなに会えなくなるのは困るので先に進むことを選ぶ。

 

「とりあえず進めば良いんだね?ありがとう神様」

 

「あぁ、また会おう。少年」

 

再び走る。

 

直後神様の言っていた意味がわかる。

 

どこから現れたのか、身体に鎖が巻き付く。

 

だがそれを払い除け進んでいく。

 

首に

 

腕に

 

足に

 

絡みつく鎖。

 

神様が教えてくれなかったら止まっていたかも知れない。しかし覚悟を決めた足は前へと進んでいく。

 

家族の元へと進んでいく。

 

一歩ずつ、着実に、前へと

 

身体が割れんばかりに悲鳴を上げる。

 

酸素を取り込みたいと肺が叫ぶ。

 

心臓が破裂せんとばかりに鼓動する。

 

脳が沸騰しそうなほど熱を帯びる。

 

細胞が蒸発するかのような感覚に陥る。

 

 

それでもひたすらに進んでいく

 

みんな今帰るよ。

 

 

 

そこには何も考えずに歩いていた少年はもういない。

 

母親に会いたいと死に場所を求めた少年もいない。

 

 

 

きれいな紅葉に彩られた茨の道を進んでいく。

 

 

世界が拒絶する。

 

隔絶しようと抑止力が働く。

 

 

 

だが、少年は笑いながら前へと進む。

その昏い瞳には光が宿る。

 

真珠から放たれた色はまるで幾千の星から光が集まったかのような月光色であった。

 

 

 

 

 

 

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