私は己が冒した罪を忘れないだろう。
ドームライブまで残り、数時間ほど。
本当であればもう現場に入っていなければいけない時間だ。
今、この部屋には私と真珠君の二人だけ
この後、社長とミヤコさんが迎えに来てくれる事になっている。
ミヤコさんは今日のライブは見ないらしい。
「ごめんなさい。あなたのことを怒ってるとかじゃないの。ただ今はこの子の側に居てあげたい」
ミヤコさんらしいと思ってしまった。真珠君の側にいたいけど、私のことも応援したい。
ミヤコさんは今まで私を支えてくれた。B小町を繋いでくれた。彼女が私達に自分の夢を重ねてくれた。
だからこそこんな事になっても会場の設営や細々とした業務をこなしてくれているんだろう。
感謝こそすれ、それを否定することは私にはできないし、したくなかった。
「真珠君がこんなにお寝坊さんなのは初めてだね」
胸が一定のリズムで動き、規則正しい呼吸だとわかる。その顔には包帯が巻かれており、少し痩せてしまったような儚い印象を受けた。
真珠君ごめんね。
何度目かわからない謝罪を心に秘めながら、その細くなったように感じる手を取った。
その手は少し皮が厚くなっているためか、私の手とは違う感触がした。
【お姉ちゃんのことを守りたいんだ】
「本当に守ってくれたね」
その柔らかな髪を撫でながら、何度目かもわからない感謝を言葉にする。
私を初めて愛し、愛を伝え続けてくれた少年を傷つけてしまった。
こんな事になった原因は何となくわかったから。
だってあの場所を知ることができた人はカレしかいないから。
脳裏に元カレにして、アクアとルビーの父親の顔が過る。こんなことになるなんてわからなかった。カレとは仕事の紹介で行った劇団で出会った。
恋人ができればアイシテルがわかるかもと思ったのがきっかけ。誰でもいいと思ったわけではない。あの中で私に似ていると感じたのがカレだっただけだ。
あの人も抱えてる側の人間なんだって、その目を見てわかった。だけどカレと過ごしてみてもアイシテルは分かりそうもなかった。だからお別れをした。こんな私に付き合わせるのは申し訳なかったし、何よりもカレはモテたから。
カレも了承してくれたから円満に別れることができたと想っていた。だから……軽い気持ちで連絡を取ったのに
胸の中で燻るナニカが私の中で暴れる気がした。
何度この感情に身を任せてしまおうかと
何度あの男に報復してやろうかと
悩み、悩み、悩んだ
【お姉ちゃんの目はママに似てるんだ】
だけどそれが逃げであることがわかってしまった。彼が私を母親にしてくれたから。
アクアとルビーを残してその道に進むことは私にはできなかった。
「君は私にいっぱいのものをくれたね」
いつも優しく、側にいてくれた少年の顔を見つめる。
胸に宿った暗く重い感情は虚空へと消えていく。
初めて会ったときに感じたのは既視感だった。
この子は私だと気づくのに時間はいらなかった。母親から捨てられて、誰からも愛されずに、だからなのか愛し方もわからない私自身。
だからなのかな。私は君に興味を持ったんだよ?
君が笑顔になれば私は救われるんじゃないかって。
そんな風に思ったよ。
でも君は君だった。私は愛されなかったことを恨んでしまった。誰からも愛されなかったことを受け入れて、そこにあったかもしれない愛情に気づかずに捨ててしまった。
君の中には愛があった。
今ならわかるよ。君はずっと後悔してたんだよね?
私は君の過去を知らないけど、社長から聞いたときに納得したんだ。
「君はみんなに幸せになって欲しかったんだよね」
母親が殺されて、生き残って、ミヤコさんたちと出会って。私は母親に捨てられたときにもういいやって諦めちゃった。だけど、人生が続いていくと感じて君は他者の幸福を願ったんだね。
誰かを想う。それが愛。この気持ちが本物か偽物か分からないけど
「私は大丈夫。君の願いは私が叶えるから」
君のために私はやるよ。君がしてくれたみたいに……
部屋のドアがコンコンと叩かれる音がする。音がした方を見ると、ミヤコさんとルビーがいた。
「あれ?ルビーどうしたの?」
先にドームにいるはずだったルビーとアクアがここにいる。なんとなく理由を察してしまったが、聞かずにはいられなかった。この子は私のことが大好きだ。いつも褒めてくれるし、私のライブを見て喜んでくれるその姿を見るたびに力を湧いてくる。
「ごめんなさい。私、真珠お兄ちゃんの側に居たい」
「そっか」
「ごめんなさい。ママごめんなさい」
ルビーから大粒の涙が溢れ出る。いつもの元気な姿はそこにはない。
あの日からルビーは笑わなくなった。アクアも元気はないが、ルビーに比べれば軽症といえるだろう。
心臓が停まったと聞いた時の取り乱しようは凄かったとミヤコさんが語っていた。
「いいんだよ?ルビーが優しい子に育ってくれてママは嬉しいよ」
「アイ、ごめん。僕も」
「うん。ルビーといてあげてね。お兄ちゃん」
「アイさん。本当に良いのね?」
「大丈夫。私はもう一人じゃないから。社長もミヤコさんもアクアもルビーも。それに真珠君も。みんなココにいるから」
私は自分の胸に手を当て、瞼を閉じる。みんなの顔が、その声が、私は一人じゃないんだって。もう私は一人ぼっちのウサギじゃないんだって。
教えてくれるから
私は偶像なんかじゃない。たしかにここにいる星野アイだから。
「行ってくるよ」
私は病室の扉を出て、下で待っているだろう社長の元へと向かう。
社長と合流し、ドームへと向かう。ギリギリまで出掛けていたため、スタッフや他のメンバーは大慌てだったらしい。謝りながらも迫る時間は停まってくれないため、メイクやパフォーマンスの確認を行っていく。
みんなが心配そうに私を見るが、気にしていられない。
完璧で究極。
今日、この会場にいる全員を笑顔にする。
張り付けた笑顔に迷いはなく、その声は揺るがない。
かつてないほどの迫力がある絶対的なセンターの姿にB小町のメンバーですら戦慄する。
「お前ら、準備はいいか?」
社長がみんなを集め確認を取る。
「大丈夫に決まってるじゃん」
「いや、めっちゃ緊張して吐きそう」
「吐いたらそれこそ戻れないわよ?」
「明日の一面に乗りそうだよね。あのB小町開演前に……」
昔のB小町の面々であれば社長の言葉にこんな軽口は挟めなかっただろう。
それを変えてくれたのは真珠君だ。私に劣らないほどの輝きが彼女たちにもあるんだぞって言わんばかりにそれぞれの個性を伸ばした。
社長からが以前言っていた。
あいつのアレは才能とかじゃないって。人を視る。言葉としては簡単だが、その人を深く知ろうと関わらないとできない芸当だと。俺には出来なかったことをあいつはやったんだって。
どこか悔しそうに、それでいて誇らしそうに、お酒を口にしながら語っていた姿は父親そのもののような気がした。
「みんな」
だけど、そんなこと私には関係なくて。
私に出来ることなんてしれてるから。
「付いてこないと置いてくよ」
私らしくない言葉だろう。
ほら、社長もみんなも目が丸くなってる。
私がこんなに感情的になってるのが珍しいのだろう。
だって、初めてだから
こんなにも人を想って、立つことが誇らしいなんて
私を姉にしてくれてありがとう
君の願いは私の願いだから
この溢れ出る想いを胸の中に押し止める。
だってこれを届ける相手は決まってるから
「本当に変わったな。行ってこい!お前らは俺の自慢のアイドルだ!!」
その言葉を合図に私に続いてみんながステージへと向かう。キラキラと光るその場所へと。
この日、東京のドームに全てを照らし、焼き尽くさんとばかりに輝く一番星が舞い降りた。