真珠君が意識を取り戻さないまま一週間が過ぎようとしていた。
今日はB小町初のドームライブ。
私達、苺プロの集大成だ。
ライブ自体は夕方からだが、壱護と私は準備もあるために早めに現地入りをしていた。
警備や物販スタッフに最終確認と指示を飛ばしていく。
アイの事件は最終的に報道されてしまった。子どもの殺傷ということもあり、凄惨な事件として組まれた。しかし、それ以上の火種が投下された。
どこから漏れたのかアクアとルビーの存在を匂わせる発言がSNSで挙げられた。そこからは早かったゴシップ記者の張り込みは当たり前、それに対する共感の声が上がり始めてしまった。
ドームライブの開催も危ぶまれるまでに及んだが、アイの毅然とした態度は多くのファンを味方につけた。
それだけじゃない。B小町の面々もそれぞれのコネクションを利用してくれた。アイドル部門の穴埋めを行うために他部門も協力を申し出てくれた。それだけじゃない。
「坊主のためだ。俺にできることがあれば言ってくれ」
「すまねぇな。龍」
「良いってことよ。お前さんに貸しを作れるし、愛弟子のためだ」
丸山プロデューサーの協力の元、最初に足りていなかったスタッフや警備を補うことができた。
ドームの確認作業を終え、壱護と一緒に一度事務所に戻り、B小町の面々を迎えに行く。
アイを除いたB小町も真珠君が刺されたことにはショックを隠しきれない様子だった。特にメンバーの渡辺さんは姉弟もいることからアイを支えようと寄り添っていたのは記憶に新しい。
「あ、あの〜」
「どうしたの?」
ドーム前の緊張からか、沈黙が広がる車内で渡辺さんから声が上がった。おそるおそるとした声に疑問を隠しきれずにいると
「真珠君は大丈夫ですか?」
「こら!なべちゃん」
「だって、みんなだって気になるでしょ」
静かだった車内が嘘のように賑やかになる。真珠はこの子達にとって年の離れた弟のような存在でありそれでいて今の自分達を作ってくれた恩人なのだ。
彼女たち自身、もう納得して飲み込めているがアイの才能についてはいけなかった。完璧主義者であり、努力家、そして天性の才能を持つ彼女に追いつけるだけの存在はこの世を探してもごく僅かだろう。
だから諦めてしまうのも当たり前だった。そんな彼女たちを変えたのは真珠君だった。
あの子はこの子達のバーターになった。あの子達の個性を特技を、その人となりを。周囲に広めたのは彼だ。
埋もれていたまだ磨かれていない原石たちに輝く機会を与えた。
仕事が増え、交友が広がり、自信がついた彼女たちはみるみるうちに変わっていった。ファッション誌の表紙を飾る事になったり、映画に出たり、声優となったり、はたまたラジオに出演したり。
彼女たちは変わった。もう一番星の後ろで見えなかった星たちじゃない。
並んで輝け無くても、夜空を彩る星の輝きを得た。
「まだ入院中よ。本当ならあの子が一番あなた達を見たかったでしょうけどね」
「だろうね〜。なんてったって私達のファン一号にして師匠だからね」
「またそんなこと言って真珠を困らせないでよ?」
「これもコミュニケーションコミュニケーション」
「距離感ガバガバなのよ」
本当に見る影もないこの子達の姿を見て、眩しいものを感じる。私も東京には夢を見て出てきた側だから、成功者の彼女たちを羨ましく思ってしまうことは否めない。私ももっと早く真珠君に出会えていたら。だけど…
「そんな真珠のお母さんがミヤコさんってのは納得だよね」
「だね〜。私達を見捨てないで仕事探してくれてたし」
「いや、ほんと辞めなかったのはミヤコさんがいてくれたからだよね」
「ありがたや~」
後ろから事情を何も知らない彼女たちは私を元気づけるためか冗談っぽく拝んでくる。
「私もあの子が息子で幸せよ」
今の私はあの子の育て親だ。
私の今まではこの日のためにあったんだって何度も思った。あの子の優しさが胸に染み渡る度に折れそうな膝を何度も叱咤できた。
どんなに辛くてもあの子の頑張りを知ったからもう少しやってみようと思えた。
熱が出て寝込んだらあの子がおかゆを持ってきてくれた。風邪を引いてしんどかったけど、あの子が作ってくれたレトルトのおかゆを食べられるならまだ頑張れるような気がした。
姉さんに重ねてしまっていたときもあった。似てくるあの子に面影を重ねていた。でも真珠君はやっぱり真珠君で。
理知的に見えて意外と根性論なところがあって、出来ないこともひたすらに挑戦して、困っている人は放っておけないお人好しで、私にはもったいないくらい真面目で優しい自慢の息子。
私の言葉に尻目に後ろの座席からキャーと茶化すような悲鳴が聞こえてくる。その声に頬が緩むのを感じる。
ドーム会場に到着して、彼女たちを下ろす。今度はルビーとアクアを迎えに行く。
二人とも四歳児とは思えないほど落ち着いていた。特にルビーの方はあれから元気がない様子が続いている。アイさんも心配していたが、今後を考えて仕事を断らないことを選択した。
「あの子達も幸せにしたいから。今は頑張るよ」
どこか痛々しいその姿を止めたかった。真珠君があんな事になって、自分を責めているのを知っていたから。
「私はあの子達のお母さんだから。見ててよミヤコさん。私は星野アイだよ?」
その瞳は以前とは違う輝きが放たれていた。全てを虜にするような魅惑的な瞳とは違う。夜空を切り裂く一番星の如き輝きが放たれていた。
姉として母親として、なによりも今まで知りたかった愛情を知った星野アイという一人の人間として。
止められなかった。
彼女の想いは私には計れなかったから。
彼女は彼女なりに悩んで、考え抜いて、その決断をしたのだとわかったから。
壱護も感じ取っていたのだろう。一番アイさんを見てきたのは壱護だ。仕事の量を減らさず、かと言って面倒事に繋がらないように配慮して、親バカと思わないこともないが、今のアイさんがドームまで無事に辿り着けたのは彼の働きがあったからだ。
後部座席に目をやるとアクアとルビーはお互いに違う方の窓から外を眺めている。
車内には先程とは違う沈黙が広がっている。
「ねぇ、ミヤコさん」
「どうしたの?」
徐ろにそんな沈黙がルビーの声によって破られる。ミラーから確認しても外を眺めたままこちらを見ようともしない彼女からはその心情を読み取れない。
「病院に行きたい」
「おい、ルビー」
アクアが嗜めるように名前を呼ぶも「お願い」と力強く言う妹の姿に気圧されている。
「そう、わかったわ」
あの子は真珠君のことを苦手なのだと思っていた。赤子の頃からなんやかんやあったが、いつも困らせるようなことをしていた。だけど、そんな彼女の姿をみる真珠君はいつも笑顔だった。
いつだったか、真珠君に聞いてみたことがある。あんなことされたら怒ってもいいと思うけどと。
【怒らないよ?別に怒ることでもないし】
【でも火傷しちゃうところだったじゃない】
アイさんが仕事でいないときに哺乳瓶でミルクをあげようとしたことがあった。
ルビーはなぜか真珠君が作った物を蹴る癖があり、たまたま冷ましていた哺乳瓶を蹴ってしまう出来事があった。
零れれば火傷してしまうかもしれないと咄嗟に思ったのか、それを素手で掴んでルビーから離した。
【ルビーはさ。ただ構ってほしいんだよ。僕も保育園にいたときにママが迎えに来るまで寂しかったから。ママには大丈夫って言ったけどね】
そう言って優しく微笑む姿に胸を締め付けられた。
ルビーも流石にやりすぎてしまったと思ったのか、その日は真珠君に抱っこを許していた。嬉しそうにする真珠君を見てシスコンになる未来を見てしまったが、まぁ別にいいかと思考を放棄した。
その写真を撮影してアイさんに送った日はそれはもう賑やかだった。
アイさんが出ていった病室は静かだった。
今日は生憎の曇天。この後もしかすると雪が降るかもしれないと天気予報で言っていたことを思い出した。
「何か飲み物を買ってくるけど」
「「ココアが良い」」
この二人は真珠君の兄妹なんだなと思い、笑いが込み上げてくるのを堪える。
私が二人の面倒を見るにあたって、真珠君も星野家にいることが増えた。その結果、ココア信者である真珠くんによって着実に飲む機会が増え、今では日課となってしまっている二人。それに気づいていないところに微笑ましさを感じながら病室を出て、自動販売機へと向かう。
無機質な光が廊下を照らす。小銭を何枚か入れ、水のペットボトルとココアを2本購入し、部屋へと戻る。
部屋の前には英先生がいた。
「先生、お世話になってます」
「おや、斎藤さんお久しぶりですね」
「ええ、英先生は今日はこちらの病院なんですね」
「今日は当直も兼ねているんですよ。いや、でも良かった。ちょうどお会いしたいと思っていたんですよ」
「私にですか?」
「旦那さんもいればよかったんですが、日を改めましょうか?」
「いえ、私から後で伝えておきますが。真珠君に何かあったんですか?」
英先生は非常勤の医師ということもあり、基本的に会うとすれば面会時間などを調整していた。今日はアイのドームライブということもあり特に予定していなかったため、こんな大きな病院の中で会うこと自体が稀であった。
だからこそ胸中に不安が過ぎってしまう。
「先に伝えておきますが、悪い知らせとかではありませんよ」
「そ、そうですか」
「どちらかといえばいい知らせかも知れないですね」
「どうしたの?」
病室の扉が開き、中からアクアが顔を出す。目の前で話していたからか中にも聞こえていたのだろう。
「ああ、君か。君もよかったら聞くかい?」
「え?」
「レントゲンや脳画像、以前受診した病院のカルテ全てに目を通しました」
「全てにって」
「フフフ、いや~、なかなか興味深かったです。彼の体ですがね。治癒速度が桁外れです」
どこか嬉しそうに恍惚とした表情をした英先生に身の危険を感じなくもないが、興奮したような口調で語りかけてくる。
「治癒が早いと言っても早老症などの細胞分裂が常に早いわけじゃないんですよ。傷口だけの治癒、体内に入った細菌への抵抗力。稀に幼少期に強いストレスがかかると身体が丈夫になるという話を聞きますが、目のあたりにしたのは初めてですよ」
解剖してみたいなぁと危ない発言をする英先生にドン引きながらもその言葉に安堵を隠しきれない。
「じゃ、じゃあ兄さんの怪我は治るんですね!」
アクアが信じられないといった顔から縋るように英先生の白衣を掴む。少しトリップしていた英先生は意識が戻ったのかアクアに目線を合わせる。
「治るも何も、彼の怪我はすでに目以外は「わぁぁぁぁぁぁぁぁん」」
突然、部屋の中からルビーの泣く声が聞こえてくる。
何事かと思い、すぐに目の前にあった病室の扉を開き中に入る。
「あ、ただいま」
持っていたペットボトルが音を立てて床に落ちる。きっと私は今、人に見せられないような顔をしているだろう。
胸から熱いものを溢れてくる。それは伝播するように喉に頭に、そして目に広がっていく。
涙がボロボロと頬を伝うのを感じる。私が泣いたからだろうか。ギョッと目を見開き、ルビーと私を交互に見るその姿に笑いがこみ上げてくる。
「おかえりなさい。真珠」
私は決めていたのだ。次に真珠と会った時は母親として彼に会おうと、姉さんには申し訳ないがこの子はもう私の子供なのだ。この子が成長していく姿をしっかり焼き付けて、姉さんに会ったときに自慢してやるのだと。
真珠にしがみつくルビーごと包み込むように真珠を抱きしめた。その体からは前みたいな少し汗の匂いがしたが、確かな体温と少し線は細くなったが男の子らしい筋肉が感じ取れた。
【真珠をよろしくね。みーちゃん】
顔を上げ、窓の外を見る。
いつの間にか雪が振り始めていた窓の外から姉さんの声が聞こえた気がした。
「任せてよ。姉さん」
雪は降り続ける。
涙は溢れ続ける。
紅の宝石はその輝きを取り戻すかのように。
蒼の宝石はまるで憧憬を抱くように。
二つの宝石は本来の色を取り戻す。
主人公ではない存在は
本来語られるはずはなく、知られずに散っていく筈だった。
しかし物語の主人公たちはこの者を求める。
一度死の臨界点を超え、世界から拒絶されても、現世へと戻ってきた少年に世界は震えた。
「? ナニカ来たな」
それは遠い遠い地まで伝播し、人の身にして神の領域へと踏み込んだ仙人へと届いた。