僕は一般人です   作:~のほほん~

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見えない絆

 

 

真珠お兄ちゃんと明日は会えますように

 

気がつくと一日が終わっていることが増えた。ママの番組をつけていても気がついたら終わってしまっている。

 

「ルビー、大丈夫か?」

 

そんな私を見かねて兄のアクアが声をかけてくれる。覗き込むようにして見てくるその瞳から不安と心配が伺える。

 

「うん。今日はもう寝ようかな」

 

眠くないが、今は何も考えたくない。目を瞑っていれば楽だった。だって眠っていれば明日が来る。

真珠お兄ちゃんに会えるかもしれないと思えるから。

 

「わかった。アイには俺から伝えておくから」

 

「ありがと、お兄ちゃん」

 

そう言えばママにも会える機会が減ってしまった。あれからもママは仕事に行っている。真珠お兄ちゃんのお見舞いにも時間をみつけては行っているとミヤコさんから聞いた。帰りの時間が特段遅くなったわけではない。私が先に寝ることが増えただけだ。

 

どうすれば良いのかわからないこの感情に思考を放棄する。解決策はなくかと言って楽天的にもならない私は布団に潜り込む。

 

(ゴロー先生ならなんて言うかな)

 

初恋の人にして天童寺さりなだった頃に唯一私を最後まで診てくれた先生のことを思い出す。

あの地獄のような日々を生きられたのはあの人がいたからだ。

 

(また私を助けてよ)

 

だから叶わないことを知っていながらも願ってしまう。縋ってしまう。自分がしてきたことへの自己嫌悪と罪悪感が胸を押しつぶす。

思考を放棄して眠りにつくまで時間がかかってしまった。

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

(今日もか)

 

妹のルビーが魘されていた。

ここのところ毎日、魘されている妹の姿をみて心が痛むのを感じる。

 

兄さんが刺されてしまってから六日が経過した。明日は遂に念願だったアイのドームライブだ。それなのにルビーはそのことすらあまり興味が無くなったのか話題にすらあがらなくなった。

 

アイもドームまで仕事を休むかと思ったが、夜遅くまでレッスンを含めて働いている。

 

(原因は僕たちか)

 

テレビのニュースでアイドル星野アイの家にストーカーが刃物を持って押し入ったと報道された。その際に助けに入った兄さんのことも報道された。幸い年齢や社長たちの息子ということもあって火種とは成り得なかった。

 

しかし、それはあるSNSから始まった

 

僕たちの存在を示唆するような発言。それに乗っかるゴシップ記者、どこにでもいるアンチからの罵詈雑言。

火に薪を焚べるどころの話ではなく、油を注いだかのように燃え広がった噂の影。

 

三日ほどはそういったニュースが多かった。兄さんのことを悪く言う人を見て苛立ちを覚えることもあった。

 

あの犯人が首謀者じゃないことを知った時は怒りが込み上げてくるのを感じた。だが、それ以上にミヤコさんから伝わってくる感情が強くて気圧されてしまった。

 

【ねぇ、アクア。僕と一つ約束をしてくれる?】

 

それはある映画に出演した帰りの車でのことだった。夕暮れが綺麗だなと眺めていたときに隣りに座っていた兄さんからお願いをされた。

 

【どうしたの、兄さん?】

 

【もしね、今日の有馬ちゃんみたいに泣いてる子がいたら手を差し伸べてあげてね】

 

それは撮影が終わった時の出来事だった。監督から求められたであろう演技をし終わったときに共演していた有馬かなが泣き始めてしまった。

監督はお灸を据えたかったみたいだし、別にいいかとを放置していたら一緒に来ていた兄さんが彼女を慰めていた。

何を吹き込んだのか、突然俺の前に立ち「次は負けないから!」と断言して去って行ったときは驚いた。

 

【でも、あいつアイのこと悪く言ってたよ?】

 

【それでもだよ。お姉ちゃんのことを悪く言ってたのは確かに許せないけど、あの子は泣いてたから】

 

その言葉の真意はわからない。でも雨宮吾郎として残る自我が彼の成長を喜んでいるのが分かる。

 

【泣くのはさ。結構しんどいから。特に一人で泣き続けるのは辛いよ。だから僕がいない時はアクアが一緒にいてあげてね】

 

(兄さん。僕じゃ二人を支えられないよ)

 

魘されている妹の頭を撫でながら心のなかで呟く。

その手に安心したのか魘される声は小さくなり、規則正しい呼吸が聞こえてくることに安堵を覚えた。

 

俺にとって兄さんはどこか俺よりも安心できる存在だった。前世から知っているということもあったが、事情は知らないが、親が不在で育て親が別にいることなど多少境遇が似ていることが要因だったのかもしれない。

 

その勘違いに気づくのに時間はいらなかった。

兄さんには前世はない。かと言って初めから何でもできる天才でもない。どこの世界に小学生から大人顔負けにパソコンを使い、裏方の仕事を手伝う子供がいるのだろうか。

 

兄さんは今自分に必要と思える努力ができる人だ。取捨選択が上手いとかそういう話ではない。

 

兄さんのそれは能力じみた集中力の高さだ。雨の日に兄さんが家でトレーニングをしていたことがあった。アイのレッスン用の部屋を使って行っていた型?というよりも基本の技なのだろう。

それをひたすらに繰り返していた。一つ一つ丁寧に姿勢を足の向き、拳の位置を調整し、数を重ねる。

 

息が乱れ、汗が滴りながらも続けるソレは俺には眩しく見えた。

 

 

 

俺はあの日から兄さんへの憧れを捨てられずにいる。

アイへの想いとは違うソレは、多分アクア本来の感情なのだろう。

悪い気はしない。自己を高める愚直なまでのその姿に鼓動が早くなるのを感じた。

 

 

**********

 

 

 

今日も起きない真珠お兄ちゃんの姿に少しがっかりしつつも少し痩せてしまったその手を触る。

私の手よりも大きな手は少しゴツゴツしていて、不思議な感覚が広がっていく。

 

アクアは外から聞こえてきた声に反応して、廊下に出てしまった。英先生と話しているみたいだ。

どこか私達を見る目が怖いあの先生を思い出しながら、ふと窓の外へと目を向ける。

 

「そろそろママのライブが始まっちゃうね」

 

今日はママの記念すべき初のドームライブだった。本当なら大好きなママの応援をしに行きたかった。だけど…

 

【真珠君の心臓が】

 

思い出したくないため、強く目を瞑る。頭の中から嫌な記憶を追い出すように違うことを考える。

真珠お兄ちゃんの心臓が停まったと聞いたとき、私は会えなくなる恐怖よりも、真珠お兄ちゃんがお兄ちゃんのお母さんを選んでしまった事に絶望してしまった。

 

私は家族というものを幻想を抱いているのかもしれない。前世の私は切り捨てられてしまった。あの宮崎の地でゴロー先生に出会えたことだけが幸運なことだろう。

今世では真珠お兄ちゃんがいた。何をやっても優しく受け止めてくれる優しい兄。血の繋がりはないが絆のようなものは感じていたのだ。

 

いつの間にか雪が振り始めている外の景色を見ながら、前世もこんな風に病院の窓から外を眺めていた事を思い出した。

 

「私、何も変わってないじゃん」

 

それは別に誰かに対しての皮肉でもなんでもなかった。その言葉に反応してくれる人を求めていたわけではなかった。

 

「ル   ビー」

 

か細いけれど聞き覚えのある優しい声が聞こえた。一瞬幻聴かと思った。振り返って違った時に落ち込むことは分かりきっている。こんなドラマのような展開はあるはずないと。でも期待せずにはいられない。万に一つでも

 

「真珠  お兄ちゃん」

 

その可能性に手を伸ばしたいから。

振り返った先にはベッドから身体を起こし、こちらに微笑みかける真珠お兄ちゃんの姿があった。

 

謝りたい、抱きつきたい、何か言わないと

 

いざとなれば言葉が出なかった。だけど体は正直で私の目から涙がポロポロと溢れ落ちる。

仕方ないなぁと言わんばかりにこちらに手を伸ばし、私の頭を優しく撫でる。

 

その手は少し大きく感じて、どこか安心してしまう心地よさがあった。

 

「ま 真珠お兄ちゃん。ごめんなさい。酷いこと言ってごめんなさい。うわぁぁぁぁぁぁん」

 

泣き叫びながらしがみつく。私の頭を撫でながら「よしよし」と優しくなで続けてくれる兄の手を私は忘れないだろう。

 

 

 

********

 

 

ルビーの声が聞こえて、病室に戻ると兄さんが起きていた。ミヤコさんと抱きしめ合う姿は本当の親子のように見える。

 

やっぱり兄さんは凄いな。

 

前世の俺は祖母とそういう親子にはなれなかった。俺が難しく考えすぎていたからか、それとも祖母が世間体を気にしていたからかはわからない。

でも血が繋がらなくても目の前には確かな絆が見えた。血縁なんて言葉で表さなくても、何よりも尊く見えた。

 

(俺も努力してれば)

 

もう少し歩み寄っていれば変わったのだろうかと前世でお世話になった祖母のことを思い出す。

だが、もう変わりようのない過去に後ろ髪を引かれつつも、これからは気をつけていこうと心を引き締める。

 

「ほぉ、本当に目が覚めるなんて。あぁ、なんて貴重な。解剖させてくれないだろうか?」

 

「英先生、場の空気を読んでください」

 

相変わらず滅茶苦茶なことを言うこの人に呆れつつも俺は視線を家族の方へと戻す。

やっと戻ってきた家族へと。

 

「アクア、おいで」

 

兄さんが俺を呼ぶ。もう精神年齢は30近くになるのにその言葉に逆らえず家族の元へ歩み寄る。

 

東京のドームに一番星が舞い降りた時刻

 

兄さんが俺達の元へと帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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