誘拐された。
子供のわたしたちは抵抗も出来ぬまま、ボックスカーに乗せられ、知らない場所に連れてこられた。
幸いなことに暴力を振るわれずに済んでいる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「どうした、ルビー」
「お腹すいた」
「……俺もだよ」
恐怖よりも現実味のなさが強いからか。それとも七年も連れ添っている兄がいるからなのか。
お腹が空いたと感じるくらいの余裕はあった。
まだ暑い時期で良かった。冬であれば寒さで堪えていただろう。
水と菓子パンだけが置かれていた部屋に放り込まれて何時間も経っていた。
鞄も取り上げられてしまったため、暇を潰せるものもない。兄はいつもと変わらぬ様子で、部屋の扉をじっと見つめている。
「お兄ちゃん。さっきの人たちって何なのかな」
「ルビー、あんまり騒がないほうが良い」
「……ママに迷惑かけちゃうよね」
ああ、私はいつもこうだ。
天童寺さりなだったときも、現在も。
結局、私はいい子でいても奪われてしまう。
幸せも、母からの愛情も、未来すらも
「私ね、病気で死んだんだよね」
「やめろよ、ルビー。今、そんな話聞きたくないよ」
「宮崎の病院でさ。星がきれいな場所だったんだぁ」
なんで、私こんな話をしてるんだろ?
あれだけアクアに馬鹿にされるのが嫌だったのに
あ、アクア少し目を見開いてる。そんなに驚くことかな?
「病院にね。すっごく優しい先生がいたの」
そう。あの時の心の支えはゴロー先生だったなぁ。また会えることを願って、アイドルになったら、また見つけてくれるかもってドラマチックな事も考えたっけ?
「その人がいてくれたお陰で、私は生きてて良かったなって思ったの。ちょっと真珠お兄ちゃんに似てたのかも」
あの優しい笑顔がどうしてもゴロー先生の顔と重なって、もしかしてって思ったら期待が膨らんで、でも確認しちゃったら、ゴロー先生が死んだことがわかるから怖くて。
勇気出して聞いてみたけど、やっぱり違った。あの時は結構ショックだったなぁ。
「真珠お兄ちゃんにも悪いことしちゃったなぁ。せっかく仲良くなったのに……」
天童寺さりなは母親からは見放されてしまった。
手のかからない良い子を演じて、笑顔でいて、わがままを言わないで。
そうすれば愛してもらえると、側にいてくれると。
そう信じていた。心の底で母親は必ず私を愛してくれているはずなんだと信じていたのに………
でも、駄目だったなぁ。何がいけなかったんだろ?
「今回も生きてて良かったなって思うんだ」
「……よせ、ルビー。そんなのまるで」
あれ?何で私、遺言みたいなこと言ってるんだろ?
「アクアがいてさ。ママが居てくれて。それだけでも幸せなのに真珠お兄ちゃんやミヤコさんに壱護くん。沢山の人が私を必要としてくれた。それだけで前世も踏まえてチャラってもんだよね」
「ルビー、おまえ……」
ああ、そうか。分かった。
この感覚
あの時と同じだ。理不尽に奪われる、まるでソレが決まっていて、シナリオであるかのような。
私、死ぬんだ。
ドン!
扉が乱雑に開けられる。
漢が数人、入ってくる。
「こいつだけ連れて行け」
「ルビー!!」
抵抗も虚しく、私は軽々と抱えられて連れて行かれる。アクアは一生懸命、私の名前を呼んでくれている。
「おい!ルビーを、俺の妹をどうする気だ!」
「あ?そんなもん知るかよ。つか、うるせぇ」
「おい、手を出すなよ。事務所が潰れたら売り物にするんだ。傷がついたら困る」
「潰れる?何言って」
「お前さんたちは知らなくていいよ。どうせ知ったところで何も変わらんからな」
「ルビー!必ず助けにーーーー」
扉が閉められ、アクアの姿が見えなくなる。
痛いのは嫌だなぁと思いながら運ばれていく。
***********
「っクソ!」
ルビーが連れさられてからかなりの時間が経過した。
一人になった部屋は冷たく広く感じる。少し蒸し暑いはずの気温が俺には寒く感じてしまう。
何でこんな事に……
ここに連れてこられてからそんな自問自答を繰り返した。
誘拐された理由は金か?それとも別の
あらゆる可能性を考え、今できる最善を導き出そうと思考を巡らせる。しかし、子供の体に場所もわからぬ建物。仮に部屋を出たとしてもすぐに捕まってしまうだろう。
抜け出したら最後、必ず逃げ切らなければならない。
なのに、何で僕の体は震えてるんだ?
星野アクアである俺が得体のしれない恐怖に怯えている。本能的な恐怖が、心へと訴えかけてくる。冷静になれと頭で念じるもソレは収まらずに膨れ上がる。
ルビーが一緒だったときよりも心臓の音が大きく聞こえる。感覚が過敏になり異常にアスファルトの床の冷たさが臀部から伝わってくる。
こんな時、兄さんなら……
その瞬間、外から物凄い音が聞こえてくる。叫び声のような、何かが倒れる物音のような。
怖くなった俺は目と耳を塞いだ。
死ぬかも知れないと思った。
誰かがゆっくりと部屋へと入ってくるのを感じる。
俺の肩に触れた手はとても冷たくて怖かった。
「さ、触るなぁ!」
反射的にその手を弾く。
その時、一瞬見覚えのある顔が見えた。
「に、兄さん」
そこには泣きそうな顔をしている兄の姿があった。
***********
あれから結構時間が経った。
別の場所に移動したからか、無機質なことは変わらないが、所々違いを感じる部屋に私は居た。
同じように菓子パンと水だけが置かれている。
喋り相手もいないこの部屋で寂しさやら空腹やら嫌な感情だけが胸を占める。
夏に近づいている季節ということもあり、シャワーも浴びれていない身体は少しベタついている。
「……帰りたいなぁ」
無理なことが分かりつつも、そんな呟きが漏れてしまう。意外なことに涙はなく、淡々と時間が過ぎるのを待っていた。
私はいつも一人だった。
なんでだろ?
別に悪いこととかしてないはずなんだけどなぁ。
あ、リプ合戦相手は別。あいつらは人じゃないから除外だね。
「残念だね。当事者はどうしてもその罪を認識できないから」
「え?」
とうとう、頭がおかしくなってしまったのか。
声が聞こえてくる。
私、お化けとか無理なんだけど
「安心して、私はあなたを傷つけられないし、する気もないから」
なら、安心ってなるか!
え?壁から声が聞こえてくるんだけど、前世を思い出しすぎて「おかしくなってないよ?」心の中にまで入ってこないで欲しいびっくりするから。
「ごめんごめん。私は君たちでいう神様ってやつさ」
「かみさま?」
「そーそー。GODだよ」
「なんか、軽そうな神様だね」
ケラケラと笑う神様に溜め息を吐く。そんな私を見ているのかよくわからない神様は独り言を呟き始める。
「よかったね。君は救われた。けど、また運命が歪んだ」
「何を言って」
「どうか、彼をお願いね。無茶ばかりする子だから」
「彼?」
「そう、その子は世界に、運命に嫌われてしまった。君たちが生き続ける限り、その罪の精算を支払い続ける」
どこか悲しそうにも聞こえる声に反応が困ってしまう。人間味溢れるその神様を名乗る声が遠退いていく。
「ほら、迎えだよ」
「え?」
争いの音が響く。怒号、物音、叫び声。
沢山の人がいたことがその声音からわかる。誰に向けているのかわからないが、その声は確実に減っていく。
ドガン!
音が消え、緊張と静寂が部屋を張り詰める。
扉が開き、誰かが入ってくるが、暗闇の中でよく見えない。
「ルビー」
その声を聞いて安心した。
それはよく知っている真珠お兄ちゃんの声だったから。
目頭が熱くなる。まるでヒーローみたいに迎えに来てくれる兄。私はどれだけ恵まれているのかと。
だけど……
「っ!」
月明かりが部屋を照らす。
無敵でかっこいいヒーローはいつも綺麗に悪者を倒していた。
「あ、あなたはだれ?」
でもそこには無傷のヒーローなんて居なくて。
傷だらけで血が滴っている兄の姿。
優しくて、いつも穏やかな顔はそこにはなく。
昏く、冷たい瞳が私を見つめていた。