「あ、あなたはだれ?」
ルビーは凄いな。
きっと彼女だけが、本当の僕を見ていたんだと思う。
だから赤子の頃から本能的に嫌悪した。
ママが殺された時から、心の底に仕舞い込んでた。
こんなモノを持ってたら、きっとママに会うことができないと分かっていたから。
母さんにも知られないように、父さんに感づかれないように、僕自身が気が付かないように。
ずっと、ずっと、隠し続けてきた。
でもあの日、ママに会えた。妄想でもなんでも良い。ママは迎えに来てくれるって言ってしまったから……
嬉しかったのは本当。でも怖かった。
僕が間違っても、きっとママは許してくれる。この黒いドロドロとしたものの名前なんて知らないけど、これは良くないものだから。
きっと、僕はーーーー
「………帰ろう。ルビー」
「…う、うん」
人を殺せてしまう人間なんだ
*********
この人は、本当に真珠お兄ちゃんなんだろうか?
私の胸にそんな疑問が巡り続ける。
無感情な顔で私を呼ぶその声は冷たく感じてしまう。
いつもの真珠お兄ちゃんなら、頭を撫でてくれるはず。
いつもの真珠お兄ちゃんなら、抱きしめてくれたはず。
いつもの真珠お兄ちゃんならーーー
私の中で色んなことが駆け巡る。この違和感に気がつかなきゃいけないような気がしてならなかった。
いつの間にか晴れたのか、月夜に照らされた道を歩く。街灯がないため、薄気味悪さを感じる道に非日常を感じてしまう。
本当に日常だったんだけど……
あ、そういえばアクアが!
「アクアなら無事だよ。もう助けて警察と一緒にいるから」
私の考えを読み取るかのように言葉を合わせられる。暗い夜道に沈黙が続く。
あれ?私って今までどうやって真珠お兄ちゃんと話してたっけ?
「ルビー、止まって」
「え?」
急に静止される。真珠お兄ちゃんの目は鋭く正面を見据えている。
「へー、まさか気づかれるとはね」
暗闇から声が聞こえ、男が出てくる。肩にタトゥーが入っており、服の上からでも鍛えられてることがわかる筋肉をしている。
「はぁ~、本当になんてことしてくれるかな?」
「どういう意味です?」
「いやいや、お前が潰してくれた連中は良い隠れ蓑だったのにさ。金払いもいいからもう少し絞れると思ったのに」
「仲「仲間なんかじゃねぇよ?」っ!」
間合いが詰められ、蹴りが放たれる。真珠お兄ちゃんは後ろへと吹き飛ばされてしまう。
「あんな奴ら潰したくらいでいい気になれて良かったな」
「ッカハ」
「所詮は素人に毛が生えた程度の奴らだ。あんな事、俺にも出来る」
「……ルビー、下がってて」
「ほら、こいよ」
睨み合う二人。
月に照らされたアスファルトを蹴る音がした。
*********
嫌になる。
ルビーも見つけて、やっと帰れるって思ったのに……
「グ」
ボディブローが腹部を貫き、口から痛みの声が漏れる。
「おら!どうした!」
強い
この男は宣言通り、さっきの連中とは違った。連戦による疲労もあるが、圧倒的なまでのフィジカルの差が浮き彫りになる。
呼吸が乱れ、肺が圧迫される。口の中が切れたのか血の味が広がる。カラカラに乾いた喉は不快感を与えてくる。
「真珠お兄ちゃん!」
「下が「何よそ見してんだ?」グッ!」
ルビーに反応した一瞬に距離を詰められ、顔を蹴り飛ばされるが、辛うじて腕を挟み直撃を避ける。しかし、態勢を立て直す前に、組み伏せられてしまった。
「んだよ。もうちょっと骨のあるやつかと思ったのによ」
「こ、この!」
「無理に決まってんだろ。お前さんの攻撃はもう何も効かねぇよ」
殴られる。それは躊躇いが一切ない鋭い一撃。
マウントを取られ、抵抗するもガードの上から叩きつけられる。何度もその剛腕は頭と骨に響き、頭に靄がかかり始める。
「……ふぅ。こんなもんか?惜しいな、お前に覚悟があれば結果は違っただろうに」
頭が重く、視界が歪む。
「お前、人を殺したことないだろ?いや、違うな。殺せる側の人間であっても躊躇ってんだろ。わかるよ。俺も最初はそうだったからな」
得意げに語りだす男の声が、やけに耳に残る。
「おまえさんはさ。結局のところ半端なんだよ。綺麗に勝つことしか頭にねぇ人間が踏み込んじゃいけない領域ってもんがあんだよ」
僕は負けたんだ。
やっとルビーを助けられたと思ったのに、この男に手も足も出なかった。
当たり前か。僕は主人公でもなんでも無くて、ただの人なんだから。取り柄もない、才能もない、容姿も整ってるわけでもない。
きっと、選ばれた人間なら………
「さてと、嬢ちゃんには悪いが死んでもらうとするかね。お前はそこで自分の甘さを呪うんだな」
ルビーを殺す?何で?
視界は歪み、吐き気を感じる頭で言葉の意味を理解する。
また失うのか。
また動けないのか。
ルビー!逃げて!
言葉にならない声が心のなかで暴れ出す。
地を這うようにしてルビーを見ると、笑っていた。
「真珠お兄ちゃん、ありがとう」
***********
もう怖くなかった。
真珠お兄ちゃんが何で震えていたのか分かったから。
あの人が私の家族なんだって分かったから…
だって、あの傷も血もすべて、私を助けるために負ってきたものなんだから。
天童寺さりなは真珠と同じ人種なのだろう。
違うとすれば、諦めた人間と抗った人間の違いだ。
「真珠お兄ちゃん、ありがとう」
私を愛してくれてありがとう。
そんなになるまで私を護ろうとしてくれて、助けに来てくれて……
もう十分だよ。
「私ね、前世の記憶があるの」
「あ?頭おかしくなったのか?」
男が馬鹿にしたように笑うが、それを無視して続ける。
「結構、重い病気でね。小さい頃から動けなくて、すっごく寂しかった」
毎日代わり映えしない部屋で、徐々に近づいてくる死が怖くて、夜はいつも泣いていた。
「お母さんもさ。最後の方はあんまり面会にも来てくれなくて」
でも、同情されるのは嫌で、お母さんに迷惑をかけたら捨てられちゃうかもって怖くて。本当の私を曝け出すことなんで出来なかった。
だから明るく振る舞って、悪態は隠して、いい子を演じた。もしかしたら、お母さんが私を迎えに来てくれるかもって思ったから……
「る、ルビー?何を言って」
「幸せだったよ。前世の私は誰からも愛されなかったけど、今回はいっぱい私を好きでいてくれる人がいたから!」
心のどこかでまた一人になっちゃうんじゃないかって思ってたけど、もう怖くないよ。
「私のわがままを聞いてくれてありがとう。あんなに酷いことばっかりしたのに、好きでいてくれてありがとう」
ママにもお礼を言いたかったな。もっとキラキラ輝く姿をファンとして、娘として近くで見ていたかった。
アクアは無事だったのかな?でも、アクアなら上手いこと逃げ出してるかもしれない。私が死んだらきっとかなり落ち込むんだろうな。
「私の………お兄ちゃんになってくれてありがとう」
あぁ、本当にしあわせだった。
心のどこかでまだ前世のお母さんは私のことを愛してくれてたはずって信じてた。でも違うんだよね。
だってママが私に愛してるって言ってくれたときすっごく温かい気持ちになった。
アクアはいつも隣りにいてくれた。お遊戯会で逃げ出した私を探しに来てくれた。隣りにいてくれるのが当たり前で、それが日常になって、安心させてくれてありがとう。
ミヤコさんはママが忙しい時からずっとお世話をしてくれた。美味しいご飯も作ってくれて、悪いことをしたら怒ってくれて、もう一人のお母さんって感じがしたなぁ。
それに真珠お兄ちゃん。
真珠お兄ちゃんが居てくれたから、私は少しだけ素直になれた。
そんなにぼろぼろになっても私のことを心配してくれる。
本当の家族ってなんなのか、わかった気がするよ。
最後の願いとしてはなるべく痛くないといいな。
男が近づいてくる。私はそっと目を閉じた。
でも、いつまで経っても男の手は私には届かなくて、うっすらと目を開けると
「……一緒に帰るよ、ルビー」
「…………うん!」
血が流れ、服は破けて泥だらけで、今にも消えそうな、倒れそうな気がするのに
その背中は、あの時よりもずっと大きくて
でもその声は底冷えするほど怖くて
でも、私はもう知ってるから
あの時は目を背けたけど、もう目は逸らさない。
だって、この人は私の家族なんだから。
********
ルビー、ありがとう。
「……てめぇ」
こんな僕が兄貴で良かったって言ってくれて。
そうだよね、僕はルビーのお兄ちゃんだから。
「悪いけど、まだ闘らせてもらうよ」
「はっ!主人公気取りか?また捻り潰してやるよ!」
身体は重いが、気持ちが軽かった。
そうだ。僕が強くなりたかったのは家族を護りたかったから。
それだけのために毎日続けていたのに、いつの間にかそんなことも忘れてしまっていたらしい。
不思議だ。さっきまであんなに重かった身体に力が入る。
この漢がどう動くが何となく分かってしまう。
【格上相手に勝つにはどうしたらいいか?】
【うん。だって僕、食べても大きくならないし】
それはいつも勝てない丸山さんに勝つ方法を探ろうと思って聞いてみたことだった。
【そんなもん決まってる。お前が毎日続けてる筋トレも勉強も鍛錬も。全てお前の血肉になってるんだよ。自分を信じろ。何も考えないのは駄目だが、お前が自分を信じてやらないで誰が勝てるんだよ?】
あの時はまだ、何を言ってるのか分からなかった。ボケてるなんて思ってごめんなさい。
でも、今ならわかるよ。
「っ!こいつ急に!」
そうだよ。毎日続けてきた。一日も欠かさないで。
相手が強いのはいつものこと。僕が劣っているのは当たり前じゃないか。
そんなことも忘れてしまうほどに焦ってしまっていたらしい。
いつものように流れるように相手の急所に目掛けて、打ち込んでいく。
「調子に乗るんじゃねぇ!」
急所に当てた攻撃に耐え、強引に距離を詰められる。不意に英先生との会話を思い出す。
【人体というのはね。頑丈に見えて脆いんだよ。】
【そうなの?】
【筋肉の走行、関節可動域、靭帯の牽引、挙げればキリはないけど、やりようによっては簡単に人を壊せるんだ】
【……僕、マッサージのやり方を聞いたんだけど?】
【壊し方を知っていれば、治し方も覚えられるからね。まずはやってはいけない力の掛け方を覚えれば、怪我のリスクを抑えてマッサージができるようになるよ】
【なるほど!】
英先生ありがとう。
腕を捕まれ、投げられそうになる。その前に関節を抑え、勢いを利用し肘関節を脱臼させる。
「っ!!!」
男がその痛みで一瞬怯む。
痛みで身体が動くことを拒否する。
吐き気で身体が蹲りたいと乞うてくる。
力を抜いて楽になりたいと脚が震える。
頭が腕が拳が膝がお腹が、全身が僕に諦めてくれと願ってくる。
こんなもの毎日、
あの場所は僕ができることならできる。刺された時の力が入らない感覚、痛み、鍛錬でおきた筋肉痛や怪我、その全てを想定してきた。
こんな怪我で止まるわけにはいかない。
こめかみ、膝、陣中。急所に的を絞って打ち込み続ける。
「ふ、ふざけんな。こんなガキに」
身体は重いのに、びっくりするくらいに動かしやすい。まるで、頭と身体が一緒になったかのような。
力が緩まり、大地を蹴る、骨を通り、関節で加速する。
【脱力と力み】
寸分違わず一致したとき、身体は確信する。その拳はどんな鋼の身体でもブチ抜くと。
男の腹に突き刺さり、蹲った男はこちらを睨みつける。その顎を蹴り上げ、顔面を踏みつける。
「…こ…の」
「…もう終わりだよ」
「……殺す…いつか必ず殺して「いつでもきなよ」っ!」
「僕は今より強くなるから。みんなを護れるように」
動けない男にサッカーボールキックをお見舞いし、意識が途切れていることを確認する。意識がないことを確認してから、視線を外し、ルビーの近くまで移動した。
そっと手を差し出し、いつもの言葉を彼女へと送った。
「帰るよ、ルビー」
「……うん!」
その顔はいつもと変わらないはずなのに、大人びて見えて、でもどこか少女らしい笑顔だった。
僕の手を握ってくれた手は小さく温かい。
護れたんだという実感が胸に広がっていく。
「ねぇ、真珠お兄ちゃん」
「どうしたの?」
「帰ったら、ココアが飲みたいな」
「…任せて。真珠スペシャルを作ってあげるから」
痛くない場所を探すほうが難しいはずなのに、穏やかな気持ちが僕を満たした。
**********
「…はぁ…はぁ」
真珠に倒されたタトゥーの男は外された腕を無理やりもとに戻し、立ち上がる。
「殺す……殺してやる…こんな…ふざけやがって」
憎悪にも似た感情が目に宿り、その手にはナイフが握られている。真珠達が帰ったほうを睨みつけ、その歩を進める。
必ず殺すという執着が胸を満たし続ける。
「あれが、彼の正義なんだな」
「誰だ!」
不意に後ろから声が聞こえ振り向く、そこには一人の漢が立っていた。
ナイフを向け、警戒心を高める。
しかし、
「ぐっ!」
「静かにしていろ」
一瞬にして手からナイフをはたき落とされ、口を押さえつけられる。漢の慣れた動きに見覚えがあった。
「ふぇいはつがなひしやがう」
(警察がなにしやがる)
「彼は
(こ、こいつ。俺を見てねぇ)
「美しいな、本当に」
その言葉を最後に漢の雰囲気が変わる。慈愛に満ちた目は怨嗟に、優しかった声音は冷徹に、柔らかい表情は憤怒へと変わる。
「お前に残されたものは死だ」
はたき落とされたナイフをいつの間にか握っており、首元に突きつけられる。
「おい!冗談だろ⁉警察がこんな「悪の貴様が、正義を語るのか?」……狂ってんのか、お前!」
「狂っている?狂っているのは、この世界だ!!人の幸せを奪おうとする貴様らの方だ!!この世に正義がないなら俺が正義となろう!!」
「正義だと!ふざけんな!タダの人殺しだろうが!ここで俺を殺しても他の奴らが「お前の仲間はもう地獄だ」…お、おまえまさか」
「
真珠少年。
君との約束を反故にした俺を許してくれ。
【ねぇ、阿古谷さん。誘拐以外であいつらを捕まえることは出来るの?】
【難しいができなくはない。…そうだな、集団暴行や銃刀法違反、誘拐よりは刑が軽いが、できなくはない】
【よかった。あんまり誘拐の件は詮索されたくないから。……ここからは僕一人に任せてほしい】
【…そんなことさせられるわけないだろう。危険すぎる】
【それでも、あいつらを全員捕まえて、黒幕を引っ張り出さなきゃ、また同じことが起きるよ。だから、お願い阿古谷さん】
【…善処するが、危険だと思ったら必ず止めるぞ?】
捕まえると約束をした。
君はどこか、俺と似ていると思った。君となら私は共に正義を成せる同士になれるんじゃないかと思った。だが、違ったな。君は強い子だ。身体も心も、俺などが護る必要がないほどに。
しかし、君は優しすぎる。この
この世に正義はない。
正義がないからこそ、俺が秩序を作る柱となろう。
悪を根絶やしに、正義を作り上げよう。
「この人殺しが!」
「そうだ。俺は人を殺した。罪は罪だ。いつか必ず断罪されるだろう」
きっと断罪の刃を持つのは君なんだろうな。真珠少年。
男の喉にナイフが徐々に押し込められる。切っ先から赤い血が滴り、頸動脈に刺さった直後、噴水のように飛び散る。
赤い雨を浴びながら、阿古谷は真珠が歩いた方を見つめる。
この正義なき現世に
新たなる秩序を作るためなら、罪を犯そう、闇に生きよう
きっと、俺を殺すのは君なのだから。
もしくは……
この日、正義の盲信者【処刑人】阿古谷清秋が誕生した。
車に戻り、ミラーを見る。
そこには黒い星の輝きを目に宿す少年の姿がそこにあった。
「大丈夫だよ、兄さん。僕も強くなるから」
その声は無感情に、されど重たく車内に響いた。