僕は一般人です   作:~のほほん~

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終わらない

 

 

「助かったぜ。龍」

 

「とりあえず何となってよかったよ」

 

場所はあるテレビ局の中庭。

男二人の手には缶コーヒーが握られており、その表情から疲労の色が伺える。

 

「でも、何で急に取り下げてきたんだあいつら?」

 

「わからねぇ。だけどあんまりいい予感はしねぇな」

 

あれから一睡もせず走り回ったおかげで、何とか下手な記事を世に出さずに済んだことに安堵を覚える。

しかし、事態は改善したとは言い難い。

 

龍の人望のお陰で一部の報道と記事を止めることはできた。しかし、全部というのは難しかった。一部は強情にも出すことを曲げなかったのに、日付が変わる前に急に意見を変えてきた。

 

【あー、いいっすよ?なんか報道とかどうでも良くなったみたいですし】

 

【は?いや、急に】

 

【なんか上から正式に取り下げの指示も来ましたし、そもそもこんなの、あんまり俺達としても出したくないですし】

 

ゴシップを除いた記者以外、全員が取り下げ、SNSにも変な動きはなく、夜明けを迎えている。

まるで何かの意志が介在したような、不気味さだけが残ることに後味はあまりよろしくなかった。

 

「にしても、坊主のやつ立派になったなぁ」

 

「はっ!俺が鍛えてるんだ。そうそう遅れはとらんさ」

 

「いや、どんな鍛え方してんだよ?……俺が紹介したのもあるが、あんまり無茶させないでくれよ?」

 

「…おう。普通だ普通。別に変なことしてないさ」

 

「ホントかよ?」

 

ミヤコから電話が来た時は肝が冷えた。

アクアとルビーを助けに行き、救出したらしい。詳しい話は帰ってかららしいが、アクアとルビーの話では相当な人数とやり合ったとのことだ。

龍に話したら笑っていたが、父親としては心配が勝ってしまう。

 

「壱護。お前は本当に昔から心配性だな」

 

「……悪いかよ」

 

「いや、坊主が曲がらずに育ったのは、間違いなくお前たちの支えがあったからだろうな」

 

「急に何だよ。気持ちわりぃ」

 

「まぁ、聞けって。あいつと初めて会った時は危うい奴だって思ったよ」

 

「……」

 

「そこにいるようでいなくて。生きてるのか死んでるのかわからねぇ。俺は初めて子供相手にビビっちまったよ」

 

「…嘘だろ?お前が?」

 

昔の龍はかなりの悪ガキだったらしい。飲んだときにそういった話題が出てくることなんて、よくある話だった。

 

「でもよ、あいつは会う度にいい顔をするようになって、お前たちのことを楽しそうに話すんだ」

 

「真珠がか?」

 

「あぁ、お前みたいな父親がいてくれて良かったってな。いつか、お前に自分の夢を見てもらいたいってな」

 

涙腺が緩むのを感じる。

サングラスを掛けているのに、朝日が歪む。その言葉が今の疲弊した心に染みていくのを感じる

 

「…ズズ。はぁ、帰ったらアイツと久しぶりにキャッチボールでもするかな」

 

「そうしてやれ。最近あんまり遊んでもらえないって悲しそうだったぞ?」

 

「いや、あいつ俺より忙しそうだったけどな」

 

朝はトレーニングして、中学に通って、現場に行って、アクアとルビーの面倒を見て、自分の勉強もして。

 

俺の息子頑張り過ぎじゃないかって何度思ったことか。でもあいつは休まないから。

止まることを恐れているから。

 

そんなあいつの姿を見てると、俺も頑張ろうって思えて、眠い目をこすって、しんどい身体を動かし続けられた。

 

「本当に俺にはできた息子だよ」

 

「まぁ、お前の遺伝子は入ってないもんな」

 

「うるせぇ」

 

悔しいけど、納得しちまったじゃねぇか。

何であいつの父親は現れないのか?

探偵を雇って探してみたが、全く証拠が集まらない。

 

【父親?】

 

【おう。お前は本当の父親に会いたいとは思わないのかよ?】

 

一度、聞いたことがあった。あいつは家で飲むと晩酌に付き合ってくれる。聞き上手だからかペラペラと喋る俺は、酒の勢いも良かった。ちょっと酔っ払ってしまったときに何故か聞いてしまった。

 

【うーん?】

 

俺なんかじゃ駄目なんじゃないか?そんな疑問だった。

 

ミヤコは母親としてあいつに寄り添い続けた。

けど、俺は?

アイが事件に巻き込まれて、こいつが刺されたときにーーー

 

【僕の父さんは斎藤壱護って人しかいないよ】

 

【は?】

 

【いや、は?って。流石に酔いすぎだよ?】

 

【俺はお前に何かしてやれたか?】

 

それを聞くのが怖かった。

アイが刺されなくてよかったと思ってしまった俺は、きっと良い父親なんかじゃない。

そもそもこいつに俺は何も……

 

【僕に夢をくれたよ。それに家族をくれた】

 

その声は迷いがなくて

 

【仕事場にも連れてってくれたし、現場にも行けるようにしてくれた。あ!あと丸山さんとも出会えたのは父さんのおかげじゃん】

 

それも楽しそうに、誇らしそうに

 

【僕の今の父さんは父さんだけだよ。キャッチボールをしてくれて、僕と仲良くしようと、ずっと話しかけ続けてくれた父さんだけ】

 

【………そうか。そうか。俺はちゃんと父親やれてんだな】

 

【え?え?何で泣いてるの?】

 

【お前が父親になったときにわかるよ】

 

ここにミヤコやアイがいなくて良かった。今はこの酒に溺れよう、だって、こんなにいい日はそうそうないんだから。

 

頭に?が浮かぶ息子の頭を撫でる。

その頭は昔よりも大きくて、俺の手に収まらないくらい立派になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

「戻ったぞ〜」

 

龍と別れ、事務所に戻った。

扉を開けるとそこには誰もいない。静まり返った部屋は少し寂しさを感じてしまう。

 

「ったく。仲良く育ちやがって」

 

奥の部屋を少し覗くと、そこには姉と弟が仲良く眠っている。こっそりと近づき、アイの肩に毛布をかける。

 

「こんなボロボロになって、何やってんだお前は」

 

シャワーを浴びたため、泥などはついてこそいないが、真珠の身体は見るからに傷だらけだった。手の皮は剥け、顔にも無数の傷と痣がみえる。

そんなボロボロな少年は穏やかに呼吸を繰り返している。

 

扉の外に出て、近くにあった椅子に腰を下ろし、大きく息を吐く。

 

「ん?」

 

机の上には見慣れない携帯が1台。疲れた頭でぼんやりとそれを眺める。ちょっとした好奇心で、その携帯を掴んだ。

 

「うお!」

 

直後、携帯は鳴る。バイブレーションが手の中で響き、咄嗟に通話ボタンを押してしまった。

 

〈おい!!どうなってるんだ!〉

 

突如、スピーカーにもしていない携帯から、どこかで聞いたことのあるような怒鳴り声が聞こえてくる。

 

〈部下から聞いたぞ!あのガキどもがいなくなったってな!!お前たち全員どこに逃げやがった!!!〉

 

(何言ってやがんだ?)

 

その言葉に嫌な汗が背中を伝う。

形態からは喚くような声が聞こえ続けてくる。その声を聞く度に、混乱していた頭は冷静さを取り戻し、現状の把握に努めようとする。

 

〈いいか!次はないぞ?あの双子はなんとしても手に入れろ!それがあの方の望みでもあるんだからな!〉

 

(…あの方?)

 

酒焼けのようなガラガラした怒声が響く。

 

〈それとな、あの斎藤真珠とかいうガキは何が何でも殺せ!!あのガキのせいだ!あのガキがいたせいであんな低俗な事務所が俺の邪魔をするようになったんだ!予算はいくらでも出すから兵隊共を早く集めろ!!〉

 

(真珠を殺すだと?)

 

その言葉を聞いた瞬間、冷静さは消え理性が沸騰に耐えられず、消えてしまう。

 

〈……てめぇ、殺してやるよ〉

 

〈おい!なんだその口の……いや、待て、お、おまえまさか〉

 

通話ボタンを切り、携帯の履歴を探る。録音ファイルから今までの録音全てを聞く。

 

その携帯の録音をコピーし、パソコンに移す。そして文章とともに一斉送信を開始する。

 

「すまねぇ。せっかくお前が拾ってくれてたのにな」

 

息子たちがいる扉に目を向け、最後の言葉を残す。

 

「でも、その中にはもうお前もいるんだよ。後は父さんに任せとけ」

 

壱護は事務所を後にする。一度も振り返らずに車へと乗り込み、まだ静けさが残る街へと車を走らせた。

 

 

 

 

*********

 

 

 

「やぁ、また会えたね」

 

「あれ?神様??」

 

それはいつもとは違う感覚だった。真っ白な空間でもない。上も下も何もわからないのに、そこにいるのだけはハッキリとしている。

 

「世界から切り離された君とは、本来関わっちゃいけないんだよ」

 

まるで喋るなと言わんばかりに、言葉を続ける。

 

「これは独り言さ」

 

まるでそれは問いかけるように

 

「君が何でその拳を握るのか」

 

「家族のため?他人のため?それとも自分のため?よく考えたほうがいい」

 

「星野アイは死というゴールで願いが成就し、星野アクアは闇に囚われた復讐者として死を迎え、星野ルビーは運命により命を絶たれるはずだった」

 

「だけど君はその全ての運命を拒絶した」

 

「傲慢だよ」

 

ズキン!

頭が痛む。まるで何かを知らせるような警笛が鳴っているような焦燥感に駆られる。

 

「早く起きるんだ。まだ崩壊は終わってない」

 

「悪意とは善意と表裏一体だ。人を想う心は時として悪性に変質させる」

 

 

 

イソガナイト、トリカエシガツカナイコトニナルヨ

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ゆめ?」

 

身体を起こすと、少し身体が汗ばんでいる。

心臓がドキドキと脈打ち、理由もわからない焦りが身体を支配する。

 

「ん、んん。あれ?真珠くん?」

 

「あ、姉さん。おはよう」

 

「ふぁ〜、おはよ~。よく寝れた?」

 

「お陰様でぐっすりとね」

 

姉さんを見ると、少し心臓が落ち着く。夢の内容は覚えてないけど、何かをしなきゃいけなかった気がしてしまう。

ソファから立ち上がり、姉さんと事務所に備えつけられているキッチンへと向かう。

 

「あ、完全に遅刻だ」

 

今日は平日。しかも時刻は10時を回っており、遅刻が決定してしまっている。

 

「あら、真珠。起きてたの?」

 

「母さん、おはよう」

 

「学校には怪我したって伝えておいたから、今日病院に行ってきなさいよ?」

 

「あー、なんかごめん。全部やらせちゃって」

 

「いいのよ。昨日はあんな事もあったから仕方ないわ」

 

コップに水を入れ、口に含む。殴られたためか口の中はいくつも切れてしまっており、沁みるような痛みで半ば強制的に脳が覚醒を始める。

 

「なにかしら。これ?」

 

母さんの声に反応し、机を見るとそこには携帯が1台あった。

 

「あー、それ。昨日の犯人グループリーダーがくれたんだよね。何か証拠になるとかって」

 

「……なんで、もっと早く言わないのよ」

 

「いや〜。ちょっと色々あって忘れてたと言うか、母さんが怖すぎたというか「壱護!いるか!」…丸山さん?」

 

ドン!という大きな音と共に、事務所の扉が勢い良く開かれた。そこに現れたのは、血相を変えて焦った様子の丸山さんだった。

 

「真珠、壱護のやつどこ行ったか知ってるか?」

 

「え?父さんとはまだ会ってないよ?」

 

「ミヤコさん、あんたは?」

 

「そういえば、朝には帰るって行ってたのにいないわね」

 

「…クソ!遅かったか」

 

「丸山さん、どうしたの?」

 

丸山さんは焦ったように何かをブツブツと呟き始める。

 

「ミヤコさんと真珠は俺についてきてくれないか?事情は車の中で話すから」

 

「え?」

 

「急いでくれ!時間がないかもしれないんだ!!」

 

ここまで焦った丸山さんを見るのは初めてだった。何をそんなに慌てているのかわからないが、僕はすぐに準備を始めた。

 

 

*******

 

同時刻

 

息を切らせながら、彼は路地裏を駆け抜けた。足元の石畳は不規則に敷かれており、一歩間違えば転倒しかねない。彼の背後には、追いかけてくる者の気配がひしひしと伝わってくる。彼は必死にその感覚を振り切ろうとしていた。

 

大手芸能プロダクションの代表取締役社長。

名は竹中渡。彼の人生は順風満帆だった。

 

父は誰からも愛されていた。仁義を愛し、人を愛し、個を敬愛した。

そんな父が築き上げてきた事務所は息子のよりも大事だったらしい。

父は俺に継がせる気なんて無かったとあの方から教えられた。

 

だから父が急に死んでくれた成り行きで引き継ぐことができた。

 

だが、俺にはその才はなかった。

 

【私の下につけ、父とお前は違う。お前は選ばれたのだ】

 

選ばれた。初めて認めてもらえた。それが嬉しかった。

だから

 

邪魔者がいたら消した。

 

金、暴力、人、メディア

 

それを動かすだけの力があった。芸能界という魔窟で大手として力を存分に振るった。

その全能感たるや、やみつきなものがあった。

 

だが、

 

苺プロダクション

 

弱小の芸プロ風情が勢いをつけ始めた。最初は微かな違和感だった。タレントたちの仕事が減り、収益に落ち込みが見えた。

一時的なものかと胡座をかいていたが、その勢いがどんどんと加速し始めた。

 

B小町のドームライブ

 

今でも伝説と称されるそれが決定打となった。

 

「なにぃ?契約打ち切り?」

 

それはテレビ番組から

 

「うちのタレントはもう使わない?」

 

それはある雑誌から

 

 

まだごく僅かではあったが、明らかに仕事が奪われ続けていった。

許せなかった。路傍の石ごときが俺の邪魔をすることに、耐え難いほどの屈辱を感じた。

 

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」

 

廃ビルが視界に入ると、さらにスピードを上げた。その建物は古く、窓ガラスは割れ、扉は半開きのまま朽ちていた。ためらうことなく、ビルの暗がりへと身を投じる。

 

中は薄暗く、空気は静まり返っていたが、俺には安全な隠れ場所としての価値があった。息を潜め、彼は追手が通り過ぎるのを待つ。

 

(クソ!何で俺がこんな目に)

 

あの電話を受けた後、変な男から襲われた。そいつから逃げていたのに、気がつけばこんなところで息を切らしながら怯えている自分に腹が立った。

 

(俺は何も悪くない。悪いのは全部、俺の邪魔をしてくる奴らだ。いいさ、逃げ切ったらあの男から貰った情報を……)

 

カツン!静けさを破るようにして廃ビルの中に響き渡る。身体が思い出したように震え始める。

 

あの男は俺に死を望んでいた

 

これまで多くの人間から搾取し、上り詰めてきた。そしてあの御方からも目を掛けてもらっていた。

 

(そうだ、まだだ。まだ俺は終わってない。ここから逃げ切って)

 

「見つけた」

 

「ヒィ!」

 

声が聞こえた方を振り向くとそこには知らないサングラスを掛けた男が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

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