僕は一般人です   作:~のほほん~

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力の差

 

信じたくなかった。

丸山さんから聞いたあの言葉が嘘だと願いたかった。

 

でも、もう無理だよ

 

「なぜ、私だとわかった」

 

「…僕の憧れの人にあなたもいたからに決まってるでしょう」

 

到着した僕たちは別れて父さんを探した。治安が悪いから母さんには少し離れた場所で待機してもらっている。

 

(集中しろ)

 

意識を鎮める。冷静に目を、心を建物を見通すように意識を傾ける。

 

(…視えた)

 

建物からは色んな人の色が視える。だけど、その中でもよく知った父さんの色と暗い悲しい色に変わった阿古谷さんを見つけ出した。

 

 

「…ぬぅ!」

 

掴んだ腕に力を込める。阿古谷さんは僕の出を振り払い、距離を置く。腕を振り何かを確認すると、ヘルメットを外し、こちらを見据える。

 

「やはり君は凄まじいな。その年齢でその身体能力。やはり選ばれたのか」

 

「選ばれた?」

 

「そうだ。君は私とは違う。凄惨な過去を持ちながらも人を憎まず、人の幸福を願う。君のその純真さこそが真の正義だろう」

 

「阿古谷さん。僕は」

 

「いい、何も言うな。理想だけでは語れぬものがこの世にはある。俺がその正義を成そう。すべての悪を滅し、この世に正義を」

 

「それが、それが阿古谷さんの正義なんですか!」

 

「君はまだ若い、だから分からぬのだ。斎藤壱護は既に悪に堕ちた。その男はもう君の知る父ではない」

 

父さんを見る。父さんはいつもより疲れた顔をしていた。阿古谷さんの言葉を否定することなく、僕の前に立とうとする。

 

「真珠、逃げろ。こいつの言うとおりだ。俺は竹中を殺そうと思ってた」

 

その言葉にはどれだけの想いが詰まっているんだろうか。父さんから視える色は温かくも悲しくて、痛いほど強烈で、それでいて何かを思い残すような色をしている。

 

「父さんは父さんだよ」

 

「真珠」

 

「父さん下がってて。阿古谷さん、最後に確認させてください。僕が捕まえてほしいといった人たちはどこですか」

 

阿古谷さんは答えずに、僕を見据えたまま、冷たく嗤った。

 

「そうか。やはり君は悪であっても護るのだな。美しい。………だが、度し難い甘さだ」

 

その言葉を最後に阿古谷さんから発せられるプレッシャーが膨れ上がる。左腕を前にだし、右足を後方に置く。その腕はまるで盾のような威圧感を感じる。

 

「阿古谷さん、怪我しても知りませんよ」

 

「……笑止」

 

脱力する。身体の緊張を解き、腕をおろした瞬間に前へと出る。脱力からの全力疾走により、一瞬にして間合いを詰めた。

 

(嘘だろ)

 

脱力からのトップスピードで放つ右ストレートが弾かれる。重心が横に流されるが、左に乗った体重を蹴り上げ、後ろ回し蹴りを入れる。

 

ゴン!と鈍い音が響くが、感触は硬い。

 

(防がれた!)

 

慢心はなかった。インパクトのタイミングも脱力も完璧だった。防がれることも見越して、ガードごと吹き飛ばす気持ちで放ったのに。

 

足を捕まれ、宙吊り状態で持たれる。阿古谷さんの目は酷く冷たい目をしていた。

 

「…悪くない。が、軽い」

 

軽い。そんなはずない。僕の蹴りは

 

「君が闘った奴らと俺は違う。正義を成すために俺も俺なりに鍛えてきた。何人にも劣らぬように」

 

「かは!」

 

身体が振られる。反射的に頭を庇うが、背中に凄まじい衝撃が走り、壁に叩きつけられたことを理解する。肺から無条件に空気が吐き出される。

 

「正義なき現世」

 

地面に叩きつけられる

 

「秩序なき世界」

 

天井に向かって放り投げられ、身体に感じたことのない浮遊感が襲う。

衝撃を和らげるために壁に当たる場所を脱力させる。

 

「真珠」

 

「っ!…く、いって」

 

声にならない痛みが身体を襲う。

駆け寄って来ようとする父さんに「来ないで!」と叫ぶ。今来られても、護ることなんてできない。

 

「余所見とは余裕だな」

 

一瞬、たった一瞬父さんに目を向けていた。

それだけで距離詰められた。

 

(は、早す)

 

思考が追いつかないうちに、鳩尾に蹴りを叩き込まれる。脱力は間に合わず、腕を交差してガードするが、体重差から壁際まで吹き飛ばされた。

 

腕には鈍痛が響き、痛みにより思考がまとまらなくなる。

が、頭を切り替えすぐに立ち上がり、正面を見据えるが、既に阿古谷さんが右腕を振り上げていた。

 

「良い反応速度だ」

 

(脱力、間に合わない。ガードしても意味ない。なら!)

 

振り上げられた鉄槌に合わせて、横に飛び退く。勢いが増し、吹き飛ばされるが、転げるようにしてダメージを分散する。

転がりながらも阿古谷さんから目を離さずに、次のアクションへと移る。

 

「シッ!」

 

間合いを詰めようとする阿古谷さんの顎目掛けて左掌底を放つ。僅かに状態を反らし、躱されるが、左掌底の勢いを利用し、脛に向かって蹴りを放った。

 

「っ!」

 

阿古谷さんの表情が少し歪む。その隙を見逃さず、連打を打ち込む。右ストレートが胸部に当たる。状態仰け反らないことは想定済み。そのまま服を掴み、左手で阿古谷さん肩を掴む。そのまま全体重を乗せ、膝蹴りを放つ。

 

しかし、膝を右掌で受け止められてしまう。

苦し紛れにこめかみに左肘を打ち込み、距離を取った。

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

「く、ふふ、はははは。凄いぞ!真珠少年。君のその強さは尋常じゃない」

 

「ハァ、ハァ。何喜んでるんですか」

 

「これが喜ばずにいられるか!」

 

どうしよう。阿古谷さんは割と常識人だと思ったのに、英先生並みの変人かもしれない。

 

「君のその力こそ正義そのものだ!」

 

どうやらこめかみに当たったのが良かったのか。それはもう嬉しそうにしていらっしゃる。

やばいな、憧れが消えてきちゃったよ

ほら、父さんもめっちゃ引いてんじゃん

 

「息は整ったか?再開しよう」

 

「…もう終わりにしてくれると助かるんですけど」

 

「悪を滅さずに帰るわけないだろう。それに君ももう分かってると思うが、君じゃあ私に勝てない。その腕ももう感覚がないだろう」

 

どす黒く内出血をしている腕をみる。阿古谷さんの蹴りをガードした際に、ヒビが入ったみたいだが、辛うじて握力は残っていた。

 

まだ闘れる

 

「もう終わりだ」

 

「っ!」

 

気を抜いたつもりはなかった。

間合いを詰められ、鳩尾に阿古谷さんの拳が僕の腹筋を貫く。

 

「〜〜〜〜〜!」

 

声が出ない。呼吸ができない。肺が空気を取り込むことを拒否している。

 

(すぐにうごかな)

 

取りこもうとせず、無理やり残っていた空気を吐き出し、横隔膜を無理やり引き下げ、空気を取り込む。

 

(た、立てない)

 

ダメージは甚大であり、立とうと奮起する脚は子鹿のように震え、立ち上がることを拒否する。

 

「あと2年、君が成長していたら、どうなるかはわからなかっただろう」

 

「あ、あこやさん。まって」

 

「俺を憎め、正義を成す以上、その覚悟はできている」

 

「そんなの覚悟じゃない」

 

「……なに?」

 

「諦めただけじゃないのか」

 

「………」

 

「僕には人を殺して終わらせてるあなたは、逃げてるようにしか見えない」

 

「…正義を「人が改心することがないって諦めたんだろ!」君にはそう見えるか」

 

「見えるよ!」

 

「…その通りだな。私は諦めたのかもしれない」

 

「勝手に「だが!」っ!!」

 

「なぜだ!なぜ!何故奪われなければならない!」

 

阿古谷さんからどす黒い怒りの色が輝きが放たれる。

後悔、嘆き、復讐、負の感情が僕に向かって放たれる。

 

君も本当なら母親と暮らしていたはずなんだ!

 

僕にはその言葉にならない叫びが聞こえてくるような気がした。

 

「…じゃあ何で、僕からまた奪おうとするんですか」

 

「っ!」

 

「今、あなたが僕から父さんを奪おうとしてるじゃないですか!」

 

「……正義は絶対だ。例外はない」

 

答えはなかった。阿古谷さんは僕の問いから目を逸らした。この人と話しても意味がないのだろう。

僕には正義なんてものよくわからない。家族が幸せならそれでいいんだ。

 

だから

 

「そうですか」

 

阿古谷さんの目が見開かれる。驚いたように悲しいようなそんな表情に変わったが、今の僕にはどうでもいい(・・・・・・・・・・・)

 

心に残ったドロドロに意識を向ける。深海に沈むような感覚が身体に広がり、思考がクリアになり、目の前の光景が少し遅くなったように感じる。

 

全てイラナイ

 

激闘が始まる。

 

 

************

 

 

(あいつ、あんなに強かったのか)

 

初めて観る息子の闘いは凄まじかった。アクション映画など目でもないほどの身体能力、大人を相手にしても見劣りしない膂力、そして躊躇のない攻防。

 

数年間、龍の下で鍛えられていたことは知っていたし、誘拐犯のグループからアクアとルビーを助け出すことができたからそれなり強いことは分かっていた。

だけどこれは

 

目で捉えられるだけでも数え切れない攻防が行われる。吹き飛ばされるも、すぐに立て直し、逃げること無く正面から打ち合っている。

体格差は見るからに明らかなのに、躊躇いのない攻撃が阿古谷と名乗った漢を襲い続ける。

 

「あっ!」

 

自分の口から不意に声が漏れる。

真珠が阿古谷の左の拳を右肘で合わせ、破壊した。血しぶきと骨が割れるような乾いた音が鳴り響く。

耳を反射的に塞ぎたくなるが、間に合わず、背筋が冷えるのを感じる。

 

「ぬぁ!」

 

腹の底から出したような声が阿古谷から漏れる。破壊されたはずの左手で無理やり拳を作り、鉄槌を真珠の顔面へと叩き込む。

地面に何度も跳ねた後、真珠の身体が止まる。血が出てない場所を探すほうが難しいその身体で、フラフラとしながらも立ち上がる。

 

その昏い、どこまでも沈んでしまいそうな、冷たい瞳がやけに俺にははっきり見えた気がした。

その瞳はあの時(葬儀)と同じ目のような気がした。

 

「真珠。もういい」

 

「と、うさん?」

 

「もういいんだ、真珠」

 

止めなきゃいけねぇ。根拠なんてない。ただ直感的そう感じた。あの時、真珠が死にたいと願っていたとき見逃してしまったが、今度は見逃さねぇ。

 

こいつは今、苦しんでる(・・・・・)

 

「あとは父さんに任せとけ」

 

ああ、そういえば事務所を出るときにもこんな言葉を残したっけな?

 

「だめ、ぜったいにだめ」

 

「俺はもうお前が傷つくのはみてらんねぇよ」

 

フラフラとした足取りで、俺の前に行こうとする馬鹿息子を抱きとめる。

 

「だいじょうぶ、勝つから、みんなでまた」

 

「ミヤコをよろしくな、あいつはお前がいないと駄目だからよ」

 

「やぁ」

 

こいつの泣くところを見るのは何年ぶりだろうな。

 

「アイはまぁ、大丈夫だろ。あいつにはもう家族がいるしな」

 

血の匂いがした。スーツは少し湿ってくる。

 

「事務所はミヤコだけじゃ大変だろうから、手伝ってやってくれ」

 

最初に会った時はあんなに小さかったのに、こんなに大きくなりやがって

 

「じゃあな」

 

「ぁあぅ」

 

俺よりも低い体温をした真珠の身体から力が抜ける。地面に優しく寝かせ、その頭を最後に撫でた。

 

「デカくなった、真珠」

 

悪くない人生だったな

でも、心残りがあるとすれば

 

「いい心掛けだな」

 

「…なぁ、最後にいいか?」

 

「何だ?」

 

「あんたは真珠が刺された時の刑事だろ?アイの居場所をリークしたやつがいる。そいつ「奴もそのうちおまえのもとに行くだろう」そうか。それが聞けりゃ、少しは安心だ」

 

「正義を執行「残念だが、時間切れだ」っ!」

 

阿古谷の言葉が続くことがなかった。轟音が鳴り響き、前に居た男の身体が消え去る。その代わりによく知った声が聞こえてくる。

 

「た、たつき?」

 

「よぅ、壱護。何息子が諦めてないのに、お前さんが諦めてんだ」

 

そこには獰猛な表情をした丸山龍が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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