あれから月日は経ち、もうそろそろ姉さんの最後のドームライブが近づいてくる季節になった。
あの日見た夢が怖くて眠る時間を削る日々を送っていた。
「真珠?あなたちゃんと寝てるの?」
「…うん。さっきも仮眠取ったから大丈夫だよ」
「顔色悪いわよ?」
苺プロはあれから多くのタレントが辞めてしまった。父さんが失踪したことで、事務所自体が責められるということはなくなったが、それでも行為に対しての代償を払わねばならなかった。
結果として起こったのは、オファーの激減。姉さんはアイドルとして大成していたので、そこまでの影響はないが、中堅くらいの人たちはみんな被害を被った。
【違約金の請求もしないし、別の事務所に移ってもらっても構わないわ。夫が迷惑をかけてごめんなさい】
母さんのその一言で悩む人もいた。生活がままならない、他の事務所からのヘッドハンティング、芸能界の引退。勢いは止まることは無かった。
一人、また一人と事務所で会わなくなってしまった。
「…あ、そうだ。母さん今月の収支報告書はこれね」
事務員も何人も消えてしまった。母さんは「小規模に戻さないと人件費も払えないからちょうどよかったわ」と言っていたが、急な退社ということもあり、事務業務が滞り始めた。
【あなたがそんなことしなくてもいいの?】
【やりたいからやるんだよ。それに母さんも現場に行かなきゃいけないんだし】
【…無理はしないでちょうだいね】
【??】
安心させるように
何でそんな顔をするんだろう?あ、わかった。僕がまだ頼りないから
丸山さんと組み手を行う。いつものように出来ているけど、
「おい、真珠!何へばってんだ」
「ハァ、ハァ、はい!」
身体が重い。
今まで感じたことのない重みが身体を襲う。ふくらはぎは張り、足の裏に痛みを感じる。背中には鉄板を入れたような感覚が付きまとい、上手く曲げられない。
何年も裏方として、師匠として見守って指導してくれていた丸山さんが気が付かないはずもなかった。
「おまえ。昨日何時に寝た?」
「…ちょっと勉強もあって、一時間は仮眠を取りました」
「……今日は終いだ。そんな状態じゃやっても
丸山さんは帰ってしまった。
怒った色をしていた。
きっと僕が駄目駄目だからだ。
もっと効率よくしなきゃ、時間は有限なんだから……
*******
「斎藤くん、大丈夫?」
「…大丈夫だよ」
授業が終わり、10分ほどの休み時間。たった10分じゃトイレしか行けないじゃんと思いつつも、教室ではその少ない時間を交友に費やしているクラスメイトで溢れていた。
ここ最近、僕は
彼らに勝つにはもっと、もっと、努力が必要だから、具体的にやりそうなことを、嫌いそうなことを、一挙手一投足から読み取る。言動から読み取る。その声音から表情から読み取らないと僕は勝てないから……
「シロくん、最近暗いし、顔色も悪いよ」
「そうかな?」
最近やたらみんなに心配をかけてしまうらしい。家に帰っても姉さんに心配される。姉さんは何も言わずに抱きしめて撫でてくれるけど、
甘えてしまう。努力を怠ってしまう。だから父さんがいなくなってーーー
チャイムが鳴る。まだなにか言いたげな二人が席に戻っていくのを
二人からは不安な色しか浮かんでいないように見える。
彼女たちは優しいから。もっと僕もしっかりしないと。
授業が終わり。
今日も僕は帰宅しようとする。が
「片寄?何してるの?」
片寄に腕を掴まれてしまった。
身動きを取れないように抱きかかえてくる。彼女がこんなに近くに来ることは初めてだったため、驚いてしまった。
「たかちゃん警部!シロくんを確保しました!」
「うむ。よくやってくれた、ゆら巡査」
「え?私巡査なの?」
「警部補のほうが良い?巡査のほうが可愛くない?」
「うーん。じゃあ巡査でいっか」
「ぐだぐたじゃん。しかもそこはどうでもよくない?」
何か小芝居を始める二人にツッコミを入れるが、どこ吹く風の二人。
「分かってないね。巡査と警部補の可愛さの違いがわからないなんて。こしあんとつぶあんくらい違うのに」
「だね〜」
「ちなみに聞くけど、二人はどっち派なの?」
「こしあんに決まってんじゃん」
「つぶあんに決まってるでしょ〜」
「「は?」」
何でこの二人って仲いいんだろ?
この光景を見るのも初めてではない。彼女たちは好きな食べ物も違えば、映画やドラマ、推しモデルに至るまで馬が合わない。
なのに滅茶苦茶仲が良いことにたまに疑問に感じてしまう。
まだメンチ切り合ってんだけど。帰っていいかな?
「ってちょちょちょい」
「何帰ろうとしてんの!」
「いや、今なら行けるかなって思ってさ」
二人から「そんなわけ無いでしょ!」と怒られてしまう。これがいつものオチだった。片寄がボケて、それに高橋が乗っかって、僕が怒られて。最後は皆で笑ってた。
なのに、なのに、なんでそんな悲しそうな顔をしてるの?
「ねぇ、シロくん。本当に大丈夫?この間から」
何だか、それは聞いちゃいけない気がした。
それを聞いたら僕はーーー
「ゆらちゃん」
高橋が片寄の口を物理的に塞ぐ。急に手で閉じられた片寄は驚いて目をまるくしているが「むむー」と唸りを上げ始める。
「斎藤くんが大丈夫って言ってるんだからいいんだよ」
「むむむむむむめー」
「それよりさ」
「むむむーー」
「この後三人で」
「むむむ?むむむむむー」
「出かけ。って!ゆらちゃんうるさいよ⁉」
「いや~、美少女の手の温もりって素晴らしいね」
「……二人で遊びに行かない?」
「しれっと私をハブるな!」
「ちょっと変態さんはお引き取り願いたいなぁって」
「え?ガチで引かれてない?ウソウソ嘘だから、そんなに離れないで」
「ははは、だよねぇ。片寄さん」
「心のほうが離れてた⁉」
今度はコントが始まってしまう。そんな二人の様子に安心感と優しさを感じる。
でもーーー
「ごめん。二人とも、ちょっと今は忙しいんだ。また誘って「あ、もしもし。ミヤコさんお久しぶりです!」は?母さん?」
断ろうと思ったら、急に高橋はスマホを取り出し、どこかに電話をかける。流れるような動きに違和感なかったけど、うちの学校スマホの持ち込み禁止だよ?
「はい。お世話になってます!今日真珠くんお借りしてもいいですか?はい!ありがとうございます!」
しかも何で母さんの番号知ってるの?
処理が追いつかない頭で、高橋のスマホを借りると本当に母さんの声が聞こえてきた。
「久しぶりに遊んできたら?」
「いや、でもまだ「書類ならもう終わってるでしょ」でも月報の「それはまだ期限あるじゃない」ドームの「その抑えはもう済んでるし、打ち合わせも進めておくから」じゃあ「丸山さんはしっかり休んでから来いって言ってたわよ?」……」
全て読まれてしまっているらしい。
母さんは僕に遊びに行っておいでと言ってくれるが、本当は僕が邪魔なんじゃ、また失敗して
「はぁ、この際だから言うわね。真珠」
溜息の音に身体がビクッと反応してしまう。母さんに嫌われたら僕はーー
「あなたがいてくれたお陰で事務所を回すことができたわ。ありがと、真珠」
「え?」
「え?って。やっぱりあなたにはしっかり言葉で伝えないと駄目みたいね」
呆れたように、困ったように母さんは言葉を続けた。
「私が事務所を存続できているのも、あなたが頑張ってくれたからよ。私一人じゃどこまでできたかわからなかったわ」
「そんなこと「あるわよ」母さん?」
「少しは休みなさい。あなたが生きる意味をちゃんと自分で考えて。どこにいるかは知らないけど、壱護が今生きているのはあなたのお陰なんだから、私もアイさんもあなたが居てくれたから、前を向けてることを忘れないでね」
「………」
「ちゃんと周りを見て、言葉を聞いて、とりあえず今日は羽根を伸ばしてきなさい。優香ちゃんによろしくね」
母さんから通話が切られ、ツーツーと悲しい電子音が耳に残る。母さんが何を言いたかったのか分からないけど、とりあえず今日は遊んで来いって言うのだけ分かった。
「これが幼馴染の力なのです!」
「クッ!これが幼馴染の力なのか。ぽっとでの顔も可愛くて、スタイルもよくて、この間バスケ部の先輩にも告白された私じゃ敵わないわけだ」
「……全然悲しそうじゃないよね?」
二人は二人でまた遊んでいる。ていうか君、告白されてたの?
「あ、電話終わったんだ」
「うん、高橋ありがと。ていうかスマホ持ち込んじゃ駄目だよ?」
「今日だけだから大丈夫大丈夫」
「いつの間に母さんと番号交換したの?」
「ほら、小学校の時とか、この間とか休んでたことあったでしょ?プリント持っていってたらたまた会えたんだよねぇ〜」
流石、高橋。コミュ力が化け物じみてるなぁ
「ミヤコさん本当に美人だよね!私もあんな風に美人になりたいよ」
うっとりしたように、憧れたように母さんを褒める高橋の言葉に嬉しくなる。だけど
「母さんはあげないよ?」
「いや、いらないけど」
「は?いらない?」
「うわ、めんどい!」
母さんはあげないけど、いらないって言われると、違うだろと思ってしまう。仕方ない。ここは母さんの素晴らしさを教えてあげなくては
「シロくんってマザコンなの?」
「うん。会ったことないけど、シスコンでブラコンだよ?」
「なに?二人のことも聞きたいの?」
「「言ってないよ」」
アクアとルビーの素晴らしさを語ろうとしたら止められてしまった。あんなに可愛いから知っておいて、損はないと思うけど?何だったら徳を積めるよ?
「ミヤコさんはね、凄いんだよ、ボン・キュッ・ボンよ!」
高橋、母さんは確かにスタイルがいいけど、そんなにじゃないから。もうそれ人間じゃないから
「わ、私だってそのうちなるし」
片寄が対抗するようにポージング取る。
「ふっ」
悲しいかな。中学生の体型でそれをやってもねぇ?
「おう?シロくん今笑った?鼻で笑ったよね?買うよ?高値で買っちゃうよ?私はこう見えて将来、めっちゃスタイルとかよくなっちゃう系の女よ?シロくんのお母さんなんて目じゃないよ?」
片寄がうちの母さんに?面白い冗談だなぁ。
「Nice Japanese joke」
「めっちゃ腹立つんだけど!」
きぃーきぃーと怒る片寄からボコスカと殴られる。
怒る片寄と、それを笑って写真に収める高橋。
いつぶりだろうか?
こんな風に話せたのは……
心が軽くなった。
本当にありがとう、二人とも
「あ!やっと笑ったね」
「え?」
高橋から言われた言葉の意味がわからなかった。やっと笑った?今までも笑ってきたじゃないか。
「ほんとに心配したよ?」
「ちょっとまって。僕、笑えてなかったの?」
「??気づいてないの?休み明けくらいからずっと笑わないし、何か無理して気持ち悪い顔になってるから心配してたんだけど」
片寄さん?気持ち悪いっているかな?
オブラートに包もうね?
「だねぇ〜。昔に戻っちゃったような気がしてたから、心配だったんだよ?だから今日も三人で遊びに行けば、少しでも気が紛れるかなって二人で話してたんだー」
「高橋」
「あれ?私のときと反応違わない?」
片寄の反応をスルーし、高橋の言葉に感動してしまう。ぎゃあぎゃあと後ろで騒がれる。
気持ち悪いって言われたら感動しないでしょ?いや、嘘です。だからふくらはぎは蹴らないで!
「よし!じゃあ遊びに行こう〜」
「シロくんにはクレープ奢ってもらお」
「あれ?僕を労ってくれるん会じゃないの?」
〜〜〜〜〜〜
「それで何があったの?」
「…片寄、とりあえずクリーム拭いたら?」
三人で街に繰り出した。二人が楽しそうに笑ってくれる度に胸の中に、満足感で満たされていく。この時間が続いてほしいと願ってしまう。
そんなこんなでウィンドウショッピングをしながら歩いていると、片寄がクレープ屋を見つけた。
「エネルギー補給しなくちゃ!」
ということで、休憩も兼ねて公園で食べていると、唐突に真剣な顔をしながら片寄が訪ねてきた。
僕からティッシュを貰った彼女は少し恥ずかしそうに口元を拭く。クスクスと笑いながら高橋も話を切り出し始めた。
「無理には聞かないけど、やっぱり気になっちゃうよ」
「そうだそうだ〜。友達でしょ?相談してよ!」
と言っても、姉さんのことを話すわけにもいかないし。そもそも誘拐とかの話は関係者でも知ってるのはごく一部。父さんのことも説明が難しすぎるため、言葉に詰まってしまう。
「ま、なんでも良いけどね」
「え?」
うーんと唸る僕を見兼ねてか。片寄はクレープを齧りながら呟き始める。
「
「ゆらちゃん、飲み込んでから喋ろうね?」
呆れたように高橋は片寄を咎めるが、片寄はクレープを齧るのをやめない当たり、聞いてはいないのだろう。
「一人の問題じゃないから、話せないって言うのもあるけど、説明も難しいんだよね」
「ふーん」
「聞いておいてそんな興味なさそうにしなくても」
「だって、聞いても聞かなくても。私達
その言葉が胸の中で反芻する。彼女の横顔を見ると、またクリームを付けている。少し笑うと、それに気がついたのかまた拭っていた。
「私は二人に会えて本当に良かったって思ってるんだよ?」
その声は少し気恥ずかしそうで、顔も赤い気がする。
「ほら、私って可愛いからさ」
「だな」「だねぇ〜」
「肯定されると恥ずかしいけど。それでさ、何ていうかあんまり友達いなかったんだよね」
「?」
「シロくんは分からないだろうけど、女子って怖いんだよ?急にハブったり、告白されたこと広めたり、何してくるかわからないから、気が抜けないだよ」
「…片寄はされてるのか?」
「されてないから、怒らないの」
片寄は嬉しそうに僕の頬をつつく。
「シロくんはさ。私にとって憧れ?みたいなのがあったんだよね」
「僕に?」
その言葉は意外だった。男女から人気も高くて、要領もいいあの片寄が僕に憧れる?
「そうだよ。普通あんなあからさまに避けられたり、陰口叩かれて気にしないほうがおかしいよ?」
「斎藤くんは昔からメンタルお化けだからねぇ」
「私はそういうの気にしちゃう。でも、最近は少しどうでもいいかなって思えるようになったんだよ」
公園の木々が穏やかな風で揺れ、冬を感じさせる冷たい風が冬の季節を知らせてくる。
「空っぽだった私には二人は少し眩しくてさ。たかちゃんは弟の面倒を見ながら、歌手を目指して頑張ってるし」
それは中学に上がる頃に聞いた事があった。何が発端だったかは教えてくれなかったが、将来彼女が立つ場所を支えることを約束したのを覚えている。
「確かに高橋は凄いよ「シロくんもだよ?」」
照れたように高橋は笑う。それ隠すようにそっぽを向いてクレープを齧る。
そんなおとなしい高橋に珍しさを感じていると
「シロくんは家の仕事手伝って、帰宅部なのに体も鍛えて、勉強もしっかりやってる。何をしてるかは知らないけど、頑張ってるのは分かるよ」
「僕が?」
「うん。コツコツしっかり続けるって私には出来ないことだったから」
「……そんなの誰でも出来るよ」
そう誰でもできる。続けることなんてーー
「出来ないよ。ずっと頑張り続けるのって大変だから。少なくても私は無理だった。楽しいって感じなくなっちゃったから」
「片寄?」
いつも明るい彼女から考えられないほどの後悔と寂しさが混じった声が聞こえてくる。
初めてだった。彼女が自身の弱さを曝け出してくれるのは、いつもどこか演じてるように見えた。
けど、今の彼女はありのままのように感じる。
いや、きっとどっちも彼女なのだろう。
「役者になりたかったんだぁ」
空を仰ぎながら、片寄は呟き続ける。
「俳優さん?」
「そそ、でもさ。どんなにやっても上手くならなくって、つまらなくなってやめちゃったの」
「…そっか」
「でもね、最近二人と話してるとすっごく楽しくて。もう一回だけ、シロくんみたいに真剣にやってみようかなって思ったんだ」
悪戯めいたように笑う顔が様になっているから美人はずるい。
「恥ずかしくないの?」
少しでも意趣返しがしたくて、からかうけど
「恥ずかしいけど、私の友達はアホだから。ちゃんと伝えておかないと」
どこかからかうように僕のことを横目で見ながら、笑う友人に少し申し訳無さを感じてしまう。
夕日に照らされた雲が朱く染まり、公園からは子どもたちの声が遠のいていく。
(そっか)
このままで良いんだ。僕は頑張れていたらしい。自慢の友達が、そう言ってくれた。ちゃんと認めてくれていた。
焦燥は無くならないけど、どこか落ち着いたような、肩の力が抜けていくのを感じる。
「斎藤くんは小学校の時から変わらないよ。ずっと優しいまま。でも少し真面目すぎるよ」
「高橋?」
「ほら、覚えてない?手紙を送るときに残ってたこと」
「…覚えてるよ。あの授業のお陰で高橋とも仲良くなれたんだから」
「あの時さ、誰に書くか悩んでるのを見て、凄いなって思ったんだよ?」
高橋は懐かしむように、それでいて楽しそうに話し出す。
「みんな誰に書くのかなんて悩まないのに、一人だけずーっと真剣に、誰に書こうか悩んでさぁ。夕方になっても悩み続けて、それで結局みんなに書いちゃうだから。君はすっごく真面目で優しいよ」
誇らしそうに話してくれる。
「私が男子からちょっかいかけられたときも助けてくれた。弟の面倒で帰らなくちゃいけない時はいつも一緒に帰ってくれた。それからーー」
思い出話を語るその姿は僕には眩くして
「だからそんな君を見て、私も頑張らなくちゃって思ったんだよ。真剣にいつも挑戦してる姿が
「っ!」
カッコイイ男になる。ママと約束をした。家族を護るために決意した。
そんな事も忘れてるなんて。頑張らないといけないことに
涙が出てしまった。
二人はそんな僕を見て、少し驚いているけど、背中を優しく撫でてくれる。
父さんが姿を消したのが僕のせいじゃないってのは何となくわかってはいた。でも、責めずにいられなかった。
自分自身を。
だってそうじゃないと、僕は父さんのことを嫌いになってしまいそうだから。
怒りたくない。だから代わりに悲しんだ。でも胸の中は晴れなくて、もやもやが募った。
みんな辞めたのだって酷いって思った。言ってることは分かるし、理解はしてるけど、心が追いつかなかった。
だから怒らなかった。その代わりに忘れようとした。
アクアとルビーに嫉妬した。その才能という輝きが僕の積み重ねたものを軽々と飛び越えていくから、自慢だったのは本当だ。誇らしかったのも本当だ。でも、その圧倒的なスピードに恐怖した。
姉さんにはもっと怒ってほしかった。多分母さんと姉さんだけが僕の真意に気がついてくれてたはずだから。
でも姉さんは褒めてくれるだけだった。嬉しかった。安心した。僕は頑張れてるんだって、でもそこにいたらきっと戻れなくなるから。逃げたんだ。だから怒ってでも止めてほしかった。
滅茶苦茶なことを言ってるのは分かってるけど、姉さんに怒ってほしかったんだ。
気持ちにどんどんと区切りがついていく。
涙が落ちる度に、心に張り付いたサビのようなものが落ち着いていくように感じる。
「優香、ゆら、ありがとう」
初めて二人の名前を呼んだ。
少し驚いた顔をしてるけど、嬉しそうにしてくれてるのだから間違ってはいなかったんだろう。
「ほらほら〜、もっとそっちに寄って寄って」
ゆらに押され真っ白明かりが僕たちを照らす。
「これ、男が入っても良いものなの?」
「え?駄目じゃないよ?というか入るの初めてなの?」
「プリクラって名前は知ってたけど、実際撮られるのは初めてだよ」
あの後、帰路の途中にあったゲームセンターに立ち寄っていた。
爆音が鳴り響く店内は色んなゲーム機が所狭しと並んでおり、高校生くらいの学生が遊んでいた。
疲れた
シャッターを切られる際に、高い音声に色んなポーズを要求された。二人とも慣れてるのか、一瞬で変えていく。不格好なポーズしかできない僕を笑いながら、数枚の写真を撮影した。
「おっつー」
「おつかれ、ゆら」
「あらら、本当に疲れてるよ」
そりゃそうだよ。
普通よりも女性慣れしてると言っても、僕も思春期の男子なのだ。二人囲まれて何も思わないほど腐ってもいない。
まぁ、表に出せば調子に乗られるので絶対に出さないが。
「はい、これ」
「目デカくない?」
「可愛いでしょー」
可愛いのだろうか?女子の感性はよくわからん。
でも、まぁ
「真珠、よろしくね」
優香は初めて僕の名前を呼ぶ。6年以上名字だったから何故か少し気恥ずかしさを感じてしまう。
誤魔化すために写真に目を落とす。
不格好なポーズをした僕の表情は確かに笑っていた。
宝物が増えていく。
護りたいものが増えていく。
失うものも増えていく。
失うことの恐怖も
宝物が増える喜びも
僕は知ることができたよ
迷うことも、出来ないことも
そんなの合って当たり前だから
みんな苦しみながら、抱えながら生きてるから
頑張ることは変わらないけど、僕は斎藤真珠だから
二人の背中を見送る。
夜になった街がいつもより綺麗に見えた。
となりをすれ違う人達の顔がよく見える。
嬉しそうな喧騒が僕の心を満たしてくれる。
今の自分を少しだけ好きに慣れた気がした。
この日、僕はあの白い空間にも行かずに、熟睡することができた。