新たな物語
「ルビー、早くご飯食べないと遅刻するよ?」
「うぇ!もうそんな時間なの⁉」
女の子が出してはいけない声で驚きながらも、食卓に着く妹様は少し不服そうにしながらご飯を食べ始める。
「気付いてたなら言ってよぉ」
「え〜、言ったよ?でも占い見てるからって言ったのルビーでしょ?」
「そうだけど、そうじゃないのぉ」
今日も今日とて
ルビーはあまり朝に強くない。起こすのも大抵、僕かアクア役目であり、ルビーの駄々こねにも慣れている。
ルビー自身も許される範囲を分かってやっている節があるので可愛いものだ。
「ルビー、兄さんを困らせるなよ?」
中学の制服に身を包んだアクアが、静かに部屋へと戻ってきた。その手には、もう一年近く使われているカバンが握られている。そのカバンをソファに置き、飲みかけだったコーヒーを口に含ませながら、咎めるようにルビーを見つめる。
「あれ?お兄ちゃんもギリギリなん「俺はこれから撮影、学校は午後からだから」…」
あれから六年の月日が流れ、二人は中学二年生に。僕は大学三年生になった。
中学二年生には見えないほどの美青年。だけどどこか幼さも感じるアクアは俳優としてその知名度が鰻登りである。
一時期、才能がないと落ち込み、僕と同じ裏方になろうともしていたが、姉さんと何かを話した後から見間違えるように上手くなった。
僕としては前の演技も好きだったけど、今のアクアの演技はどこか姉さんと似ており、人を引き寄せる引力のようなナニカが宿っているように感じる。
「むぅ。私も早くアイドルになるもん」
「ルビーも今年からアイドルだもんね」
「やっと!やっとだよ!私の時代が来たね!」
ルビーも日々、アイドルになるために姉さんと猛特訓をしている。
【ルビー、ストップ】
【ハァハァハァ】
【振りに引っ張られすぎて、笑顔ができてない。それにちゃんと指先まで意識してやらないと、ファンの人達みんなから可愛く見てもらえないよ?】
【……はい!】
姉さんはスパルタだった。二人のレッスンを見せてもらったことがある。
あの姉さんが真剣な顔をしながら、日頃甘やかしているルビーに厳しい姿は目を疑った。
【だって、ルビーは私を超えるアイドルになるんだよ?これくらいと出来てもらわないと。それにルビーが失敗して悲しむ姿は見たくないからね。鬼でいくよ鬼で】
アイドルにして母だった。ルビーはその言葉に感動してやる気になっていたが、五分後には悲鳴を上げていた。
僕?僕はもちろんそっと逃げましたよ?
「だね。苺プロは姉さん達を最後にアイドル部門はないけど、ルビーだったらどこでもやっていけるよ」
「そ、そうかなぁ?へへ」
「兄さん、あんまり甘やかしちゃ駄目だよ?」
ちなみにルビーのアイドルにはアクアだけ反対していた。本人はそんなつもりはないと言っているが、兄として妹が心配でしょうがないらしい。
「甘やかしてないよ?ルビーが頑張ってたのはアクアも知ってるでしょ?」
「真珠お兄ちゃん」
「もちろん。でも、勉強が疎かになってることもね」
「アクア、それは本当にごめんなさい」
感動したように僕を見ていたルビーだが、アクアの言葉に申し訳無さが勝ってしまったらしい。
ルビーの名誉のために言っておくが、勉強が出来ないわけでない。ただ好きではないだけだ。
その結果、ダンスにのめり込み、試験ではアクアのお世話になっているため文句を言うことができない。
「それを言われちゃうと何も言えないねぇ」
「兄さん、笑い事じゃないよ?今のままじゃ受験すら怪しいし」
「わかってないね、お兄ちゃん」
アクアの言葉に不安を覚えるが、ルビーが余裕そうな笑みで返す。
「芸能科のある高校は面接重視。学力なんて参考程度、アイドルになれば受験勉強なんてしなくて良くて、一石二鳥♪」
「豆知識感覚であっ、兄さんそろそろ行かないと」
「え?まだ………そうだね。アクア行こうか」
中々やばいことを言い始める妹様に少し呆れてしまう。
僕としても心配ではあるが、アクアの監視もあるのでそこまでの心配をしないで済んでいる。
それに、星野家にはアクア以上に勉強に厳しい人がいる。
「あれ?二人ともそんなに急いで「へー、ルビー?」っ!!!!」
言葉が聞こえる前に、僕たちはリビングから逃げ出そうとするも、姉さんに二人して首根っこを握られ捕獲されてしまう。
「正座♪」
「はいぃぃぃ!」
僕とアクアは顔から嫌な汗が出てくるが、それ以上にダラダラと汗を流しているルビーが少し可哀想にみえてくる。
「ね、姉さん?おはよ」「母さん、おはよう」
「うんうん。二人ともおはよう。アクアは今日はお仕事だったよね。気をつけてね?」
何故かアクアだけ開放される。アクアの目からはごめんと申し訳無さそうな感情だけが伝わってくる。
「姉さん?僕は?」
「あれ?真珠くんも大学?それとも仕事?オフじゃなかったっけ?」
「あー、そっか。昨日姉さん寝ちゃってたもんね。今日はアクアの送迎だから一緒に現場に行くんだよ」
姉さんは確認をするようにアクアに視線を送る。本当のことなのでやましいことはないはずだが、頷き辛そうに視線を外しながら返事をする。
「え〜、今日は私のお付きかと思ったのにぃ」
納得してない不満そうな声が漏れる。こうなった姉さんは仕事にこそ影響はないが、不機嫌になる傾向にある。
まぁ、もう慣れてるんだけど
「帰りに迎えに行こうか?」
「ありがと♪…ルビー?何逃げようとしてるのかなぁ?」
「ば、バレた。でも学校が「すぐ終わるからおいで?」はい」
ご満悦な表情に変わったことに安堵するも、逃げようとしているルビーのことを捕獲しているのだから、本気ではないのだろう。
僕とアクアは助けを求める妹の視線に背を向け
「「行ってきまーす」」
「う、裏切り者ぉぉぉ」
リビングをでて、玄関で靴を履き替えている間
「私言ったよね?アイドルもいいけど、ちゃんと勉強もしなきゃ駄目だよって。中卒な私が言うのも変な話だけど今の時代埋もれて終わっちゃうよ?」
「で、でもママは「私は私、ルビーはルビーだよ?そもそもーーー」」
すぐに終わりそうにないお説教が聞こえてくる。
時刻は8時。
その日、血相を変えて走る女子中学生の姿が目撃されたとか。
**********
「……兄さんはルビーがアイドルをすることに賛成なのか?」
失明をしても条件次第で免許が取れることを知った僕は高校三年のときには即免許を取った。
母さんや姉さん、周りから心配をされたけど、身分証として便利なものだし、それに姉さんやアクアとの時間を作れるからという理由で納得してもらえた。
車内には最近流行っている音楽がランダムに流れ、走行する車から見える景色は移り変わる。助手席に座るアクアが唐突に訪ねてくる。いつもなら出演するドラマの台本を読み込んでいるのであまり会話はないが、今日は違うらしい。
「反対する理由もないからね」
「母さん……いや、アイが、兄さんがあんな事になったのに?」
事件に巻き込まれて以来、アクアの危機管理は星野家でもかなり高い。外では姉さんのことを名前で呼んだり、携帯もプライベートと仕事で分けるなど徹底している。
あんな事というのはストーカーに刺されそうになったときのことを言ってるのだろう。アクアはあの事件を今でも一番重く受け止めている。
「それでもだよ。ルビーが選んだことなら僕は応援したいよ」
「心配じゃないの?」
アクアを横目で見ると、台本から目を離し、僕の顔を伺っているのが見える。その表情は不安に彩られているが、その目からは黒い輝きのようなものが見えてくる。
「心配だよ?」
「じゃ「ルビーは子供だけど、しっかりやりたいことをやりたいって言える子だから」どういうこと?」
「アクアが大きくなったときにわかるかもしれないけど、大きくなると色々と手が回らないことが多くなって、本当に大切なもの以外の大切なものを落としちゃうんだよ」
「………」
「だからちゃんとやりたいことがあるうちにやらせてあげたい。それが成功であれ、失敗であれね。それにね、僕は心配はしてるけど、安心もしてるよ?」
「何で?」
「だって、アクアが隣りにいるからね。」
「っ!」
「アクアがルビーの隣りにいて、ルビーがアクアの隣りにいて、二人が一緒にいれば大丈夫な気がするからさ」
「……兄さんはずるいな」
「??」
信号が赤になり、隣を見るとアクアは窓の外を見ていた。顔や目は見えないが、アクアの色が優しい色に変わっていく。
「もし」
信号が再び変わり、車を進ませる。横を見ることはできないが、アクアの声はどこか寂しそうに聞こえた。
「ん?」
「もしさ、俺が悪いことをしたら兄さんは」
まだ俺のことを弟って言ってくれる?
「そんなのーーーーーーーー」
**************
「じゃあ兄さん、送ってくれてありがとう」
「中まで行こうか?」
「いや、ここで良いよ。兄さんマネージャーじゃないし。それに兄さんが来たら、それはそれで大変なことになりそうだから」
「?よくわかんないけど、これ車の鍵ね。」
どこか困った顔のアクアに鍵を渡す。帰りは事務所のスタッフがここまで迎えに来て、その車でアクアを中学まで送っていく手はずになっている。
今日撮影される場所へと歩みを進めていくアクアを見送りながら、最寄りの駅まで僕も歩いて向かう。
姉さんとアクア、それに中学からの友達であるゆらがうちの事務所には所属している。それぞれかなり有名になり、苺プロダクションの主戦力であることは間違いない。
それに加え、苺プロは風前の灯時代だった頃にネットに目を向け、成功を収めた。今や懐事情もかなり豊かになってはいるが、母さんと僕の節約志向は抜けないらしく、セキュリティ以外の経費は基本削減させる意向のままだ。
車がないというよりも、タレントが少ないのにそんなに台数はいらないということもあり、スタッフ間での乗り継ぎを行うことも珍しくはなかった。
「あれ?あの車」
晴れた空の下を歩きながら、歩いていると見知った黒い車が数メートル先に止まっていた。
車は、深みのある黒い光沢を纏い、一目で高級感を放っている。近くを歩く住人も珍しいため、二度見をしながらその横を歩いていく。
大体誰が乗っているのか想像がつくが、回れ右をして逃げるわけにもいかないため、その車へと近づき、後部座席に顔近づける。
「真珠君、久しぶり!」
「お久しぶりですね。鞘香さん」
後部座席の扉が開き、そこから薄着をした美女が現れる。スタイルが良いからか、それとも彼女自身の魅力からか、焼けた肌は気品を損なうこと無く魅力的に見え、その表情から人当たりが良いことも分かる。
片原鞘香
僕より一つ年上であり、ある企業の御息女にして特殊な経歴を持つ。最初は少し警戒もしていたが、もう四年以上の付き合いになり、表裏の少ない魅力的な女性であることをよく知っていた。
「はい、乗って乗って〜。送ってくよ〜」
僕を招き入れると、車の扉は勝手に閉まり、それを合図に車が発進していく。
「もしかして会長からの呼び出し?」
「ご明察!用事があったら後日でも良いらしいけど」
「いや、僕の用事程度であの人の時間をとったら不味いでしょ?それに夜まで用事はないですから」
「そっか!じゃあはい!」
鞘香から渡されたジュースを受け取り、口に含むと、レモネードのような爽やかな味が口の中に広がる。
「おいしいですね」
「そうでしょ?私のお気に入りなんだぁ」
「今日は烈堂はいないんですね?」
「真珠君からみたらいつも一緒に見えるかもしれないけど、結構別々なことが多いんだよ?それに烈君は任務もあるからね」
「相変わらず忙しいですね」
どこか楽しそうに同じ飲み物を口にする彼女を見ながら、あることに気がつく。
「鞘香さん。その指輪使ってくれてるんですね」
「もちろんだよ!真珠君がくれた大切なプレゼントだからね」
それは鞘香さんのナンパ避けの護衛をしていたときに買ったものだ。東京から少し離れた鎌倉に行きたいと言い出した鞘香さんを心配した烈堂から懇願という脅迫をされ、請け負った。
その時に少しでもナンパ避けになればと思い、露店に売っていたやつをプレゼントした。その時からいたく気に入ってくれたようだ。
「それで鞘香さんは会長が僕を呼んだ理由を知ってるんですか?」
「知ってるよ。けど、言っちゃ駄目なんだってさ」
「着いてからのお楽しみなのか。それとも重要なのか。会長は少し僕で遊んでる節があるからなぁ」
「ふふ、闘技者の中でも真珠君のことはお気に入りみたいだからね」
そこから他愛のない話をしながら、僕はこの日本の経済界を牛耳る老獪と面談するのだった。