「えーと?つまり?」
「ほっほっほ、主は絶命トーナメントには出てはならんぞ?」
鞘香さんとの別れの後、僕は別の人物との密談に身を投じていた。
目の前には、時の流れを感じさせるしわが刻まれた顔に、笑顔を浮かべる老人がおり、慎ましやかな茶杯を優雅に傾けている。
名は片原滅堂。
日本経済を牛耳る大日本銀行総帥にて拳願会第58代会長。
かつては『極東の風雲児』と呼ばれていたらしく、今でもなお生きる伝説なのだとか。
この老人の一言で国が動くというのだから、その影響力は計り知れないものがあった。
まぁ、僕にとっては気の良いおじいちゃんなんだけど。
「いつもの依頼にしては、会長がそんな事言うなんて珍しいですね」
「ここらへんで我が最強の牙と主との闘いをみたいのじゃがのう」
あれから年月は経ち、21歳になった僕は闘技者というものになった。
闘技者とは拳願会という裏で行われる大企業同士の代理戦争にでる格闘家や裏社会の実力者のことを指す。
僕自身もアンダーマウント社という企業から15歳にデビューを果たしている。
そして会長が言っていた牙とは、片原滅堂が私財で抱える実力者集団『護衛者』の中でもトップの実力者のことだ。
「奴らが動き出したようじゃ」
雰囲気が真剣なものに変わる。
会長と知り合ってから実力を買われてから度々依頼をされるようになったが、今回はいつもと様子が違うのを感じる。
そして、この真剣な理由を僕は知っていた。
「……蟲ですか?」
その言葉を発した瞬間、後ろで控えていた護衛の二人が身構える。会長はそれを手で制しながら話を続ける。
「まだわからん。だが、東洋電力に紛れ込んどる可能性が高い」
「なるほど。じゃあやっと速水さんのことを殴ってもいいですね?」
「…主は本当に、その手の話になると危なっかしいのぅ。もう少し辛抱せい」
東洋電力。日本で有数の電力会社にして、拳願会No.2の実力をもつ強豪企業。
そして、五年前に竹中渡に協力し、苺プロを潰すように動いた影の一つ。
「それにの。主のほうが中々えげつないことしとるぞ?」
「それはそれ。これはこれだよ。会長」
「主がフリーとして活動するようになってからの四年間、百人会と東洋電力は莫大な額の損失を被っとるからのう」
「まぁ、そのためにフリーになったので」
「…少しばかり速水を気の毒に思うぞ?」
フリー闘技者というのは僕以外にはいない。
というのも闘技者というのは基本的に荒くれ者が多い。そのため企業としても信頼における人物を雇う必要がある。
フリー闘技者というのは雇うだけでもリスクが高いのだ。
だが、僕はアンダーマウント社からのデビュー後、フリーとなった。
フリーになった目的の一つは試合に多く出るためという少し変わった理由なのだが。
「78勝0敗。その大半が彼奴らの敗北なのだからのう」
「まぁ、単なる嫌がらせにしかなってないかもだけどね」
まぁ、おかげでファイトマネーで貯金もできたし、伝手ができたおかげで苺プロのバーターにもなることができたので万々歳ではあるのだが、一部企業の人たちからは凄い嫌われようである。
「よいよい。おかげで儂も動きやすくなったわい。それで話を戻すがの」
そう。今日の本題は近々開催される予定の拳願絶命トーナメント。名前に厨ニ感があり、かっこいいなぁと思ったのはココだけの話だ。
「うん。別にでなくていいよ。護衛者の人たちと警備でもしようか?」
「警備はよい。いざという時、儂のカードとして会場にいてくれればの。あとはそうじゃの。できれば少しでも楽しめるように乃木君に加担してもらうの楽しそうじゃ」
高笑いしながら悪い顔している会長を見ながら、お茶をすする。乃木さんとは日本でも有数の財閥グループ。確か『四龍』とか呼ばれていた気がする。
「了解。じゃあ、その時になったら連絡してください。他の企業からの打診は断っておきますよ」
「よろしくの。それでの」
乃木グループに助力するのであれば、あまりここに長居するのは良くないかなと思ったので、席を立つが、話には続きがあったらしい。
「父親のことはもうよいのか?」
「……うん。父さんもまだ整理できてないみたいだから。僕は時間がかかっても待つよ」
以前、お酒を飲み交わしたときに父さんのことを相談したことがあった。
それからだろう。会えば気にかけてくれるようになったのは。
「ふむ、外野の言うことじゃないがの、一度会うてみるのもよいと思うぞ?言葉を交わさなければ、わからないこともある。年寄からのアドバイスじゃ」
「ありがとう、会長」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「御前、良かったのですか?」
「王森。主が気にかけるとは珍しいの」
「…失礼いたしました」
「よいよい。主もあの子には思うところがあるのじゃろ?申してみよ」
後ろで控えていた護衛の一人である
王森は片原滅堂が抱える『護衛者』の中でも牙に匹敵しうる実力者であり、絶対の忠誠とその実力から『三羽烏』という護衛者の最強の一人として数えられる。
「僭越ながら、今回こちら側に斎藤を囲んだのはなぜですか?我々と呉の者だけでも十分対応可能だと思うのですが」
「そうじゃの、一言で言えば予感かの?」
「予感。ですか?」
「
片原滅堂。
一代で日本の経済を牛耳るまでになったその実力。その恐ろしさは読みの勘と何手も先を読む洞察力、そして決断力であった。
予感。たった一言。されど敬愛する主人からの言葉だけで王森は十分だった。
「王森よ。主はまたあの子と闘いたいか?」
その言葉は王森の背にのしかかる。
四代目の牙であったときに斎藤真珠と闘い、そして敗れた。油断も慢心もなかったとは言えない。しかし、闘って分かってしまった。
御前も分かっている。だから私に問いかけるのだろう。
その目は何かを確認するように、王森の視線を捉えた。
「御前の命であれば、この王森、命を賭して闘いましょう。ですがーーー」
そこから先は明らかな私情。
御前をお守りすると決意したときに捨て去ったと思っていた感情。
「叶うなら、彼とは何のしがらみもなく闘いたいと思います」
牙をやめた理由。
それは限界に気づいてしまったから
ではない
彼と闘った時、確かに感じたのだ。
もっと先があると
強くなれると
もっと、もっと、もっと、
彼とならどこまでもーーーーーーー!
だが、私は止まってしまった。
そこから先には進めなかった。
私は彼に追いつくことが
もしかすると、今の牙なら
それは嫉妬と期待。
五代目の牙を思い出しながら、王森は心の中でその闘いに夢を馳せる。