僕は一般人です   作:~のほほん~

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呼応

 

 

春の訪れを告げる桜の大樹のもと、一人の女性が佇んでいる。彼女の後ろ姿からも感じ取れるその優雅さは、周囲の景色と見事に調和してみえる。

 

桜の花びらが、まるで彼女の内に秘めた感情を映し出すかのように、ゆらゆらと優雅に空中を舞う。その姿は、春の柔らかな風に乗って、静かに、しかし確かに時の流れを刻んでいる。

 

近くに居た男性はその姿に目を奪われる。そして

 

「…私、あなたのことが好きよ」

 

振り返ると、女性の顔には美しい微笑みが浮かんでいたが、その瞳の隅には涙が宿っている。彼女の笑顔は、深い感情を内に秘め、それを静かに抑え込むかのようだった。

 

空から舞い降りる桜の花びらは、彼女の涙のようにも見え、春の風に乗って優しく地に降り注ぐ。その一つ一つが、言葉にならない彼女の心情を静かに語りかけているようだった。

 

「はい!カット!」

 

「確認作業入ります」

 

「アイちゃん、良かったよ!」

 

「お疲れ様でーす」

 

桜の木の周りには多くのスタッフとカメラなどの機材が並んでいる。

 

『桜舞う頃にまた』

 

来年の春頃に公開予定の映画であり、不治の病にかかった女性と懸命に彼女を支える男性を描いたラブロマンス。

 

主演女優を務めた僕の姉さんである星野アイは、さっきまでの物悲しげな雰囲気がなくなり、いつもの明るい雰囲気へと戻る。

 

スタッフに挨拶を返しながら、僕の下まで来た姉さんは近くにあった椅子に腰を下ろし、僕を見上げながら

 

「真珠くん疲れたぁ〜〜」

 

「はいはい」

 

「お水ちょーだい」

 

「どーぞ」

 

顔を突き出す姉さんに、慣れた手つきでペットボトルにさしたストローを口へと運ぶ。

ご満悦な顔をしながら、ストローから水を吸い上げる姉さんは大人の女性というよりも少女に近い。

 

というよりも、30代に近くになったにも関わらずその美貌は損なわれること無く、あどけなさを残しつつも、女性としての美しさを兼ね備えている。

時間の流れとともに磨かれていくその美しさは、妬みの対象になること無く、多くの女性から羨望の眼差しで見られているらしい(ルビー談)

 

ほぅらっら(どうだった)?」

 

「凄く綺麗だったよ。流石僕の姉さん」

 

ほへー(でしょー)

 

ストローを咥えたまま、喋り始める。飲み終わったのかと思えば、噛んで離さないため、そのままにしておくと、また少しずつ飲み始めた。

 

どこか楽しんでいるようにもみえる姉さん。撮影も順調であるため、好きなようにさせている。

少し経つと満足したのか、ストローから口を離し、今度は不服そうな顔になり、僕の太ももを叩き始めた。

 

「最近可愛げがないよ?」

 

「えぇ」

 

「前はニコニコでやってくれてたのにさぁ」

 

「…いや、この間母さんに怒られたの覚えてないの?」

 

今日の僕は姉さんのマネージャーもどきをやっている。本来であれば他の人が担当していたのだが、熱が出てしまったため、代役としてここには来ていた。

 

一応、今は苺プロのバイトとして籍を置いているため、割と頻度よく他のタレントのマネージャーもどきもやっている。

 

姉さんに付くのも初めてではないため、家でやっていることをそのままやっていたのだが

 

【……あなたにオファーが来てるわよ?】

 

【はい?】

 

【アイがいい表情するから使いたいって打診があったのよ】

 

【……】

 

【いい表情するって何したのかしら?】

 

仲が良すぎたらしい。

母さんは呆れていたが、どこか納得したようだった。

まぁ、普通に怒られたのだが

 

「ふーん。ミヤコさんの言いなりなんだぁ。悲しいなぁ」

 

「……」

 

「お姉ちゃん悲しいなぁ」

 

全然悲しそうには見えない。

泣き真似をしつつもチラチラと視線を送ってくる可愛い姉さん。

 

だが、これは僕も譲るわけにはいかない。アクアやルビー、僕に向けてくれる。家族にだけ向ける姉さんの顔を他の人に見せるのは何だか無性に嫌な感じがしてしまう。

 

「ごめんね。家だったら何でもするから」

 

「強情だなぁ」

 

「だって、姉さんの素顔を他の人に見せるのは嫌だし」

 

「……」

 

「なんて言ったら良いかわからないけど、何か嫌だから」

 

言葉にできないが、嫌なものは嫌なのだ。

その言葉を聞いた姉さんは笑みを深めながら、僕の頭を撫でくり回す。

周りの人に見られているが、嬉しそうな姉さんに逆らえるわけもなくされるがままにされている。

 

「しょうがないなぁ〜。じゃあ家に帰ってからのお楽しみだね」

 

その言葉にドキッとしてしまう。それと同時に監督から次のシーンを撮影する声がかかり、「行ってくるね」と残し歩いていってしまう。

 

「〜〜〜////」

 

いつからか姉さんに甘やかされると照れてしまうようになった。特に外では少し悶えるような恥ずかしさが込み上げてくる。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

愛しの弟である真珠くんと別れてから撮影が再開される。

彼が側にいると思うと、不思議と力が湧いてくる。撮影も順調だし、この主人公の心情もうまく読み解ける感覚がある。

 

六年という年月の間で色んなことがあったが、真珠くんは根は変わらず、優しいままだ。それで傷つき、泣いたことも沢山あったが、苺プロを支えて続けているのを知っている。

 

ミヤコさん的には社長のことを忘れて、のびのびと生きてほしいと言っていたが、真珠くんは残り続けている。

私としては一緒に居られる時間は貴重なので、側にいてほしいのだが。

 

 

相手役の男性もNGを出さないため、他のシーンも順調に進んでいた。いくつか撮影していると事件は起きた。

 

「ちょ!ちょっと困ります!!」

 

「いいじゃんかよ」

「うわ!本物のアイじゃん。俺めっちゃファン何だけど」

「めっちゃ可愛くね」

 

「撮影中ですので、下がってください!」

 

私のセリフと男たちの声が被ってしまう。撮影が止まり、声の方を見るとお酒の缶を片手に持ちながら、ガラの悪そうな三人組がスタッフの制止を聞かずに近寄ろうとしている。

 

こういった撮影は衆目の目に止まりやすく、SNSなどでも拡散されやすい。都心での撮影ではないため、それほど多くはないが、周囲には見学している人が見える。

 

「ほんとに困ります!警察呼びますよ?」

 

「あ?俺達が何したっていうんだよ」

「こいつ何様?」

 

止めていたスタッフの胸ぐらを掴み始める男に、周りのスタッフも雰囲気を感じ取ったのか助けに入ろうとする。

 

「んだ、コイツラ。俺達を悪者みたいによぉ」

 

「撮影許可は降りてるんです。邪魔するなら警察呼びますよ」

 

「あ?邪魔だとふざけんじゃねぇよ!」

 

「舐めた口ききやがって、お前らこそ何様だよ!!」

 

スタッフと男性は引くに引けないという雰囲気になり始める。

男たちは体を鍛えているのか、周りのスタッフ達が止めに入っても力負けしてしまっている。

 

いよいよ危ないというところに

 

「何してるんですか?」

 

大声で叫んでいるわけではないのに、やけに辺りに響く声。

 

「あ?っ!」

 

男たちは声の主を睨みにつけるが、一瞬言葉を詰まらせてしまう。

 

「なんでヤクザがいんだよ」

 

「……ヤクザじゃないです」

 

真珠くんは初対面の人に必ず怖がられてしまう。

昔に私を護って負った目の傷は、成長すると少しばかり大きくなり、ドラマで見るようなヤクザのような傷になってしまった。

 

それに加えて、失明の影響なのか左目だけ真っ白な瞳になってしまい、一際傷に目がいってしまう。

 

「それでどうかしましたか?」

 

「斎藤くん、この人たちが言うことを聞いてくれなくて」

 

「警察呼びたきゃ呼べよ!舐めやがって!」

「お前らそんなに偉いのかよ!」

 

「失礼しました」

 

真珠くんは唐突に頭を下げる。

スタッフも男たちも急に謝られたことに思考が追いつかず、呆けた顔をしてしまっている。

 

「私は苺プロダクションでマネージャーをしています。斎藤と申します。今回撮影でこの場所を借りさせていただきました。皆様にはご不便をおかけしてしまい、申し訳ありません」

 

「そ、そうだ!勝手に撮影して、しかも命令までしやがって!」

 

ツラツラと謝罪文を述べる真珠くんに対して、今度は矛先を向け、男の一人が詰め寄る。

 

「ですが」

 

胸ぐらを掴もうとしてきた男の手首を掴みながら

 

「暴力行為があった場合、話は別です」

 

笑顔で告げた。

手首を掴まれた男はそれを振り払おうと力を込めるが、どう足掻いても動かないことに気がつく。

 

疑問から確信に、

 

確信から焦燥に、

 

眼の前で起こっていることを理解した脳は、その現象に恐怖した。

 

「この度、私どもの対応に配慮が足りなかったことは謝罪いたします。なので、今回はそこのスタッフから手を離していただき、お引き取りもしくは離れてご観覧いただけないでしょうか?」

 

お願いをしているだけにみえるそれは、拒否を許さない絶対的な圧を感じる。

 

男たちも感じ取ったのだろう。

スタッフから手を離し、「わかったよ」とだけ残し、立ち去っていく。

 

真珠くんはホッとしたように胸を撫で下ろしている。相変わらず、小心者なところは変わっていないが、いざという時はしっかり動けるのだから、姉としては誇らしくも心配になってしまう。

 

「何謝ってるんだよ」

 

「すみません。〇〇さん怪我したら大変かなって」

 

「殴られても警察呼べば「だめですよ」?」

 

「あなたが怪我をして喜ぶ人なんていないんですから」

 

「……ったく。ありがとよ」

 

遠くてよく聞こえないが、スタッフと言葉を交わす弟を見守っていると、隣から共演している監督の声が聞こえてくる。

 

「やはり彼は優秀だな」

 

「でしょ!」

 

「……君のブラコンぶりにも慣れたけど、少しは隠す努力をしなさい」

 

この映画の撮影が始まってから、良くしてもらっている監督に声をかけられる。

 

この問答も幾度目か分からないが、即答した私に監督はどこか呆れたように言葉を続ける。

はて?あんなに優しくて、出来た弟に何の不満があるというのか?

 

「まぁいいさ。あの収め方で正解だ。苺プロは本当に良い教育をしてるよ」

 

「ふふふ。ミヤコさん聞いたら喜ぶと思うので伝えておきまーす」

 

「そうしてくれ。あのスタッフにはこちらから注意しておくから」

 

撮影において大事なものはスケジュール通りにできることと、その住人たちに迷惑をかけないことだ。

近年より普及したSNSにおいて、撮影での警備員の対応やスタッフの言動に不信感を抱く人は多い。

 

結果として炎上や人気を低迷させることに繋がるのだから、その影響力は無視できない。

 

私の視線に気が付いたのか、気まずそうな顔で手を振る弟に笑顔になってしまう。

 

さて、この後はどうやってからかおうかな?

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「絶対に後で何か言われるよなぁ」

 

こちらに笑顔で手を振る姉の姿に恐怖する。

あの顔、絶対何か企んでるよと思いながら、重い足取りで撮影の邪魔にならない場所まで移動する。

 

撮影を眺めていると、不意にスマホが鳴る。着信画面を見ると、見知った名前が表示されている。

 

(かかった)

 

喜ばしい事態に進んだことに、内心喜ぶがまだ確定していないため、なんとも言えない。

とりあえず通話ボタンを押し、いつものように声をかける。

 

「こちら斎藤です」

 

「……知ってます。というかいつもこのくだり入りますか?着信画面で分かりますよね?」

 

スマホからは凛とした女性の声が聞こえてくる。相変わらず元気そうなので、少し安心する。

 

「お久しぶりですね。秋山さん」

 

「そうですね。真珠くん」

 

「今、仕事中なので」

 

「では、かけ直しましょうか?」

 

「いえ、暇をしてたので丁度良かったです」

 

「…仕事中なんですよね?」

 

「サボってるわけじゃないですよ?撮影中なので待機してる間はすることがないだけです」

 

通話口から溜息が聞こえてくる。

秋山楓。乃木グループの秘書であり、何度か仕事をしたことがある仲だ。

特にスケジュールの調整や接待など、社内外における業務のノウハウを教えてもらった先生でもある。

 

「色々言いたいですが、この際良いです。それよりも最近闘技者の依頼を受けないのはなぜですか?」

 

「なぜなのかは乃木さんが一番ご存知だと思いますよって伝えてもらってもいいですか?」

 

「……え?はい。では変わります」

 

「やぁ、元気かい」

 

「はい。それはもう元気です。今日もかわいい弟と」

 

乃木さんのいつもの挨拶に、いつものように兄妹たちの素晴らしさを伝えようとすると、矢継ぎ早に内容を聞かれてしまう。

 

「息災のようで何よりだよ。それでそれはどういう意味かな?」

 

「またまた、わかってますよね?フリーの僕が何処かに肩入れしないのは」

 

「本当に知っているのか。なぜ君があの件(・・・)を知っているのか聞いてもいいかい」

 

「フリーは何かと危ないのでね。情報収集は大事なんですよ」

 

「……闘技者にしておくのが惜しいな」

 

「褒め言葉として受け取っておきますよ。それで乃木さん、ご希望には答えられませんが、護衛とかなら引き受けますよ?」

 

「はぁ、食えない男だよ。闘技者ならその5倍は出すが?」

 

「嫌です」

 

「理由は?」

 

「今怪我したら弟と妹の入学式に間に合わないからというのもありますし、優先すべきは本業だから。ですかね」

 

「……」

 

拳願会でも僕のシスコンブラコンは有名な話だ。

 

ある闘技者が姉さんと母さんを口説こうとしていたので、半殺しにしたことがきっかけではあるが、それ以来、拳願会ではタブーとなっているらしい。

 

「…わかった。明日、本社へ来てくれ。細かい話はそれからでもいいかね?」

 

「明日ですか?お昼ごろでも良ければ伺います」

 

「では、よろしく頼むよ」

 

通話が切れる音がなる。

 

穏やかな風が吹く。僕は首にかけてあるペンダントを開け、一枚の写真に目を向ける。

 

そこには高校の制服に身を包んだ三人の男女が映っていた。

入学式の看板の横で楽しそうに笑い合うその姿は、何度見ても嬉しくも悲しい気持ちになっていく。

 

これは僕の罪だから

 

きっと君の無念を晴らしてみせるよ

 

 

 

 

 

僕とゆら、そして高校の頃に亡くなった優香の姿を収めた写真を握りながら、僕はーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まっちゃうね

 

本当にね。出来ればこうならないで欲しかったけど。

 

望んだのは君だよ?

 

…わかってるよ。最後までちゃんと見届ける。

 

当たり前さ。それが君の望みであり、終焉なんだからね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうでしょ?アマテラス(・・・・・)

 

 

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