僕は一般人です   作:~のほほん~

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誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
またやってしまうかもしれませんが、指摘していただけると幸いです。
では、本編をどうぞ。


宣戦布告

 

 

 

「…本気で言ってるのね?」

 

「迷惑かけてごめんね」

 

ミヤコは、愛息子が申し訳なさそうにする姿を見て、胸の奥が少し落ち込むのを感じた。それでも、彼の頭をそっと撫でながら、次にかけるべき言葉を探す。

 

「迷惑だなんて言わないでちょうだい。私もこれが(・・・)成功するならその方が良いわ」

 

「母さん」

 

「これは母親としてじゃなくて、苺プロダクション社長としてよ」

 

真珠から渡された封筒を片手に、優しく語りかける。ミヤコとてできるのであれば叶えてあげたかった。

 

それこそあの子(アイ)がそれを望むなら、芸能界からの引退を宣言しても止めるつもりはない。

 

「これは、そう簡単な話じゃない。きっとあの子たち(アクアとルビー)も傷つくし、もしかすると嫌われるかもしれない」

 

あの子たち(アクアとルビー)がこの子を嫌いになることは想像できないが、全く可能性がないわけでもない。真珠がやろうとしていることは今までの努力を、ひいては星野家の将来がおわってしまう。一個人、一芸能事務所が解決できる問題を優に超えている。

 

心を鬼にしてでも、その現実を突きつけなくてはいけない。

 

「...嫌われたくないなぁ」

 

「そうね。私もあなた達が喧嘩しているところなんて、もう見たくないわ」

 

数年前にあった兄弟喧嘩。二人がぼろぼろになって帰ってきた時は何事かと思ったことか。話を聞くと、二人は顔を見合わせて『喧嘩』としか教えてくれなかった。

 

真珠はともかくとして、アクアは抱え込みやすい子だ。小さいときから頭が良かった分、我儘もあまり言わないから心配していたのだが、あの顔を見たら聞く気は起きなかった。

まぁ、アイさんは珍しくオロオロと慌てていたが……

 

あの時からアクアは少し、いやかなり明るくなった気がする。

 

「あなたが繋いでくれたおかげで、苺プロはネットだけじゃない、モデルやタレントにも強い事務所になった。これ以上を望まなくても「無理だよ、母さん」……」

 

「きっと、いつか、違う形で奪われる」

 

甘えていた息子が少し離れると、ミヤコは心に小さな寂しさを感じる。真珠が再び自分から距離を置くと、その優しい表情のまま、冷たい言葉で、まるで語るかのように話し始める。

 

「その時、姉さんは自分の過去を後悔すると思う」

 

まるで苦虫を噛み潰したよう苦々しく

 

「アクアは頭がいいからね。きっと、報復するよ。どんなに時間をかけようと」

 

まるで涙を流すかのように悲しそうに

 

「ルビーは優しくて、明るいけど、大事な人が傷つけられたら黙ってないよ」

 

まるで自分への償いと怒りを込めて

 

 

 

 

静寂が部屋を包む。その威圧感に気圧されるが、一瞬にして霧散する。

 

「まぁ、それに。僕が見たいんだ。姉さん達がもっと幸せになれる世界を」

 

いつものふにゃっとした緩い感じへと戻る。

だけどーー

 

(……本当に、母親として情けないわね)

 

そこに立っている。

 

優しい表情でいる。

 

そのはずなのに

 

どうしてこんなにも、悲しくなってしまうのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

真珠には笑っていて欲しかった。心の底から、優しいこの子には普通の生活を送って欲しかった。

 

だが、無情にもこの世界は彼に突きつける。

 

現実という不条理を

 

力という理不尽を

 

一体この子が何をしたのだろうか?

なぜ世界はこの子にこんなにも厳しいのだろうか?

 

歳を重ねていくごとに、その身体には傷跡が増えていく。

最初は小さな切り傷だった。

だが、今では傷跡のない場所を探すほうが難しい。

 

『……』

 

『…か、母さん?そんなに見られると恥ずかしいんだけど』

 

『…ごめんなさいね』

 

『??』

 

『もっと私がしっかりしていれば、あなたがこんなに傷つくこともなかったのに』

 

そっと背中を撫でる。少しくすぐったそうに身を捩る息子を見ると、生きていることを実感できる。

 

触れた指先からは、まるで鋼のように硬い筋肉の感触があり、どれだけ鍛えてきたのかを語りかけてくる。

 

『この傷は僕の誇りだよ』

 

真珠はいつもそう言うのだ。目の傷も、拳の傷も、身体の傷も、そしてーーーーー心の傷さえも

 

 

 

 

傷つくこの子に、私は何をしてあげられるのだろう。

 

「はぁ、わかったわ。社長としてこの件はあなたに任せます」

 

「ありがとう、母さん。って…ひゃにふるの?」

 

(今はまだ、信じてあげることしかできない。だけどーーー)

 

お礼を言う息子のほっぺたを、ミヤコは優しく挟んでこねるようにしながら、その目をじっと見つめた。

不服そうに、文句を言うが、離れないところを見ると嫌がってはいないらしい。

 

「いい、真珠。あなたに任せるけど、何かあった時の責任は私が取るからね?」

 

息子が目を見開き、少し驚いた表情を浮かべるのを見て、ミヤコは心の中で「してやったり」と満足感を感じる。

 

この封筒の中身を見る限り、もう全ての根回しは終わっているのだろう。

一体、いつ、どこでこんな人脈を広げていたのか、我が息子ながら恐ろしい。

 

「ふゃこさんの」

 

真珠が異を唱えようとするが、捏ね回して言葉にさせない。

 

「真珠、聞いて。あなたが間違ってたら怒るし、良いことをしたら褒める」

 

黙りこちらを見つめる息子。

私の大切な宝物。

 

「一人じゃないって忘れないでちょうだい。私はいつまでもあなたの味方よ?」

 

その言葉を聞いた真珠は恥ずかしかったのか、顔を逸らそうとするが、既に捕まえているため逃げることができない。

 

まるで逃げ惑うかのように動く瞳に、笑いが込み上げそうになるが、今はこれでいい。

私やアイさん、アクアやルビーがいれば真珠はまだ()として生きることができる。

大切なものがあればあるほど、この子は人間として(・・・・・)生きることができるのだから。

 

(…忙しくなりそうね)

 

逃げられなくなっている息子を尻目に、封筒へと視線を向ける。

封筒からはみ出る紙には

 

『苺プロダクション所属タレント、アイ。隠し子に関する公表書類の取り扱いについて』

 

そう記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

離せよ、センパイ

 

「......落ち着いてくださいよ」

 

場所は乃木グループの会長室。

 

「そ、そそそうですよ、王馬さん!!??」

 

ある話(・・・)をするために乃木会長に会いに来たのだが、通された部屋には先客。王馬さんと山下さんがいた。いつもであれば、前回の疑いもあるので少し気まずいのだが、状況が切迫していたこともあり、迅速に身体が反応する。

 

乃木会長の首を絞めていた手を掴み、指先に力が入りづらいように外に力を加える。しかし、王馬さんも負けじと力の流れをコントロールしようとするが、そこで一瞬脱力。その一瞬、力の流れが一方向へと傾くことを感じ取り、上へと押し上げる。身長差もあるため、仰け反らせることこそできないが、拘束を外すことには成功する。拘束されていた乃木会長は床へと落下し、尻餅をつく。そこに近くにいた秋山さんが近づくが、「騒ぐな」と努めて冷静な声音で指示を出す。

 

「...助かったよ、真珠くん」

 

「それはいいですけど、どういう状況ですか、これは?」

 

解放された乃木さんに問いかけると、彼は首を絞められていた痕を気にすることなく、静かにネクタイをほどいて再び締め直し始めた。苦痛の痕跡を隠すように、彼の動きは落ち着いており、まるで今までの出来事を振り払うかのようだった。再び整えられたネクタイが喉元にしっくりと馴染ませている。

 

あのぉ、早く答えてもらってもいいですかね?この人(王馬さん)めっちゃ力強いんですけど,,,

 

 

「何度でも言おう。我が社の代表を君に任せるつもりはない」

 

「どうやら本当にここで絶命してぇみたいだな」

 

今の言葉でだいたい何があったか想像できてしまった。

だが

 

 

・・・なぜ、煽る?

僕が抑えてますよね?さらに興奮させないでもらってもいいですか?王馬さん本気であなたの方に向かおうとしてるんですけど

抑えるの大変なんですけど???

 

「お、お二人共落ち着いてぇ!!!!」

 

あぁ、こういう時の山下さんの反応って本当に落ち着くなぁ。

と現実逃避をしながらも王馬さんをしっかりと抑え込むように力の流れを逸らす。王馬さんも本気で僕を殺す気はない(・・・・・・)のだろう。この程度で抑えてくれているあたり、意外と冷静なのかもしれない。

 

「あれ?取り込み中かい?オヤっさん」

 

「げ、初見さん」

 

「お、ましろか!大きくなったなぁ」

 

「...親戚のおじさんかなにかですか?」

 

「まぁ、俺がお前の姉「殺しますよ?」怖いねぇ」

 

扉の方に視線を向けると、そこには無精髭を生やし、だらしない格好をした初見さんが立っていた。

 

「誰だこいつは?」

 

「あー、王馬さんはお会いするの初めてでしたよね。この人は初見さん「絶命トーナメント乃木グループ代表闘技者だよ」ちょ、乃木さん!!」

 

やっと落ち着きを取り戻してきたため、オブラートに包んで説明するつもりが、どこか楽しそうに乃木さんが言葉(爆弾)を放り投げる。

 

「こいつが」

 

「君が代理くんか、いやぁご苦労だったね」

 

「っ!!代理だと?」

 

「あれ?説明されてなかったのか?それは悪いことしたなぁ。オヤッさんは俺を温存(・・)したかったのさ」

 

「......」

 

「まぁ、どちらにしてもそんな(骨折した)状態でトーナメントは寝ぼけすぎたぜ、小僧」

 

「っ、医者かテメーは!!!」

 

あーあ、なんでまた二人して煽るかなぁ。

また王馬さん怒っちゃったよ。

 

「あれどうするんですか?乃木さん」

 

「なに、落ち着くまでやらせきなさい」

 

自分が安全圏に入ったからからか、のんびりし始めちゃったよ、この雇用主。

 

「あんまり危険なことされると護衛としては心臓に悪いんですが」

 

「君がいる以上に安全な場所などないだろう。それに今の王馬では初見には勝てんよ」

 

僕のことはともかくとしても。まぁ、確かに。この短期間で王馬さんが負った傷は大きい。治療期間を考えれば、万全な状態でのトーナメント参加は難しいだろう。

 

それに、初見さんは一見するとただの気だるそうな変態にしか見えないが、その飄々とした態度にはどこか捉えどころのない雰囲気が漂っている。いつも何を考えているのか分からないが、一つだけわかるのは女好きということ。

 

試合戦績は39勝15敗。

結果だけ見ればかなり負けている。実力だけで見れば間違いなく拳願会でも上位なのだが

 

「嬉しいぜ、楓。そんなに俺のことを気にしてくれていたのか」

 

「ちょ!あなたのせいでどれだけ乃木グループが損失を被ったと思っているんですか!真珠くんがいてくれたから良かったものを!!!」

 

いつの間にか王馬さんをほったらかして楓さんに絡んでるし

 

爆発音にも似た音が室内を満たす。

その音の方に視線を向けると、王馬さんの肌が赤黒く染まり、言葉通り目の色が変わっている。

 

僕はその技の存在を知っていた。

 

【憑神】

 

――心臓を爆発的に加速させ、その得られた熱エネルギーを運動エネルギーへと変換することで、身体能力を飛躍的に向上させる禁術。人間の限界を超えた力を引き出すが、その代償もまた尋常ではない。

 

(これが王馬さんの選択なのか)

 

『ご..め...んね』

 

記憶という名の映像(・・・・・・・・・)が頭を巡る。

 

『お前は俺の最高の弟子だったよ』

 

感情という情報(・・・・・・・)が心をかき乱す。

 

『すまねぇ、真珠。俺はもう帰るつもりはない』

 

愛した人がいた。

 

見守り、育ててくれた師匠がいた。

 

僕を救い、夢をくれた父がいた。

 

 

(僕はどうすることが正解なのだろうか?王馬さんが蟲である可能性は否定できない。もし蟲ならーーー          だけど...)

 

目の前で闘う王馬さんへと目を向ける。

この人はアイツラと違う。そんなことはすぐに分かっていた。だって、王馬さんの色は...

 

優香と同じ色だったから

 

苛烈で、本気で自分の夢を叶えたいという赤色。

 

際限なく求めるかのような情熱を感じさせてくれる色。

 

(あぁ、きっと僕は信じてみたいんだな。王馬さんを)

 

「そこまでだ!」

 

(,,,僕は僕の夢のために、勝負だよ、後輩(・・)

 

 

 

 

 

あ、山下さん

どんまいです

 

数分後、一億の借金が確定し、白目を剥いている山下さんに合掌するとは夢にも思わなかったです まる

 

 

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

拳願会には企業序列というものが存在する。

 

 

 

商人として、企業として、優れた実績を残し、高い評価を受けた企業の序列であり、絶命トーナメントにおいて本戦出場が決まっている者たちである。

 

そこに、新たな企業が名を連ねた。

 

『柏木造船』

 

拳願会において可もなく、不可もなくといった実績であった。

 

だが、直近の試合において勝利を収め、造船業界において首位を獲得。

 

 

そこまでは他企業も脅威には感じなかった。

だが、問題はその企業が公表した代表闘技者。

 

 

そこにはーーーー

 

代表闘技者の名は

 

斎藤真珠

 

と記載されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

拳願絶命トーナメント当日

 

「す、すご」

 

「え、私たちこれに乗るの?」

 

アクアとルビーが目の前に広がる船を見つめ、その圧倒的な姿に言葉を漏らした。そこには、一言で表すなら「豪華客船」としか言いようのない、壮麗で立派な船が悠然と停泊していた。

 

「こんな立派な船で旅行なんて、奮発したな兄さん」

 

「あー、そうだね」

 

「それにしても人がいっぱいだねぇ」

 

歯切れの悪い返事をするも、二人とも目の前の光景に圧倒されているのか追求されることはなかった。

 

二人には今回のことは旅行と伝えている。

アクアはちょうど受験もあるので俳優としての仕事はお休みに調整していた。

ルビーは家族優先っ子なので、少し前に伝えておけば問題なかった。

 

決して今、後ろから感じる圧。

 

怒られるのを後回しにしたわけではない。

 

「ちょ、ちょっと真珠くん?」「真珠?」

 

後ろから付いてきていた二人から呼び止められる。母さんと姉さん達には拳願仕合に出場し、仕事を獲得していたことや人脈を広げていたことは教えていたが、どれくらいの規模かは説明してなかった。

だってぇ、絶対怒られるもん。

 

「や、やだなぁ、二人とも。何をそんなに「言うことは本当にそれでいいのね?」……すみませんでした」

 

「どういうことかしら?聞いてた話とだいぶ違うと思うんだけど?」

 

「え、えーと。嘘はついてないでしょ?」

 

段々と母さんと姉さんからの視線が強くなっている気がする。

 

「どこが?」

 

「ほ、ほら。僕が所属している(日本で、いや世界でもトップクラスの)格闘技団体のトーナメントだって」

 

「そうね。それは聞いたわ。だけどね、明らかに規模が普通じゃないと思うのだけど」

 

「へ、へー。僕は他の格闘技団体を知らないからわからないなぁ」

 

母さんが怖くて視線を逸らすが、その端に映る姉さんはもはや少し呆れて苦笑してしまっている。

 

「はっきり聞くわよ?普通じゃないわよね?」

 

「まあまあ、ミヤコさん」

 

詰め寄ってくる母さんを姉さんが宥めてくれる。正直意外だった。姉さんは基本的に家族には甘々な人だが、危ないことや勉強(ルビーのみ)に関しては意外と厳しい。

 

(こ、これは怒られずに済むのでは?)

 

だが、その希望は一瞬にして消え去る。

 

「真珠くん、まだ隠してることあるみたいだから、ちゃんとそっちも聞かないとね」

 

「ぇ゙」

 

母さんの目がキッからギンという擬音に変わったかのような鋭さを帯びる。

 

星野家において姉さんに嘘が通じないことはみんな知っている。

だが僕の場合、姉さんの僕への理解度が高すぎて、仕草だけでほとんどの隠し事がバレてしまう。

しかも、具体的に

 

「自分から言いたいかな?それとも私が当てようか?」

 

みんな知ってるかな?

姉さんは怒るとき静かに怒るんだよね。

 

美人が怒ると怖いって言葉があるけど、

 

「現実逃避しないで、答えようか?」

 

怖いよぉぉぉぉ

どうやら考える時間ももらえないみたいです。

 

「………トーナメントに出場しないって言いましたが、諸事情により参加することになりました」

 

「そっかそっか。だからいつもよりも緊張してたのかな?まぁ、あとで怒るとして。他には?」

 

「緊張してるのは姉さんがこわ「ん?」なんでもないです」

 

「あ、じゃあさっきミヤコさんが聞いた規模は?」

 

「...日本で一番大きいみたいです」

 

「へー、なんか周りの人お金持ちっぽいもんね。なっとくなっとく♪  それで他には?」

 

「え、えっとぉ」

 

「まだあるよね、隠してること。私にはわかるよ?」

 

「今はまだ言えません」

 

「いつから言えるのかなぁ?」

 

「ふ、船に乗ったら。具体的には一時間ほど経ったらお伝えできます」

 

「そっかそっか。なら良し。他にはある?」

 

「…もうないと思います」

 

「よく言えました♪」

 

アクアとルビーが、途中から母さんと姉さんの様子がおかしいことに気がついたらしいが、しっかりと気が付かないフリをしているあたり流石としか言えない。

 

あの二人ほど姉さんを怒らせることの恐ろしさを知らない人はいないからね。

母さんなんて、問い詰めてる姉さんを途中から引いて見てたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれって真珠君じゃない?」

 

「何やってんだ、センパイのやつ」

 

「なんか怒られてるみたいですけど…………ってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 

「っ、んだよ?ヤマシタカ「あ、あ、あ、アイぃぃぃぃ!?!?!?!?」誰だよ?」

 

「王馬さん、知らないんですか!?アイですよ!?テレビで見ない日がないほどの有名人ですよ!?」

 

「落ち着けよ」

 

「お、おちつけって」

 

「え?アイ?って本物?」

「うわ、マジじゃん」

「俺、大ファンなんだけど」

「サインもらえねぇかな」

「うっわ、超美人」

 

一夫の言葉がまるで伝播していくかのように、周囲の人達もアイの存在に気がついていく。

 

近寄ろうとする者が動き始める瞬間。

 

 

ソレは起こった。

 

(なんだよ、ソレは)

 

この場にいる闘技者全員(・・)が構えた。

十鬼蛇王馬は無意識に防御の姿勢を取らされていることに驚愕していた。

 

自分より強いやつがいることが許せない。

 

十鬼蛇王馬の絶対にして柱となる信条。

 

だからこそ、雰囲気を少しでも感じたやつには問いかけてきた。

 

『あんたも闘るかい』っと

 

自身が今まで、斎藤真珠という人物に勝負を挑んでいない理由。

 

それはーー

 

格が違う

 

それを本能で理解してしまっていたことに気がついてしまった。

 

 

 

 

 

山下一夫は後悔した。

決して侮っていたわけではない。

斎藤真珠が他企業の闘技者となったことはあらかじめ説明されていた。

乃木会長からも油断できない相手と評価された真珠くんにーー

 

あの日、お別れをした日にーー

 

『真珠さんも怪我をしないでくださいね』

 

それは借金一億を背負わされ、自棄酒をしていた日の出来事。恥ずかしながらも家庭の問題に王馬さんと付き合ってくれた。私が今回の件に巻き込まれても平静を保てていたのは真珠くんの存在は大きかった。だから心配したのだ。

王馬さんや他の闘技者よりも小柄な彼の身を。

 

なんと愚かなことだったのだろう。

 

 

場の空気が一瞬で変わり、圧倒的な闘気が充満する。

 

その闘気は目に見えるほどに強烈で、まるで実体を持つかのように感じられた。

 

誰が放っているのかなど、この場にいる誰もが理解する。

 

先ほどまで【アイ】に近づこうとしていた男たちは恐怖で顔を歪み、一人また一人と、身体が無力化されていくのが分かった。

 

まるで足が地面に固定され、重力さえも感じられなくなったような感覚。

 

腕はだるく、指先までが鈍くなり、呼吸さえも浅くなる。

 

視線だけがその人物に釘付けになり、心の奥底にまで影響を及ぼすその闘気の威圧感に、全身が完全に支配される。

 

(こ、こんなの人間のできることじゃ)

 

そこに立つのはこの間まで自分たちの護衛をしていた、柔和で優しい真珠の姿。

 

視界に映した直後、まるで嘘だったかのように、一瞬にして威圧感が霧散する。

 

 

真珠と目があった瞬間

 

『負けませんよ』

 

まるでそう宣言されたかのように感じた。

 

心が震える。

恐怖からではない。

これほどのことができる青年が何の力も持たない自分に対して本気でそう語りかけてくることに。少年時代の情熱が湧き立つような、強烈な感情が心と頭を満たしていく。

 

それは隣りにいた王馬も同様だった。

 

「上等だよ。センパイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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