「ほんっとうに信じられない!!」
ルビーが激おこである。
「なんで!なんで教えてくれなかったの!」
ルビーが激おこである。
「ちゃんと聞いてるの、真珠お兄ちゃん!」
ルビーが
「ルビー、母さんを呼ぼう「アクア様、もう勘弁してください」じゃあ、ちゃんと答えてよ兄さん」
ふぇぇん......
アクアがだんだんと姉さんに似てきたよぉ。
主に怒り方が。
場所は拳願号の船内。
部屋に案内されるまでに、母さんからたっぷりと怒られ、姉さんには笑顔で圧をかけられながらお叱りを受けた。ほっと一息ついたところで、今度は弟と妹に怒られている最中だ。
ちなみに、母さんと姉さんは部屋にお酒が飲み放題だと知るや否や、さっそくワインを楽しんでいるようだ。
「い、いやさ。やっぱり怒られるかなぁって」
「当たり前でしょ!こんな危ないことしてたって知ってたら、そりゃ怒るよ!!」
「……ごめん」
これに関しては全てルビーが正しい。まぁ、ルビーが正しいのはいつものことなのだが(シスコン)
「…あ」
僕がしおらしい態度を見せると、ルビーは少し戸惑った様子を見せた。彼女は優しいから、素直に謝られると弱い。そう、これは僕の計算通りだ。
「ルビー、騙されるなよ?」
「ちょ、アクア」
「どういうこと?」
「兄さん、反省はしてるみたいだけど、これはワザとやってる気がする」
本当にアクアは姉さんに似てきたね
お兄ちゃん嬉しくて涙が出てくるよ
「お〜に〜い〜ちゃ〜ん?」
「…ごめんよぉ」
「もう!許してあげない!!」
「あぁ、本当にごめんね。ルビー」
彼女の頭を撫でると、ルビーはフグのように頬を膨らませる。いくつになっても変わらない妹の素直さに、喜びを感じる。それはアクアも同じようで、ルビーを見つめる眼差しがどこか優しい。僕に対してはまだ厳しいけれど…。
「……本当に大丈夫なの?」
少しからかい過ぎたみたいだ。
ルビーは本気で僕を心配してくれている。まるで泣きそうな目で僕の手を撫でる。
一つ一つの傷を確かめるかのように、優しく触れてくる。
「兄さん、確認なんだけど」
「ん?」
「今回の大会に出るのって俺たちのためか?」
アクアの目は真剣そのものだった。その言葉に反応するように、ルビーは腕に触れていた手を止め、顔を上げる。
少し離れたところにいた母さんや姉さんも、こちらを伺うように、問いかけるような視線を向けてきた
「ううん。母さんにも言ったけど、これは僕のためだよ」
「…そうか」
「あれ?内容は聞かないの?」
「いいよ。なんとなく分かる気がするから」
「……え?アクアいつからそんな名探偵になったの?ちょっと怖いんだけど」
「安心してよ兄さん、ルビーも母さんもわかってるから。というか兄さんがわかり易すぎる」
アクアは何処か呆れたようにため息を吐き、顔を綻ばせる。
「ほら、ルビー。そろそろ兄さんを許してやれ。お前もわかってるんだろ?」
「…だからだもん」
「それを言っても兄さんが止まらないのは、お前が一番良く知ってるだろ?」
「むぅ~」
僕のことを、僕の知らないところで話を進めないでくださいよ。
え?というか本当に?このやり取りだけでバレちゃうの?
実は母さんがバラしたとか?
ちらりと母さんに視線を向けるも、ワインを片手に首を振っている。
違うらしい。
「あれ?」
頭を捻りに捻っていたが、結局答えは見つからず。これが家族パワーかと納得していると、姉さんが窓の外を見て、何かに気がついた。
「どうしたの姉さん?」
「他の人達、向こうの方に乗っちゃうみたいだけど」
「えぇ~、なんか幽霊船みたい」
(王馬さん、あっちの船のほうが好きそうだな)
ルビーが心底嫌そうにその船から目を逸らす。外観はよくホラー映画にでてくる幽霊船そのもの。
拳願号よりもはるかに小さく。外観は錆びており、所々穴が空いているようにも見える。
「あれ、浮くのかな?」
「沈むことはないと思うよ………多分」
拳願会が管理してるものだし、多分大丈夫のはず。
「お、山下さん達はあっちか」
「山下さん?」
「うん。この間まで護衛をしていた人たちでね」
「ごえい?」
「あ」
「ちょっと真珠君?護衛ってなんのことかな?」
そういえば拳願仕合に出ていること以外にも、仕事をしていることを伝えるの忘れてたや。
「ま、まぁ。実力を買われて?みたいな?」
「その話もちゃんと聞かせてもらうからね?」
「はい」
姉さんから念押しされる。
帰ったら、というかこの後が怖いなぁ。
「ふふふ、本当に仲のいいご家族なんですね」
声をした方に振り返ると、呼び出しから戻ってきた今回の僕の雇用主である柏木造船令嬢。そして
「お、柏木」
「斎藤君、ご挨拶が遅れましたが、お久しぶりですね」
「あぁ、そっちこそ元気そうで嬉しいよ。翼は元気?」
「それはもう。医学部の方はかなり忙しそうですけどね。斎藤くんにも会いたがっていました」
「じゃあ今度ご飯でも誘うよ」
「でも、まさか斎藤くんが出場するとは思いませんでしたよ」
柏木渚。
元同級生であり、高校時代にかなり世話になった。
高校時代は拳願仕合の怪我もあり「怪我の多い子」「鈍臭い」「運が悪い」などなど酷い言われようだったが、彼女そんな僕にも分け隔てなく接してくれた数少ない友人の一人だ。
「それに、本当にあの〈アイ〉がお姉さんなんですね」
「信じてなかったの?」
「学校でのあなたを見てるとどうにも」
「…酷くない?」
「冗談ですよ」
とまぁ、軽い冗談?も言い合えるような関係だ。
「はじめまして、柏木渚と申します。今回、斎藤君を柏木造船の企業闘技者として雇用させていただき、ありがとうございます」
「柏木造船って、あの?」
「わ、わぁ〜、本物のお嬢様だ」
「さすが秀知院って感じね」
三者三様の反応で少し面白く感じてしまう。姉さんに至っては、なぜか柏木の所作を凝視している。
「因みにですが、先程、皆様が気にされていた向こうの船は予選を行うものだそうです」
「予選?」
「ええ、今回の絶命トーナメントは「ちょ、ちょっと待ってもらってもいいかしら?」はい?」
「絶命トーナメント?」
「え、ええ?そういう名前らしいですよ?私もトーナメントというものを観るのは初めてですが」
「絶命って.......死んじゃうじゃん」
「ダサいな」
「あー、確か片原会長もそう言ってた気がする」
「真珠!!言ってたなぁじゃないのよ!」
「まぁ、普通の大会と変わらないよ」
「………そう言えるのは斎藤くんだからですよ?」
僕の言葉を聞いた母さんは怒り、柏木は少し距離を置いた。「相変わらず、自己評価が低いですね」と、呆れたように溜息をつかれる。どうやら、以前にも同じことを口にしたらしい。
「そ、そういえば柏木のお父さんは?一応挨拶しておきたいんだけど?」
「…兄さん、露骨すぎるだろ」
これ以上深掘りされると、色々と嫌な予感がするので話題を切り替えようとする。
母さんから「後で詳しく聞くから」と念押しされ、姉さんからは少し睨まれる。
「父は他の人たちへの挨拶回り中ですよ。本当はあなたに会いたかったみたいですが」
「いやいや、僕なんて後でいいよ。今回は助かったし」
「助かったのはこちらの方ですよ。あなたが柏木造船の闘技者というだけで箔がつきます。それに既にあなたのおかげで、当家はこの先10年は安泰ですから」
「契約の報酬としては十分だったかな?」
「欲を言えば今後もうちの闘技者になっていただきたいのですが」
柏木渚は基本的に友人には甘い。だが今、目の前にいるのは柏木造船の社長令嬢としての側面。
優しく微笑む顔とは裏腹にその瞳はどこまでも本気だった。
だからこそ僕も即答する。
「それは無理だね」
その答えに、冷たい微笑みは影を潜め、友人としての柏木渚が安堵した様子で僕に応えた。
「あなたならそう答えると思いましたわ」
「…試したの?」
「すみません。あなたと会うのが久しぶりだったので、少し意地悪をしてしまいました」
「いや、そんなお上品に笑っても怖いからね?ほら、ルビーなんて怯えてるよ?」
最初はお嬢様としての柏木にキラキラした目を向けていたルビーだったが、僕達の会話を傍観していくうちに青ざめるように変化するのが視界の端に映っていた。
何だったら、アクアも少し引いている。
「あ、あはは。そんな怯えないでください」
「や、やだなぁ。怯えてないですよ」
「いや、本当にそんなに距離を取らないでください!」
ルビーに弁明しようと柏木が近づくが、母さんの後ろに隠れてしまう。
「慣れない事するから」
「だ、だって。一応、私も会社の一員として参加してるので、ちゃんと線引きしなきゃいけないと思ったんですよ」
「相変わらず真面目だね」
「あなたにだけは言われたくないです」
「ルビー、この人一応、元ボランティア部の部長だし、根はすごく優しいいい子だから」
「その言われ方は何か納得がいかないんですが!?」
柏木は高校の時から優しい人だ。あいつの相談にも乗っていたと聞いたこともある。
『あなたはどうしたいんですか?』
あのとき、あの決断ができたのは間違いなく柏木がいたからだ。
だから、僕は彼女なら信じることができる。
向こうの船で予選を行っていることを伝えた後、柏木は部屋を後にした。
立食パーティが船内で行っているらしいが、僕はあまり気が向かないので、部屋でのんびりすることにした。アクアとルビーは船内を回ってくると言い、二人だけじゃ不安ということで母さんが付き添った。
姉さんはというと
「ほら〜、コップが空いてますよぉ〜」
「姉さん、それくら「は〜や〜く〜」はいはい」
「ましろくんはさぁ、ぜんっぜん大事なこと話してくれない」
「そんなことないでしょ」
「ありますぅ。あーあ、昔はお姉ちゃん、お姉ちゃんって私のことが大好きだったのに、今ではあっちやこっちやで女の子ひっかけちゃってさ」
「柏木は「き〜こ〜え〜ま〜せ〜ん」聞いてよ」
姉さんは今までずっと溜まっていたのか、ぶーぶーと文句を言い続ける。そういえば、柏木との会話のときずっと睨んでたな。
「お〜か〜わ〜り〜」
「姉さん、明日辛くなるよ?」
「あ〜、ましろくんがいじめる。昔は何でも言うこと聞いてくれたのに。お風呂もさぁ、最近は一緒に入ってくれないしさぁ」
「いや、さすがにこの年齢で一緒に入ってたら不味いでしょ」
「姉弟ならふつーですぅ」
「えぇ」
姉さんはあまりお酒を飲まない。
というよりもお酒を飲む時間がない。アイドル時代もそうだったが、姉さんはかなり忙しい。バラエティからドラマに映画、スケジュールにはロケや移動時間がびっしりと書いており、マネージャー業の真似事をしていた時は体を壊さないか心配をした。
母さんとも相談し、姉さんを説得し、何とか働く期間と休みの期間をこちらで作るほどだ。
まぁ、僕も一緒に休むことが条件だったが…
「それにさぁ、一緒にも寝てくれなくなったし」
「それはさすがに恥ずかしいし」
「お姉ちゃんは悲しいです」
「ごめんってぇ」
「別に怒ってはないけど、寂しいんですぅ」
姉さんは久しぶりのお酒で気が緩んでいるのか。それとも僕への不満が溜まっているのか。
後者なら申し訳ないな
「違うよ」
などと考えていたら、速攻で思考が読まれたらしい。
即座に否定の言葉が飛んでくる。
「私が言いたいのは、君はもっと私たちを頼ってほしいってことだよ」
「姉さん………………………酔っ払ったふりしてたの?」
「し、してないよ!」
「ふーん」
「あ!信じてない!」
ーーーーーーーーー
拗ねたように顔を伏せると、彼は困った顔をしながらもコップを片付け始める。
洗い物をする彼の姿を目にすると、安心する。
カチャカチャという食器の音が、やけに落ち着くように感じる。
昔は食器が怖かった。
いや、お米の中に入っている食器の破片が怖かったのだ。普通の家庭なら「何故?」と思うだろうが、私にはその食器の破片が、音が、そして母の姿が怖かったのだ。
いつ振るわれるかもわからない暴力
いつ牙を剥くかもわからない怒り
いつ現れるかもしれない理不尽
その全てが怖かった。
泣いても
誰も助けてはくれなかった
『………これ、初めて作ったの』
君が、君だけが
傷だらけで、迷子になっていた私に寄り添ってくれた。
その手にはおにぎりが握られていた。不格好で歪な形をしているそれを不安そうに私に差し出してくれた。
そういえば、あの日から白米が怖くなくなったんだったなぁ。
『……お姉ちゃん?』
君に初めて呼ばれたあの日。
最初は不安だったけど、どんどん明るくなって、成長していく君を見ていると嬉しくて
『守れるようになりたい』
そう言ってくれたよね。
【あなたなんて、産まなきゃよかった!!!】
母親から言われたあの言葉、深く心に残り続ける呪い。
君がいたから、私は
私は初めて生きていていいんだと
ここに居ていいんだと言われた気がしたんだ。
『会えなくて寂しかったから』
アクアとルビーを妊娠したとき、ずっと隠してきたのに君に見つかっちゃったよね
正直、彼のことを考えると出産することが怖かった。
だけど、キミに出会えたから
君が、私に
『これからどんな事があっても僕はお姉ちゃんが大好きだよ』
と言ってくれたから
『僕はね。いつかお姉ちゃんを支えてあげたいんだ』
君が私に希望をくれたから
私はこの子達の母親になりたいと思えたんだよ?
だから
だから今度は、私が君を救いたいんだよ
ーーーーーーーーーーーー
机の上で眠っている姉さんを、そっと寝室へと移動させる。彼女の顔が柔らかな眠りに包まれ、すっかりくつろいでいる様子に心を和ませながら、全ての衝撃を受け流すように慎重に動く。机の上で無防備に眠る彼女を起こさないよう、細心の注意を払いつつ、少しずつ抱き上げる。
部屋の灯りを落とし、静かな足取りで歩を進める。寝室のドアをそっと開け、暗がりの中を迷うことなく進む。ベッドの端に到達すると、姉さんを優しく寝かせる。布団を軽く引き寄せながら、姉さんの体を丁寧に整える。眠っている顔が安心した表情を浮かべ、深い眠りへと戻るのを見届ける。
「おやすみ、姉さん」
それだけを告げ、真珠は寝室を出た。部屋の鍵を持ち、部屋から出て、しっかり鍵が掛かっていることを確認する。
ポケットに入っていたスマホを取り出し、ある番号へと電話をかけた。
「今から部屋を出るので、護衛をお願いします」
電話の主から了承を得たことを確認すると、スマホを切り、深夜の静けさを破るように屋外へと歩を進める。
船のデッキに出ると、夜風が肌を撫で、遠くの波のさざめきが心地よい響きを届けてくる。しんとした海の上に、船の重厚な音がブォーンと鳴り響き、その振動が鼓膜を震わせる。船体がゆっくりと揺れるたびに、甲板に足を踏み出した瞬間の重さと共に、広がる視界には星々が煌めき、遠くの灯りが微かに光を放っている。
(…予選ってやつが終わったみたいだね。それにしてもーー殺る人も結構混じってるねぇ)
甲板から漂う微かな気配を感じ取りながら、通路を歩いていく。船内の様子に視線を移し、無数に溢れる色彩を注意深く読み解いていく。照明が淡く照らす通路の壁面に映る色合いは、静かに変化しながら目に映る。色とりどりの光が交錯する中で、彼はその一つ一つに込められた意味を探し出し、心の中での感覚を確かめながら読み解いていく。
(…あれ?この色って、ムテバさんも来てるのかな?関林さんもいるじゃん)
知り合いがいることで安心感が生まれる。各企業の闘技者を予測しやすく、何より手の内が分かっていることが真珠にとって大きなアドバンテージとなる。
海へと視線を移すと、真っ白に輝く月が、あと少しで満月を迎えるのだと静かに語りかけてくる。
〈予選が終了いたしました。2時より本戦説明が会食会場にて行われます。トーナメント出場企業の方………〉
アナウンスの音が船内へと響く。
「さて、頑張りますか」