僕は一般人です   作:~のほほん~

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襲撃

 

白い空間に私は静かに立っていた。

 

この夢を見るのは、これが初めてじゃない。薄曇りのような白さに包まれた空間が、どこか懐かしい。

まぁ、起きたらいつも忘れちゃうんだけどね

 

 

改めて私は周りを見渡す。

何も無い、果てしなく続く白い空間に、場違いなドラム缶テレビが一台ぽつんと置かれている。

 

そのテレビからは、映像が淡々と流れている。いつも同じ映像、いつも同じ無機質な音。私はその映像を見るのが嫌いだった。何度見ても、胸の奥に重苦しいものが押し寄せてくる。

 

 

そこには本来あったかもしれない未来が映っている。

 

 

お腹にナイフが刺さったまま、私はアクアを抱きしめていた。

 

嬉しそうに何かを伝えようとしているーーー今ならわかる、きっと「愛してる」と伝えられたんだろうなって

 

ルビーは扉の向こう側で嗚咽を漏らし、アクアも私の腕の中で涙をこぼしている。

 

そして、少し離れた場所では、真珠君がリョースケ君を殴り続けていた。怒りが彼の拳に込められ、何度も何度もリョースケ君の体を打ち据えている。その音が、静まり返った空間に鈍く響いていた。

 

何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も

 

 

 

 

その顔は、今までに見たことがないほど恐ろしく歪んでいた。

 

その声は、まるで獣のように凄まじく叫んでいて、多くの感情が混じり合った響きが空気を震わせる。

 

その瞳には、一度だけ見たことがある、底知れぬ憎悪と怒りが宿っていた。

それは、彼の心の奥深くから湧き上がる暗い感情であり、かつて垣間見たことのある、冷徹で破壊的な力を秘めた瞳。

 

 

 

 

止めなきゃいけないのに体は動かなくて

 

 

テレビ越しで何もできない自分が情けなくて

 

 

 

「真珠君!!!!」

 

 

 

私は呼びかけることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動きが止まる。

 

もう息をしていない私に近づいて、彼は何かを呟く。声が震えていて、言葉の意味は掴めないけれど、その響きに込められた感情が痛いほど伝わってくる。

 

彼の両眼は、先ほどまでの昏い瞳ではない。

一切の光を通さぬほど真っ黒に染まっていた。まるで魂が抜け落ちたかのような、深淵そのもののような瞳が、静かに見下ろしている。

その視線には、優しさも、暖かさも、かつての彼の面影はどこにも残っていなかった。

 

 

これは夢だ

 

あったかもしれない未来

 

この先がどうなってるかはわからない

 

だけど、こんな顔はみたくなかった

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

時刻は午前2時30分。夜の帳が深く降りた頃。

 

豪華客船の一角に広がる会場は、まさにその名にふさわしい輝きを放っていた。高級スーツに身を包んだ紳士たち、優雅なドレスを纏った淑女たちが、煌めく時計やジュエリーを身に着け、会場には華やかな活気が満ちている。

 

そんな会場の端のほうに真珠は立っていた。

 

「どう思う?」

 

「どう思う?と申されるのはさっきの件ですか?」

 

その隣には、今回の雇用主である柏木渚が静かに佇んでいた。

 

黒いドレスを纏った彼女は、その姿勢と佇まいから、まさに令嬢の名にふさわしい気品を漂わせている。ドレスの滑らかなラインが、彼女の洗練された美しさを引き立て、周囲の喧騒の中でも、彼女の存在感は際立っていた。

 

 

深夜とも言えるこの時間に、二人がここにいる理由は少し前に遡る。

 

絶命トーナメント本戦説明が行われた。

本戦出場が確定しているのは28社、予選からの出場は4社。つまり32社が今トーナメントに出場することになったらしい。

 

片原会長曰く、27時間後にトーナメント会場である島に到着し、到着後に闘技者登録が行われるということ。

また、闘技者同士の私闘を禁じるというものだった。

 

「そうですね。私もあまり詳しくはありませんが、怪しい(・・・)とは思いますよ。ワザと(・・・)じゃないでしょうか?」

 

「片原会長ならそうだろうね。悪戯好きだし」

 

「これを悪戯として片付けるのはどうなんですか?」

 

呆れたようにそう返答する柏木に苦笑で返す。

 

「さて、私は部屋に戻りますが、あなたは?」

 

「少し挨拶をしてから戻るよ。それにまだ約束が守れてないしね」

 

「……あれは冗談で言ったのですが、可能なんですか?」

 

「任せといて。予想が正しければ、あの人が絶対に動くから。それよりも例の件の準備はできてる?」

 

「はい。一応準備はしてきましたけど、本当に必要になりますか?」

 

「多分ね」

 

「あなたの多分は、本当に当たるから怖いんですよ」

 

「そんなことないさ。外れることもあるよ。それじゃあ、後は手筈通りにいこうか」

 

「……ご武運を」

 

「あ、そうだ柏木」

 

「なんですか?」

 

「そのドレスよく似合っているよ」

 

「ふふっ、ありがとうございます。本当に変わりませんね、あなたは。」

 

柏木が離れたことを確認し、真珠も視線を動かす。会場には全闘技者というわけではないが、参加者の多くが顔を出しているのだろう。伺うような視線や色を感じる。

 

(…僕なんかに注目しても、何にもでないんだけどね……ってあれ?)

 

その人物とは初対面だった。

だが、その歩法には見覚えが強く、いや、見間違えるはずがない。だって、その重心の動きはーーー師匠であった丸山龍と同じなのだから。

 

「斎藤真珠だな」

 

ゾワッ!!!!!!!!!!!

その男が言葉を発した瞬間、真珠の思考は強制的に臨戦態勢へと切り替わった。

 

身体全体が警戒心で引き締まり、瞬時に指先にまで意識を集中させる。全身の筋肉がいつでも動けるよう準備し、心拍が高鳴るのを感じながら、周囲の状況と相手の動きを分析し始める。その漢と真珠の間の空気だけが一気に張り詰め、緊迫感が場を支配する中、真珠は一瞬たりとも油断せず、次の行動を見極めていた。

 

「ふむ、良い判断力だ。これが龍の弟子か。」

 

「……師匠をご存知なんですか?」

 

「あぁ、古い付き合いでな」

 

隙がない

 

「一つ問う」

 

背中に嫌な汗が伝う

 

「二年前、丸山龍が姿を消した」

 

殺意にも近い。強大な圧が全身にのしかかる。

 

「何か知っているか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「丸山さん………いえ、師匠は亡くなりました」

 

「そうか」

 

その一言が発せられると、彼はまるで興味を失ったかのようにすぐさま去っていった。会場の喧騒は、急に遠くの音のように感じられ、音が次第に消え入るような感覚に包まれた。徐々に臨戦態勢を解除していく。

 

喧騒はもとに戻り、視野が広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが黒木玄斎との初邂逅となった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「おい、兄さん。これどうするんだよ」

 

「アクア?母さんをこれとか言っちゃだめだよ?」

 

「それ、今のミヤコさんを見ても言えるのが凄いよ」

 

「……?」

 

「いや、なんで心当たりがなさそうなんだよ」

 

 

 

 

 

時刻は18時

日が明ける頃には『決戦の地』へと到着する。

 

姉さんの機嫌もすっかり直り、アクアとルビーを交えて船内で楽しい時間を過ごすことができた。ルビーも友達と再会できたおかげで、最初の緊張もすっかり解け、楽しく過ごせている様子で、こちらも安心している。

 

アクアは初めてのカジノで無双し、大人の楽しみを覚え、ルビーは友達と会って、船内のプールで遊んでいた。

もちろん二人のかわいい写真はしっかり収めている。

 

あ、ちなみにアクアに近づく女性は母さんと姉さんが排除し、ルビーとその友達に近づく変態共は僕が一蹴した。

 

母さんと姉さんも色んな男に言い寄られていたので、排除………引き剥がしたり。

そういえば、一人だけやけに強い人がいたな。もしかしたら闘技者だったのかも。

 

 

そんなこんなで、長い船旅も終わりを迎えようとしている。

 

 

そう楽しく

 

「………あなたのこと、信じるんじゃなかったわ」

 

ソファの上から、今にも消え入りそうな声がこちらに向けられる。

 

そう、母さんだけは今、まるで灰と化していた。その姿はその場に溶け込むように淡く、体力も気力も尽き果てた様子がありありと感じられる。まるでこの空間の一部になってしまったかのように、その存在がぼんやりと消えかけていた。

 

「…酷いよ、母さん」

 

「何で……何であなたの知り合いはあんな大物ばっかりなのよ!」

 

急にソファから立ち上がったと思ったら、襟首を掴まれ、激しく首を振り回される。

あぁ、母さんがまた怒ってるぅぅ

 

「私でも知ってる企業の社長ばっかりだし!!それに、前からムジテレビさんからはよく声がかかるとは思っていたけど、まさか会長と知り合いなんて思わないでしょぉぉぉ」

 

泣き出しそうな勢いで、母さんから詰められてしまう。

その圧力に圧倒されるが、目には涙が溜まっている母さんの姿を見ると、その心労が伺える。

 

「心臓がいくつあっても足りなかったわよ!」

 

母さんは片原会長やムジテレビの熱海さん、アンダーマウント社の太田さんなどから挨拶をされ続け、緊張と現実感のなさから灰になってしまった。

 

「僕からすると近所のおじちゃんだけどね」

 

「兄さんの感覚がバグってんのは知ってたけど、これは流石に引くわ」

 

「真珠お兄ちゃん、ヤバいね」

 

「あなたに常識を求めたのが悪かったわ」

 

「あははは、流石、真珠君!すごいね!」

 

「アイ、甘やかさないで」

 

姉さんは少しお高めのアイスを食べながら笑っている。母さんは嗜めるように注意するが、何処か嬉しそうに見える。

 

「隠してたのは本当にごめんなさい」

 

「…はぁ、怒ってはいないわよ。名刺も交換できたし、仕事も斡旋してくださるそうだしね」

 

「ほっ」

 

「だけど、これ以上は本当に無理。少なくても今日は本当に無理」

 

母さんはふらふらしながらソファへと戻る。

あぁ、こんな状態の母さんを巻き込むのは本当に申し訳ないな。

 

「あ、あのぉ、お母様」

 

「いやよ」

 

「断るのはやっ」

 

「だって絶対面倒事じゃない。あなたのその顔を何度見てきたと思っているのよ。なに?私の胃になにか恨みでもあるの?」

 

「な、ないよ!?」

 

あぁ、母さんが般若のようになってる。

 

「まぁまぁ、ミヤコさん。真珠君が変わっているのは置いておいて、お腹空いたしご飯食べに行こうよ」

 

「姉さん、せめてフォローしてよ」

 

「え?フォローできるところあるの?」

 

「ぐっ」

 

姉さんからの悪気のない言葉のボディーブローが突き刺さるが、母さんからはスルーされてしまう。アクアとルビーは相変わらず、何を食べに行くかを相談している。

 

「アイさんの言う通りね。みんなも揃ってるし、行きましょうか」

 

あーあ、言いそびれちゃった。

まぁ、レストランに向かうまでに遭遇するかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(案の定というか)

 

船内の静かな廊下を歩いていると、背後から不吉な気配が漂ってくる。船の構造から生まれる独特の響きが、重厚な静寂をさらに強調する。真珠は即座にその気配を察知し、反射的に身を翻した。

 

「なるほど、兄さんが言おうとしてたのはこういうことか(・・・・・・・)

 

「ん?」

 

「どうした、お兄ちゃん?」

 

アクアの呟きに、みんなが一斉に反応する。流石はアクアだ。プロ相手に一瞬で察知するなんて、アクアの直感力には驚かされる。本当に頼もしい弟に育ってくれたものだ。

 

「アクア、みんなを連れて少し下がってて」

 

アクアはその言葉だけで理解したようで、みんなを連れて後ろへと下がる。

 

「真珠お兄ちゃん?」

 

「ルビー、ちゃんとアクアの後ろにいるんだよ?」

 

ルビーが心配そうに声を上げる。

 

「おい、見つけたぞ」

 

「ったく、ようやく部屋から出てきやがったか」

 

「さっさと片付けよう」

 

それぞれが手に武器を持ち、余裕を感じさせる姿勢を見せていた。どの動きにも自信が溢れ、まるで彼ら自身がこの場の支配者であるかのような雰囲気が漂っている。武器が光を反射し、その鋭さが一層際立つ中、彼らの冷静な目つきが緊張感をさらに引き立てていた。

 

(へぇ~、殺れる側の人間を寄越してくるなんて、相当本気だね)

 

「ちょ、ちょっと真珠!これはどういうこと?」

 

「さっきも言おうとしたんだけどね?これは代理戦争なんだよ。企業同士のね。こういう裏工作も常套手段ってことなんだけど、早くも襲撃されちゃったみたいだね」

 

「…へー、日本は平和ボケしてる国って聞いたけど、お前みたいなやつもいるんだな」

 

「どうも。それで一応聞くけど、身を引く気はない?」

 

「あ?」

 

「まぁ、僕としては母さんたちにあまり危ないところは見せたくないんだ」

 

「舐めてんのか?」

 

「危機感が足りないんじゃないか?」

 

「はは、危機感?君たち相手に?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、ミヤコの視界から真珠の姿が消えた。いや、正確には、相手を含めた全員の視界から姿も気配も一瞬で消えた。この異常事態に三人組は警戒を最大にまで高める。周囲の空気が張り詰め、場の雰囲気が急激に冷え込む中、真珠の存在がまるで幻のように消失し、ただ緊張だけが残された。

 

「は?」

 

「どこ行っ「遅いね」っ!」

 

その言葉に反応し、男がナイフを握りしめ、斬りかかる刹那、真珠は一歩踏み込んだ。瞬時に手首を捉え、鋭くひねり上げる。男が痛みでナイフを放すその一瞬を逃さず、素早くナイフを奪い取った。

 

(バールとトンカチか)

 

仲間2人が同時に頭部を狙ってくることを把握し、奪ったナイフを一人の男に向けて投擲する。投擲したナイフは船内の床へと刺さり、男の動きが一瞬止まる。

 

その間に2人目に意識を集中させ、バールを振り下ろしてくると同時に、彼は腰を低く落とし、一瞬で懐に飛び込む。バールが空を切る音がするが、真珠はすでに相手の腹部目掛け肘を打ち込む。

 

「がはっ」

 

そのまま男の顎に一撃を叩き込む。その衝撃で男の身体は天井へと浮かび上がり、一瞬の間に気絶して地面に倒れ込む。

 

最後の男が緊張した面持ちでトンカチを構え直す。しかし真珠が動くのはそれよりも早かった。相手が態勢を整う前に攻め込む。

 

(馬鹿め!)

 

しかしそれは罠。

タイミングを合わせたようにトンカチが振るわれる。が左手で手首を狙って、掌底を当てる。

ゴキッという不快な音とともに骨が砕ける。

 

(なんつー力してんだ、こいつ!!!)

 

折れた男の手首を掴み、力強くねじり上げると、トンカチはあっさりと男の手を離れる。

それを右手で掴み直し、逃げようとするナイフの男の膝へと投擲する。

 

「ぐあ!」

 

脛骨が折れた音が響き、転倒する。

手首を掴んでいた男が抵抗し、逃れようとするが、逃さず三日月蹴りを入れ、沈黙させる。

 

この間、約15秒による決着。

 

船内に静寂が戻る。

 

 

「え?真珠君ってこんなに強いの?」

 

 

何処か引いたようなアイの声だけが船内を満たしていた。

そんな姉にVサインを作りながら、まだ意識のあるナイフの男に近づく。

 

 

 

そこにいるのは紛れもなく、義弟なのに

 

アイは嫌な予感がした

 

記憶にない不快感が全身覆う

 

それは既視感にも似た感覚

 

 

止めなければいけない

 

 

 

 

本能がそう訴えかけてくる。

 

 

 

「真「大丈夫」あ、アクア?」

 

止めに入ろうとする私をアクアが静止する。

 

「大丈夫。兄さんは強いから」

 

 

そうじゃない

 

そうじゃないんだよ、アクア

 

 

真珠君が真珠君じゃなくなっちゃう

 

 

 

「次はないですからね?」

 

 

 

それだけ告げ、真珠君はいつもの優しい笑みのまま戻って来る。

戻ってくるんだけど…

 

「いや、逆に怖いんだけど」

 

「……そういえばアイさんは見るの初めてだったわね」

 

「え?ミヤコさん初めてじゃないの?」

 

「えぇ、前にルビーが攫われたって勘違いしたときは、もっと酷かったわよ?」

 

「そういえばそんな事もあったねぇ」

 

「兄さんの闘ってるところみると普通に引くよね」

 

「場合によっては普通に犯罪だしね」

 

「…みんな酷くない?それにこれは正当防衛だからね?」

 

「いや、兄さんの実力でこれは過剰「正当防衛です!」はいはい」

 

いつもどおりの反応に安心する。

そこにはいつもの真珠君がいる。

 

なのに

 

「さて、やっぱりあの人が動き出したみたいだね」

 

ボソッと呟く彼の横顔は、今までに見たことがないほど真剣だった。激しい戦闘の後でも息を切らすことなく、ただ少し汗ばんだ肌が色っぽく光る。その姿が一層魅力的に映る。

 

襲撃された状況、そして先ほどまで感じていた得体の知れぬ不安感を考える余裕もないほど、彼の姿が心に焼きつく。この瞬間、感情が抑えきれなくなり、心の中で沸き上がる思いが止まらない。

 

(真珠君、かっこよぉぉぉぉぉぉぉ)

 

この感情が、どうしようもなく溢れてきた。

 

(え?なに、うちの義弟めちゃくちゃかっこいいんだけどぉぉぉぉ!!!幼かったのも良いけど、これはこれですごくカッコイィぃぃぃ)

 

星野アイはブラコンである。否、ブラコンであった。

この数年の間にブラコンの度合いは進化し、「真珠推し」なる単語を作るほどの猛者となっていた。

 

 

義弟全肯定の姉は今日も無敵である。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ふん!やはり無傷か」

 

モニターに視線を移しながら、速水は呟く。想定内のこととはいえ、無傷でいる様子を見ていると、腹立たしさが込み上げてくるのも確かだった。冷静さを装いつつも、心の中での苛立ちがにじみ出ていた。

 

「高い金を払ったにも関わらず、使えん奴らだ」

 

モニターに映し出された真珠一行を襲った三人組の映像が、突然暗転する。部屋は一瞬にして静寂に包まれ、残されたのはその場に立つ三人の男たちだけ。

 

「それであじろ水産、返事を聞こうか?」

 

「ほ、本当にこの男を倒せば漁港には手を出さないんだな!」

 

「あぁ、約束しよう」

 

「わ、わか「だが」っ!」

 

「分かっているだろうが、これが最後だ。予選で敗退した貴様たちに対する最後の温情であると知れ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…何か、姉さん上機嫌だね?」

 

「そりゃ、真珠君のかっこいいところも見れたからね」

 

「そっか???それはよかった?」

 

「兄さん、なんか注目されてるけど良いの?」

 

「まぁ、姉さんが嬉しそうだし。それに少なくても僕が近くにいる限りは近づいてこないでしょ」

 

姉さんから放たれる幸せオーラは、その魅力を上限突破させていた。その輝きは、周囲の空気さえも変えてしまうほどで、まるで彼女自身が幸福そのものの化身であるかのようだった。

 

それに加え、我が家の家族は、顔立ちがいい。もう一度言おう。顔がいいのだ。

 

母さんは言うまでもなく、アクアとルビーもまだ幼さが残るものの、確実に美少年、美少女へと成長している。どちらもその容姿には、誰もが目を奪われるほどの美しさが備わっており、その未来に期待が高まる。

 

そんな集団がいるのだ。関係を築こうと近づいてくる人間は多い。

特にこういったレストランでは注目されやすいため、いつもなら個室なのだが、生憎、ここには個室というものがない。

 

 

だが、彼らは知っている。

 

斎藤真珠の身内に手を出すことの危険性を

 

 

ーーーーだからこそ

 

 

この場に近づく漢の存在に一際目立った。

 

 

「お客さんか」

 

 

その言葉に家族が身構える。それに気が付かないフリをしながら席から立つ。

 

目の前に立つ漢を見据える。

屈強。その一言に尽きる。

 

彼の額にはハチマキが巻きつけられ、服から見える腕はまるで鉄のように剛い。そのつなぎから覗く腹部は、単に太っているわけではなく、筋肉を纏った立派なものであることが一目で分かる。彼の姿からは、圧倒的な力強さと経験の深さが感じられ、目を合わせるだけでその威圧感が伝わってくる。

 

 

 

「僕に用ですよね?」

 

「あぁ」

 

「お名前を聞いても?」

 

「……」

 

「答える気はないっと。じゃあ(はじ)めましょうか?」

 

「…聞かないのか?」

 

「えぇ、理由はなんとなく察します。同情もしていますが。ただ、ひとつだけ。

 

本気で来ないと死にますよ?」

 

 

その言葉だけで、目の前の男はしっかりと構える。油断していた様子が消え、彼の瞳には明確な敵として、僕の姿が映っている。

 

その変化に、僕は安心する。

 

 

だって、相手がその気なら、

 

 

僕も本気になれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!斎藤真珠が闘ってるってよ」

「急げ急げ」

「おい、賭けはまだか!」

「馬鹿野郎、こんな非公式な場所で賭けなんてあるわけ無いだろう」

 

 

賀露吉成は困惑した。

 

(何なのだ、この青年は!?)

 

斎藤真珠は拳願会では名を馳せている。無敗の戦績はもちろん、その唯一のフリー闘技者としての地位も相まって、若槻や加納に次いで、最多の勝利を収めている。

 

そのため、あじろ水産の社長、網代光臨丸は可能な限りのデータを集めた。直近の試合数は少ないものの、過去の豊富な試合経験から、その戦術や手の内を把握しようとしていた。

 

賀露も手を抜くつもりはなかった。まだ20歳と少しの青年が相手だとしても、

自らの命を賭けて守りたい漁港と家族のために、その生命を刈り取る覚悟で挑んでいた。

 

(なのに!なぜ、何故当たらない!)

 

賀露の猛攻を避け続ける真珠を見て、より一層焦りが生じる。

当たらない。当たらない。当たらない。

 

まるで来る場所が分かっているかのように、全ての攻撃が巧妙に避けられていく。真珠の動きには、無駄が一切なく、まるで予め計算されていたかのような正確さで反応している。

 

だが、賀露も強敵と戦い続けてきた

人ではない怪物たち

命と命をかけた戦いを

 

(ここだ!)

 

真珠のフットワークを読み切り放たれる下段蹴り。重厚な脚から放たれた蹴りは躱されるが、想定内であった。

賀露が狙っていたのは、真珠がバランスを崩すこの瞬間!!!!

 

そこへ全身全霊を込めたボディーブロー。

 

真珠の身体に直撃ーーーーしている。

 

なのに、なぜ

 

(なぜ!立っていられる!!)

 

賀露から放たれたボディーブロー。165kgから放たれるそれは常人であれば死んでいてもおかしくない。いくら闘技者であれど無傷などありえない。

 

 

だが、現実に、目の前に、まるで何事も無かったかのように、服の皺を伸ばす真珠の姿。

 

(ば、化け物め!!)

 

周囲にいる観客で、この状況を理解できているのは一部だ。

 

真珠を知る者。

 

闘技者。

 

そして敵対した者達。

 

 

 

「これくらいで十分かな?」

 

それが合図だった。

まるで散歩するかのように、こちらに近づく真珠に警戒心を高くする。

 

(殺るしかない!!!)

 

賀露は改めて決意した。

この化け物を倒すのではなく、殺す覚悟を。

 

 

賀露吉成から放たれるその一撃は、全身全霊を込めたものだった。これまで海に潜む化け物たちをも屠ってきたその力で、漁場を、家族を、守るために!

 

銛を撃つ動作そのままに、大上段から渾身の拳を振り下ろす。

 

その技の名は

 

「鯨葬」

 

完璧なタイミングで放たれたその一撃は、誰の目にも明らかだった。この体格差を前に、防ぐことは困難であると。

拳が空気を切り裂き、まさに絶望的な威力を持って真珠に迫る。

 

ミヤコは焦りと共に「避けて!」と叫び、声が切羽詰まる。

その目には、真珠の無事を願う焦燥が浮かぶ。

 

アイは心から祈るように、信じる気持ちを込めてその場に立ち尽くす。

 

アクアはその結果を既に知っているかのように、表情に決意と覚悟を浮かべながら、静かに見守る。

 

ルビーは心配そうに見つめるが、それが当然であるかのように、心の中では何も驚かず、状況を見守る。

 

 

 

 

 

 

ぽすん

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

賀露の口から腑抜けた言葉が漏れる。

信じられないものを見るかのように。

 

この事実を受け止められずにいた。

 

(左手だけでだと?)

 

体重差は明確。

いくら強敵といえども、準備もしていない相手に挑んだのだ。勝算はあった。

そのはずなのにーーー

 

 

斎藤真珠を前にして思考を停止させるのは敗北を認めたようなものであった。

 

ズドン。

 

まるで大砲に撃ち抜かれたかのような衝撃が、賀露の全身を貫いた。衝撃波と共に、激痛が四肢を襲い、身体が震える。目の前が一瞬、霞む中で、力の入らない膝が折れ、ついには地面に跪く。息を呑むほどの衝撃が、全ての力を奪い去っていった。

 

(な、何が)

 

「うん、この高さなら打ちやすい」

 

賀露が反応するよりも早く、斎藤真珠の手が一連の攻撃を放つ。

右こめかみ、左レバー、右顎と三連続で打ち込まれる。その圧倒的なスピードと正確さに、痛みを感じる暇もなく、165kgの巨体が重力に逆らうことなく地面に倒れ伏す。衝撃と痛みが一気に襲いかかり、意識が遠のいていく。

 

 

朦朧とする意識の中、賀露は後悔した。

 

この漢を殺るには、初めから

 

 

 

いや、初めから彼はーーーーー

 

 

「本気で来ないと死にますよ?」

 

 

あれは強さからくる慢心でもなく、油断からくる言葉ではなかった。

 

初めから敵として認識されていても、脅威としては認識されていなかった。

 

 

その事実として奴は完全に急所を狙っていた。

 

 

(勝てぬはずだ。覚悟を決めて戦う者と、既に殺すつもりで生きている者との差か。)

 

それは常人では超えられぬ壁

 

圧倒的な差、覚悟の深さがすべてを物語る

 

相手の持つ冷徹な意志と揺るぎない覚悟が

 

相手の存在全てを否定できる非情さが

 

いかなる努力や準備をも超越する。

 

(こ..れ....が【超越者】か)

 

 

賀露辛うじて繋いでいた意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず化け物だな」

 

「俄然やる気が湧いてくるぜぇぇぇぇ」

 

「クカカ、鈍ってねぇみてぇだなぁ」

 

 

 

近くで見ていた闘技者達は斎藤真珠への認識を改める。

 

そしてこの会場にいる者たちは淡い期待を持つ。

 

 

滅堂の牙を倒せる者が現れたと

 

 

 

 

 

真珠は上階でこちらを伺う者たちに宣戦布告の言葉を投げかける。

 

 

「かかってこい」

 

 

 

 

 

 

本戦開始まで残り3時間。

 

 

決戦が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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