夕食まで、あと三十分。英先生との「記録つきの夕食」が始まる前に、どうしても済ませておきたいことがあった。
部屋の窓際に腰を下ろして、スマホの画面を点ける。
『真珠くん励まそうの会』
藤原さんが勝手につけた、ふざけた名前のグループ。未読の数字が、三桁を超えていた。
昨日の報道から、ずっとこうだ。藤原さんの絵文字だらけの連投。石上の短い『先輩、生きてます?』。龍珠さんの『……』だけのメッセージ。その合間に、白銀とかぐやさんの言葉が埋もれている。
――『斉藤。ニュースを見た。俺にできることがあれば、何でも言ってくれ。お前が一人で抱え込むところは、もう見たくない』
――『斉藤くん。私にできることがあれば、どうか遠慮なさらずに。あなたは……すぐに一人で背負い込む方ですから』
全部、読んだ。読んで、返事をしなかった。指が、入力欄の上で止まる。
『大丈夫』
打って、消した。
『ありがとう。心配かけてごめん』
打って、また消した。
(……違う)
昨日の朝、僕はこの画面を伏せた。全部が終わって、自分の口でちゃんと話せるようになるまでは、まだ頼るわけにはいかない。そう思って。
でも。――一人じゃ守りきれないものは、ちゃんと人に頼むことにしたんだ。
昨日、アクアにそう言ったのは、僕自身だ。だったら、隠し事のほうを、やめればいい。息を吸う。
『助けてほしい』
送信した。たった六文字。それを打つのに、闘技場に立つよりずっと指が震えた。
既読の数字が、跳ねた。一。四。九。――あっという間に、グループの人数と並んだ。
帝と、眞妃さんの分も入っている。今は自由にスマホを触ることさえ難しいはずの二人。返事は、来ない。来られない。それでも、確かに読んでくれた。胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
次の瞬間、通知が雪崩みたいに押し寄せた。
『斉藤くん!!!!!』『相棒の一大事と聞いて! 名探偵チカ、ただいま出動です!!』
『柏木造船は、とっくにあなたの側ですよ。今さら何を遠慮しているんですか』
『……遅い』
自称名探偵の、感嘆符だらけの二連投。柏木さんの、雇い主らしい一言。龍珠さんの、たった二文字。その下に、通話には来られない人たちの言葉が、ぽつぽつと並んでいく。
大仏さんの、猫が親指を立てたスタンプ。
子安先輩の『ファイト!』。
圭ちゃんの『兄がうるさいので、早く返事してあげてください』。
翼の『僕にできることがあったら、何でも言ってね』。……みんな、ずっと待っていてくれたんだ。
最後に、着信が鳴った。白銀からの、グループ通話。
『――やっと言ったな』
画面に、見慣れた鋭い目つきが映った。目の下に、くっきりと隈ができている。背景は、薄暗い寮の一室。海の向こう、スタンフォードだ。
「白銀……そっち、今何時?」
『夜中の三時だ。気にするな。どうせ寝られなかった』
白銀は、乱暴に前髪をかき上げた。
『二日だぞ、二日。お前からの「大丈夫」の一言すら来ないから、生きた心地がしなかった』
「……ごめん」
『謝るな。……それに、こっちは準備だけはしてあった』
「準備?」
『お前が「助けて」って言ったときのためのプランだ。AからGまである。……どれも、お前が言わない限り使えない種類のやつだったがな』
画面が、次々に割れていく。二つ目は、どこか格式張った和室だった。背筋の伸びた、長い黒髪。後ろの棚には、使い込まれたカメラとレンズが几帳面に並んでいる。写真家を目指していると打ち明けられたのは、四宮四条戦争の後のことだ。去年に聞いたときはまだ駆け出しにもなっていない、と本人は笑っていたけれど。
『斉藤くん。ご無事で何よりです』
「かぐやさん」
いつもと同じ、柔らかな微笑み。けれど、視える色は、静かに燃える深い紅だった。……怒っている。たぶん、僕に。
『二日も既読のまま放っておかれたことについては、後でゆっくりお話ししましょうね』
「……はい」
人前でよかった、と少しだけ思った。二人きりだったら、きっと、もっと
『斉藤くーん! 生きてたー!』
三つ目の画面いっぱいに、藤原さんの顔が迫ってきた。目のまわりが、少しだけ赤い。
「……藤原さん、もしかして泣いてた?」
『泣いてないし! 花粉!』
「今、花粉の季節じゃないよね」
『うるさいなぁ。……もう。罰として、次のラーメンは斉藤くんの奢りだからね』
「……うん。分かった」
いつもの調子で返してくる藤原さんに、肩の力が少しだけ抜けた。四つ目は、大学の図書館の個室らしかった。石上の隣に、伊井野さんが肩を並べて座っている。……距離が、近い。
『うっす、真珠先輩。……生きてて、よかったっす』
口の悪さが、すっかり鳴りを潜めた声だった。
『ちょっと石上、挨拶くらいちゃんとしなさいよ。真珠先輩、ご無事で何よりです!』
『してんだろ、今』
『してない!』
伊井野さんが、ぐいっと画面に顔を寄せた。
『真珠先輩、聞いてください。こいつ、ニュースを見てから、ずーっとパソコンとにらめっこしてたんですよ。ろくにご飯も食べないで』
『おい、伊井野』
『ほら、目の下のクマ。すごいでしょ』
『……うっせーな。たまたまゲームで徹夜してただけだっつの』
石上は、そっぽを向いてぼそぼそと続けた。
『だいたい、先輩が既読スルーするからこうなるんすよ。……返事くらい、しろっての』
「……二人とも、相変わらずだね」
『あ、相変わらずじゃないです!』
伊井野さんの顔が、なぜか真っ赤になった。石上が、気まずそうに咳払いをする。
『……つーか、俺の話はいいんで。先輩の話、聞かせてください』
五つ目の画面は、真っ黒だった。カメラはオフのまま、声だけが聞こえる。
『……で?』
「龍珠さん」
『学校で付きまとわれたときから、ろくなことにならないって分かってた』
「その節は、本当に……」
『うるさい。……親父が、もう勝手に動いてる』
その後ろから、野太い声が割り込んできた。
『おう真珠ぉ! 聞こえてっかぁ! 水臭ぇじゃねぇか! うちの若ぇのは、もう全員お前の味方だぞ!』
『親父、黙ってて!』
思わず、笑ってしまった。六つ目は、見覚えのある南国の夜の窓だった。
『……まったく。雇い主に一番に相談しないなんて、いい度胸ですね』
「ごめん、柏木」
『そのことはもういいです。その代わり、勝ちなさい。あなたの願いのために。それが私たちの望みですから。それに柏木造船は斉藤真珠の側に立つと、父にはもう通してありますし』
最後に、明るい光が差し込む画面がつながった。石畳の坂道。遠くで鳴る、路面電車のベル。カフェのテラス席らしい。日本はもうすぐ夜なのに、向こうは朝だった。
金髪のサイドテールが、潮風に揺れていた。
『……どうも』
「早坂さん。……そこ、どこ?」
『リスボン』
『えー! いいなー! お土産!』
『旅の途中だから。……いいよ、続けて』
藤原さんのはしゃぎ声を、早坂さんは一言で切り捨てた。
僕は、話した。姉さんとアクアとルビーのこと。何年もかけて準備してきた公表の計画。速水会長に呼び出されて、家族の写真を突きつけられたこと。断ったこと。その結果が、昨日の報道だったこと。
それから、今の僕のことも。
「……今、僕は、前に話したあの場所にいる。明日も、そこに立つ」
一瞬で、何人かの顔つきが変わった。白銀が、ゆっくりと息を吐く。かぐやさんの睫毛が、かすかに震える。リスボンの早坂さんは、黙ってカップを置いた。柏木さんだけは、最初から知っている顔で、静かに目を伏せていた。
『……柏木から少し聞いている。どんな場所かってことは。』
白銀の声が、低くなった。
「うん」
『あの、場所って……?』
伊井野さんが、きょとんと首を傾げた。答えようとした僕より先に、石上が口を開いた。
『大会っすよ。先輩、ちょっとした大会に出てんの』
『大会? 何の?』
『……伊井野は、知らなくていいやつ』
『はぁ!? なにそれ!』
石上は、それ以上何も言わなかった。画面の向こうで、ほんの一瞬だけ、僕と目が合う。
(……そっか)
あの場所のことを、石上は伊井野さんに話していない。話さないと、自分で決めたんだ。僕は、小さく頷いた。
「――だから、僕は明日も闘う。勝たなきゃいけない。でも、それだけじゃ足りないんだ。闘技場の外で家族を守る手が、僕には足りない」
言い終えて、息を吐いた。沈黙。最初に口を開いたのは、白銀だった。
『……お前、それ全部、一人でやってたのか』
「……うん」
『高校の頃から?』
「その前から、かな」
白銀が、額に手を当てて天井を仰いだ。
『馬鹿だろ、お前』
「よく言われる」
『言っとくが、褒めてないぞ?』
白銀は、眉間を指で押さえたまま続けた。
『……で。そもそも速水は、なんでそこまでお前を目の敵にする』
少しだけ、迷った。でも、今日は隠し事をやめると決めたんだ。
「……昔、父さんがいなくなって、苺プロが潰れかけたことがあったんだ」
『ああ』
「あのとき、うちを潰そうとしてた事務所があった。その後ろで糸を引いてたのが、東洋電力。……速水会長だった」
画面の向こうで、何人かが息を呑む気配がした。
「だから、僕は決めたんだ。あの場所で、東洋電力の息がかかった相手を、片っ端から倒すって」
『……どれくらい』
「四年」
『四年か』
白銀が、同じ言葉を繰り返した。
「向こうからすれば、相当、目障りだったと思う。だから今回のは、たぶん――僕への仕返しなんだ。僕に一番効く場所を、ちゃんと分かってる」
家族。言葉にしなかったその単語が、通話の中に重く沈んだ。
『……それだけじゃないよ』
早坂さんが、ぽつりと言った。
『四条家が東洋電力に付いたのも、四宮を潰すため。三年前に斉藤くんが変えた四宮と四条の、両方に、あの男は手を伸ばしてる』
『つまり』
かぐやさんが、静かに目を細めた。
『東洋電力は、最初から私たちの敵でもある、ということね』
石上が、ぼそりと言った。
『……真珠先輩らしいっすね』
『石上、言い方』
『褒めてんだよ』
石上は、画面から少しだけ目を逸らした。
『俺が腐ってたとき、引っ張り上げてくれたのは会長っすけど。……そのあと、怖くても一歩前に出ろって教えてくれたのは、先輩なんで』
「石上……」
『だから、今度は俺らの番っすよ』
かぐやさんが、小さく息を吐いた。
『斉藤くん。三年前、あなたは私たちのために、四宮を相手に拳を握ってくださいました。……あのときのことを、私たちが忘れたとでも思っていましたか』
「……でも、みんなを巻き込むのは」
『巻き込まれたつもりはないけど』
淡々とした声が、割って入った。早坂さんだった。
『四宮にいた頃から、東洋電力は洗ってたから。四条家があっちに付いたときからね。そのときの伝手が、まだいくつか生きてる』
さらりと、とんでもないことを言う。
「……ありがとう、早坂さん」
『お礼なら、かぐやに』
いつも通りの、温度のない声。けれど、一拍おいて――画面の中の早坂さんが、ふいと目を逸らした。
『……っていうのは、建前』
『覚えてる? かぐやと友達になるかどうかで、斉藤くんと散々言い合ったこと。私は、友達なんて仕事の延長でしかないって言った。斉藤くんは、大事な人のために動けるのは幸せなことだって、一歩も引かなかった』
『そう言った本人が、かぐやを助けるために、本当に全部賭けて四宮に殴り込んできた。中の連中も、憂国連盟も――私じゃ手も足も出なかった化け物たちを、まとめて相手にして』
『……そんなの見せられて、今さら放っておけるわけないじゃん』
早口だった。視える色が、一瞬だけ、照れたみたいに淡く滲む。かぐやさんが、くすりと笑った。
『愛さん。素が出てるわよ』
『……出てない。以上。続けるよ』
何事もなかったみたいに、早坂さんは無表情に戻った。それから、思い出したように付け足す。
『……あと。苺プロって、人、足りてる?』
「え?いや、どうかな?一応募集してはいるけど?」
『ふーん』
――よし。白銀が、パン、と手を打った。画面越しでも、空気が変わったのが分かった。生徒会長だった頃と同じ、盤面を上から見下ろす目。
『最初に言っとく。俺たちは、お前が闘ってる場所のことを何も知らない。だから、そっちには口を出せない。……できるのは、外の盤面だけだ』
『今、動かせる駒を全部並べる。誰に、何を頼れるのか。それを、お前に渡す』
『石上』
『うっす。炎上に乗っかって誹謗中傷してるアカウント、片っ端から洗ってます。最初の一時間で、ほぼ同じ文面が三百件くらい同時に湧いてて。作ったばっかのやつとか、普段は投資の話しかしてないやつとか』
カタカタと、キーボードの音がする。
『で、そいつらの一部、前に東洋電力の料金値上げで叩かれてたときにも、まったく同じ動きしてるんすよ。擁護する側で』
「……それって」
『燃やされてるんすよ、先輩んち。誰かが、ずっと薪くべてる』
胸の奥で、何かが冷たく沈んだ。
『伊井野』
『石上が洗い出したアカウントは、私が一件ずつ証拠として固めます。名誉毀損と、業務妨害。……お金をもらってやってたなら、なおさら逃がしません』
『こえーよ』
『当然でしょ! ……その代わり、石上の調べ方が合法の範囲だったらの話だけど』
『公開されてる情報しか見てねぇよ。……たぶん』
『たぶん!?』
伊井野さんが石上の肩を掴んで揺さぶる。石上は面倒くさそうに首を振って、それでもキーボードから手を離さなかった。
『藤原』
『ふっふっふ……この事件、名探偵チカには、もう全部お見通しです!』
藤原さんが、ずびしっと画面を指さした。
『犯人は――ズバリ、東洋電力の偉い人!』
『知ってる』『知ってます』『知ってるっす』
白銀と伊井野さんと石上の声が、きれいに揃った。
『むー! みんな冷たい!』
頬を膨らませてから、藤原さんは、ふっと声の調子を落とした。
『……じゃあ、ここからは真面目な話。うちのお父様、こういうの得意なんだよね。官庁とか、国会とか。ちょっとだけ、お話ししてもらう』
『藤原。お前の「ちょっと」は信用できない』
『いいの。相棒の一大事だもん。ちょっとじゃ済ませないよ』
迷探偵の推理は、相変わらず外れる。でも、最後の一手だけは、昔から外したことがない。
『龍珠』
『……東洋電力が昔、裏に回してた汚れ仕事。その現場にいた連中を、親父が押さえてる。表で喋れる奴だけ選んで、まともな記者に繋ぐこともできるってよ』
『任せとけぇ、真珠ぉ! 今度一杯付き合えよぉ!』
『親父!うるさいって!!』
『柏木』
『そっちの世界のことは、私が引き受けますよ。あなたは試合のことだけ考えてください』
『早坂。さっきのやつを』
『ん』
早坂さんが、手元のタブレットを画面に向けた。
『東洋電力の海外事業。タイ、ベトナム、インドネシア、フィリピン。アジアだけじゃなくて、中東とアフリカの発電所の案件も。どれも、入札額と実際の資材調達の記録が合わない。差額は、いくつものペーパーカンパニーを経由して消えてる』
「そんなに……」
『中でも、一番ひどいのがタイ』
早坂さんの声が、わずかに低くなった。
『王室系の財団が出資してる送電網の案件。そこから消えたお金の一部が、タイ国内の過激派組織に流れてる形跡がある。確度はまだ七割。でも、送金の経路と、組織の拠点の目星はついてる』
息を、呑んだ。王室のお金を抜いて、その王室に牙を剥く連中に流している。もしそれが本当なら――
『正直に言う』
白銀が、腕を組んだ。
『これは、デカすぎる。国の数だけ、持ち込む先がある。どこから崩せば一番効くのか、俺には読み切れない』
頭の中で、何かが繋がった。この島には今、いろんな国の偉い人たちが集まっている。首相も、王族も。……そして、その中に一人、この情報を誰より欲しがる人がいる。
「……いるよ。この島に。いろんな国の、偉い人たちが。首相だって何人も来てる」
『……本気か』
「うん。それに、その中で一番、これを欲しがる人も」
『……誰だ』
「タイの王子様。ラルマー殿下。……明日、僕が闘う相手の、本当の雇い主って感じかな?」
画面の向こうで、白銀が目を見開いた。それから、くつくつと喉の奥で笑った。
『皮肉な話だな。……なら、最初の一手はそこだ。残りの国は――』
「勝ってから。一つずつ」
『……ああ。どっちにしろ、お前にしか打てない手だ』
白銀は、そこで一度、言葉を切った。
『ただし、一つだけ釘を刺しとく』
「うん」
『東洋電力は、潰すな』
「……え?」
『あれは、この国そのものだ。会社ごと沈めたら、明日から困るのは普通の人たちだ。海外の信用だって、日本ごと落ちる』
白銀の目が、鋭くなる。
『潰すのは、速水と、その周りだけでいい。そうじゃないと財政界や外交官まで敵に回りかねない』
『外国に暴かれる前に、日本が自分で膿を出すってシナリオにする』
早坂さんが、淡々と引き取った。
『そういう形にしないと、日本ごと叩かれるからね。……国の側から先に動ける人間がいれば、話は別だけど』
画面の中の視線が、自然と一か所に集まった。
『……え、私?』
藤原さんが、きょとんと自分を指さす。正確には、藤原さんの後ろにいる人だ。政界の真ん中に、長く座り続けている人。
「……だったら、手柄は全部、藤原さんのお父さんにあげようよ。そのほうが、藤原さんちも動きやすいでしょ」
『え、いいの? 』
「いいよ。一般人には、荷が重いよ」
――沈黙。最初に口を開いたのは、真っ黒な画面だった。
『……は? うちに乗り込んでくる一般人が、どこにいんだよ』
『修学旅行の京都で、絡んできた他校の不良たちを一瞬で黙らせたのは、どこの一般人だったかしら』
柏木さんが、にっこりと続ける。
『奉心祭で暴れた来場者を、誰にも気づかれないうちに外へ連れ出していたのも、確か一般人でしたね』
『どこの世界に、四宮と四条の問題に首を突っ込む一般人がいるんですか?』
早坂さんまで、わざとらしいくらい丁寧な口調で追い打ちをかけてきた。
『先輩、そのジョーク面白くないっすね』
石上が、心底呆れた顔で言った。
『……あ、もしかして一般人じゃなくて、逸般人ですか? それなら納得です』
『石上、それ上手いこと言ったつもり?』
『つもりじゃなくて、言ったんだよ』
散々な言われようだった。
「……みんな、ひどくない?」
『ひどくない』
白銀とかぐやさんの声が、きれいに揃った。画面の向こうで、藤原さんがお腹を抱えて笑っていた。笑いすぎて、目尻に涙まで浮かべている。
『あはは……もう、そういうとこだよ、相棒』
それから、ふっと真面目な顔に戻る。
『分かった。お父様には、国として東洋電力の不正を徹底的に調べるって、ちゃんと言ってもらう。手柄は、全部うちが預かるね』
『……決まりだな』
白銀が、小さく頷いた。
『いいか、斉藤。弾は、全部込めておく。でも、引き金を引くタイミングは、俺には分からない。お前のいる場所のことは、お前にしか分からないからな』
一拍。
『撃つときは、お前が決めろ』
「……明日」
自然に、言葉が出ていた。
「明日、試合が終わったら。そのときに」
『そこは勝ったらって言えよ』
ふっ、と少しだけ笑ってから白銀が、画面越しに、真っ直ぐ僕を見た。
『勝てよ』
その一言に、どんな励ましより重いものが乗っていた。
「勝つよ」
かぐやさんが、ふっと目を細めた。
『四宮のほうは、私が引き受けます。……少し、考えがありますので』
「考え?って。それよりかぐやさんはもう四宮とかかわらないほうがいいんじゃ」
「ふふ、お友だちのピンチを助けなくては私が私を誇れないでしょ?それにーー」
『明日になれば、分かりますよ』
含みのある笑みだった。視える紅が、ほんの少しだけ、悪戯っぽく揺れた気がした。
『あ、真珠先輩』
石上が、ヘッドセットの位置を直しながら言った。
『全部終わったら、スマブラ付き合ってくださいね。最近、オンラインで相手いなくて』
「……いいよ。ボコボコにしてあげる」
『言いましたね。録画しときますからね』
『石上、その前に課題!』
『ラーメンが先だからね、斉藤くん!』
白銀が、呆れたように笑った。それから、少しだけ真面目な顔になる。
『斉藤』
「うん」
『礼は、全部終わってから聞く。だから、今は一個だけ覚えとけ』
画面が、少しだけ滲んだ。……まだ、目に海水が残っていたのかもしれない。
「……うん」
通話が切れたあとも、しばらく、グループの画面を見つめていた。『助けてほしい』の下で、既読の数字は、全員分のまま動かない。
帝。眞妃さん。今は声も出せない二人の分まで、そこにある。
……待ってて。必ず、そっちにも手を伸ばすから。
廊下の向こうから、英先生の弾んだ声が聞こえてくる。
「真珠少年、夕食の時間だよ! 今夜は記録用のノートを三冊用意してきたからね!」
……三冊。僕は小さく笑って、立ち上がった。