錆びた流星はまた昇る   作:小千小掘

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ちょっと文がだらけてしまいましたが、こういうときに妥協が役立ちます。


第8話

 恩を仇で返すなんて言葉があるが、例を出せと言われたら俺のことだと答えよう。

 この世界でそんな負い目を抱えちまったら、大抵償うことも、逃げることもできやしねぇ。

 だから、わからなくなっちまったんだ。自分が何をしたいのか、何を求めていたのか。

 ――自分の意味が、わからなくなった。

 

 

 朝を告げるアラームが鳴る。

 重い右腕を上げ、声にならない声を漏らしながらボタンを押した。

 嫌に頭が痛い。病気ではなく、精神的な不調だ。

 上体を起こす。それさえ億劫で、深い溜め息。

 見上げると、仄暗い天井に見守られている。

 とっくに見慣れた、面白くない天井だ。

 もう一度、――ゴードは意味もなく溜め息を逃がした。

 

「死にてぇ」

 

 

 

 レイヴン単体での傭兵稼業は、なおも続いている。

 今日は先日と同様、解放戦線から依頼されたBAWS第2工廠の調査に取り組んだ。壁で発見した情報ログに関連して、カメラへのジャミング妨害をしてくる所属不明機が印象的だった。

 あのような機能は滅多にお目にかかれない。心当たりはなかったものの、気掛かりだったウォルターは、ある友人に通信を繋げた。

 

「しばらくぶりだね、ウォルター。なかなか元気そうじゃないか」

 

 飄々とした物言いをするのは女性の声だ。ちょうど、ゴードと同じくらいな歳の。

 

「新しい強化人間を連れてるみたいだね。……何番だっけ?」

「621だ」

「そうそうそうだった。変わり者だって聞いてるが、()()()()には馴染めてるのかい?」

「……」

 

 何も返せない。不器用な反応で察した女性は、質問を変えた。

 

「617たちは、どうした?」

「仕事をしたさ。おかげでルビコンまでこぎつけた」

「……そうかい」

 

 少なからず面識のある、愉快な連中のことを思い出していたのだろう。わずかに、間があった。

 あの日、全員が大事なものを喪った。ウォルターも当然例外ではない。文字通り、()()を喪った。

 

「……てことは、あいつも?」

「彼は……彼だけが、生き残った。今は、再び拠り所を失ったところだ」

 

 安堵の息が聞こえた。しかし、決して喜べる状態ではないと知り、気持ちは晴れないようだ。

 

「今度、顔を合わせてやってくれないか? 少しは気休めになるはずだ」

「それは……どうしたもんかねぇ」

 

 きっとこのルビコンで、その機会は訪れるはずだ。相手には憂慮を我慢してもらい、本題に戻ろう。 

 

「新入りの様子は?」

「悪くはない。だが第4世代は不安定だ。周囲との接触は好い方向に働いているが、負荷は極力避けておきたい」

 

 身体は資本だ。今のところ精神面での心配はないが、肉体はひび割れたガラスのように脆い。一度壊せば、なかなか元には戻しにくい。

 次は、ウォルターが問う番だ。

 

「戦闘ログを送っておいた所属不明機については、何かわかりそうか?」

「解析途中だ。だがあの迷彩、どこかで見た記憶がある……」

「もしや、技研の遺産ということか? 以前もヘリアンサスとウィーヴィルの群れに取り憑かれた。この惑星は、何かがおかしい」

「窺うべきは企業と解放戦線だけじゃないってことか……。気を付けな。ウォルターも、()()()もね」

 

 今すぐの進展は難しいか。ウォルターは、最も大事な話題を切り出した。

 

「例の首尾はどうだ? カーラ」

「……友人の残した情報が見つかったよ」

 

 カーラと呼ばれた女性は、その場所を提示する。

 

「ウォッチポイントに、望みのものはある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第8話 ウォッチポイント襲撃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、ある友人からの私的な依頼だ」

 

 今回のブリーフィングは、いつもとは違う切り出しだった。

 違和感を一度無視して、レイヴンは聞き入る。

 

「ウォッチポイントと呼ばれる施設がある。地中に眠るコーラルの支脈を監視し、かつてはその流動制御も行っていた。――お前には、そこを襲撃してもらう」

「……! 正気か? 確かあそこは……」

「ああ。当該施設は、惑星封鎖機構のSGが警備に当たっている」

 

「血迷ったか!」机を叩き、ゴードが思わず立ち上がる。「単独で封鎖機構に喧嘩売る気だぁ? 前のヘリ単騎を笑えねぇぞ」

 

「企業も手出しを避けている。重要拠点でもない。そこまで可能性の低い賭けではないはずだ」

『封鎖機構って強いの?』

「先進技術を積んだ、所謂新型がうじゃうじゃいる組織だ。この惑星じゃ一番幅利かせてっから、兵力も十二分ある」

 

 今まで封鎖機構と正面から対峙したことはない。しかしゴードが言うなら、それほどの脅威なのだろう。

 

「目標は、センシングバルブの破壊」

『なんで?』

「……コーラルを探すために必要なことだ。詳しいことは、任務を終えた後にでも話そう」

『ウォルターの友人も、コーラル探してるんだ』

 

 どこかバツの悪そうなウォルター。ゴードはその理由に心当たりがあった。

 

「なあ、おいウォルター。こいつの依頼主って……」

「詳しいことは後だと言ったはずだ」

 

 カーラだ。あるいはウォルター自身。そう確信する。

 

「敵の警戒度は高くないとはいえ、索敵技術も企業を凌駕する。捕捉されずに辿り着くことは不可能と言っていい」

『じゃあどうすれば』

「全て消せ。証拠も目撃者も残さない。それが最良だ」

 

 努めて、ウォルターは無情に断言した。

 ゴードの言うように、封鎖機構に一介の独立傭兵が事を構えるのは自殺行為だ。顔と名前を覚えられでもしたら、コーラルどころではなくなってしまう。できる限り、向こうに握らせる情報は減らすべきだ。

 

「ブリーフィングは以上だ。621、出撃の準備をしろ」

『了解』

 

 621が自動操縦で部屋を出る。

 

「ウォルター、俺を出せ」

 

 唐突に、はっきりと、二人きりの空間でゴードが提案した。

 

「本当にやるってんなら妥協すんな。この際細かい事情は割り切って、戦力は全部投入すべきだ」

「……いや」逡巡させることはできたが、それまでだった。「お前は今回も待機だ」

「っ……ウォルター!」

「これまで証明されてきたはずだ。621は十分に働ける」

 

 威圧するように、ハンドラーは身体ごと彼を睨みかかった。

 対するゴードも歯ぎしりし、負けじと疑いの眼差しを通す。

 

「お前は621を信じてないのか?」

「何を焦ってる……? ハンドラー・ウォルター」

 

 かつてないほどの膠着。険悪な空気が、その重さで時を止めてしまったかのような。

 悪意ではない。互いに建前を突きつけ、互いにそれを理解しているせいで不快になる。それだけのこと。

 先にいなしたのは、ウォルターだった。

 

「……予定に変更はない。部屋に戻るか、一緒に見守るか。好きにしろ」

 

 各人の部屋にも一応のモニターはある。緊急時に互いの安否を即座に確認するためのものだ。ただし音質画質共に悪く、通信はできない。

 青年が決めるのを待たずに、ウォルターは通信室に向かった。

 突き刺すような視線も、意に介さずに。

 

 

 

『メインシステム、戦闘モード起動』

 

「さあ、621。仕事の時間だ」

 

 警備から程々に離れた地点に降下。帳の中を翔ける。

 躊躇せず一機の背後から、パルスブレードで一突き。爆散。

 こちらの存在に気付いた敵陣が通信を始める。今までの奇襲とは違い、大きく取り乱した様子は見られない。あくまで冷静に、事務的に、対処に入っている。

 

「コード15――」

「コード78、応援を要請。……これは!? 本部と繋がりません!」

「応援は来ない。殲滅しろ、621」

 

 ウォルターがいつの間にやら工作を済ませたらしい。ハンドラーとしての腕が感じられた。

 ゴードに影響され彼なりに不殺を心掛けている621だが、情をかけているつもりはない。今回は抹殺を命令されている以上、躊躇いなく殺戮を成し遂げていく。

 やがて、一帯が静かになった。

 ハンドラーに従い、次のエリアに進む。

 

「な、なんだこのACは……!? コード18、総員戦闘配備!」

 

 想定外の事態にようやくあからさまな動揺が見られた。しかし、これまた迅速な対応だ。挙句、先程からわけのわからない数字が飛び交う始末。

 ――歪だ。621はにわかに怯懦した。

 

「コード31C、被害甚大!」

 

 痛手になりそうなプラズマ大型砲台二基は先んじて仕留める。その後丁寧にMTを排除した。

 武装はパルスブレードを優先して使う。不測の事態に備え、少しでも弾数を節約をしたい。まあ、いつものことだが。

 

「マーカー情報を更新。指定する方向へ向かえ」

『コード621、了解』

「……奴らは名前を呼び合っているわけではない。俺たちには不要な掛け合いだ」

 

 最近お茶目になってきたか。良くない傾向かもしれない。

 段差を登ると、奥に円柱状の建物が現れた。

 

「見えるか。あるがウォッチポイントの制御センターだ。目標はその内部にある。侵入しろ」

 

 細々と伸びる橋を伝い、前進する。

 本作戦は初の夜間戦闘となる。少しでも事を有利に運べるために、LOADER4は漆黒で身を包み背景に溶け込んでいる。

 これで、名実ともにレイヴン(黒鴉)だ。

 その耳に、ノイズが届いた。

 

「――ウォッチポイントを襲撃するとは」

 

 反射的にスキャンを実行。足を止める。

 機体反応あり、センターの上だ。

 

「相変わらずだな……ハンドラー・ウォルター」

 

 黒を主体にわずかな紅白を盛り込んだ、毒々しいフォルム。やけに細い脚が不気味なACだ。

 そして……ウォルターの名を知っている、パイロットの声。

 

「また新しい犬を飼ったようだが、何度でも殺してやろう」

「貴様は……スッラ……!」

 

 発射したプラズマミサイルと共に下りてくるAC『エンタングル』。レイヴンは咄嗟に身を引き、臨戦態勢に入る。

 

「そこの犬、お前には同情するぞ。飼い主が違えば、もう少し長生きできたろうに」

『知り合い?』

「……C1-249、独立傭兵スッラ。第一世代強化人間の生き残りだ。心して掛かれ。さもなくば――」

「生死の瀬戸際で呑気に談笑とは、やはり変わらないなお前は」

 

 特徴的な見た目のパルスガンを流しながら突っ込んでくる。

 回避してバーストアサルトライフルを構えるが、

 

「……!?」

 

 消えた。そう思うと同時、背中から衝撃がかかる。

 

「今度の猟犬は目が悪いな。これなら自分の死を見ることもない……幸せなことだ」

『おれ、あんたより若いと思うけど』

「ふん、ユーモアは持ち合わせているときた。あどけない子供すら死地に投げ込む――野蛮だ」

 

 弾速の速いバズーカを喰らう。パルスガンの追撃を恐れて横に飛ぶと、何も無いはずの空間に爆発が発生した。

 これは……ロープに巻き付けた爆弾の時差爆発。動きを読まれた……?

 

「お前のせいで、また一匹死ぬぞ。一体何匹看取ることになるのだろうな、戦場の外から」

「貴様は……外道だ」

「言えた義理か。お前も死を、命を軽んじた一人だろう」

 

 目の前の飼い犬に用はないと言わんばかり、矛先がウォルターに向かう。返す言葉がないのは、それが事実なのだと、他でもない彼が認めているからだ。

 その脆弱な心に、容赦なく刃は突き立てられる。

 

「――617と20はどうした」

「……!」

「死んだか?」

『617? 20って』

「奴の言葉に構うな、集中しろっ」

 

 老兵が薄く笑った、気がした。獲物の弱点を見つけた蛇の、衰えを知らない六感。

 肉薄を試みるレイヴンに引き撃ちを浴びせながら、スッラは言う。

 

「お前、さては何も知らないな? 哀れな犬だ、血も涙もない飼い主に泳がされたまま死んでしまうとは」

『ウォルターのこと知ってるの? ウォルターの過去』

「耳を貸すな! すべきことを思い出せ、621」

 

 エンタングルの機動力の高さはともかく、スッラの卓越した操縦技術、加えて今行われているような心理戦によって、その動きが非常に読みづらい。

 特異なことはなく、毒が回るようにAPを削られ続け、その戦況はむしろ決定的な格差を浮き彫りにしていた。

 弾幕の回避を読まれ、もう何度目かわからない蹴り飛ばしを喰らう。

 

「……っ、……」

『教えろ』

「621!」

 

 問いかけずにはいられなかった。

 今まで知ることを諦めていたのは、聞いたら傷つけてしまう者ばかりだったからだ。しかし今目の前に、嬉々として語ろうとする者がいる。

 力を込められない音は、語彙だけで圧をかける。

 スタッガーはしていない。にも関わらずレイヴンは動きを止めた。パルスの熱によって焼け爛れた鉄の肌が、朧気に赫い。

 

「いいだろう。冥土の土産に教えてやる」

 

 開いた距離は埋まらない。スッラも同じように構えを解いた。

 戦意が沈んだのを感じ取る。しかし、ここに均衡はない。下手に動けば、逆にやられる。

 互いに黒。猟犬を喰らいかねない蛇は、少し煤けただけの機体から毒を吐いた。

 

「ハンドラー・ウォルターは…………()()()()()()()()()()()()()()()()

「……」

「無謀だとわかりきった作戦にアサインし、殺した。――それだけじゃない。お前よりずっと長く従順だった犬も、纏めて使い潰した。それが、悪名高きハンドラー・ウォルターの真実だ」

 

 友を、飼い犬を、殺した。ウォルターが。

 どんな作戦だったか、どんな人だったのか。いかなる質問も、突き付けられた重い現実によって頭から追い出される。

 そうして、心の中にストンと落ちた。

 

『そっか』

 

 ハンドラーの隠し事。それは、残酷な命令によって破滅させられた、野望の奴隷に対する原罪。

 

『そうだったんだ』

 

 暗に、いつか自分も同じ運命へと放り投げられることになると仄めかす非情。

 

『やっと、わかった』

 

 それを知って、621はようやく、胸のつっかえが取れるのを感じた。

 

『ウォルター』

「…………621、俺は」

『いいんだ。別に。だから』

 

 焦げた顔は、ゆっくりと上がり。辛うじて保たれる双眸は敵を睨む。

 

『帰ったら、ちゃんと教えてね』 

 

 氷が溶けていく。雲が晴れていく。

 そうだ。

 遮るものは、もう何もない――。

 

「……!」

 

 瞬間、スッラが大きく後退する。

 エンタングルのコアに、切り傷が入った。

 初めて、レイヴンが刻んだ痕跡。老兵が見落とした踏み込み。

 まぐれ、ではない。動きが変わった……。

 

「理解できんな。私の言ったことが信じられないか?」

『信じるよ』

 

 人の心を抉る時、最も深い傷をつけられるのは真実だから。

 

『でも、おれはあんたと戦う』

「命を尽くすほどの価値を、まだその男に見ているのか」

 

 621の意味は飼い主(ハンドラー)に握られている。彼に報いることこそ使命であり存在理由である。犬とはそういうものであると、スッラは疑っていなかった。だからその繫がり(リード)を引き千切ろうとした。

 しかし、誤解していた。

 

『信じれるかなんてどうでもいい』

 

 自分に意味を与えてくれた。ウォルターについては、その事実だけで事足りている。

 彼の過去を、隠されたものを知りたいと思ったのは、信じたかったからではない。ただ、己の枷を払いたかった。

 

『おれは、知りたかっただけだ』

「なら、なぜ闘う? 何がお前をそうさせる」

 

 少年を縛る鎖など最初からなかった。心の蟠りも消えた。あとは、悪意を持った目の前の敵を排除するだけ。

 初めからそう。いつだって621は、何よりもその激情と向き合ってきた。

 

『死にたくないから』

「……ほう」

『死ぬのはこわい。あんたに殺されるのは嫌だ。だから闘う』

 

 それはある意味、犬畜生らしい回答だった。単なる生存本能に従い、がむしゃらに戦場を駆ける原理。

 魂の発露が、ACに映る。

 

「く……っ」

 

 レイヴンは垂直ミサイルとデュアルミサイルを同時発射。動きを制限しライフルを当てる。

 リロードの間が好機と捉えたか、スッラは一歩前に入りパルスガンを放つ。

 当たらない。ブーストと身体の捻りを混ぜて紙一重で被弾を避けた。

 しかしENは有限。泳がされたところでバズーカの追撃。これはパルスブレードによって両断され、レイヴンの背後で施設に着弾した。

 整ったレイヴンがアサルトブースト。誘導の強いプラズマミサイルが迎え撃つが勢いは止まらない、隙間を縫って接近した。

 ――ブレードは冷却中なはず。

 重い一撃は来ない。そう踏んだスッラだが、

 

「何……!?」

 

 腰を抱えるように突進。さすがに体制を崩したエンタングルの上に覆い被さった。

 憎しみも愉悦もない、純然たる暴力を振るう。頑丈なコアは避け、頭部や肩部を積極的に狙い拳をめり込ませる。

 

「ぐっ……この荒々しさは――」

 

 ひっそり構えようとしたパルスガンも見えている。ライフルを握る右腕で押さえ付ける。

 すると苦肉の策でエンタングルがバズーカを発射。自傷を顧みず爆風とスラスターを使って強引に拘束を振り解いた。

 その頭上から襲い来る火薬の雨。何か仕掛けるのを勘付いたレイヴンが、事前にマニュアルロックで放った垂直ミサイルだ。

 

「お前……危険だな。どうりで臭うわけだ。ここで死んでもらうのが上策のようだ」

『死にたくないって言った』

「不死鳥に憧れるのは勝手だが、羽化する前に墜としてやる」

 

 プラズマミサイルをライフルで相殺。爆風を無理矢理潜り抜けて突撃。

 回避の予兆。右か、左か。

 ……いや、それよりも速く!

 

「っ……ち!」

『お返し』

 

 蹴りが入り一瞬怯む。パルスブレードで追撃――

 

「……!」

「これを避けるかッ」

 

 誘い込まれていた。バズーカの弾頭が左頬を掠る。

 これまでは必死に跳ねる犬を大蛇が嘲笑う構図だった。それが、今はどうだろう。

 高速で翔ける鳥の追従を、慌てていなしているのが地を這う蛇だ。

 再度パルスブレードの斬撃。関節を狙ったがわずかに外れる。右肩が灼けるのが見えた。

 

「目敏くなった……そうか、所詮犬と侮っていたが、皮を被っていたな?」

 

 呼吸の隙は与えない。もう一歩踏み込みタックルを喰らわす。

 プラズマミサイルの迎撃。レイヴンはその紫玉が追い付けないほどに速く、高く翔んだ。

 スッラの頭上を羽ばたき、視界から外れる。

 エンタングルが視線を向ける先に影はもういない。捉えられる前に死角を渡る。

 

「鴉だ。死への恐怖を推力に飛ぶ鴉。さすがに速い――」

 

 ブレードの高周波でしぶきを上げる。視界を濁したところを二種のミサイルで挟撃。危険を察知した蛇が後退する。

 既に、レイヴンはその背後にいた。

 ――熱はまだ、生きている。

 刹那の一閃。引き延ばされた時間の中、幼い鉤爪が、はっきりと敵の腸へと吸い込まれていく。

 

「だが、()()()()()

 

 貫くことは、なかった。

 

「……!」

 

 何かがレイヴンの横腹を殴った。

 そのまま弧を描きながら機体は連れ去られ、壁面に叩き付けられる。

 続けざまに、重い爆発。

 

「621!」

『なに、が』

 

 損傷甚大。傷んだカメラが、辛うじて少年を襲った正体を検知した。

 

「……」

『ワイヤー』

「自分が若いと言ったな? その通りだ。熱くなれば向こう見ずに身体を酷使し、甘えを曝け出す」

 

 彼にはわかっていたのだ。621がどう動くのかを。恐らく、しぶきを浴びたその時には。

 ミサイルが囮であることも、確実性のあるパルスブレードを使うことも。

 だから、刃が届くより一弾指早く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 巻き付けられていた爆弾とバズーカの直撃は、レイヴンにとって致命傷となった。

 

「有望であったことは認めてやろう。だが浅すぎた。恨むなら、やはり愚かな飼い主を恨め」

 

 バズーカに取り付けられた銃剣を、スッラは向ける。

 辞世の句を残す猶予も与えないつもりらしい。もっとも、残す口は持っていない。

 ただ、告げられて実感する。かつてないほどに迫り来る死。

 瞳孔が開いたまま息もしない――メッサムの死体。取り囲うC兵器とゴードの悲痛な叫び。ベイラムの訓練生が漏らした声にならない声。

 どれも走馬灯のように蘇り、鮮明なビジョンとなって621の魂を震わす。

 コワイ……!

 抑えられない負の感情。しかしそれに伴い湧き上がるのは、生への渇望。

 死にたくない。まだ何もできてない。意味を感じられていない。人生をやり直したい。生きたい。

 逃げなきゃ、でも動けない。どうしようもない。自分には、もう。

 ……誰か、

 

「精々怯えながら、死ね」

 

 ――怖かったろ。もう大丈夫だ、

 

「……!」

 

 ――お前は死なねぇ。

 

()()()!』

 

 鈍い音が、波に混じって響いた。

 鉄と鉄が絡み合う、耳に優しくない色の。

 

「――言っただろ? ()()

 

 レイヴンの胸に、惨い穴が開くことはなかった。あり得なかった。

 あの音楽が、聞こえたのだから。

 

「お前は死なねぇ。ってな」

 

 魔の手は逸らされ、レイヴンのすぐ横にめり込んでいた。

 エンタングルが即座に距離を取る。その邪気から庇うように、新たな機影は前に出た。

 

「このワルツが俺たちの凱歌だ。よく覚えておけ!」

 

 青年が光の刃を振るう。スッラは銃剣で受け流そうとするが、

 

「……っ!? この重さ、今の動き……まさか、」

「わかるか? テメェが一度殺した獣の匂い……血溜まりから蘇ったこの俺の匂いが!」

 

 たった一振り。たった一撃で肌がひりつく。

 火花散る鍔迫り合いの最中、スッラは本能的な懐かしさに駆られ笑った。

 本当に久しく、獰猛に。

 

「あの時手応えがなかったわけだ。死に損なかったか!」

 

 老兵は呼ぶ。

 かつて息の根を止めたはずの、まだ若き骸の名を。

 

「また殺されに来るとはな――――618!」

「その名は捨てたぜ――――老いぼれジジィ!」

 

 青年も笑う。憎しみのまま踊る喜びを噛み締めて。

 戦火は再び、因縁を引き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第8話 ウォッチポイント襲撃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第8話 『スッラ』

 




オリ主の正体、けっこうわかりやすかったですかね?ハウンズだったってところまでは察してた人多いかな。

視力の良さは鴉>人>犬。鴉は通常臆病な性格で、警戒心が強いそうです。
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