621の就寝後。暗がりに二つの影が浮かんでいた。
真剣というほどでもないが、緩んだ空気はなく、淡々と情報が共有されている。
「声が聞こえる?」
「そいつは、エアは身体を持たない、波のような存在だと言っていたらしい。波、と言うと、波形のことなのだろうが……」
621がウォルターの部屋でコーヒーに口を付けた直後のことだ。彼は頭の中へ直接響いてくるような声が聞こえ始めたと報告した。ウォッチポイントでコーラルの逆流に飲み込まれてからだと言う。
「幻聴の類であれば、旧世代型の強化人間には珍しいことではない。大量のコーラルを浴びたのだから、急な発症も不自然ではない」
「でもそんなはっきりと会話できるもんかね?」
問題は、621曰く会話が終始実現していたということ。
錯乱や狂乱に通じるものなら、一方的な怨嗟や訴えのオンパレードで取り付く島もないのが普通だ。そこまで理性的な言葉が幻聴であると考えるのは、些か早計とも言える。
「……ウォルター、俺らが無人兵器――兄弟が言うにはバルテウス――と戦った時のこと、覚えてるか?」
「印象的だったのは、密度の高いパルス障壁とその電力を爆発へ転換する仕様。あとはユニットの駆動による火炎放射器官の生成だな」
特筆すべきなのは三点。ゴードが指摘したのは、そのうちの一つだ。
「パルスアーマーの波形を変換する機能、俺は当然知らなかった。普通なら至近距離で浴びることになっていたが……あいつが教えてくれたんだ。変換が目視できるようになるより前に」
「まさか、それが621の幻聴と関連していると言うのか?」
そもそもあの兵器についても、ウォッチポイントの緊急事態に駆け付けるよう備えてあったことくらいしか推測できていない。素性がわからない状況で予兆を明確に捉えるのは至難の業だ。
別口から伝達された。ということでもない限りは。
「結論は出せない。だが、留意しておく必要がありそうだ。兄弟の聞いている声は幻とは限らない。そしてそいつは、俺達も知らないことを知っているかもしれねぇ」
「……信じ難い話だが、不測の事態を予測しておくべきか」
これが621のみの証言であれば、もっと疑ってしまっていただろう。しかし、彼に表面的な異変が見られないこと、ゴードからの明瞭な心当たりが提示されたことを踏まえ、例外の仮説を立てることにした。
ゴードもまた、兄弟の言う事とはいえオカルトを信じるのには抵抗があった。しかし、彼もまたウォッチポイント襲撃を機に不規則な耳鳴りが聞こえるようになっており、どうにもきな臭さを感じていた。
「そういえば、援護に向かうとき、EN武器を送らせたな。あれはどういう了見だ?」
話は変わり、ゴードの一幕だ。スッラとの戦闘で大きく消耗した機体を急ピッチで補給した際、彼は一つ注文をした。
他でもない彼のことだ。勘だけに頼らず、頭を回らせた結果だとウォルターは信じていた。
「老いぼれジジィが教えてくれた」
「スッラが?」
「ヤツの装備、見たろ? ありゃもはや別人だ。何のプライドか知らんが、戦い方は相変わらずだったけどな」
スッラは確かに経験を重ねた老兵であるが、だから落ち着いているなどという道理はない。どちらかと言うと派手なアクションや体術を利用した――ゴードと似ている型を持っている。
そんな彼が足を止めるバズーカに、丁寧な動きを求められるパルスガン?
「アイツは、何かと戦うことを想定していた。そして忘れちゃなんねぇのが、俺たちと同じウォッチポイントに用があったってことだ」
「……なるほどな。しかし、奴は何が目的だった? 俺たちと同じなら、お前を行かせても問題なかったはずだ。ただ興が乗った……のも、あり得ないな」
あの時の彼はゴードたちを殺しに来ていたわけではない。寧ろ後々現れたバルテウスに対して特化したアセンブルだった。ウォッチポイントを襲撃し、その後のことまで事前に知っていたからあのナリになったのだろうが……。
議論が詰まりそうになったところで、ゴードは更に視野を広くする。
「なあウォルター。例のバズーカ、それから左肩の悪趣味ミサイルと、脚部のフレーム。見覚えは?」
「あれはオールマインドが研究開発しているものだろう。企業とは違う観点から試行錯誤を進めているようだが」
「てなると、市販では滅多に回ってないブツだ。昔はアーキバスの骨董メインだったくせに、どういう風の吹き回しだ?」
「それに、一番の問題は脚部だな。確か取引されている金額は一般的なパーツより高値で、アーキバス製の新品さえ上回る。表立って活動していない独立傭兵がパトロンも無しに購入できるものではない」
謎に包まれた黒蛇の背景。ゴードは朧気な点と点を、どうにか線で繋ぐ。
「……こういうのはどうだ? アイツは企業ではない何者かからウォッチポイント襲撃の依頼を受けていた。新装は全てソイツの伝手。バルテウスの出現予測も、ソイツが情報提供したと考えるしかねぇ」
「少々無理がある気もするが……俺たちは既に所属不明の勢力と遭遇している。万が一奴らが俺たちや企業を凌駕する情報収集能力を持っているとすれば、一気にややこしくなるぞ」
「所属不明機……! そうだ、迷彩野郎とC兵器。どっちもそいつの差し金だとしたら技研絡みになってくる」
技研。その言葉について、良い話を聞いた試しがない。最悪な空気だ。
「……もしコーラルに関係しているのなら、621の現象も説明がつく。俺たちが予測できなかったのはスッラの存在と、621の聞く声だけだ」
「その声とやらがアイツの目的だったってのか? 実在するかもわからねぇもんを……?」
「向こうがその存在に確証がある可能性も否定できない。――スッラをただ因縁だけで睨むわけには、いかなくなってきたな」
頭の回るやつが二人以上いれば話は煮詰まっていく。
だから、認識する危険も多い。
「……621が危ない」
「箱の中身をあいつは握った。奪いに来るか壊しに来るか、はたまた取り込みに来るか……」
「……」
「わかってる。今は、障害を排除することを考える。老いぼれジジィをぶっ殺すまで、身を無為に削るつもりはねぇよ」
「……そうか」
険しい顔のまま、一応の納得を見せたウォルターは、徐ろに立ち上がる。
「行くのか?」
「ああ、できるだけ早い方がいいだろう」
声音に淀みがある。思うところがあるやつの特徴だ。
一人になって、ゴードは呟いた。
「技研、か……」
珍しくハンドラーを気遣う、憂いの顔。
「因縁抱えてんのは、みんな同じか――」
*
レッドガンの情報部は慌ただしかった。
突然送られてきた観測データには、コーラルの指向性を土台とし、中央氷原に集積コーラルが沈殿しているであろう結論まで記されていた。
素人目にもわかりやすい説得力のある資料だが、如何せん出所が判別つかず、信憑性について慎重な議論がなされていた。
「どこのどいつかもわからないやつからの情報を鵜呑みにしていいものか!」
「だがこれは確証に近い。試す価値はある」
「試すったって、大陸を跨ぐんだぞ? 費用が馬鹿にならない」
「本社にだけは絶対見せるなよ。またクソみたいな作戦を振る舞うに決まってる」
水掛け論が続くかに思われたが、室内にいた全員が一斉に入口を向く。
「ふ、副長!? なぜこちらに?」
G2ナイル。総長であるミシガンを差し置いて本社の傲慢に取り合い、参謀も務めるハードワーカーの登場に一同度肝を抜かれる。
「今見ているそれは?」
「実は……」
部下の説明を聞き留めながら目を通す。
しばらくして、顔色が変わった。
「……このデータ、ミシガンには見せたのか?」
「いえ、これから共有しようと思っていたところです」
「最優先で送れ。すぐに次の手を考えなければ……」
返事をすることすら忘れた彼らは動揺を隠せないまま、やっと行動に移る。
それを認めるなり、ナイルは通信を始めた。
「ミシガン。俺だ」
「今度はどんな苦労話だ?」
「競争が始まるぞ」
ただでさえ覇気のある声と、通話越しの空気が真剣味を帯びる。
「何を見つけた?」
「間もなくデータが送られるはずだ。コーラルは遥か西方の集積地へと流れているらしい」
「なるほど、中央氷原が次のキャンプ地ということだな。しかしやけに早い分析だな。うちの情報部は爪を隠す能でも持っていたか?」
「『木星より続く縁を以て』。キャプションにはそう付されている」
たった一言。判然としないような添え書きは、彼が理解するのに十分だった。
「……ふん。癪な真似をしてくれる。そうと決まればとっとと遠足の準備だ。よちよちと牛歩するわけにはいかん、可能なら渡り鳥さながら、海を越えて行きたいところだが……」
「G3の十八番だな。あいつの地理学には観光ガイドも形無しだ。俺から発破をかけておこう」
「任せたぞ。前科の弁済を終えるまで、有無を謂わせるな」
本社との橋渡し役を買っているナイルには、一定の現場指揮権が認められている。今回のような事態の急変に対し、上層部への連絡無しに作戦立案をすることが許されているのだ。さすがに毎度悠長に惑星間の情報共有を優先させる愚行は犯さないらしい。
というか、こっちのことくらいこっちに判断させろ。部隊の総意は、なおも不満である。
「あとは誰に下見をさせるかだ。精神論が専売特許のレッドガンも、遊牧民に変装するのは初めてになる。闇雲に野生へ踏み入れば呑まれるぞ」
「旨い穴場が見つかればともかく、安全確保の面でも番号持ちを出すべきだ。俺は役立たずどもの前でふんぞり返る役目がある。貴様も――以前のような鉢合わせはともかく――替えの効かん立場だ」
「となると、択は一つか」
ナイルはほくそ笑んだ。
恐らく今最もやる気が盛んな、英気満タンの二人を浮かべる。
「復帰祝いの餞別に、G13も連れていかせろ。ガリアで不完全燃焼だった親睦会の続きをさせてやれ!」
「全く……あんたもなかなか人が悪い」
呆れた半分、感心半分の返しは、旧友を識るそれで。端末から漏れ出る大声まで聞こえていた部下たちも、困ったように笑うのだった。
同刻。アーキバス拠点のミーティングルーム。
隊員の一人が見れば卒倒してしまうであろう、厳そかな会合がそこで行われていた。
「――以上が諜報部の調査結果です。海を越える手段もじきに答えが出るでしょう」
お堅い報告を終えたのは、実質的な指導者のV.Ⅱスネイルだ。
ベイラム陣とは違い、アーキバスは独自の調査網によって、コーラルの局所爆発について観測していた。当初は突拍子もない出来事にあたふたしている下っ端も多かったが。
「さて、何か連絡事項のある方は?」
「〜♪」
「では、閣下」
挙手をしたのは、小太りで平らな顔をした男。
「どうぞ、V.Ⅶ」
第7隊長スウィンバーン。会計担当。
一言で済ませてしまうなら、ごまを擦るのが上手い男だ。ただ、後進育成への熱心さから、そんな一面も方便と捉えて彼を慕っている者も決して少なくない。
「以前制圧した壁に関してですが、捕えた解放戦線のパイロット、約半数の再教育が完了しました」
「ほう……? 随分と早いですね。何か新たな試みでも?」
「え、ええ。彼らは郷土民としての結束が強い。それを利用し、仲間の声を模倣することで効率性を高めることに成功しました」
「なるほど。やはりあなたに一任して正解でした。引き続き励むように」
「待ちなよ、スネイル。そこまで無愛想にすることもないじゃないか。感謝しているなら、もっと言葉と表情は選んだほうがいいよ?」
口を出したのはホーキンス。輜重担当。
元来穏和を好む彼であったが、珍しく会議中に他人をたしなめた。理由は他でもない、スウィンバーンの肩が小さく震えていることに気付いたからだ。
矮小な佇まいを気に掛ける姿は、多くの隊員が見かけている。
「不必要な発言は控えてもらいましょうか?」
「なに、枕詞のようなものさ。本題は別にあってね――私が憂いているのは二つだ。まず、海越えのパイオニアを誰に当てるか。そして、海越えの後の戦闘要員はどうするか」
「〜♪」
「私も同じ疑問を抱いていました」
ホーキンスに続いたのはV.Ⅷペイター。アーキバスの依頼に触れた者なら誰もが声を聞いたことのある、傭兵雇用担当である。
ホーキンスの腰巾着のような振る舞いの通り、彼は補佐官として度々お世話になっている。難儀な側面も備えているが、基本的には竹を割ったような性格で、物腰柔らかいホーキンスとの関係は良好である。
「アーレア海を渡るのに確実な手段は恐らく存在しません。私達が先陣を切るには危険な道のりでしょう。現に第二隊長殿も、最新の強化人間手術はモルモットを敷く怯えっぷり。今回も同様の策を採るべきでは?」
「ペイター、今の発言は頂けません。スネイル閣下は合理的な判断に基づいているに過ぎません。怯えているという表現は不適切です」
整然と返すのはV.Ⅵメーテルリンク。ヴェスパー部隊長の紅一点。
社命に忠実な彼女は、冷淡である一方日々多方面の仕事を的確に処理するスネイルを、一つの手本と見て尊敬している。
彼に倣い、メーテルリンク自身も沈着な態度を貫いている。……つもりになっているだけの節がある。
円卓を囲んでいるのは皆、アリーナランクにも名を連ねる熟練のACパイロット。各人秀でた分野を持ち、それを最大限戦場で発揮している。
「ペイター君の言い方はともかく、私も彼の意見に賛成だ。賛成せざるを得ないと言う方が正しいが……無為に身内を消耗させるくらいなら、試用と割り切って再教育済みのルビコニアンを投入するか、別途独立傭兵を雇うのが健全だろう」
「……であれば、前者が好ましいでしょう。V.Ⅴの提言の通り、海越え後は更に競争が激化するはず。パイロット適性が平均的に低いルビコニアンは今の内使っておくべきだ」
「あとは、渡った後の人員確保……」
「〜♪」
「……あの、さっきから何なんですか!? 第4隊長!」
終始横槍を挟み込んで室内に響く鼻歌。それからイヤホン越しに微かに流れる重音。
誰かと思えば、まだ一度も発言していない若造だった。
「……? あぁ、失礼した。あまりに興味のない会話だったものでね」
「あなたも、少しくらい参加したらどうなんですか」
「道理だろう。私が何を言ったところで動く議論とは思えない。都合の悪いものは遠ざける主義なのさ」
「……っ、こんなヤツが私の直近の先輩だなんてっ」
「ははっ、そうカッカしていては綺麗な顔が台無しだ。まだ皺の寄る歳頃でもないだろうに。先輩からのささやかなアドバイスだ」
「誰のせいとッ、」
「はいはい落ちついて。ラスティ君、申し訳ないのだけど、一応ここは厳粛な会議の場だ。せめて意見の一つや二つは出してもらえないかな?」
宥めるホーキンスに対し、両者矛を収める。といっても、一方的に瞋恚を煮やしていたメーテルリンクが膨れっ面をし、ラスティは気にする素振りまで見せていない。
「ふむ……了解した!」
「お、思いの外素直だな……。最近の新入りは、どういう教育を受けてるのかわからん」
「先輩上司からの命令には従順なつもりだ。私がいなくとも水を得た魚のように進む議論。不肖ラスティの戯言など、本当に不要なものだと悟っていただけのこと」
確かにこの場でこれまで、発言を表向き強制される場面は一度もなかった。
「私としては、概ね異存はない。ただ、海越え以降は独立傭兵の雇用が更に重要度を増すことを考えると――『お得意様』を留まらせておいたほうがいい」
「お得意様……頻繁に交流する相手をつくるということですか?」
ペイターの要約に、ラスティは頷く。
「信頼とまではいかずとも、一定の関係値を満たせば好条件な契約が可能になるかもしれない。少なくとも、一刻を争う事態にすぐさま助力を仰ぐ伝手があるというのは大きいだろう」
「絵空事ですね。そのような都合のいい相手がいるわけ――」
「これは心外だな! 私とて、貴方方の前で机上の空論を披露する程恥知らずではない」
それを聞いて、スネイルは姿勢を整えた。「何か心当たりが?」
「レイヴン。壁越えの傭兵とも囁かれる彼には、過酷な戦場も翔け抜ける強さと、誠実さがある」
「誠実さ?」
「会えばわかることさ。――そこでだ!」
イヤホンは外さずに、ラスティは身を乗り出し手を叩く。
「一度招待してみるのはいかがだろうか? 我々ヴェスパーが集う場に。彼を、そしてハンドラー・ウォルターを測る上でも、腰を据える良い機会になるはずだ」
とても先程まで呑気にリズムに酔いしれていたとは思えない、奇想天外な発案に、それぞれが動揺を見せる。
招待する? 所謂挨拶を、一介の独立傭兵に対して?
ラスティが壁越え以来、レイヴンに思い馳せていたことは知られている。たった一度の縁とはいえ、それで命を落とす傭兵も少なくない。
事実、根拠は建前であり、彼はただウォルター一味を一目見たいという願望に従っているだけである。
だが、そういった懇意は、周囲からは贔屓ととられかねない。
「認められません。混迷した戦況でそのようなことをすれば、現場が混乱する」
「えーそうかい? 私は賛成だけどねぇ」即刻拒否したスネイルとは対照的に、ホーキンスは緩かった。「もしラスティ君の語る通りの男なら、危害の心配はなさそうだ。偶には外様の空気も入れとかないと、うち、窮屈で息できないよ」
彼もまた、ウォルターとゴードに興味があった。特にウォルターは声質からして、他の者と比べて自分に歳が近い予感がしている。老男どうし、今世の嘆きでもできたらなどと考えていた。
「死んでしまいますね!」身も蓋もない共感(のつもりであろう不謹慎発言)をするペイターに、老人は苦笑した。「ですが、申し訳ありません。私は反対です。宴会は脳まで筋肉なベイラムにでも任せて、私達は厳格なイメージを維持するべきです」
対外的な姿勢をペイターは説いた。紛うことなき本心である。
しかし、下手に余所者が混ざると自身の出世が危うくなる。予想外の貢献をされれば、自分より上位のヴェスパーに入り込んでくるかもしれない。そういう自己中心的な考えもまた、彼の本心に他ならなかった。
次に見解を発したのはメーテルリンクだ。
「この男を認めるつもりはありませんが、私は賛成します。ここは変に堅くせず、柔軟な対応をすべき時かと。パワーバランスはほぼ拮抗、閣下の仰る通り戦闘以外の要員が充足しているのであれば、戦闘要員を確保する上で妥協は得策ではありません」
スネイルの発言を論拠に意見を提示した彼女だが、実はニューエイジと称される故の苦悩の賜物でしかない。
要は、「身内がみんなよそよそしいので気軽に話せる相手を探している」のである。
「私は閣下と同じ意見です。混乱は何よりも統率を乱します。ただでさえ海越えがリスキーなのですから、そう何度も危ない橋を渡る必要はないかと」
最後に発言したスウィンバーンは保身のためだ。こんなところで第二隊長に歯向かう道理などない。結果がどうなるかは重要ではなく、とりあえずスネイルに合わせた。
さて、これで3対3。いつも通り不参加のV.ⅠとレアキャラのV.Ⅲを除き、全員が回答を述べた。
スネイル以外は完全に私利私欲という、現場の要人にあるまじき議論になってしまっている。
そこに、これまた利己的な人間が一人。
「面白い話をしているな」
六人は、開いた扉を見た。
「フロイト? 何をしに来たのです?」
「これでもヴェスパーだ。ここに来るのは不思議なことじゃないだろう」
首席隊長フロイトは飄々とした態度で、空いている椅子にどかりと座る。
「そんなことより、新入り。レイヴンというのは、前の壁で戦っていたヤツの片割れか?」
「そうだ。ところで、私はいつまで新人扱いなのかな? 貴方方より経歴が浅いのは百も承知だが、さすがにもう緊張を堪えて職場を歩く時期は過ぎているよ。というか、メーテルリンクに至っては私より後輩だったはず……」
「確かにあいつも秘めているものがあった。今はまだ蛹のようなものだが、きっと俺を愉しませてくれる。お前、見る目があるな」
「おっと! ここの音はノイズだな。また微調整しなければ」
「よし、こうしよう。ある条件を満たせるなら、俺はお前に賛同するぞ。新入り」
「ほう、ぜひ聞かせていただこうか。あ、こちらミールワームの塩漬けだ。お裾分けどうぞ」
「……お、旨いな!」
「はははっ、何よりだ。オキーフに食べてもらおうとしたら心底嫌がられてね。口に突っ込んでやった」
「こわっ!」砕けすぎている会話に全員が置いてかれていた中、我慢できなかったスウィンバーンが悲鳴を上げる。どうやら教育を疑う余裕もなかったらしい。
「フロイト。条件とは何です?」
「あぁ、そうだった。実に簡単なことだが――必ずモンキー・ゴードも同伴させる。これだけだ」
意気揚々と宣言したフロイト。
「つまりはハンドラー・ウォルターに『全員で来い』と言えばいいわけだ。そして俺たちも全員で迎え受ける。何ら難しいことじゃない」
「……やっと顔を出したかと思えば」
「これで4対3だ。賢明な判断を期待しているぞ、次席殿」
動かぬ事実を指摘され、苦労人は二度溜息をついた。
「……全ては海越えが成功してからです。日程の調整やアポは追って行うとしましょう」
「い、いいのですか?」
「決定事項です。まだ異論があると?」
「とんでもありませんっ」
これが他のヴェスパーであれば、いつものねちっこい反論で従わせることもできただろう。しかし相手はあのフロイトだ。態々ここに来てまで推したということは、梃子でも動かないことの証左。
変に駄々をこねられるより、潔く諦めたほうが精神衛生上好ましい。
「貴方の関心は猿の方か」
「猿? あれは流星の化けの皮だ。新入りのお前にはわからんだろうがな」
「興味のない部分にはこだわらないのでね。だがモンキー・ゴードについては、私も語り合いたいことがないわけじゃない」
「ほう、例えば?」
面白そうに嗤う首席隊長に、四番目は薄く笑い返した。
「音楽、とか?」
*
ウォルターにとって、ルビコン3という惑星は、今回が初めてではない。
アイビスの火。その悲劇の渦中に、少年だった彼は身を置いていたのだ。
災厄の間際、ウォルターはある方法によってルビコンを脱出。木星に到達し残りの幼少期を終えることとなった。
では、その方法とは何だったのか?
「……一度生まれたものは、そう簡単には死なない」
昇降機を乗った先の格納庫が開く。
修繕を終えたばかりの杖を頼りに、「それ」へ近付く。
「俺もまた、意味に生かされている一人か……」
夜の帳の中、朧気に浮かぶシルエット。ヴィランにも似た巨人の圧迫感を一身に受ける。
「お前はどうだ? 自分の意味を、覚えているか?」
あの日自分を包んでくれた機械を。恩人が最期に残した形見を。
おぞましい外見を被った、最後の安全弁を。ウォルターは燃えて澄んだ瞳で見つめた。
「その時はどうか、また俺を助けてくれ……」
祈るように、目を閉じる。
硝煙の匂いは大海を跨ぎ、遥か西へと流れようとしていた。
chapter2-standby
賽投げルートでもウォルターはHALに乗っていたことから、彼は半分お守りのようなつもりで、手元に持っていたのではないかと幻覚を見ています。
彼の野暮用は恐らくルビコンに自らも降りることだと思っています。ただ、拙作では621より先にオリ主と密航している設定ですので、別口からルビコンに招いたHALを取りに行く野暮用に変更しています。
フロイトとラスティの関係性ですが、色んなことに無関心な傾向のあるオキーフがラスティと友人だったことを考えると、AC以外のことに関心の薄いフロイトに対しても、他の隊員と比べて憎悪は小さかったのではないかと思います。悪意ある理不尽を特別嫌うラスティは、拙作ではフロイトと良好な関係です。
次回からはchapter2です。2、3は特にプロットの定まっていない部分なので、ちょっとペースが遅くなるかも。