どうもお久しぶりです。小千小掘です。本当にお久しぶりです。
チャプター2をどう描くかが定まりきってなかったことと、私自身の環境が大きく変わってしまったことが原因でこんなに遅く……ちょうど最後の更新が新年度直前だったので、察した方もいましたかね。
気付けばAC6も、さすがに最盛期ほどの熱気はなくなってしまったように見えます。これからは半ばひっそりと、燃え殻に薪を焚べるように更新していこうと思います。錆びた流星も、再び昇るものですから。
第11話
ストローをさしたカップを突き付けられ、口を僅かに開く。
ちゅるちゅると、少しずつ水分を摂取していく。
「そのエアってのは、どんなヤツなんだ?」
『姿は見えないけど、女の人の声』
「女? いいねぇ、虚像のガールフレンドってわけか。他には?」
『電波になって、情報を見れるんだって』
「マジかよ! じゃあ封鎖機構のデータベースにも侵入できんのか?」
「……」
『見るくらいならできる。かいざん? や、機械を動かしたりはまだ難しいって』
「まだ、ねぇ……学習型のプログラムだな、まるで」
実在するかもわからない存在。エア。
それを知覚しているのは621のみであり、ゴードは一先ず情報収集を試みていた。
するとやはり、621の返答は詳らかで、難解な言葉をすらすらと並べ立てられない少年一人にはできない芸当だった。
「なら今度は、」
次にゴードは古びたPCを取り出す。621には見えない角度で、何文字か適当に入力した。
「今俺が何を打ったか、エアに教えてもらうことはできるか?」
瞬き一回、了承の合図。
「……」
『愛の悲しみ』
「次はー、コレ」
「……」
『愛の喜び』
「『愛の』の部分まで打ち直してたか?」
「……」
『してなかった』
全て正解。
最後に、
「エアは俺の声が聴こえて動いたのか? それともお前が脳内で語りかけた?」
『どっちもできる』
「……なるほど」
電源をオフにするなり、もたれかかった椅子で伸びをする。
「こりゃ、本物だな」
今しが踏んだステップは実験。わかったのは、エア自身は誰の声も聞くことができ、電子関連のみならず視覚的な情報も処理できるということ。
『ゴード。依頼が来てるって言ってるよ』
「依頼? あぁ、ベイラムのやつか」
『早く受けなくて大丈夫なのかって言ってる』
621が触れたのは、ウォルターの提供した情報を参照し、中央氷原の先行調査を命じたもの。
どうやら僚機として、しばらくG4とG5が同行するらしい。お見舞い以降、久しぶりの再会だ。
といっても、内容はけっこう曖昧である。そもそも大陸を跨ぐ手段の発見も依頼の一つ。レッドガンの方でも模索しているらしいが、別方向からもルートを開拓したいようだ。物量を重視しているのも、考え物である。
「今は休暇だつってたろ。ミシガンさんとの間で話は済んでる」
『そうだよね』
「……」
『え? ゴード、海を越える方法に心当たりはある?』
「いいや、ウォルターが戻るまではそれを考える時間にするつもりだった」
『今からエアの言うこと、繰り返すね』
少年には面倒くさい作業だったらしい。ゴードは耳を傾ける。
その説明は、ますますエアの存在を裏付けることとなった。手がかりとして挙げられた場所は、これまで誰の口からも発されたことがない。621が進んでそこに辿り着いたとは考えにくかった。
「……試してみる価値はありそうか。あとでウォルターに言っておくよ」
ハンドラーが寛容とはいえ、報連相は怠ってはならない。まずはウォルターの判断を待つべきだろう。
彼から返答があったのは、翌日のことだった。
「G2ナイルだ。G13、以前貴様とよく似た機体を相手にした気もするが、この老眼のせいにしておこう」
「改めてG3五花海と申します。本来であれば副長の言いつけとて顔をくしゃくしゃに歪めるところでしたが……モンキー・ゴード、あなたと再び交流を重ねられるのなら、喜んでこの役を務めましょう」
「条件に関わらず、命令は命令だ。――いいか? 作戦中は俺とG3が指揮を担当する。もっとも、俺はコイツのお守りみたいなものだ」
六人が集う回線で、今回ACに乗らない二名が口火を切る。
ハンドラー・ウォルターの側から提案された、海越え作戦のブリーフィングだ。
「現在ベイラムの方でも別の手段による海越えが計画されているが、そちらはミシガンとレッドが主導している。俺達は危険地帯を強引に調査し、所謂裏口を開拓するのが仕事だ」
「作戦地点はグリッド086。最終目標はその奥、上層に設置された大陸間輸送用カーゴランチャーです。しかし、これにはいくつかステップを踏む必要があります」
「グリッド086は武器商団のRadと封鎖機構、二つの目が存在する。特に前者は、一帯を縄張りとして牛耳っていると言っても過言ではない」
「ハッ、びびってんじゃねぇよ」不機嫌そうに吐き捨てたのは、チンピラ然とした口調のイグアスだ。「んなもん軽く捻り潰して終わりだろ」
「それなら確かに苦労せんな。だが肝心な上層へ伸びるリフトは、掌握権をRadの頭目が握っている。制圧目的でRadを壊滅に追い込めば、本末転倒な結果を招くおそれがあるわけだ」
「クソ、俺らのやり方には合わねぇな。加減しろってことか」
「理解が早くなりましたね、ヴォルタ君。Radはドーザーの巣窟とされるグリッド086の中でも選りすぐりの狂人一派です。何が逆鱗に触れるかわからない以上、極力戦闘は避けるべきでしょう」
「ドーザー、ねぇ……」呟きながら割り込んだのはゴードだ。「なら方法は三つだ。慣れてる俺と兄弟が先陣切るか、全速力で振り切るか、分かれて潜入するか」
「テメェ、俺達が足手まといだって言いてぇのか!」
「適材適所だ。壊すのはあんたらのお家芸だが、こっちはパフォーマーなんだよ」
「やめとけイグアス、分が悪い」ゴードの恐ろしさを間近で経験したヴォルタは若干の気後れがあるものの、二つ返事で了承はしない。「だがよゴード。それだと温いんじゃねぇか? 敵のホームで悠長なことして、囲まれでもしたら面倒だ」
すると621も彼なりに議論の輪に加わる。
『三つ目がいいと思う』
「兄弟――そうだな。俺も二つ目は乗り気じゃねえ。タンクはMT引き離すので精一杯。ACまで出てきたもんなら、脚より口を回す方が建設的だ」
戦況の把握に長けている兄貴と同じ結論を出せたことに、一抹の喜びが宿る。
ナイルと五花海が話を進める。
「では、どのように分かれるつもりだ?」
「ツーマンセルが現実的ですが……必ずしもそれが正解とは限りません。閉所での行動も考慮すると、単騎で侵攻する策もよいでしょう」
「特に兄弟は潜伏が大の得意だ。……ただ、それこそ物量で攻められたら厄介だ。侵入ルートは、よく考えた方がよさそうだな」
「……少し時間をもらえますか? 5分でいい。それで有効な戦術を練り上げてみせましょう」
『そんなに早くできるんだ』
「うちのセンセはすげぇんだぜ? 戦い以外のことも詳しくて、よく世話になってんだ」
『せんせ?』
「先生だな。ソイツの言うように、何か大事なことを教えてくれる人のことだ」
「聞け、お前達」
会話から緊張感が抜けてきたところで、副長の指示が響く。
「本作戦の舞台はこれまでと比べて事前に把握している情報が少ない。各自不測の事態にも備えておくように。G4とG5は、これが復帰戦となる。早々に恥を重ねるなよ?」
「言われるまでもねぇよ」
「こちとらあったまりきってんだ。存分に暴れさせてもらうぜ」
「暴れた結果、壊してはいけないものまで壊さないようにしてくださいよ」
「わ、わってるよセンセ」
レッドガンの関係性が垣間見える一幕。ナイルは小さく笑ってから、管制側の回線を切った。
「おい、いいか野良犬」
途端、イグアスはそれが仕事かのようにまたしてもレイヴンに睨みを効かせる。
「テメェは所詮ガキで、人間名乗るなんざ我儘な犬畜生だ」
「お前まだ、」
『ゴード、大丈夫』
懲りずに罵倒する不良に、少年は耳を傾けることを選んだ。
「だから、俺は認めねぇ。俺は、テメェなんかとは違うんだ」
『なんでそんなにおれが嫌いなのかは知らないけど、それでやる気がでるなら何でもいいよ』
本心だった。イグアスが自分に特別敵意を持っていることはわかっている。しかしそれに心当たりは当然なく、ただ、その負の感情が彼を突き動かしていることは察していた。
この不思議な感覚は、他の誰とも違う。仲間であるはずはないが、純粋な敵とも呼び難い。互いを超えようと藻掻き、沸々と湧き上がる激情は――
『おれも、あんたより強いって認めさせたい』
彼を認める優しさがあるからこそ、レイヴンもまた、珍しく競争心が宿る。
決して悪いことではないのだろう。兄貴の驚きと愉悦の混じった表情を見て、漫然と思った。
『メインシステム、戦闘モード起動』
見晴らしのいい一本道に、レイヴンは立つ。
グリッドと呼ばれる浮遊建造物群は、その建築過程が違法に片足を突っ込んでいるような場所だ。たどり着くには上昇カタパルトだったり戦艦・ヘリだったりが必要となる。
遠目からだととても頼りない細さをしていた柱は、懐まで潜り込んだ今はそれなりな大きさに映っていた。しかし、AC2、3体で囲めてしまいそうな幅であることに気付くと、これだけの質量を本当に支えられるのかと、疑問を抱かずにはいられない。
「最終的な目標地点は、円形範囲で示してあります」
『なんでここなの?』
「先遣のドローンで入手した見張りの配置と、一帯の地形をもとに推察しました。中心地――頭目の居場所はそのどこかである可能性が高い」
初めてまともに五花海と会話をした。子供には努めて穏やかに話すようだ。
「さすがだぜセンセ。とりあえずはこの範囲まで入り込めばいいんだな?」
「そういうとです。頭目との交渉をどうするかは、後々考えましょう」
懐で暴れて誘い出すか、律儀に対話を試みるか、いずれにせよ素性を知らずんばだ。
「G13。手筈通り、貴様は正面から慎重に進め」
いつものハンドラーとは違う声に従い、踏み出した。
現在、裏手からはヴォルタが、その一つ隣の区画からはイグアスが先行して潜入。最も柔軟さと素早さのあるゴードは――件の上層区画にはとても及ばないが――見晴らしのいい上部を渡っている。
それから少し遅れて現在、レイヴンが行動を開始した。万一誰かが露見しても、むしろこちらの存在が雲隠れする。
「……クソが、焦れってぇ。こんなまめっちぃ作戦は初めてだ」
「訓練の一つと思うことです。暴れるのはせめて見つかったあと――ああいえ、撤回しましょう。イグアス君の場合、故意に見つかりに行きかねない」
「俺のことなんだと思ってんだ!」
「そりゃお前、どうせチンピラとかだろ」
日常の延長とも思えるようなやり取りだ。その証左に、傍目の弛緩とは裏腹に、二つのタグは着実に前進を表示していた。
「これがレッドガン……軽口ばかりで緊張感に欠ける気もしますが」
『多分これがいいんだよ。何も無いより』
「そういうもの、ですか」
『少なくとも、おれは羨ましい』
自分の口で話せない、621にとっては。
「何言ってんだ。俺らもよくやってるだろ」
『ゴード』
「……」
『そうだね』
察しが良い。ゴードはどうやら、エアとの会話の趣旨を理解したようだ。
「戦ってばかりで生きてけるなら、俺たちは機械で十分だ。人として生まれた以上、他の何かで活力を保つ必要がある」
「……」
「その中で一番身近で、求める埋め合わせに適しているのが、こういうものなんだろうぜ」
俺には、よくわかる。そう語るゴードの意識は一瞬、過去の情景へと還ったようだった。
「……なるほど、それはもしや、寂しいという感情なのでしょうか」
ポツリと溢れた一言。初めて、エアのセンチメンタルな部分が覗いた気がする。
「でしたら、ほんの少しですが、わかるかもしれません。私は今まで……本当に今まで、一度も気付いてもらえませんでした」
『あんたは、一人だったから?』
「はい。レイヴン、あなたに見つけてもらえなければ、私はこうして、誰かに言葉を伝える機会も得られなかった。だとしたら、とても悲しかったと思います」
「……」
「戦争とは、悲しいことなのですね」
確かにその通りだとは思う。人の死を間近で見て、それに涙を流す人たちを見て、やるせなさが積み重なる。
しかし、その一方で、素直に頷けない自分もいた。
戦争がなければ、おれはゴードたちと出会えなかった――。
生まれることすら、なかった――?
「……! レイヴン!」
エアの珍しい迫真の声で足が止まる。
次の瞬間、慌てて物陰に隠れた。
「前方に敵影を確認。あのアセンブルは……アリーナから識別。AC『マッドスタンプ』、パイロットはインビンシブル・ラミー。ランキングは最下位です」
『ありーな?』
「戦闘技能検証シミュレータのコンテンツです。どうやら名声と実績を参照しているようですが」
そんなものを見た気もする。と思ったところで、
『誰がやったの?』
「え? それは、恐らくはオールマインドでしょう」
『なんのために?』
「……言われてみれば、意図は判然としませんね」
傭兵支援という名目に従えば、切磋琢磨を促そうとする鼓舞に見える。しかし、今しがた戦争の重さを感じ取ったばかりだ。些か不謹慎に思える。
それに、載っているのは本当に上位だけだ。有象無象にまで意欲を持ってもらうには、当事者らの層まで数字を可視化するべきだろう。
無邪気な疑問は、エアを悩ませた。ただ、それは一瞬のことだ。
「とにかく、レイヴンならあれを無力化することは造作もありません。しかし、目標とは合致しない。理想は迂回ルートを探すことですが……」
「そこは唯一の正面玄関だ。一本道をどうにか通り抜けるしかない」
エアを継ぐようにナイルが言った。彼なりに模索していたようだが、答えは出てこない。
そこに前向きな言葉を挟んだのは、レイヴンだった。
『平気』
正面に伸びる運路から右に外れる。足場のない空間に身を投げ出しただけに見えるが、
「――ンフフ。面白いですねぇ、彼」
「笑い事か……まさか、『壁』もあのようによじ登ったわけではあるまいな?」
呆れと感心の混じったナイルの声。それもそのはず、レイヴンは現在工廠の外壁を掴んでいる。さしづめロッククライミングだ。
迂回するにはENの容量が懸念であったが、それを無視する力技で、少年は危険を回避した。
さて、次だ。
『びゅーんって行くのはダメ?』
「推奨はしかねます。開けすぎていて、いつ誰に見つかってもおかしくありません」
「下だ」
反対の声が二つ。エアは理由を、ゴードは別案を口にした。
「島を繋いでる道路が何本か見えるだろ? あれを上手く使うんだ」
「確かに。お誂え向きのようにありますね、遮蔽物が」
一定のバーニア操作技術が求められるが、ここは強化人間のお家芸だ。
少し時間をかけて、対岸へとたどり着く。マーカーを目指して上昇すると、先程より巨大な建造物の隔壁。
これはスルーだ。五花海の示した範囲まではもっと距離がある。
『まだ登るのか』
「ウォッチポイントのときとはまた別だが、立体的な地形は視界が悪い。気をつけろよ」
言われなくとも。
スキャンは行わない。こちらが敵の位置を補足しても逆探知される恐れがある。存在を悟られた時点で、作戦はパーだ。つまり状況確認はほとんど肉眼で済ませるしかない。
テンポは遅いが、着実に目的地点へと近づいていく。
「G4、目的範囲に着いたぞ」
「俺ももうじきだ。――さて、こっからどうする? 成金先輩」
「成金はぽっと出の金持ちのことです。私を指すには無理がありますよ」
「細けぇことはいいからとっとと教えろっ」
それっぽい単語で無理矢理相手を貶そうとするのはイグアスの悪癖だ。不快感のさらさらない五花海は、しかし悩ましげな顔をする。
「闇雲な戦闘を避けるのは賛成だが、このままでは埒があかん。そろそろ動きを見せるべきだ」
「副長……そうですね。石が大きいほど、水面に刻む波紋は大きくなる。それは隙の誘発であり、潜る者を隠し込める。ただ、問題はどこにそのような石が転がっているか――」
周辺を流すように見回し――彼は「それ」を見つけた。
「レイヴン君、ゴーです」
『ごー』
「どういう了見だ!? お前は、いつも説明が足りん」
明らかに段取りから外れた指示に、副長は信頼ゆえの懐疑を向けた。
「手分けするメリットの一つですよ。これよりレイヴン君を先行させ、他3名には潜伏、あるいは奇襲を狙ってもらいます」
手筈とは逆。まだ手薄な方角から進むG4、G5を隠し玉にすり替えるらしい。キャノンヘッドの図体のデカさは気になるが、保険案としては十分成り立つ。
「おい、ペテン野郎」
「なんでしょう?」
「それを、俺が認めると思ってんのか?」
静かに口を出したのはゴードだ。重い空気を醸し、聞く者に冷や汗をかかせる声音。
しかし、それに一々怯んでいては、レッドガンで生き延びることも、経済圏一つを丸々陥れる大立ち回りも叶わなかったに違いない。
「今回の作戦。私は正直、非常に楽な仕事をいただいたと思っているのですよ」
「へえ?」
「思い描いた絵図が、悉く実現するという確信があるからです」
「つまりは、他力本願か?」
「捉え方はご自由に。ただ――」
ふてぶてしい態度は一向に崩れず、わずかに嗤ったのが、嫌なまでにわかりやすい。
「私の奸計はベイラムさえ蝕んだ。その所以が私自身ではないと、あなたは本気で思いますか?」
だから、ゴードも嗤った。複雑な感情をすっと混ぜ切り、いっそニヒルに。
「だからペテンは嫌いなんだ。どんな言葉もてめぇの罪より安くなる」
「初めから高いものを押し売りするのは、上手い商売とは言えませんから」
操縦桿を握る手が強張る。頭は、よし。冷静だ。
「ヤバイと思ったら引き返せ。それも叶わねぇなら――助けを呼べ。ここにはお前より何倍も経験重ねたシニアが三人もいる」
『うん。ありがとう、ゴード』
方針は決まった。ただ、文句が途絶えたわけではない。
「なんで俺まで野良犬を庇う流れになってる?」
「もう諦めろよイグアス。この場限りは味方だ。意地っ張りは作戦の後にでもできる」
「復帰早々、荒々しいことだ。G5、任務に背くことは許されんぞ。貴様のプライドなど、そこらのスクラップに放り込んでも構わんのだからな」
「……クソが」
多勢に無勢。不良は吐き捨てるだけ吐き捨てて、再び歩を進める。
「レイヴン君、最後に一つだけ。私が合図を出したら、今いる位置まで全力で下がってください。いいですね?」
「……」
『よくわからないけど、わかった』
あそこまで自信たっぷりに言い放ったのだ。かてて加えて、今はレッドガンの指揮下。背く道理はない。
『じゃあ』
明瞭な機械音声。続いて、地を踏みしめる鈍い音。
『行くか』
行動開始。今日初めて轟く、ブースターの熱音。
「ん? なんだ――」
見張りが何かを言い切る前に、烏の脚が届く。
他の機体が反応するより先に、鉄の槍が貫く。
「……!? こ、こいつ、どこから入って来やがった!」
「殺せ殺せ! どうせ知らねぇ顔だ」
数はそう多くない。右に左に揺れ動くだけで、敵の射線は容易く外れる。
じめつく風に、レイヴンは乗って。
「配置されているMTはその多くがカスタム機です。奇天烈な武装や戦い方が予期されていましたが……杞憂でしたね」
『でもデカいのがいる』
敵勢を文字通り殴り倒し、最後に残ったのは壁越えでも姿を見た四脚無人MTだ。コイツは、殺してもいいだろう。
肩慣らしにはもってこいだ。銃口補正の強い3連グレネードをかわし、メリニット製の小型グレネードを挨拶の返しにする。
マシンガンにはガトリングで応戦。跳躍する四脚と水平移動するレイヴン、対照的な動きで距離は埋まらない。
「どうやら対象はEN武器への耐性が低いようです。今のレイヴンの装備とは、相性が悪いですね」
焦れったさが過る。今のレイヴンにはEN武器がない。持ち出す頻度が多かったパルスブレードも、隠密かつ安易な殺しを避ける目的で外してしまっていた。あれは、パイロットもろとも焼きやすい。
そもそも、彼は今回珍しい見てくれで参戦している。愛用のパルスブレードに替わって左腕に纏っているのは、ベイラムの物理兵器、パイルバンカー。
なかなか発生が遅く使用難度の高い刺突武器、カタログスペックは確認済みだ。ゆえにシミュレーションは十分重ねている。
かてて加えて両肩も打って変わっている。左にはパルスシールド、タキガワ製を着けることがノルマであるかのように、ブレードと入れ替わりで初投入。
右はウェポンハンガーを備え、ガトリングではにわかに足りない爆発力をグレネードで補っている。
アセンブルを変えること自体は稀ではない。しかし、武器種や組み合わせが別人と紛うほどに異なる。強化人間の長所を最大限活かせるよう、こういったときくらいは物を試したほうがいい。そんな考えの表れであったが、少々甘かっただろうか。
奇妙な偶然で、相手のMTも実体シールドを担いでいる。MTは元来の頑丈さ、レイヴンは巧みなイニシャルガードによって伯仲しており、どちらもそう簡単に決定打には至らない。
延々と膠着が続くことを少年は覚悟した。が、それは瞬時に水泡に帰す。
「レイヴン君! 今です!」
靄と化していた集中が晴れる。五花海の声に呼応し、LOADER4は全速で後方に飛び退いた。
次の瞬間、上方から影が落ちた。
「これは……燃料タンク!」
圧砕されたMTが炎の海に溶かされるのを見て、エアが反応する。
「五花海が言っていたのは、これのことだったんですね」
『ありがとう』
「作戦通りです。それに、今のでわかったことがあります」
得意げというわけでもなく、あくまで当然といったような声だ。
彼の続きを聞こうと言葉を待つと、想像とは違うことが起こる。
「やけに下のやつらが騒がしいと思ったら」
少年の眉がひくつく。聞き慣れない音声だ。広域放送だと気付くのに、少し遅れた。
「私らRadは、来る者は拒まないのがモットーだ。しかしね、玄関をノックせずに軒下から入り込むネズミには、お灸をすえる必要がある。そうだろ? ビジター」
『おれ、カラスって呼ばれることならあるけど』
「ん? この声……」
兄弟がそれぞれ反応を見せる。共通している意見は、十中八九相手は本作戦におけるキーパーソン、Radの頭目だということだ。
「彼女について情報を集めました。ジャンカー技師とハッカー集団を引き連れて、三年前にRadに参加。その後半年足らずで実権を奪い、組織を急速に成長させています。名前は――」
「あんたが一筋縄じゃいかないのはもうわかってる。とっておきの花火にもそっぽを向かれちまった。だから、まだ物足りないんだよ」
眼前の巨大なゲートが音を立てる。厳重なロックが解除され、豊かな煙と共に視界が開けていく。
手招きをされているのを、ひしひしと感じる。
女は、どうにも愉快そうに提案した。
「自ら袋のネズミに成り下がる勇気はあるかい? それも噛み千切ることができたなら、あんたは笑える
真サブタイの方はけっこう真剣に考えています。後々見返してミーニングが理解できるようにしているものや、今回みたいに比喩を混ぜていることがあったりなかったり?
五花海がまともに他人の名を呼んだのはゲームだと『独立傭兵レイヴン』の一回だけだったと思います。あくまで通り名を口にしたシーンに過ぎないこと、詐欺師が呼び捨てを常用するイメージがあまりないこともあり、対等もしくは対等でありたいと望む相手か、敵視している相手にのみ呼び捨てさせることにしました。
実際描いていて私はしっくりきています。