錆びた流星はまた昇る   作:小千小掘

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どれだけ読んでくれる人が減ろうとも、書きたいから書くだけです。
滅茶苦茶久しぶりで、パーツもログも頭の中からすっからかんですわ。

文字の打ち込みの関係上、今後RaDはRadと表記されることが多くなります。ご了承ください。


第13話

「なんだい、その膨れっ面は」

 

 ブリッジでしゃがみこんでいると、頭の上から声をかけられた。

 

「あぁ……?」

「へー、ウォルターのやつ、一体だれを拾ってきたかと思えば、こいつはとんだ不良少年だね」

 

 見上げると、まだ年端もいっていないような少女の姿。整備を手伝っているのだろうか。サイズの合っていない作業着に、肩に乗せたスパナ。

 会ったこともないヤツからぞんざいな態度をされ、沸点の低い彼は即座に噛みついた。

 

「ガキがだる絡みしてくんじゃねぇ。あんま舐めてっと、女子供だろうが容赦しねぇぞ」

 

 だらんと下ろしていた拳を強めに握る。しかし、女は一切物怖じしない。

 

「ハッハッハ! 笑えるジョークだ、私をガキ呼ばわりとはねぇ。大の大人に喧嘩で負けて、連れられた先でも当たり散らかしているあんたと私、どっちが幼く見えるかね?」

「て、てめぇ……」

「いいさ。私は今気分がいい。若く見られるってのは不快じゃないよ」

 

「それに」と、彼女は振り向いた。彼も、同じ方を覗く。

 見慣れない機械、女と同じくらいの背丈の機械だ。

 

「今のあんたじゃ、こいつにすら勝てっこないさ」

「んだ、それ」

「用心棒だ。こっわーい小童が入ってくると聞いたもんでね」

 

 スパナでこちらを指す。ご希望に沿い、悪質な舌打ちで返す。

 

「ガラクタの寄せ集めにしか見えねぇよ」

「あ、言ったね? チャティはもうじき私の右腕になるんだよ。今にあんたより賢いおしゃべりロボットに生まれ変わるのさ」

「……」

 

 世迷言として聞き流す。AIの類など、今時珍しくもなんともない。

 

「ま、今日は挨拶に来ただけだ。もしあんたが生き抜いたなら、また会えるだろう」

「そーかよ。俺はゴメンだな」

「恩人様に随分な態度だねぇマッタク」

 

「は?」眉間にシワが寄った。「恩人だ?」

 

「お前さんのAC。不調の原因は右足のネジを締めすぎた体幹の劣化だった。大したもんだよ、乗り心地で気付けるなんてね」

「お、おう。じゃなくて……あんたが、直したのか?」

 

 彼女は悪戯を成功させた子供みたいに、得意気に笑った。

 

「言ったろう? 私はあんたほどガキじゃないって」

 

 反論する気にもならない。気まずくなった少年は、ぶっきらぼうに吐き捨てる。

 

「……さぞ大変だったろ。あいつらにはよく、動きが荒いって言われてる」

「まさか気遣いのつもりかい? ……笑えないねえ」

 

 途端、彼女は不機嫌になり、男の真横にある柵へ脚を叩きつけた。

 

「私は自分を縛って生きる愚図じゃない。あんたにくれてやる慈悲なんてこれっぽっちもないのさ!」

「うっ……」

「言葉には気をつけな。私はね、やりたいようにやってるだけだよ」

 

 気圧され尻餅をついしまう。なんとも情けない格好だ。

 冷や汗を浮かべながら、彼女の顔を見上げた。

 そして、呆然とする。

 

「だから、あんたもそれでいいじゃないか」

「……っ」

「そのために、ここに残ったんだろ?」

 

 笑っていたのだ。純粋に。

 今を、これまでを、この少女は本気で笑って生きている。

 その逞しさを狂気と呼ぶのは安直な気がして。彼は、ただ見惚れるしかなかった。

 

「自分が笑える生き方をしな! そうしてあんたが持ち帰ってくる『やりがい』を、私は元通りにして返してやる」

「……結局、てめぇの悪趣味のためじゃねぇか」

「わかってきたようで何より。つまり、お互い気にすることは一つもないってわけさね。理屈は最初(ハナ)から完成している」

 

 うまく掌で転がされてしまったようだ。男は鼻を鳴らす。

 

「大口叩いたからには下手な調整すんなよ? ちょっとでも違和感あったらぶっ殺すからな」

「あんたこそ、好き勝手飛び過ぎてイカロスの二の舞になるんじゃないよ」

 

 こちらがさっきよりマシな顔つきになったからだろうか。少女は満足そうに踵を返した。オンボロの機械――チャティが金魚の糞みたいに続く。

 

「なああんた。名前は?」

 

 ふと気になって聞いてみた。また会ったときに、なんと呼べばいいか困るから。

 彼女は振り向くと、愉快げに笑った。

 

「お前さんが次も帰ってこれたときの報酬さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第13話 RaD偵察

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『強化人間C4−621、通常モード移行』

 

 COMの言葉とともに、ロックが解除される。

 機動するACの揺れに攫われないよう、戦闘時において四肢を操縦桿に固定するためのロックだ。

 たとえ不自由な身体であろうと、解放された感覚は事実で、腕を重力のままにだらんと垂らして、一息吐くのが621の常だった。

 しかし今回は、そのあとが違った。

 

「……?」

 

 開けられたハッチから差し込む光を遮るように、人影が踊りでた。

 細めようとして痙攣させることしかできない目が、辛うじて差し伸べられた手を捉える。

 

「よっ、兄弟」

『ゴード』

 

 頷くと、丁寧な動作でこちらの腕を引く。そのまま抱きかかえられた。

 

「調子は?」

『うーん』

 

 いつもはこんなことはしない。

 何故だろうと考え、すぐにわかった。

 三人で過ごすヘリの外でACを降りるのは、これが初めてだ。

 

『不便』

 

 当たり前のように頼ってきた介護ロボットは、ここにはいない。

 

 

 

 

 

 非常事態に備え、LOADER4のコックピットにはコンパクトに畳められたホイールチェアが飾られている。

 今は簡素なそれを使って、兄貴の隣を進んでいた。

 

「お、きやがったな」

 

 生身で対面するのは二回目だ。リーゼントを整え直したヴォルタが待ちくたびれた顔で出迎える。少し距離を置いて、イグアスは自前のACにもたれかかっていた。

 

「お待たせー、待った〜?」

「気色悪ぃ。どうせ野良犬がちんたらしてたんだろ?」

『待ったー?』

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 間もなく、新たに影が加わる。

 人間ではない。ホバー式のロボットだ。

 

「揃っているようだな」

『ミサイルの人』

「センスのいい呼び方だな。だが俺には、『チャティ』という名前がある。ボスがくれた名前だ」

「よく知っているよ。それで? 今から何すんだ。パーティーやるんなら買い出しくらい行ってやるぜ」

 

 ゴードの冗談にチャティは取り合わない。所詮機械だからか、もう慣れているからか。

 

「ついてこい。この一帯を案内する」

「は? んな面倒くせぇこと」

「やりたくないって? あんたたちの熱意はその程度のもんなのかい」

 

 急にロボットから発せられる声が変化する。強気で、女の声。シンダー・カーラだ。

 

「うちだって商団だ。ギブアンドテイクは大事にしたい。そっちのカチコミを許してやるんだから、我儘の一つや二つは聞いてくれないかね?」

 

 リフトの掌握権という人質を思い出したのか、イグアスは不本意ながら口を閉じる。

 

「それでいい。お互い、今は仲良くしておこうじゃないか」

 

 

 

 

 

 最初に待ち構えていたのは、数機のMTと作業服に身を包む人たちだ。

 整備の光景を目の当たりにするのは初めてだったので、621は『おお』と棒読みの感嘆を示す。

 

「AC乗りにまず見せるべきなのが、ここだろう」

「うちのメンテ場よりかちゃんとしてそうだな」ヴォルタがそう零す。

 

 格納庫であろうそこでは、金属どうしの擦れる音、工具を使って火花を弾けさせる音、そして怒号が飛び交っていた。

 中継用のデバイスを通してその模様を認めた五花海は、いつもの独特な笑い声をあげる。

 

「予想通り、素晴らしいですね。恐らくこの設備をポトマックさんに貸せば、やつれた顔も少しは元気になるでしょう」

 

 頭目自ら豪語している、ここは商団だと。しっかりと名を馳せている以上、それに見合った環境が整っていて然るべきである。

 一人、年配の整備士がこちらに歩み寄る。

 

「あれ? こりゃ珍しいこともあるもんだ。暴れん坊たちのお守りかい? チャティ」

「お守りをするには不便な体だ。今は客人をもてなしている」

「ほう、こいつらが。どうりでお前さんがお古に潜り込んでいるわけだな」

 

 男は軍手を外し、手を差し伸べてきた。

 

「Radへようこそ。ヨーゼフと呼んでくれ」

 

 それに応えたのはゴードだ。

 

「やけに馴れ馴れしいじゃねえか」

「そりゃな。あんたたちがここに来たってことは、ボスがあんたたちを認めたってことだ。邪険にする道理がどこにある?」

「情けねぇジジイだ。ちび女の仰せのままかよ」

 

 さらりと罵倒を吐くイグアスだったが、意にも介さずヨーゼフは高笑いをあげる。

 

「確かに! 傍からはそう見えるな。だがな、アンタ。些細なんだよ、そんなものは」

「あぁ、」

 

 イグアスが身を乗り出すのに先んじて、ゴードは呆気なく皺だらけの手を取った。

 

「あんたの言いたいことはわかったよ。――よろしくな」

「へ、お前さんがこっちについてりゃ、俺たちの仕事はもっと賑やかになるんだがな」

『今も、けっこううるさくない?』

 

 思わず挟んでしまった少年の声に、老人の目線が少し下がる。

 

「巷じゃ俺たちゃ狂人と呼ばれてる。狂ってんだ。ただ狂い方にも色々あって、ここにいるのはマシな方。頭ン中重機で染められちまった阿呆の集まりってわけだ」

 

 つまり、

 

「ぶっ壊れた機械に出会ったら、鼻息荒くして改造したくなっちまうんだよ」

「……」

『へー』

 

 至って真面目に言われので、適当な相槌で精一杯だった。

 

「すまないなビジター。コイツは風格だけはご立派なのに言葉選びは壊滅的なんだ」

「えぇ!? い、いやそんなことは」

「『お前たちがどれだけACを傷だらけにしてきても、必ず元通り以上にしてやる』。これで良かったろう」

「おお! そうそうそういうことだ! さすがチャティだな」

 

 もはや白い目を向けるしかない。

 しかし、チャティの翻訳が正しいのなら、悪意はなさそうだ。

 

「ここの見学は十分だろう。ヨーゼフ、長居したな」

「気にするな。またいつでも来るといい。今度はブリキやガラクタを手土産にな!」

 

 暴れん坊とヨーゼフは称したが、厳密には違うだろう。単に態度が悪いだけだ。だから、一行はただぶっきらぼうに踵を返す。

 

「レイヴン」

 

 男しかいないはずの場所で女の声。エアが久し振りに話しかけてきた。彼女も気遣いというものを弁えているようで、621が余所に意識を向けている間は不要な発言をしない。

 

「ここは、何か変です。コーラルの気配がそこら中にあります」

『ウォルターが言ってた、井戸ってやつ?』

「それはわかりません。少なくとも、以前のような爆発を招く恐れはないでしょう。アーレア海域に偏りが見られるのが気がかりですが……」

「ビジター」

 

 遮るチャティの声でそうだったと思い出す。今の自分は、虚空に独り言を放っている異常者だ。

 

「戦闘中も同じことがあったな。お前は誰と話している?」

「……」

『エアって人。じゃなくて、波』

「波形のようなものなのか……他には?」

『よくわかんないけど、物知りだから色々教えてもらってる』

 

 封鎖機構の兵器も調べられるとか、機械への干渉も可能であるとか、全部を漏らすわけにはいかない。漏らせば己の身に危険が及ぶ。そうウォルターとゴードからきつく諭されていた。

 

「てめぇの頭がイカれちまっただけだろ」

「どうだかな。お前だって今日は耳鳴りがあああとか言ってはしゃいでたろ」

「あれは嘘じゃねえッ。戦うには問題ねぇがイラつくんだよ。ほら、今だって」

「なぁに言って……ん? あぁったく、変なこと言うから俺まで聞こえる気がしてくるぜ」

 

 この二人のことだ。信憑性は低い。ただ、そういえばゴードも一度似た趣旨の発言をしていた。エアの存在を確認する実験中、たまに耳鳴りがすると。

 当のチャティは、これ以上の追及をするつもりはないようだ。

 

「まあいい。次の機会にもっと教えてくれ。人ではないどうし、興味がある」

「……」

 

 止まっていた足が再び動きだす。エアの思案する音が、621だけの耳に、微かに聞こえていた。

 

 

 

 

 

「おい、そういえばゴードのやつどこ行った?」

「は? さっきまでガキの後ろ付いてたろ」

 

 首の代わりに車椅子を回転させると、なるほど自分が最後尾になっている。そういえば先程から、ゴードの言葉は一度も聞こえてこなかった。

 いつの間に? 彼が自分を放置するのはよほどのことだ。

 

「待て。ビジター、背中についているそれは……」

 

 背を向けたまま固まった621にチャティは近づき、貼られていた紙をはがす。

 

『なんかあったらころす』

 

「非常に簡潔でわかりやすい端書だな」

 

 ナイルの感想。

 621はチャティを見る。どこを見れば「目が合った」ことになるのかはわからなかった。

 

「……問題ない。ここからは俺たちだけで行こう」

 

 格納庫から離れていくに従い、人気がなくなっていく。

 この高度では、劣悪な環境のルビコンで辛うじて生きている生物ですら、生息の余地がない。

 だから、人の痕跡だけが至るところに浮かんでいる。何かを創るも消すも、人の手に委ねられている。

 そして、自らが落ちぶれるのも当然、自らの業に依るものでしかない。

 

「実は、ヨーゼフが言っていたことも強ち間違いではない」息の詰まる空間で、やっとチャティが言った。

「と言うと?」

「あいつらは、マシな方だ」

 

 もう少し奥へ進むと、再び喧騒が聞こえてきた。

 しかしさっきとは違う。賑やかというより、混沌としたそれ。

 

「……下品、ですね」

「俺らが上品ってわけでもなくねぇか?」

 

 師弟ペアがそう言うが、621は五花海の方に賛成だった。

 レッドガンとは明らかに異なる。血気活気のないドロドロとした空気が、そこには漂っている。

 

「なんだあ、見ねえツラだな」

 

 濁りの含んだ太い声が聞こえた。

 のそのそと、彼方の暗闇から現れたのは、不気味なまでに図体のデカイ男の影。

 

「ここが誰のシマだかわかってんのか?」

「……ラミー、客人だ。余計なことをすればボスが黙っていないぞ」

「げぇっ! そ、その声、チャティさんじゃないですかあ」ラミーと呼ばれた男は途端、声を上ずらせる。「なんだって、こんなとこに?」

「ちょうどいい、お前に仕事だ。このあたりを案内してやってくれ」

「え……ええっ!? ままま待ってくださいよぉチャティさん、俺が余所者嫌いなの知ってるでしょ? 『真面目なヤツ』なんて相手したら、話通じねえったらありゃしない!」

 

 さらっと馬鹿にされた。イグアスとヴォルタの眉が引き攣る。

 すると次に聞こえたのはエアの声だ。

 

「ラミーというと、レイヴンが素通りしたACのパイロットですね。こんな汚……独特な風貌の男だったとは」

 

 先のミッションを思い起こす。アリーナに登録されている、ランク最下位の傭兵だ。

 

「あぁん? なんだかうるせえやつがいませんか? 耳の奥がキーンとして、ムカムカしてきた!」

「え? ……まさか、私の声が、」

「また薬のやり過ぎか。幻覚はオーバードーズの証拠だ」

「ちぃがいますって! 今日はまだ、二杯くらいしかキメてねんですよ!」

「コーラルは酒以上に脳を削る。毎日摂取している時点で、いつ動けなくなってもおかしくない」

 

 二人の会話が白熱する中、再びエアが反応する。

 

「こ、コーラルを摂取!? 眉唾と思っていましたが、人は本当にそんな愚かなことを……?」

『このおじさんたちくらいだと思う。たぶん』

 

 機械音声はやはり目立つようだ。今度は621の声に反応したラミーと、初めて目が合った。

 

「……チャティさん。動けなくなるってのは、このチビすけみたいにってことですかい?」

「ホントにアンタは、漢として成っちゃいないねえ」

 

 唐突に聞こえてきた親分の声に、ラミーはさらなる動揺を見せる。

 

「ボス!?」

「その無駄にデカイ図体にデリカシーは詰まってないのかい? それともあんたの大好物で溶けちまったのかねぇ」

「ひっ……で、でもそりゃしょうがないですよ! デリバリー? ってのはよく知らねぇですけど、あんま難しいこと考えるのは柄じゃねんです」

「そうだろうね。元はと言えば、あんたが間抜けにもビジターを通しちまったのが始まりなんだから」

 

 贅肉で潰れかけている目が丸くなる。きょとんとした顔も、これが621であれば愛嬌が感じられるが、脳とともに顔面も崩れがかった中年のそれは、はっきり言って恐怖を感じさせる。

 

「なんだって? 俺ぁ無敵のラミー様ですぜ。あそこに立ってる限り、ネズミ一匹通しちゃいねえ!」

「あんたの無敵は不戦敗を数えてないだろう? 家の見張りは、扉の外まで確認してこそ見張りなのさ」

 

 面白おかしく語るカーラ、の声を発するチャティと、どうやら自分が戦わずして負けたらしい少年の顔を、見比べるように首を回す。回しすぎて取れてしまいそうだ。

 

「う、ウソだウソだぁ! 俺は認めねぇぞ! おいチビっこ、俺と勝負しろお!」

『しょうぶ?』

「なんでもいい! 殴り合いでもACでも、飲み比べでもいいぜ。リベンジマッチを申し込ーむ!」

「はぁ……また始まったか」

 

 激昂するデブに全員が白い目を向ける。その視線も、チャティの嘆きも、既に彼には届かないようだ。

 

「レイヴン、乗る必要はありません。特に最後のは」

「……」

「どうせ飲むならせめて私にしてください」

「……?」

「ルビコニアンジョークです。お気になさらず」

 

 敢えて返答を口にしなかったが、二言目で顔に出た気がする。稀に素っ頓狂なことを言う波だ。

 虚空に胡乱な目を放っていると、ラミーが動いた。

 

「おらぁ、かかってこおい! でなきゃ俺から行くぜ? ぶっ殺してやるぅ!」

「ラミー、いい加減に」

「うおおおおおお! 邪魔だあああああ!」

 

 割って入ったチャティも薙ぎ倒し、途端に正気を失った彼は621へ一直線に突っ込む。エアの慌てる声が聞こえた。

 ゴードがいない以上拳は避けられない。直接降りかかる痛みを想像し、全身に力が入る。

 しかし、吹っ飛んだのはラミーのデカい身体だった。。

 

「ぶゅっふぇっ!?」

「っし、いいの入ったぁっ!」

 

 手をふらふらと振り払い、イグアスが意気揚々と声を上げる。以前はラミーと同じことをしようとしてゴードにお仕置きされたが、今回はお仕置きする側のようだ。

 

「おい! ったくよ、なんでお前はいつもそう手が軽いんだ」

「別にいいだろ。寧ろ感謝してほしいもんだ。あの狂い猿のお達しを、忠実に守ってやったんだからな」

「ゴードは過去に、イグアスに何か? ……なるほど。ではあの様子だと、彼の張り紙には効果があったようですね」

 

 相変わらずいがみ合う二人に、621は近寄る。

 

『ありがとう、イグアス』

「勘違いすんなよ、ガキが。うるせえ口は拳で黙らすに限るってだけだ」

 

 それを意地悪い笑みを浮かべて言うのがイグアスらしい。本心からの発言であることを物語っている。

 

「おいうっせぇぞ! 『酒』が不味くなるだろうが!」

「あぁ? ラミーてめぇの仕業かぁ!? ちょーーっとボスに気に入られてACもらえたからってよお!」

 

 ぞろぞろと奥から柄の悪い漢たちが現れる。ラミーのように太っていたり、逆に骨に薄皮が張るように痩せ細っていたり、目元が歪んで腫れていたり、歩き方が不自然だったり。正常と言えそうな者は一人もいなかった。

 

「いってて……あ! そ、そうだ! チャティさん、案内しろってことでしたよねぇ。俺にできる一番のやり方、ありましたよ!」

 

 ラミーは純粋に嬉しそうだった。愉しげに『仲間』を振り向く。

 

「おいテメェら! ボスからのお達しだぁ、俺たちらしさを見せてやれってよお!」

「あぁ? なんだそりゃ、ボスは難しいこと言うからわかんねぇよお」

「おれっちらしさって何のことだ?」

「いつも『酒』呑んだり騒いだり、あとはボコスカじゃれ合ったり?」

「じゃあアイツらのことぶん殴ればいいのか? よくわからんけど、そんなら簡単なお仕事だぜ!」

 

 頭の悪そうな会話の末、どうやら連中は暴力でもてなすという総意に至ったらしい。

 その様子を見て、イグアスはほくそ笑む。

 

「殴り甲斐のあるバカどもじゃねぇか。――おいヴォルタ! お前も乗るだろ?」

「あのな、俺はお前ほど無鉄砲じゃねぇんだぞ」

 

 冷めたことを言うG4に、イグアスは不快にはならない。

 どうせ乗ってくる。こいつはそういうやつだと、彼は知っているからだ。

 それはまさしく、一種の信頼だろう。

 

「……だがまあ、クズが相手ってんなら話は別だ。心置きなくパナせるからな」

 

 指をクラッキングさせて、ヴォルタは並び立った。中継の向こうの二人から横槍はない。これから勃発する演目を認めるということだ。

 一触即発。縄張りに棲み着く害虫の群れと、たった二体の獣が睨み合う。

 

「はぁ……やはりこうなったか」

 

 チャティは妙にリアルな溜息を吐き、こちらを向いた。

 

「ビジター、お前はこれ以上ここを知る必要はない。行くぞ」

 

 気遣いのつもりなのか、離脱を勧める態度に疑問符が浮かぶ。

 

『行くって、どこに?』

「お前にはまだ、見てもらいたい場所がある」

 

 群れの一匹が迂闊に飛び出した。その末路を、621はぼんやりと眺める。

 

「ボスのところだ」

 

 硬い拳が顔面を抉る、鈍い音がゴングとなった。

 

 

 

 

 

 乾いた暗がりは、いつものヘリと似た空気が漂う。人気の少なさも、その感覚に拍車をかけていた。

 一人と一機、足音のない前進。わずかに音程の違う、二つの駆動音だけが木霊している。

 

「お前はボスについて、どれくらい知っている?」

「……」

『なにも』

「そうか。なら聞き方を変えよう」

 

 淡々とチャティは発する。

 

「お前はあの男について、どれくらい知っている?」

『ゴードのこと?』

 

 初めは何も知らなかった。今は、少しだけ知っている。

 だが、それでは首を縦に振れないような意図の込められた問いであることが、ひしひしと感じられた。

 

「どうやらチャティは、ゴードについて何か知っているようです。私たちの知らない、彼の姿を」

「……」

「それを見せようと言うのでしょう。見てみましょうレイヴン。私も、興味があります」

 

 今回ばかりは、完全にエアと同じ意見だ。

 胸が高鳴る。この音までエアに聞かれているのだろうか。ふとそんなことが過り、唐突に気まずさが湧く。

 

「ご心配なく。私は気遣いのできるルビコニアンですから」

 

 ……やっぱりおれ、コイツ苦手だ。

 

 

「変わらねぇな、てめぇは」

 

 汚れたソファーの上、使い古されたスキットルを呷る。

 見渡せば殺風景。どう作られてどう使われるのか想像もつかない機械と、彼女の殴り書きサイン付き設計図がインテリアだ。

 

「そういうあんたは、変わり果てたもんだね」

「褒め言葉にしちゃあ配慮がねえ」

「いいや、良いも悪いもないさ。大人になるっていうのはそういうことだよ。認めることと諦めることが上手くなる」

 

 カール状に巻かれた二束を揺らし、小柄なボスは趣味に没頭していた。

 そして、その傍ら別のことに意識を割くというのは、余程のことであった。

 

「随分と笑えねぇマネしてくれたな。あいつを危険に晒すたぁ」

「私は笑わせてもらったよ。なんだい、宝をキズモノにされて怒る子供みたいな顔をしちゃってさ」

 

 ゴードは「ケッ」と毒づくが、それ以上は言わない。こういうところが大人になったと言いたいのだろう。

 しかし、それだけが理由ではない。

 

「不器用な照れ隠しは嫌いじゃねぇ。どうせ、俺のためだろ?」

「……お前さんの頭がお花畑だって可能性は考えないのかねえ」

「兄弟たちが死んだ」

 

 彼女の手は止まらない。が、俯いていた瞳が微かに震えたことは見逃さなかった。

 

「ウォルターのことだ、伝えてあるに決まってる。今度同じことになれば、多分俺も死ぬ。そう思ったんだろ」

「その様子じゃ、私の見立ては正しかったみたいだね」

「だから愛着深まる前に試そうって寸法だったわけだ。ここでくたばるようなら先はないってな」

「おかげでわかった。あの子は戦える、合格だ」

 

 視線を感じたのだろう。カーラはここで手を止めた。

 見上げて、ゴードと目が合う。

 

「ほんっとに変わらねえ。冷てぇな、テメェは」

 

 吐き捨てるように言った。

 それに対して、彼女は笑うだけ。

 ――いや、嗤ったのだろう。

 

「ああ、これが私さ。幻滅したかい?」

「まさか。それでこそカーラだろ」

 

 一口、酒を吸う。

 

「てめぇは頭がいい。人の物語を割り切ることができる。だから喜劇を求めて、悲劇は受け流せる。誰よりも大人なんだ」

「褒めてるのかい? それ」

「一応な。生きていればいがみ合えるし、死んでも引き摺り合うことはない」

 

 少しばかり酔いが回って、赤みのさした頬を彼は緩めた。

 

「てめぇなら、もしもがあっても悲しまないでくれる」

「……縁起でもないことを」

「この星に縁起なんてもんはねぇさ。そんな闇の中で、カーラは生きてる。――あぁ、生きてるんだ。飲まれることもなく、照らすこともせず。ただてめぇらしく、ありのままの冷たさで。そういうところが俺は、」

 

 思い馳せ、大事なところで言葉に詰まった。

 いつも、その先は言えない。

 

「……何でもねえ」

「……そうかい」

 

 微妙な空気が流れる。一時的だったそれはすぐに、灰被りの部屋で霧散する。

 

「さっきのお詫びと言ってはなんだが、久しぶりに診てやろうか?」

 

 いつの間にか作業がゆっくりになっていたカーラは、螺旋の桃髪をくるくると弄っている。

 

「え。マジか、いいのか?」

「大出血サービスだ。これからまたしばらく、面倒見ることになりそうだしね。私の勘は当たるんだ」

「ハハ、俺も前に兄弟に同じこと言ってたぜ?」

「私の真似しているようじゃ、まだオトナには程遠いよ」

 

 カーラは呆れたように愁眉をつくるが、どこか愉快げだった。そこに勢いよく立ち上がったゴードが寄る。普段のような陽気さだけでなく、無邪気に喜ぶ子供のように。

 

「俺だって勉強してんだ。現場の意見ってのも参考になるだろ!」

「また突拍子のないアイデアでも持ってきたのかい」

「今度こそてめぇの土俵で笑わせてやるよ」

「半世紀早いって言ってるだろう? 私に並ぶのはね」

 

 カーラはよく、自分の部屋をラボと呼ぶ。

 己と向き合い、没頭する場所。彼女はそこに自分の世界を作っている。現実に負けないためか、あるいは逃げるためか。少なくとも、他人に踏み入る術はないはずだ。

 今はそこに、二人でいる。

 

「――」

「――」

 

 そう、これが、二人の距離。

 

 

 淀んだ大気の流れに紛れて、621の微かな息遣いは誰にも気付かれない。

 チャティ――の入ったロボットのカメラ映像を覗いていた彼は、不思議な気持ちに駆られる。

 

『ゴードとカーラって、知り合いだったんだね』

「どう感じた?」

 

 投げかけられたシンプルな問いに、思考の間が空いた。

 

『おれの知らないゴードだった』

「人は、相手によって立ち振る舞いが変わる生き物です。カーラの存在は、彼にとって特別なものなのかもしれません」

 

 真意はわからない。だが、こればかりは本人に聞いたところで、最後まで答えてもらえないような気がした。それくらい、平生の姿とはかけ離れている。

 でも、

 

『すごい、楽しそう』

「楽しい、か。確かにボスも、心なしか上機嫌だ」

 

 621の目にはそうは映らなかったが……Radで培われてきた関係値でわかるのだろう。

 

「……」

「レイヴン?」

『おれには、そんな人はいない』

 

 なんでこんなことを口にしたのだろう。零してからそう思った。

 

『一緒に戦ってくれる人と、敵しかいない』

「で、ですが、レイヴンにはウォルターとゴードがいます。あと、わ、私も」

 

 エアの慰めは間違っていない。しかし、やはりゴードたちの間にあるのは別のものだと、本能的に悟っている。

 その名前を、621は知らない。

 なぜ――?

 

『過去がないから』

「レイヴン……」

『背景が、ないから?』

「……」

 

 幼い少年には、その答えで精一杯だった。

 採点できる者はいない。ここには形を持たぬルビコニアンと、機械仕掛けのお喋りしかいないのだから。

 

『おれは、ひとり?』

 

 吹き込んだ隙間風は、虚しく声を連れ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第13話 RaD偵察

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第13話 『鶏が一度ないた』

 

 

 




ドーザーの狂いっぷりって意外と本編で直接描写されてなくて、難しいんですよね。

最初はゴードたちを温かい目で見守る621たちという図で終わらせるつもりだったのに、どうしてこうなった!

まだしばらくチャプター2は続きます。最低でもあと4話は使う予定。お待たせしてすみません!
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