錆びた流星はまた昇る   作:小千小掘

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第4話―2

 

 レッドがゴードに追いついたころには、もう随分と療養室から離れてしまっていて、彼は独特なステップを踏んですれ違う人々の視線を浴びていた。

 

「夢人はー、旅の味を知らずにー、ロマンを知るはリアリストの醍醐味ー♪」

「ゴード。ゴード! 先ほどの仲裁には感謝するが、少し目に余るぞ」

「大丈夫大丈夫ぅ、誰にも迷惑かけてないんだから、こんくらいの気ままはお許しをー。――あぁったく、飲み足んねえ。やっぱ酒なんかじゃアガんねぇよお!」

 

 流動的に体をくねくねさせている。さながらバレエのようにも見える動きは柔軟性を感じさせる一方、まあまあキモイ。

 

「これはこれは、愉快な客人を連れ歩いていますね」

「あ……五花海先輩。すみません、お見苦しいところを」

 

 通路の奥から現れたのはG3五花海。かつてベイラム経済圏を大きく騒がせた経歴があるらしい。レッドが入隊する前のことで詳しくは知らないが、その一件が彼のレッドガン入りの一因であることは把握していた。

 

「ふむ……生き生きとしたお方だ。やはり良い気が流れている」

「以前も似たことを言ってましたね。先輩はゴードを気に入っているように見えます」

 

 任務も共にしたことがない、二言三言交わしただけの間柄なはずだ。しかし、彼は首を縦に振った。

 

「起伏のある貴竜は、その者あるところに幸運ありと銘打っても過言ではありません。延いては私が渇望する吉穴に通ずることも期待できましょう」

「俺には、その、学が足りず理解には欠けますが……彼の実力は一定の評価を受けるに値すると思います」

「ええ。私としてはぜひともレッドガン隊員として迎え入れたいところです」

 

 狡猾さの潜める五花海のことだ、単なる好感ではなく、多くの打算に基づいての発言だろう。

 コールサイン持ちは副長のG2ナイルを除き、ベイラム本社とは無縁の他所からの引き抜きばかりである。レイヴンに――臨時の傭兵枠とは言え――G13を貸与する寛容さも顧みると、一定の実力を示したゴードにG14を貸与する道理はあるはずだ。

 

「それは難しい。だそうです。ミシガン総長も、ハンドラー・ウォルターも、レイヴンとは事情が異なるようで、あくまでレッドガンに雇われた独立傭兵の端くれとして扱うように、と」

「でしょうね。私が彼らの立場ならそうしますよ」

「俺はぁ……誰にも従いたくないね! 適当に生きて適当に死ぬ。いつぶち殺されるかもわかんねぇのにぃ、人の言うことなんざ聞いてられるかってんだあ!」

「こういう人間は、下手に首輪をかけない方が安全です」

 

 協調性という観点だけなら、イグアスやヴォルタも大概だし、レッドガンは揃いもそろって我が強い。恐らく、風水特有の考え方があるのだろう。

 

「故に私個人も、最低限の距離は置くつもりです。相生の関係が相剋に変わり果ててしまうのは、非常に勿体ありませんから」

「オカルトにゃあ、興味ねえぜ」

「そうですか……では一つ、予言めいたことを伝えておきましょう」

 

 傍からは意識が朦朧としているようにしか映らないゴードに、五花海はビジネスを行うが如く理性的に諭す。

 

「あなたには生気があると言いました。しかし人間たるもの、同じ状態が続くことは絶対にありません。陰陽の理論が示す通り、いつかは流転し、理不尽なまでの殺気があなたを取り巻くことになる」

「……」

 

 所詮戯言。酔っぱらいなら聞き流してしまうのが妥当な言葉に、何故かゴードは反応を見せた。

 

「だから、何だってんだ?」

「その問いは無粋と言うものです。あなたが仰ったのではありませんか。風水は所謂ビッグデータの分析、答えは自身の手でなさるべきでしょう」

 

 感情を悟らせない、微笑の仮面を貼り付けた男は、こんな世界では珍しい。愛想など、とうに振り撒く価値もないゴミに落ちぶれているというのに。

 

「あなたの選択が、良き結果をもたらすことを祈っています」

「たはっ! ご忠告どうも。それでてめぇが先にくたばったら一番面白ぇな!」

「お、おいゴード! 貴様、その無礼だけは――」

「構いませんよ。それより、少しよろしいですか?」

 

 またしても徘徊しようとするゴードに怒りを滲ませ、追跡しようとするレッドだが、五花海が止めた。

 レッドとは違い、五花海には察しがついていた。恐らくあの方向は……

 

「彼の平生の様子について、何か知っていることは?」

「い、いえ、特には。作戦中も大音量で音楽をかけては友軍に軽口を叩き、今の体たらくといい破天荒な男だとは思いますが」

「……そうですか」

 

 レッドを疑っているわけではない。ただ、その見解が正しいとは、微塵も信じていなかった。

 それはひとえに、五花海の持つ素質が感づかせたもの。人を欺くことになれているからこそ。

 憂慮と愉悦の入り混じった視線を、ゴードの背中に向ける。

 

「では何故、彼は()()なんてしているのでしょう?」

 

 

 

 

 

 いくら名を轟かせようと。英雄と称えられるほどの戦果を収めようと。豪勢になるのは精々戦争のことくらいだ。

 もっとも、この隊においてはそれすらも見込めないらしい。

 

「――おかげで壁越え作戦はパーだ。あれをやり遂げられる勇猛なクライマーは今、我々にはおらん」

「そうか……。だが、話を聞く限り元々無理のある戦力差だったんじゃないか?」

「現場の人間なら誰でも抱く画期的な感想だな。ぜひとも本社に提言してもらいたいものだ」

 

 質素な応接間。向かい合うソファにそれぞれ、ウォルターとゴード、ミシガンが座っている。

 

「なっはは、俺ぁそこんとこ見越してボコボコにしたったってわけよ」

「ふん、調子のいいことばかり言いおって。貴様のおかげでこちらが後手に回るという事実は動かんのだぞ」

「知らないね! 死ぬはずだったやつが死なずに済むってだけだろ」

 

 目の前のテーブルを興奮気味に叩くゴード。

 

「あんたが出りゃちゃちゃっと終わる話さ。空飛ぶクラゲに壁なんざ関係ねえだろバッキャロー!」

「それが通ると思っているのは貴様が貴様だからだ! 頭の固さと高さは例の壁を軽々超える連中に、それを承認する気前なぞあるものか」

「だったらさっきのペテン野郎がやりゃあいい。それもできねんならやっぱビビっとくのが正解だな!」

 

 ギャハハと下品に拍手する。白い目で見るミシガンに、ウォルターは申し訳なさそうにしている。

 

「おいウォルター、コイツに何があった? 以前とは違う――いや、逆戻りに近い」

「……」

「アイランド・フォーの動乱以降、連絡の頻度が極端に落ちたな? やはりそれが関係して、」

「悪いが答えられない。今後はできるだけ抑えられるよう、こいつには言い聞かせておく。それで許してくれ」

 

 ミシガンは難しい顔だ。視線を正面から外す。

 

「貴様はまだ俺の肩にも届かない背丈の頃から、頑固な捕虜よりも寡黙だったな。だが今はそれだけじゃない、後ろめたいことが多いヤツの態度だ」

「喋らなかったのなら、知らない側面もあるだろう」

「そうか。では時間さえあれば、人は金に目を眩ませ、死と隣り合わせの環境に自ら飛び込み、子供を道具のように使い捨てるようにもなるのだな?」

「……ああ、その通りだ」

「フン、そんな下劣な男がこの猿を飼いならせるわけあるか……。だからわからん、貴様は何を企んでいる? ルビコンに何をしに来た?」

「さあな。路頭に迷った哀れな中年に残された、最後に縋る希望かもしれん」

 

 言葉に詰まりながらも惚けたウォルターだが、ミシガンとて戦場での経験は豊富だ。彼が注視していたのはゴードの反応である。

 

「……」

 

 呆然としているように見せて、意識は研ぎ澄ます。ハンドラーの証言を聞き漏らさないよう耳を傾けている青年の挙動を見逃さなかった。

 ウォルターは自身の意図を、ゴード(飼い犬)にも明かしていない――。

 突然、ノックもなく扉が開いた。

 何と無礼な。ミシガンは厳しい視線を入口に向けたが、怒気はすぐに引っ込んだ。

 

「兄弟!」

「621」

「G13!」

『揃わないね』

 

 レイヴンはどこに停止するでもなく、室内を回り始めた。

 

「よくここがわかったな」

『適当に進んでたら着いた』

「一人でいたのか? 付き添いはどうした?」

「真面目ちゃんなら俺といたよーん。なんででしょう!」

 

 今回ばかりはミシガンも、任務をしくじったG6を叱る気にはならなかった。

 巡り巡って、レイヴンが合流したのはせめてもの幸いか。

 

「どうだった、G13。イグアスとヴォルタは何か言っていたか?」

『イグアスは面白かった。ヴォルタは、ちょっと優しい?』

「はははっ、やはり肝が据わっているな! 本人にはそう伝えておこう」

 

 少年はここまでの道中もそうしていたのだろう。好奇心に身を委ね、あれやこれやと物色している。

 ふと、何かに目を止めた。

 

『この写真』

「ああ、それは……」

 

 デスクの写真立てを握っている。

 写っているのは言うまでもなくレッドガン部隊。最前列には、7人が屈んでいる。

 

『これがミシガン、これがイグアス、これがヴォルタ、これがレッド。あとは?』

 

 逡巡の末、ミシガンはレイヴンの隣まで歩んだ。

 

「コイツはG2ナイル。俺をここに引き入れた物好きな口達者だ。今は貴様らによって頓挫した計画の調整をさせられている苦労人。会えたら労いの言葉でも贈ってやれ」

『苦労人は背が高いね。ミシガンはこんなちっちゃいのに』

「喧嘩の売り方はまだまだ甘いな! ――コイツはG3五花海、人から金を騙し取ることが生きがいのクソッタレだ。ちょうど近くにいると思うが」

「俺が遭った! あいつぁいけ好かなぇよお。俺じゃなかったらこいつをケツの穴にぶっ刺してたね! あ、んなことしたら汚くて飲めねえや!」

 

 スキットルをカンカンと叩くゴードは無視する。

 

『じゃあ、これは?』

「そいつは……」

 

 当然、その質問が来ることはわかっていた。しかしどうしても、ミシガンは一瞬躊躇ってしまう。

 

「……そいつはG7ハークラー。泣き言の数だけは誰にも負けなかった、大馬鹿者だ」

『へえ』

「……」

『負けな、かった?』

 

 レイヴンはその違和感に首をかしげ、すぐにはたとする。

 

『ウォルター。おれがライセンスを漁ってた時』

「ああ、いたな。汚染市街で検出された残骸だ」

 

 あの時は任務のことだけに意識を向けていた。しかし今は、この写真とミシガンの言の葉を知った今は、胸に重い何かがのしかかってくる。

 

「そりゃおかしな話だぜ。あの市街に価値はないって、真面目ちゃん言ってたぞ。んなところでどうして番号付きが御釈迦になった?」

「封鎖機構のSGと鉢合わせになったのだ。当時居合わせたMT部隊には切り抜けるだけの戦力はなかったが……死傷者は出なかった」

「一人を除いて、か」

「戦場で犠牲を伴わない奇跡など存在せん。ということなのかもしれんな。やつは最期になって漸く喚きを雄叫びに変え、散った。そうして守られたものは、形として残っている」

 

 重い沈黙が覆い被さる。ゴードでさえ、顔をしかめるも無言だ。

 どうコメントすればいいのかわからない。621は足りない頭を、しかし素直な情緒を原動力に働かせ。

 

『ヘリは、おれとゴードが倒したよ。だから』

「――事前に弔いを済ませていたとは。G13、貴様は生粋のレッドガンだったようだな。ハークラーは根性無しの役立たずだったが、俺は死者を冒涜する人でなしではない。やつに代わって礼を述べる!」

 

 頭を乱暴な手つきで撫でられる。ゴードより、幾分か力強い。

 

『ミシガンが元気になったなら良かった』

「貴様に心配されるようなタマではない。身内のケツは身内で拭く。貴様には貴様の居場所があるはずだ。我々とは違う、それを大事にしろ!」

『でも、おれにはゴードとウォルターしかいない。ミシガンには、身内がいっぱいいる』

 

 そんなことは。と、返そうとしたところで。

 ――今、この少年は何と言った?

 ある事実に気付き、ハッとしたミシガンはソファの方へ目を向ける。

 案の定、バツの悪そうな顔。

 

「まさか、話してないのか……?」

「……必要がない」

「……」

 

 ウォルターは俯き、ゴードは舌打ちをして酒を呷る。その表情は暗い。

 

「こいつはまだ子供だ。それが良くないことくらいわからんか?」

「……別に、あんたんとこと変わらねぇだろ。避けようのないものは、気にしても仕方ねえんだよ」

「我々と一緒にするな! 隠し通せるわけがない、きっと知らないままではいられないぞ。貴様らのやっていることは、単なる先延ばしだ!」

「っ、んなこたぁわってんだよ! けど俺ぁ……なぁわかってくれよミシガンさん。そんなこと言えるのは、あんたがあんただからだ」

 

 暴言と共に立ち上がったゴードは老獪を強く睨む。それが怒っているようには、全く見えなくて。

 身を寄せる場所のない子犬が、泣きそうな目で彷徨っているようだった。

 

「俺も、あんたのように気高く強くありたかった……」

 

 荒れた足音と扉のこじ開けられる音。続いて、ウォルターも起立する。

 

「ミシガン……申し訳ないとは思っている。だが、これは俺たちの問題だ」

 

 二人が退室して、やや遅れてレイヴンは動き出す。

 彼は、途中振り返った。何かを言いたそうに。

 その真意を悟ったミシガンは、そこでやっと元の威勢を取り戻した。

 

「G13、上司に近づく時と離れる時は『失礼します』だ! 別れの挨拶は――そうだな、『また会おう』や『健闘を祈る』で十分だ!」

『ありがとう。ミシガン、また会おう』

「上出来だ。健闘を祈る!」

 

 最後の客を見送った。間もなく三人はここを去るのだろう。

 確約された独りの空間では、『歩く地獄』だの『木星戦争の英雄』だのという称賛とは無縁の老男だ。不安気な顔で息を吐く。

 ミシガンは根本的に強い男だ。余所者であるという多大なハンデを抱えてもなおレッドガンの総長を務め、部下から異存なしと慕われる背中の大きさは伊達ではない。

 だからこそ、どう救うこともできない者がいる。彼の強さに嫉妬するだけならいい。格差を認めた上で諦め、己を駄目だと罵る逃げ道に縋ってしまえば最後、先を往く猛者の言葉は尽く精神を刺す(正論)と化す。

 そして何より悲劇なのは、ミシガンがそれを理解できるほど賢くもあるということだ。

 どうか、彼らの自傷が求める救いを得られるように。

 せめてできることは、意味のない祈りで煙に巻くことだけだった。

 

 

 

 

 

 往きよりも圧倒的に静かになった車内。ゴードは白目を剥いて寝静まっていた。雑な寝方に反していびきはなく、本当に死んでいるかのようだ。

 621は変わらず、助手席から兄貴分の姿を見守っていた。

 

「……気になるか? ミシガンの言っていたことが」

『うん』

「そうか――」

『でも、まだ知らなくていい』

 

 ウォルターは顔をわずかにこちらへ傾ける。

 

『多分知っても、おれはゴードになんて言えばいいかわからなくなっちゃうから』

「621……」

『いつかわかるかもしれないなら、待つよ』

「……」

『だから、今を生きたい。その時まで、三人で』

 

 前向きな発言に、ウォルターは複雑な感情を露わにする。

 

「得られたものは、あったようだな」

 

 621は窓の外を見る。果てしなく続く荒野と視界を阻む嵐は、どこまでも落ち着きがない。

 それすらも、何ら思わずに眺めることができた。少年は密かなる安穩な心地を、自分なりな言葉で纏めるのだった。

 

『あそこ、あたたかかったな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4話 レッドガン部隊往訪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4話

『Consolation in The Magazine』

 

 

 




ちなみに五花海は、二人のお見舞いがてらヴォルタに商売を教えに行くところでした。

ミシガンが公私共に逞しかったかは不明ですが、彼の立場や根っこの優しさを考えるとまあ相当堪えてたでしょうね。

〈訓練生=g13の予定だった説について〉
僕は否定派です。
レッドの「その番号は縁起が悪い」「正式に入隊してほしい」発言から推測するに、レイヴンが正規隊員になることでG13より上のナンバーをもらえたのでしょう。恐らく一定以下のナンバーは独立傭兵とかの非正規に与えられるようになっていたのだと思います。
ミシガンの「一昨日空きが出た」は訓練生は関係なく、単にそれなりに続いてた別の独立傭兵が戦死あるいは離脱したからだと考えています。
少なくともこちらの世界線ではそのつもりで話が進んでいきます。
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