『壁』から一線退いた場所に、アーキバスの指令拠点はある。
事実上の司令官に当たるスネイルも身を置くそこでは、現在壁越え作戦に関する通信が絶え間なく行われていた。
「V.IV、B地点を突破。これよりフェーズ3へ移行、内部に侵攻します」
「すごい……本当に単騎でやってのけたぞ」
「確か、人材公募プログラムで発掘されたニューフェイスだったよな?」
「でもヴェスパーともあれば、これくらいできてもおかしくない」
「バカ、そのヴェスパーにとんとん拍子で食い込んだってのが異常なんだよ」
新星の目を見張るべき活躍に、作戦中であることも忘れ彼へのコメントが散見される。
アーキバス傘下であるシュナイダーを出自とするラスティは、半年にも満たずヴェスパー上位に抜擢されたということで、社内では一時期特ダネ扱いだった。
差し迫った情勢での異例だったため、彼の技量を疑問視する声も少なくなかった。が、この作戦が終わる頃には、その批判も鳴りを潜めることになるだろう。
「邪魔するぞ」
軽い声が投じられる。それで、室内が一気に静寂の底へと沈んだ。
コッコッと、ゆったりとした足音だけが響く。
「ほう、優雅な戦い方だ。勇敢で迷いもない、この動きは――――主人公か。面白い」
男は正面のスクリーンの前で腕組み、周りの視線に取り合うこともなく、無遠慮に凝視し始めた。
「あ、え……な、何故あなたがここに?」
誰も何も言えない中、呆然としていたオペレータの一人が、不注意に尋ねた。
「意固地で意地悪な次席殿に外されてしまってな。俺を差し置いて
AC『スティールヘイズ』を映す大画面の横には、この重要作戦に名乗りを上げたという二名の独立傭兵もモニタリングされている。せこせこと金稼ぎに没頭する詰まらないヤツも多い中、明らかに売名を目的としているであろう彼らは、曲がりなりにもあのスネイルがアサインを認めた人材だ。
何かが見つかれば、御の字だな……。
「どうか、俺を魅せてくれよ」
薄ら笑う彼は、ただの無邪気な観客だった。
*
壁の内部は程々に入り組んでいるが、今更困り果てるような迷路ではない。故に、最終防衛線を張るMT部隊の配置スペースにあてがわれている。
しかし、袋に飛び込んできた鼠は、さも当然のようにきつい口を突き抜けてしまう。
「敵襲――え、えぇ!?」
「ま、待て! クソ、無視しようってのかッ!」
構ってほしいなら精々追いついてみろ。レイヴンの言い分はシンプルだ。
道中の敵はそっちのけで、彼は奥部まで駆け抜けていく。
リフトにアクセスすると、僅かにGが掛かる。胸の鼓動がわかりやすい緊張の時間、LOADER4は微動だにせず、パイロットを真似るように沈黙していた。
「補給シェルパは」
『いらない』
「……わかった」
残弾はおよそ60%。目標の特徴を考えれば長期戦は見込まれない。ウォルターから異論は挙がらなかった。
「その隔壁の先が目標地点だ。つまり」
『ジャガーノート』
「正面から攻めるのは得策ではない。上手く脇や背後に回り込んでから攻撃しろ」
手短な助言を受けて、隔壁にアクセスする。
重い音を立てて開く門戸の隙間から、じわじわと冷気を纏う粉雪が吹き込んできた。
眩い視界に、やがて慣れる。
白銀の世界に戻り出るのと同時、向かいから大胆に現れた巨兵。最終目標に、レイヴンは身構えた。
『やる』
壁のすぐ側では、猿の蹂躙が一段落したところだった。
沈黙した四脚MTから目線を外すと同時、通信が入る。
「621が交戦を開始した」
「了解。中の数は?」
「20。壁上に向かっている」
反応はしなかった。軽口を叩けるほどの猶予は無いが、顰め面をするほどの戦力差でもない。
内部通路を駆け抜ける傍ら、右手の得物――ベイラム製のハンドガンを確認する。
「殴っても変わらなそうだが……ないよりマシか。子手先の誤魔化しになる」
「新たに中央エリアからも敵性反応が接近している。かなりな数だ、到着まで間もなく――移動の多い長丁場になるぞ。内装まで変えて正解だったな」
ゴードが換装したのは外装パーツだけではない。ジェネレータとブースタをアーキバス系列のVP-20S、ALULA/21Eに変更し、戦況の急変にも対応できる機動力を確保した。武装はミサイルとブレードで火力を維持しつつ、軽量も妥協していない。
無茶な機体制御を取りがちなゴードには、十分適応したアセンブルだ。
これならもう少し、「本気」になれる。
「聞こえるか? こちらV.IVラスティ」
気の晴れたような声が入る。若さ特有の、芯のある響き。
「速いな、もう始めているのか」
「増援が来る前に片を付ける。そっちの状況は?」
「内部を侵攻中だ。君たちの活躍のおかげで、障害はない」
「なら……そのまま兄弟と合流してくれ」
葛藤を押し殺して、ゴードは提案する。
「多分あんたのほうが早い。俺は他のMTと、即席おかわりの対処に回る。――あいつに万一のことがあったら、承知しねぇぞ」
「……了解した。スピードを上げていこう。――そうだ、もう一つ」
まだ共有すべきことでもあっただろうか。首を傾げ、言葉を待つ。
「良い音色だな! 話に聞くより高尚な趣味をお持ちのようだ」
唖然としている間に通信が切れる。続けざまに、背中をガラ空きにして前進する敵機の姿が捕捉された。
「……へっ、わかってるじゃねぇか」
底値だった機嫌は、ほんの少しだけ上を向いた。
地雷の爆発を的確に避けると、グレネードキャノンの警告。レイヴンは臆することなく懐に潜り込み無傷でやり過ごす。
壁上では未だ熾烈な戦いが繰り広げられていた。怪獣に人間が挑むような構図だが、両者は拮抗している。
ウォルターの助言を活かし、レイヴンは頻繁に左右へ機体を振る。相手がその動きに慣れてからは、無理矢理頭上を取る方針に変えた。
ミサイルとライフルで装甲にじわじわと衝撃を与え、パルスブレードでダメージを稼ぐ。鈍足や単調な相手は、落ち着いて対処しやすい。強化人間が幾重もシミュレーションを熟せば、これくらいお手の物だ。
しかし、難儀なのは先程からバラ撒かれている派手なまきびしだ。まともに喰らうのは許容できない火力がそこかしこに設置される。制限された足場で互角以上に戦えているのは、ひとえに621の確かな成長の証だった。
そして、腐っても重装のデカブツ。腐っても壁の番人。こちらの火力不足というわけではなく、なかなかにしぶとい。
『このままじゃ間に合わない』
「増援は先輩が対処する。多少時間はかけてでも、」
『数で押されたら終わる』
壁が壁たる理由の一つに、周辺とのアクセスの良さがある。壁の危機に際して――まさに今の状況のように――迅速な増援の派遣によって防衛ラインを生成することが可能だ。
つまり、四方八方からMT部隊が現れる。ゴードとて身体は一つ、単騎で全てに対応できるかは保証できない。もしジャガーノート以外の射線がレイヴンに通れば、戦局は不利に傾く。
ウォルターからすればそのような心配は無粋だとわかっているのだが、621はまだその真価を目にしていないため無理のない予測だった。
――どうする……。
正面のジャガーノートが放つミサイルを撃ち落とす。
いや、撃ち落とそうとした。しかし、レイヴンより遥か手前で爆発した。
『近接信管? 違う。誰が』
スキャンを実行。
新たな機体反応。それは二体の更に上空を旋回し、タイミングを計ってレイヴンの側に降り立った。
見せかけの瞳が合った。
「君がレイヴンか……」
爽やかに語りかける男に、漫然と羨ましく思う。きっと、人当たりの良いとはこういう人を言うのだろう。
「あのハンドラー・ウォルターの子飼いらしいな」
『あんたがラスティ?』
「ああ。モンキー・ゴードとは話をつけてある。君にもしものことがあれば、私も道連れらしい」
『ゴードなら言いそう』
「ははっ! 安心しろ、この身を賭してでも私が、……私が」
尻窄みになった言葉に眉が寄る。息を吸って、二の句を探しているようだった。
「……うん。やはり抱えてでも共に逃げようか! それがいい」
『死にたくないんだ』
「勿論だとも。志半ばで散るのは、私の性分ではないのでね。――大義が命より重くなるのは、ここぞという時くらいさ」
ラスティの手が621の背中を叩く。
まるで機械に人の肢体を見るように。
「これも巡り合わせだ。――共に、壁越えと行こうじゃないか」
社交辞令を待ってはくれない。ジャガーノートは待ちきれんばかりに熱で咆える。
すかさずスティールヘイズが前に出た。
「私が撹乱する。これでイージーだろう」
今日のゴードの調子に慣れた目からも、彼の制御する空力は見張るべきものだった。
絶対的な速さは、ジャガーノートを寄せ付けない。それでいて冷静な射程管理によって、常に被弾範囲の一歩外でロックを受けている。
やっぱ、ヴェスパーってすごいんだな。
「ッ――」
ミサイルによって大きく損傷した弾倉部分を蹴りつけると、ジャガーノートの姿勢は大きく揺らいだ。そのままパルスブレードを押し付ける。
「追撃するッ」
レイヴンが後退、スイッチして飛び込んだスティールヘイズがレーザースライサーを展開する。
『それすごいね。難しそう』
「手癖が悪いだけさ。この前なんてオキーフのフィーカにこっそりタバスコを、」
触られるのを嫌ったジャガーノートが身体を捩らせる。離脱したラスティはプラズマミサイルを振りかけた。
「行儀がなってないな。――とっとと終わりにしよう」
『二人で』
質量任せな突進をいなし、二機で背後を取る。
ラスティはバーストライフルとバーストハンドガン、レイヴンは――ラスティと全く同型の――バーストライフルとミサイル二種で一斉射撃。
「ふむ……足りないか。仕方ない、もう一度待って、」
『まだだ』
「……!? 何を――」
それはラスティにとって突然で、621にとってごく自然なことだった。
レイヴンは空いている左手で、右肩のソレを握る。
さながら、その身に掛かるベールを拭うように。彼は力強く、四連装ミサイルを引きちぎった。
火薬庫を全力で胴へ叩き付け、物理と爆発をもって強打する。何度も、何度も何度も何度も……!
大胆不敵、傍若無人な行動に、ラスティは獰猛な暴漢の影を見た。
昨夜、偶然にも二人と共闘したと言うホーキンスの戦闘ログを拝見した。そこに映るレイヴンはどこか控えめで、矮小さが覗く男だったはずだ。
しかし、今自分の隣で牙を剥く彼にそんな性質は感じられない。むしろ、これは、レイヴンを護っていたもう一人の、
「……これが、『猟犬』か」
パルスブレード、最大出力。
伸びる秋霜は、片翼のはためきにも似た。
『ラスティ』
「ああ、無論だッ!」
合わせて、スティールヘイズもスライサーを起動、チャージ。
「――ッ!」
二機のACが、抵抗する余力のない背中に最後、刃を振りかざす。
内部から発火したジャガーノートは、高らかな爆発を起こし大破した。
『壁』の、墜ちる音だ。
「ジャガーノートの撃破を確認。壁越えは成功だ、621」
ウォルターの宣告を聞き、ようやく621は肩の力が抜ける。止まっていた呼吸が急速に働き、動かない体が俄に痙攣する。
「……猟犬の戦い、見せてもらった」
ラスティを見る。
レイヴンと違い息が整っている。戦い方だけでなく、身体的な格差も原因の一つだろう。
「怪我はないか?」
『ない』
「そうか、良かった。共に戦ってくれた君に、壁を乗り越えてくれた君に、敬意を評そう」
こちらに近づくと、左手を差し出される。
思い起こされたのは、ゴードと出会った時の一幕だ。621はライフルを構えるが、ラスティは一瞬呆けてからそれを抑えた。
「違う違う。こうだ――」
彼はレイヴンの逆手を持ち上げ、コツンと軽く小突いた。
『なに?』
「友好の印さ。友人どうしの挨拶だと覚えておくといい」
挨拶というと、ミシガンから握手を教わった記憶が新しい。どうやら、他にも非言語コミュニケーションがあったようだ。
「本当はもっと親交を深めておきたいところだが、そうもいかないのが『企業』の性だ。残党の掃除は、」
「さっき終わった」割って入ったのはゴードだ。「ここらに残ってんのはアーキバスと、俺らと、もう歯向かう気のねぇ燃え殻だけだ」
「……さすがだな。では――縁があれば、また会おう。
爽やかな音が遠くへ離れていく。
「ラスティと言ったか。お前の正体に気付いているようだったが……」
『ウォルターって有名なの?』
「気にするな。多少のことは織り込んである」
はぐらかされたような気もするが、彼の言う通りだ。任務に支障が出るわけではない。
ただ、あの青年のことは、少しだけ気掛かりだった。
『センユウ』とは、恐らくレイヴンに対する呼び名だろう。「野良犬」とはまた違った名前。後で意味を調べておこう。
しかし、まだ意味を知らなかったとしても。漫然と621は思ったのだ。
――何だかいい響きだ。と。
「ふぃ〜」
天を仰ぎ、息を吐く。灰色がかった空は、濁っているとは言い難く、純粋な虚無を映していた。
その壮大さに睥睨されるACは、黒煙を浴びながら腰を下ろしている。
そこにあるはずのない、巨大なシルエットの上に。
「仕事は終わりだ。帰投しろ」
「はいはい、ったく、少しは休ませろってんだ。さすがに堪えたぜ? 俺も、コイツも」
ハンドガンの状態を確認する。無事に依頼を完了してから、帰投するまでに見られるゴードの癖だ。「二発だけか。ギリギリだったな」
「……明日からは、しばらく休暇だ」
「あぁ? 何言ってんだ。忙しくなるのはこれからだろ。踏ん張りどころだ」
「
二人の間では決定的な一言だった。図星を突かれ、ゴードは辺りを見回す。
死屍累累の景色が広がっていた。全部、一人で描いた。
「……余裕がなかっただけだ。元から不殺主義なわけじゃねえし、今更生かせなくて泣き喚くような甘ちゃんでもねぇ」
「事実で隠せば、俺を欺けるとでも思ったか? お前ならもっと上手くやれたはずだ。今のお前は、掻き乱されている」
冷たい通信が終わりを迎える。作戦成功とは裏腹な感情が、瞬く間に心を支配した。
深い溜め息が漏れる。全くあの男は、こうも容易く見透かされてはいい気はしない。
「……あーあ」
華奢な蝋の灯火が吹き消されるように呆気なく、魂が漂白されていくのを感じる。
「なーんも失くなっちまったなぁ――」
上の空な呟きは、烈火に混じって、消えた。
*
指令室は喧騒に包まれていた。
『壁越え』の成功。ラスティの躍動。彼と足並みを揃えたカラスの暴れっぷり。固唾を呑んでいた者たちが弾けるには、十分な実績だ。
しかし、一部の人間には全く別の動揺があった。壁上の決戦という本命に見惚れず、その裏で起こっていた脇役の奮闘が脳裏に焼き付いて離れない。
他の皆も興奮が収まれば、嫌でもその衝撃を味わうはずだ。
「嘘、だろ……何だよあの動き」
「バケモノだ。あれだけの数を一人で……しかも、ジャガーノートまで……」
壁内に潜んでいたMT部隊の殲滅。それだけでもあの傭兵のランクを考えれば大健闘だった。
その後、周辺の二方角から増援部隊が到着。総勢30機の挟み撃ちによるおかわり。おまけに一方には、輸送中だったのであろう三基目のジャガーノートが臨時投入されていたのだ。
だと言うのに、蓋を開けてみれば圧巻の独壇場。一つ、また一つと、溶けるようにロストしていく。弾数節約とは言え、無駄打ちが一つもなく、頭部を殴り胴を蹴り、そして四肢を強引に引き千切る獰猛な姿は、獣と呼ぶことすら生易しい。
メインディッシュの砲台も取るに足らない。大質量の突撃を真正面から受け止め、背中によじ移ると、一度たりとも振り落とされることなく壊し切った。
無名で留まるにはあまりに歪な無双。しかしその暴力性に反し、淀みのない軽やかな舞踊は鮮やかで、美しかった。
だから、視る者たちは戦慄する。おぞましいはずなのに、何故か魅力的で、その矛盾に畏怖を抱く。
――たった一人を除いて。
「……はは」
その男だけは、一切の負を感じなかった。
「はっははははははは!」
「まさか、そんな! つくづく運命というものは、俺を飽きさせない……!」
身体が震える。緩んだ口元を隠す。息が荒れる。
心が、踊る。
「この日を待ち侘びていた。必ず戻って来ると信じていた! どういうつもりかは知らないが、俺の目は誤魔化せないぞ」
嗚呼、早くACを駆りたい。その絢爛を、最も近くへ浴びに行きたい。
ただ、お前とヤり合いたい。
「以前とは見劣りするが……間違いない」
AC専属部隊ヴェスパーの首席にして、アーキバス稀代のエースパイロット。フロイトは誰よりも彼を歓び、拳を強く握りしめた。
ここでのラスティはどこか抜けていて、ユニークで、でも決めるとこは決める。そんなイケメンとなっております。この男、どう足掻いてもイケメンのスパイスにしかなりません。
実は根拠があります。STVの画稿(4)において、自分は同僚(オキーフ)に肩を組む男がラスティだと解釈しました。となると、案外公私は割り切って、プライベートではおちゃらけてるんじゃないかな。って感じです。
ちなみに割愛しましたが、オリ主のFCSはFCS-G2/P10SLTに変えてあります。FCSの重要性は、三周目を終えるまで気づけませんでしたねえ(遠い目)。
彼のアセンブルは、予約購入で初期ラインナップになるMELANDER C3以外は誰でも一周目の壁越え時点で組むことができます。実際に描く前にテストしてみましたが、AMはボコせました。パルスブレード万歳!