錆びた流星はまた昇る   作:小千小掘

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いつもがシリアス8割、コメディ2割とするなら、今回はシリアス6割コメディ4割です。気付いたら4:6くらいになりかけてて、慌てて取り繕いました。


第7話

 ベリウス地方の中で、「中部」と分類される範囲は不自然なまでに広い。

 恐らく半世紀前の大火によって地形が変動した影響だろう。特に北部は大半が抉られているようで、例えば汚染市街やガリアは、現在の見かけ上では中央エリアに位置しているが、南部に区分されている。

 そして、先日一際大きな戦火に包まれた『壁』も、北部と中部を分断する、今は北端の海岸線に沿う交易拠点であった。

 

「……まだ時間はあるが、目ぼしい残骸は全て調査した」

 

 正面と裏手を隔てる段差の上。レイヴンは完全に景色に溶け込み、アーキバスのMT部隊の目を逃れていた。

 息を殺し、影に潜むカラスを演じるのは彼の得意分野。最小限の戦闘でログを回収する姿に、ウォルターは満足げだった。

 ベイラムからの依頼にあやかり、彼らは8つのログに目を通した。解放戦線メンバーによる奇妙な通信。パーツ生産に着手する企業、エルカノとフォーロン・ダイナミクスの接点が覗える暗号通信――暗号化の解除を試みた痕跡があるのも興味深い。

 そして、ルビコン土着企業BAWSの第2工廠を映す、何かに干渉された痕跡のある映像。企業はともかく、ウォルターにとっては無視できない手掛かりだった。

 

「帰投しろ、621」

「……」

「621?」

 

 どこかを見つめていたレイヴンはハンドラーの指示を無視し、外れに沈黙する残骸に歩む。

 

「それは……」

 

 無言で促されるがまま、解析する。

 

『コーラルはルビコンの祝福である』

『コーラルよ、ルビコンと共にあれ!』

 

 コーラルをこの惑星の恵みだと宣う文書。『共生』に対する陶酔すら匂わせている。

 記録として残した人物は、

 

「サム・ドルマヤンか……」

『だれ?』

「解放戦線で帥父と称されている男だ。アイビスの火以前からのルビコニアンで、ACの技量も相当なものらしい」

 

 初めて聞く名だ。パイロット適性もあるということは、現地民の間では知れ渡っているのだろうか。

 

「……」

『サム・ドルマヤン』

 

 ルビコンの重鎮。指導者の一人である彼は、侵略される故郷を見て何を思っているのだろう。

 その答えを知ることは難しいと、彼が悟るのは間もなくのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第7話 捕虜救出

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で駄目なんだよ!」

 

 怒声がドックを揺らした。

 

「俺はもう全快だ。誰が来ようが死なねぇよ」

「良い加減にしろ。今のお前では想定外を起こしかねない」

「こんな序盤でか? ハッ、その程度なんてこと、」

「序盤だからこそ、お前は冷静になる時間を使うべきだ」

「っ……ざけんな! 俺が行かねぇで、誰が兄弟を護るってんだ!」

「かえって621を危険に晒すことになる。そう言っているんだ」

 

 ハンドラーの冷徹な物言いに、ゴードは詰まった。

 言い返すこともできたのに、詰まったのだ。

 

「お前が一番よくわかっているはずだ。今、621にお前は必要ない」

「ッ……! クソがぁ!」

 

 悔恨の滲む顔で、彼は柵を蹴りつける。逃げるように去って行った。

 やるせない気持ちになったウォルターは、やっと一息つく。

 ゴードの休暇。と言えば聞こえはいいが、実質的な謹慎だ。強制的にACから降ろした。

『壁越え』では表面上よく働いていた。あの状況で損傷軽微のまま殲滅を成せたのは、紛れもなく彼個人の実力の証左だ。しかし、あれが現在の本領ではないことを、ウォルターは見抜いていた。

 そして哀しいかな。自分たちは一種のチームだ。今の青年は、仲間を殺しかねない危うさに囚われている。

 もはや必然なのだろう。そんな憂鬱に目を瞑り、苦渋の決断を下した。だから暫くは、レイヴン単体で依頼を熟してもらうことになる。

 とりあえず、目処が立つまでは……

 

『ウォルター?』

「621……すまない。少しうるさかったな」

『大丈夫。でも、明日の依頼はどういうこと?』

 

 621が言っているのは、解放戦線の窓口係、アーシルから寄せられた依頼のことだ。

 ――壁の喪失は、我々にとって手痛い一撃だった。

 ――だが、貴方方は企業の狗というだけではない。そう信じている。

 ――コーラルよ、ルビコンと共にあれ。

 ガリア多重ダムでの一件が響いたのだろう。ヘリ単騎による虜囚の奪還。場所は密航の時もお世話になった汚染市街。

 救出対象は三名。なんと、件の帥父の名前もそこにあった。

 ただ、それよりも気に掛けるべきことがある。ブリーフィング中、思わずウォルターは横槍を挟んだ。

 

「待て、ヘリ単騎だと?」

「我々は……戦力に乏しい。ほとんどが領土の防衛に回されているのだ」

『サム・ドルマヤン、さんって人は?』

「帥父は、……察して余りあるほどの重責を、抱えていたのだろう」

『どういう』

「621、後で説明する」

 

 解放戦線も一枚岩ではない、ということらしい。

 しかし、事情があったところでヘリ単騎はやはり馬鹿げている。武装もしていないようだし、火力の押し売りが得意なベイラムにとって恰好の的だ。

 レイヴンは、まあなんとかなるだろうと思っていた。自身の成長を実感しているのはもちろん、ゴードも付いているなら、作戦領域離脱までの時間稼ぎくらいそう難儀ではない。

 それに否を発したのがウォルターだった。この任務は、レイヴン単騎でしか引き受けられない。と。アーシルも目を点にしていた。

 

「……621。この惑星に来てすぐ、お前に出した命令を覚えているか?」

「……」

『生きて、依頼をやり遂げる』

「そうだ」

 

 少年の頭に手を伸ばしかけて、やめた。ゴードの真似事をしようかと思ったが、やはり自分には、この子を愛でる資格がない。

 

「だがあれは曖昧な表現だった、訂正しよう。――まずは生きろ。その上で依頼を熟せば尚善しだ」

「……」

「俺の言っていることがわかるな?」

 

 瞬きが返ってくる。首肯のサインだ。

 決して621が求めていたコメントではない、ということはわかっている。

 しかし、それがなんだと言うのだろう。ここにあるのはただの主従関係。ハンドラーが指示を出し、飼い犬は黙って従う。細かいことまで言わずとも、レイヴンの任務に変化は起こらない。

 そうあるべきだ。ウォルターは自分がすすんでそう思っているのか、思おうとして逃げているのか、わからなくなっていた。

 

『でも、おれだけでヘリを護るのは難しい』

「そう、だな。分が悪い作戦ではある。向こうもそれを承知で下策を踏んでいるんだろう」

 

 作戦と呼ぶのも憚られる脳筋ぶりだが、引き受けた以上最善を尽くさねばならない。

 

『ウォルター。おれ、いいこと考えた』

「……言ってみろ」

 

 まさか彼自らプランを考えるとは。その成長が人としてなのか傭兵としてなのかは定かではないが、新しい展開を見届ける。

 

『ヘリ、邪魔』

「大きな的ではあるな」

『ヘリ、要らない』

「ん? まぁ、三人程度であれを持ち出すのは確かに容量が過剰だが」

『おれが乗せる』

「…………ACにか?」

 

 奇想天外と荒唐無稽の畦道を往く提案だった。

 捕虜の取り合いに参画すること自体稀だが、それだけの人数を機体に乗せるというのは、アリなのだろうか。

 

「救出を担当するアーシルも含めると、5人か……」

『乗れない?』

「不可能、では、ない……? AC単騎なら、闇討ちのしようがある」

 

 結構悩む。目茶苦茶悩む。多勢に無勢の密室で621が危険だとか、戦闘の際に支障が出そうだとか、そもそも現実的なのかとか。

 

「……一応、打診してみるか」

 

 哀しいかな。このままよりはマシという結論に至ったウォルターだった。

 

 

 作戦地点より少し北が、アーシルとの合流地点だった。

 安全地帯で機体を降ろし、独り待機していた人影を乗せた。

 

「改めて、アーシルだ。貴方が、……貴方が、レイヴンなのか」

『おれのことは気にしないで。よろしく』

「ブリーフィングではこちらも失礼を働いた。おあいこということでいい」

 

 依然気まずそうにしていた若年を、ハンドラーがフォローする。やっと、穏やかな顔に戻った。

 

「何をしている?」

「い、いや、すまない。実はACに乗ったことがなく……複雑そうな操作盤だ。これを貴方だけで動かしているのか」

『がんばってます』

「621、任務に関係ないやり取りは不要だ」

『えー』

 

 これから拠点に単騎で突入すると言うのに。老人は頭を抱えた。二人そろって胆力が凄まじいのか、能天気なだけなのか。

 

「本当にいいのかよ。俺なしで」

 

 背後から不貞腐れた声。ゴードだ。

 

「あいつが死んだら、わかってんだろうな?」

「死地に捨て往くわけじゃない。作戦失敗も考慮している」

「万一の時は?」

「それまでだったということだ」

 

 胸倉を掴まれる。椅子に下ろしていた腰がゴードの体を見る。

 

「あんたは、それでいいのかよ」

「良くはない。だが、ここで621が死ぬようなら初めから芽はなかったというだけだ」

 

 どのみちゴードが弟を殺すのだから変わらない。ゴードにとっても、ウォルターに絶望するか自分に絶望するかの些細な違いだ。

 621が独りで勝つ。その上でゴードが己を律する。両方を達成する必要があることを、ウォルターは確信していた。

 多感な青年は、飼い主いびりをやめ、モニターに目を移した。

 

「兄弟……」

 

 

 

『メインシステム、戦闘モード起動』

 

「ミッション開始だ。ベイラムに囚われた、ルビコン解放戦線の捕虜三名を奪還する」

 

 LOADER4が吹き荒れる大地を往く。

 急ぐことはない。限界までスニーキングし、気付かれる前に奇襲を仕掛ける。そのためには不要な噴射をすべきではない。

 

「A地点到達。これより、同志ツィイーの救出に入る」

 

 ハッチを開く。本作戦でレイヴンが最も無防備になる瞬間だ。

 

「ベイラムが気付いた気配はない。さすがだ」

 

 隊列や統率が必要な作戦が多い関係上、621の「息を殺す」才能は活きづらい。しかしこの場においては、彼の特性が存分に発揮されていた。

 やや時間をかけて、人影を一つ増やしてアーシルが戻ってきた。引き上げると、息があがっている。

 

『大丈夫?』

「はぁ……はぁ……。す、すまない。見張りが、いて……」

 

 MTのみで捕虜を囚えているわけがない。白兵も守衛にいるのは確かに当然のことだ。

 よくも見つからずに運び出せたものだ。案外この青年のタフネスも馬鹿にできない。

 

「助けに……来て、くれたんだね」

「……! ああ、待たせてすまない。ツィイー」

 

 ACの揺れで目を覚ましたのか、救出した捕虜がうわ言のように口を開けた。

 

「大丈夫さ……まだ生きてる。ちょっと休んで……またやり返そう」

「ツィイー……」

 

 元気は残っていそうだ。しかし、彼女の言葉に、アーシルは浮かない顔だった。

 

「621、次のマーカー地点に向かえ」

「……」

「621」

『了解』

 

 外郭から徐々に監視網の内側へ潜っていく。全方位の警戒が必要となり、呼吸が浅くなるのを実感する。

 高鳴る心臓。抑えたくなるが、生憎両腕は動かない。支えのない鼓動に、嫌悪感が込み上げる。

 

「……!」

 

 不意に、足を止める。

 

「なんだ? 今そっちに……気の所為か」

 

 先に息を吐いたのはアーシルだ。コックピット内の空気は、このACより重い。

 距離はそう遠くないはずなのに。ふんだんに時間をかけて、ようやく二つ目の地点に辿り着いた。

 

「これより、同志メッサムの救出を開始する――」

 

 既に任務開始前後の緩さはなく、緊張の面持ちでアーシルが降りる。

 周囲を警戒していると、細い声がした。ツィイーだ。

 

「お前が、手伝ってくれたのか……」

『依頼だから』

「……名前は?」

 

 逡巡して『レイヴン』

 

「レイヴン、か……覚えておくよ。ありがとう。お前は、企業の狗ってわけじゃ、なさそうだ」

「……」

『企業は嫌い?』

「あぁ、アイツらは侵略者だ。仲間だって、何人も殺された……」

 

 企業にも――以前訪れたレッドガンにも、良い人はいた。しかしそれは、まだ何も失っていない621だから頷けることで、彼女たちにとってはどうでもいい。ただ「領土を侵され、大切な人が殺されている」ことだけが全て。

 様々な側面があって、それを尽く理解するには621はあまりに幼く、何を言うにもバツが悪いとだけわかって、だから押し黙るしかなかった。

 そうしている内に、アーシルが戻ってきた。ツィイーの時より早い。

 

「同志メッサムを、収容。……間に合わなかったようだ」

「……! そんな、メッサム……!」

 

 その時、恐らく621は、初めて人の死を見た。

 赤黒く汚れた肢体。力無くアーシルに抱きかかえられ、体の覚束ないツィイーが泣きながら擦り寄る。

 ACに乗っているだけでは見えない悲哀が、今目の前にある――。

 

「畜生……絶対に許さない。私たちと同じ痛みを、味わわせてやる!」

「……621、最後の地点に向かえ」

 

 もし。もしゴードやウォルターが同じ目に遭ったなら、自分はどう思うだろうか。

 この二人のように悲しむだろうか。あるいは、憎むだろうか。

 企業でも解放戦線でも。そんなことは、どうでもよく。

 機体を動かす傍ら、暗い感情に囚われ始め……すぐに霧散した。それが()()()()()()()()()()ことを、朧気ながら悟ったからだ。

 

「敵の目が増えてきたな。621、戦闘に備えておけ。これは……見つかるのも時間の問題だ」

 

 ハンドラーの言葉に従い、一歩がより遅く、より重くなる。

 情報が正しいなら、最後の目標は解放戦線の重要人物だ。他の二名と比べて、ずっと厳重な警備が施されているはず。

 それは、MTだけでなく施設の側に配置された白兵も同じこと。

 

『アーシル。このままじゃ危険』

「くっ……だが、ここまで来て失敗するわけにはいかない」

 

 救出担当が死んでしまえば元も子もない。殺されなかったとして、失敗すれば捕虜の身に危険が及ぶし、再度の挑戦は難易度が格段に上がる。慎重かつ確実な救出を模索するべきだ。

 通信の向こうにいるウォルターも頭を抱える。そして、

 

「……お前はどう考える?」

 

 無言を貫き見守っていた青年に、意見を求めた。

 

「俺は……俺だったら、ここが潮時だ」

「撤退するということか?」

「違う。あんたの言う通り、多分見つからずに完遂するのは不可能だ。掻い潜れても救出の保証がない。なら考え方を変えれば良い。解決するんじゃなく、()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

 そこまで聞いて、言い条を理解する。ゴードがその答えを出し渋った理由も、総て。

 

「621、まずはアーシルを降ろし、スキャンを実行しろ。敵の配置を把握し次第戦闘開始だ」

『いいの?』

「アーシルは合図があるまで隠れて待機。状況に紛れて救出に入れ」

「り、了解した」

 

 言われるがまま、各自行動に移る。レイヴンは初めてブースタを起動した。

 鳥が飛翔する。乾いた檻から、居ても立っても居られなくなった能ある鳥だ。

 

「なっ、何故こんなところにACが……!?」

「敵襲! このACは……独立傭兵か。解放戦線の差し金だな!」

 

 いつの間にか懐に飛び込まれたのだ。正常な判断ができないベイラム隊員たちは、たかが一機のために注意が散漫になる。

 そろそろ仕掛けどころだ。

 

「今だ、アーシル。中にいる見張りには気を付けろ」

「わかった。これより、同志――帥父ドルマヤンを救出する!」

 

 アーシルが潜入する。これで孤立無援、救出の成否は彼に懸かっている。

 空を舞うレイヴンは、敵機に囲まれながら、その動きに淀みはない。C兵器との交戦と比べれば、数は多いが非常に狙いやすい的だ。今更この状況に遅れを取ることはない。

 故に、会話の余裕すらあった。

 

『ツィイー』

「な、に……」

『おれは、あんたを止めたい』

 

 背後で、動揺する音が聞こえた。

 

『あんたに、戦ってほしくない』

「でも……私だって戦士だ! 企業のやつらに、これ以上好き勝手させたくないっ」

『それはあんたのやりたいことだ』

 

 レイヴンは最初、彼女の憎しみを否定しようとした。悪い人ばかりではないんだ、と。とは言えそれがどれだけ愚かしいことかは、少年にも理解できた。

 しかし、やはり、青年の複雑そうな表情がちらついた。

 

『アーシルは嫌がってた』

「……!」

『他のドウシも言ってた。ツィイーは妹だって。戦場に出るべきじゃないって』

 

 壁で閲覧した情報ログ。ウォルターは価値無しと判断していたが、どうやら無意味ではなかったようだ。

 

『恋をして、幸せな家庭を。幸せっていうのは知らないけど、みんなの願いは、聞いてあげた方がいいと思う』

「……う、うぅ……」

『おれだったら、そうしたいと思うから』

 

 例えばゴード――はあまり考えられないが、ウォルターが命を落としてしまった時、621はきっとその原因を恨むだろう。殺そうとするかもしれない。

 しかし、何となく、ウォルターはそれを喜ばない気がした。

 自分は戦うために生きている。そういう風に生まれ変わった。ただそれ以上に、今は、「生きて戦い抜く」という命令を叶えたい。

 ウォルターが「ACを降りろ」と言ったなら、621はその通りにする。たとえ、その先がわからない、暗闇に包まれた道だったとしても。

 だから、彼は少女のエゴだけを炙り出した。

 

「同志ドルマヤンを救出っ、――レイヴン!」

『今行く』

 

 涙に溺れているツィイーをよそに、レイヴンが応える。

 MTを引き付け数機撃破。その爆発に紛れ、残りを収容施設から離れた地点に置いていく。

 アーシルを肉眼で捉えた。LOADER4は左手を差し出した。

 

『乗って』

「えぇ!? わ、わかった!」

 

 指に掴まったのを確認し、急いで上昇し立て直す。老人諸共ハッチ内にぶち込んだ。

 

「うわああぁっ!」

「アーシル!」

「とんだパワープレイだな……だが、成功だ」

 

 二人が憔悴する一方、ウォルターが冷静に状況を分析する。少々強引だったが、目標達成に間違いはない。

 

「621、新たにマーカーを送った。比較的安全な退避ルートを」

「……!」

『ダメ。増援来てる』

「何? ……外からかっ」

 

 現在の包囲網で手薄になっている箇所を指摘したつもりだった。しかしその奥から、確かに敵性反応が検出された。

 しかも、その正体は、

 

「G2ナイル! レッドガンか」

「ナイルさん……! クソ、あの紳士気取り、手加減しやがれ!」

 

 またしてもコールサイン持ちと面識のありげなゴードが毒づくが、そんな甘い考えが通用するはずもない。

 

『逃げる』

「それが最善だ。周囲の敵も無視しろ」

 

 ブースト全開。燃費も加味すれば、MTはまず追い付けない。

 ただし、ACともなると話は別だ。

 

「まずい、どんどん接近している!」

「どうしよう、私たちが乗ってるせいか? このままじゃみんな死んじゃうのかな……?」

「あぁ、所詮は全て消えゆく余燼……」

『一人変なこと言ってるヤツいる?』

「帥父のことは気にしないでくれ! 頼む、レイヴン!」

「クソ! 死にたくない……コーラルよ、ルビコンと共にあれ!」

「その警句の、何を知っていると言うのだ!」

『おじさんうるさい』

「おい! 帥父になんてことを」

「あぁほら、そんなこと言ってる内に! レイヴン、帥父はその――」

「全ては消えゆく余燼に過ぎないのだ!」

「お、おかしいんだ! この人は!」

「アーシル!?」

「落ち着け! お前たち」

 

 差し迫った場面だと言うのにドタバタしているコックピットに、ウォルターが喝を入れる。全員――虚ろな眼をした老人以外の背筋が伸びた。

 

「621、そのまま北上しろ。進んだ先にアーキバスの駐屯地がある。向こうも迂闊に手を出せないはずだ」

 

 ボナ・デア砂丘はストライダーの破壊と壁の制圧を成し遂げたアーキバスが大半を占めており、それを避けるように西端のみベイラムが侵攻している。あわよくば拠点襲撃と誤認させ、アーキバス対G2の状況を作り出せるかもしれない。

 そこまで辿り着けばの話だが。

 

「……ッ」

 

 舌打ち、を出せる身体なら出していた。鬱陶しいほどの数のミサイルは全弾回避に徹すれば追い付かれる。じわじわと衝撃が蓄積されているのを甘んじて受け入れるしかない。

 

『あのおじさんがやってたアーマーがあれば』

 

 レイヴンが口にしたのはパルスアーマーのことだ。ホーキンスが使用したのを間近で見ていた。自動制御で姿勢を安定させ、障壁を張るコア拡張。

 しかし、ないものを語っていても仕方がない。今思案するべきなのは、それに準ずる何かか、全く別の糸口かだ。

 

「どけウォルター! 黙ってられるか!」

「命令違反だ。ここにいろ」

「テメェそろそろはっ倒すぞ!」

「お前が何を言おうがハッチは開かん! 良い加減に」

「放……っせ!」

「ああ! おい何をする、杖が……また修繕だ」

 

 今度は通信相手が慌ただしい。ウォルターの声が遠いことから、激しい揉み合いが窺える。

 このままでは目標地点より前で詰められる。囲まれれば最後、かなり苦しい戦闘になるだろう。

 ……どうせそうなるくらいなら。レイヴンは結論を出した。

 

「……っ! やめろ、無茶だ兄弟!」

 

 気付いたゴードが必死にマイクを握る。

 あろうことか、LOADER4は方向反転。レッドガン部隊に単身突撃する。

 ――大丈夫。

 今まで見てきたゴードの動き、それを糧に自分がやってきたことを思い出せ。きっと、上手くいく。

 両肩のミサイルでマルチロック。各自MTに着弾。何機か撃墜した。

 AC『ディープダウン』が再びミサイル。加えてリニアライフルのチャージ。最寄りのMTを盾にする。

 爆破寸前のそれを蹴り飛ばす。ディープダウンが避けた後ろにいたMTに激突。スタッガーする。

 半分沈めた。あとは……いや。

 

『これで十分』

 

 不意打ちの効果が薄れ始めた。じきに陣形を整えたレッドガンに包囲されるはずだ。伊達に精鋭ではない。

 そうなる前に――来た、ディープダウンの次弾。これを待っていた。

 

『三人、掴まってて』

「え」

 

 アーシルとツィイーが口を揃えた、次の瞬間。

 大きな爆発と衝撃が、レイヴンを襲った。

 

 

 

 

 

 ミサイルの着弾を確認。眼前の目標が業火に包まれた。

 

「やったか?」

 

 渋い声に油断の色はない。あくまで事務的に、己の使命のために最善を尽くす。その心構えの表れ。

 視界が晴れる。そこに映っていたのは、

 

「……」

 

 否。映っていない。あるべき機影はなく、黒煙から下に突き出る()()()()があるだけだ。

 それだけで全てを察したG2ナイルは、スキャンを実行する。

 案の定、遠方にレイヴンを捕捉。一切の武装も無しに身軽な全速。あれではもう追い付くことは不可能だ。

 

「肉を切らせて骨を断つ――この場合は、皮を切らせて実を逃がすと言ったところか」

 

 着弾の寸前、レイヴンは四つの武装を全てパージした。爆発で視界を遮り、極限まで減らした重量で距離を取る。目標達成後の離脱としては悪くない選択肢だが、決して小さくない賭けだ。

 その賭けに、やつは勝った。

 

「捕虜奪還にAC単騎で……なるほど、ミシガンが興味を持つわけだ」

 

 新しいG13は「面白い」と総長は言っていた。「強い」のではなく、「面白い」。あのミシガンが言ったのだ。

 その一端を垣間見た気がした。

 

「ナイル副長。追撃は?」

「必要ない。総員撤退だ、負傷者の手当てと、体制の立て直しを急げ。捕虜だけならまだしも、制圧した拠点まで失うわけにはいかんからな」

 

 既に捕虜の利用価値は皆無に等しかった。一人はほとんどを知らず、一人は尋問係が加減を誤った。サム・ドルマヤンは、頭をおかしくしている。あれが演技ならあっぱれだ。

 思わぬ奇襲を受けたが、損失は然程大きくない。レイヴンのやり口には、ある意味救われたと言える。

 以前のダム襲撃から、壁越えまでの展開と同じように。

 

「やれやれ……始末書の筆が進むな」

 

 胃の痛みに反し、その口の端はにわかに緩んでいた。

 

 

 解放戦線の面子とのお別れは、迅速に行われた。

 理由はいくつかある。メッサムを死に晒したくない。ツィイーの手当てをしたい。ドルマヤンがおかしい。そんなところだ。

 ただ、一つだけ。

 

「レイヴン……。意志の表象……」

『意志の、表象?』

 

 これまでの脈略のない言動とは違う。帥父ははっきりと「レイヴン」の名前を、しかもその内実を知っているような一言を発したのだ。

 

「だが全ては……消えゆく余燼に過ぎないのだ!」

『ヨジンってなに? おじさん、ヨジンが好きなの?』

「恐らく、ライセンスの本来の持ち主について知っているんだろう。借りた名義ではよくあることだ。気にしなくていい」

 

 そうは言っても、と歯向かいたい自分はいる。だがウォルターの言葉は、この老人は打っても響かない男だということを思い出させた。

 

『おじさん。レイヴンのこと、話す気になったら教えて』

「……セリア、私はぁ――」

 

 精神状態の歪な帥父は、段取りにあった帰還用の車両に押し込まれていった。

 

 

 

 

 

 舗装もクソもない道を、激しい揺れを乗せてバンが走る。

 狂乱に疲れたのか、ドルマヤンは大人しい。

 

「メッサムのことは残念だった……だが、君たち二人を救出できたのは、本当に喜ばしいことだ」

「……」

「レイヴンには、後で改めて礼を言わなければな」

「……」

「……ツィイー?」

 

 寝てしまったのだろうか。バックミラー越しに見るとそんなことはなく、難しい顔で俯いていた。

 

「気分が優れないなら、横になっていても……」

「アーシルは……さ、私がACに乗るのはイヤ?」

 

 それは突拍子もない質問だった。いつも通り否定しようとして――やめた。

 きっと、そういう目的で聞いたわけじゃないとわかったから。

 

「……嫌だ。レイヴンの戦いぶりを間近で見て、改めて思ったよ。あそこは危険すぎる。君に生き残るだけの力があったとしても、あんな恐ろしい世界に足を踏み入れてほしくない」

「でも、そうしなきゃこの惑星は企業のものになっちゃう! みんな頑張ってるのに私だけ何もできないなんて、」

「ACだけが戦いじゃないんだ。ツィイー」

 

 少女の文句を遮って、アーシルは、自分の考えを伝える。

 

「拠点を守ったり、配給を手伝ったり、整備を学んだり、やれることはたくさんある。――それに、君はムードメーカーだ。みんなが君に元気をもらっている。未来ある小さい子供を支えてあげるだけでも、感謝してくれる人は大勢いるはずだ」

 

 かくいうアーシルもパイロット適性には恵まれなかったが、傭兵雇用担当に回り――今回レイヴンに依頼して捕虜を救出したように――戦況を好転させようと藻掻いている。

 みんなで戦っている。前に立つだけでなく、各々が自分にできること、向いていることに励んでいる。

 

「君は、愛されているんだ。だからこそ、君はACに乗るべきではないと思う」

 

 重い沈黙が流れる。何も言わない時間が数分続いた。

 もう話は終わったのかとも思ったが、ツィイーは再び言った。

 

「レイヴンが、言ってたんだ。私よりもずっと幼い子供に、諭された」

「……そうか」

「それでさ、あいつのACを見た時思い出したんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは、あいつだったんだって」

「……! ……そうか」

 

 壁が陥落するまでわずかといったところでゴードに嬲り尽くされた増援。その中にはツィイーも含まれていた。

 続々と倒れていく仲間たちを前に、彼女は何もできなかった。動くことすらも――。

 そうして物陰に隠れているうちにアーキバスのMT部隊が制圧するまで、大した猶予もなく。見つかれば殺さねかねない状況だったのだ。

 その最中、アーキバス製ではないAC――レイヴンがこちらを見つけた。確かに目が合った。しかし、彼は何も言わずに去って行った。

 

「彼には大きな借りを作ってしまったな」

「うん……だから聞いてみる気になったんだ。あんな優しい子が、戦場にいるのもお構い無しに、私へ言ったことだから……」

 

 もう一度彼女は「うん」と、今度は自分自身に頷いて、決めた。

 

「私、悔しいけど……もう乗らないよ」

「……わかった」

「まずは……子供たちに字を教える手伝いでも、してみようかな」

「……それがいい。六文銭も、最近はカンジに興味があるらしい」

「そしたら……そしたら、次は運搬の手伝い、とか……」

「ああ……わかったよ、ツィイー」

「……ありがとう、アーシル」

 

 少女の嗚咽を聞き漏らさないように拾いながら、車を走らせる。

 柔らかな翼をはためかせる少年が、その精神によってもたらした小さな変化を。

 

「…………ありがとう」

 

 そっと頬を伝う一粒一粒は、生きていてくれた彼女と、救ってくれた彼を想って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第7話 捕虜救出

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第7話 『伝う、青』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂に包まれた室内には二人だけだ。

 その内、マイクに手を添えたまま立ち尽くすゴードは、項垂れたまま固まっていた。

 

「――言っただろう。今の621にお前は必要ない、とな」

 

 ウォルターは折れた杖の半分をデスクに突き、静かに語った。

 

「621は変わり、強くなっている。……お前はどうだ?」

「……兄弟」

「見つけるんだ。お前だけの――『意味』を」

 

 もっと早く指摘するべきだっただろうか。否定するべきだっただろうか。刹那の後悔は、すぐに言い訳に呑まれる。

 青年にとって、「それ」は確かに希望だった。再び起き上がり、進むための理由。

 今になってそれが足枷に変わった。ただそれだけだ。

 故に、今がその時だ。青年は、新たな理屈を、原動力を見出さなければならない。

 そして、それは彼自身にしかできないこと……ウォルターは、潔く621の出迎えに行く。

 一人残されたゴードは拳を握る。力の入らない手に、情けなさがようやく込み上げてきた。

 スクリーンに映る、成長した兄弟(護るべきであった存在)を見る。

 

「俺は……何を護ればいいんだ」

 

 哀しげな呟きは、誰にも聞こえることはなかった。

 




AC関係なく死んだのって、メッサムとウォルターくらいなんですよね。描いてる途中で気付いたんですけど、メッサムの死は621にとってまあまあ衝撃的だったんじゃないでしょうか。特に本作の、実物を見た彼であれば。

しれっとナイルが生きてますけど、本当は戦闘になる展開も考えてました。ナイル生存は変わりませんが、最終的にレイヴンが自爆して難を逃れるというものでした。
621に自分の機体に愛着を持ってもらいたいのと、ウォルターの胃痛に気を遣ってやめました。こっちの方が自然だったしね。

ツィイーについてはずっと疑問だったんです。何であんなお粗末なACに妹分の彼女が乗ってるのか。こういう行き違いや周囲の気遣いがあった以外に考えられずこの展開に。
優しい少年と、パイロット以外の選択肢を実行する青年の言葉だったからこそ、彼女は自責の重荷をACに残して降りることができたのでした。

ちなみに、文章を読み直してみて、この621について一つエモポイントが描写できていたことに後から気付きました。すごいぜ、自分。
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