誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ 作:新品のタタリモップ
現実か夢かを判断する方法を教えてくれ
さて、俺はニートだ。いきなりの宣言で申し訳ないけれど、別に気まずくなるような会話相手がいるわけでもないので許してほしい。兎角、そんな無気力が時間を食いつぶしてなお暇を持て余す立場に身を窶していた者として、現代日本のサブカルというものは一通り食い荒らしてきたという自負を俺は持っている。特にいわゆる携帯小説。ラノベよりなお手軽なそれは無料で大量に読めるために、寄生虫精神が根っこまで染みついた俺はたいへん楽しませてもらった。一次創作二次創作問わず読み散らしては、自分がそうなることを夢想する幸せに浸った。特にこの頃はハマっていたソシャゲ、ブルーアーカイブの二次創作を片っ端から読み、自分もこの透き通る世界観を実際に見てみたい、先生や生徒と触れあってみたいなどと、叶わぬ願いを抱いたりもした。
そう、叶わぬ願い。ブルーアーカイブ……ブルアカは結局のところ創作物に過ぎず、いかにその内容が素晴らしかろうと現実に存在するはずもない。だから、叶わぬ願いのはずであり。
必然的に目の前に広がる光景──幾何学模様の走った青空、動物やロボット頭のサラリーマン、そして頭に円形のオブジェが浮かんだ少女たち──は、現実ではなく夢であるということだ。おぼつかない足のまま歩き、自分が居た細道から大通りへと出る。人の喧騒、靴越しに感じるコンクリートの感触、吹き抜けた風が目の端に映る髪をさらう。
「は、はは。リアルな夢だなぁ」
思わず口から漏れ出たのは、記憶の中のそれよりも高く、幼くなった声。いやな予感がして、鏡になりそうなものを探しショップのウィンドウが目に入る。駆け寄ったそれに映った姿は成長途上の少女のものだった。黒のボブカット、前髪の隙間から見える大きくぱっちりとした瞳は緑色で、不安に揺れているのが見て取れる。服装は特徴のない黒いセーラー服の上に春モノのコート。成長期を終えて無精ひげを生やした自分の姿とは似ても似つかないその姿に一瞬見とれかけて、ぶんぶんと頭を振り意識を戻す。
「いやいやいや、そんな場合じゃない!」
鏡代わりのガラスに目を戻すと、頭を振ったせいで少し髪が乱れているものの未だ可憐な少女の姿を映している。どう考えても自分の身体じゃない。俺はブ男だった。それに、俺の頭上にこんな円形オブジェはなかったはずだ。おそるおそる手を持ち上げ、自分の頬に持っていく。……ガラスに映った少女も全く同じ動き。
「……いひゃい」
つねった頬の痛みが、ここは現実だと主張する。サァーっと顔色が悪くなるのを感じる。……どうやら、俺は肉体を取り換えられた挙句、異世界へと来てしまったらしい。大人気のソーシャルゲーム、ブルアカの世界へと。
〇
あれから二時間ほど経った。人に聞いて近くの駅に移動し、ベンチに座って目が覚めるのを待ってみたのだが、目が覚めて元通り、なんてことは起きなかった。まだ夢である可能性を捨てたわけではないけれど、覚めない夢とか正直現実とそう変わらない。なんとかしてここで生き抜く方法を模索しなければいけない。できるだけ、可能な限り人に迷惑をかけない方法で。正確にはできるだけ人に関わらない方法で。……いや、違う。別にこれは俺のコミュ障に原因があるわけではなくて。いや本当に。
正直なところ、ブルアカのメインキャラにはかかわらない方がいいのだ。というのも、ブルアカのメインストーリーはとんでもない綱渡りで、一歩間違えばバッドエンド直行。なにせ廃墟から連れ帰ったアンドロイド少女にクソゲーをやらせて人格をぶっ壊さないとバッドエンドになる世界だ。あるPVではバッドエンドスチルが鬼のように出てきたし、なにがどう作用するかわからない以上ヘタにかかわるべきじゃない。だから人と関わらない仕事を選ぶのは非常に合理的な選択なのだ。
「とはいえ、働かせてもらえる場所なんてあるかな……」
思わず声が漏れる。そう、今の俺は住所・職業・記憶不定の不審人物。人と関わる仕事がどうこうとか言っていられる状況にはない。しかも社会経験はゼロに等しく、アルバイトさえしたことのない人材。こんなやつ雇いたがる人間なんていないだろう。そもそも口に糊するだけの金を稼げるかがすごく怪しい。……この肉体ならば身売りも選択肢に入るかもしれないが、それは最終手段も最終手段。……というか、まともな風俗店なら身元不明の人間を雇ったりしないか。とにかく健康的で社会的な最低限度の生活を送れるだけの金銭か身分証、あるいはコネか情報が欲しい。そう、情報も圧倒的に少ない。そりゃ仮にもブルアカのプレイヤー、先生であった俺だ。原作の流れくらいは知っているし、数にして150を超える生徒の情報もある程度は頭に入っている。ただ、当然ながらキヴォトスで暮らしたことなどないし、ここの法律なんてひとつたりともわかりはしない。
この二時間でわかったことだってごくごくわずか。今の自分の持っているものだとか、ここがどこなのかとか、色々と調べてはみたものの。わかったことと言えば、先生はすでに着任しているということ、ここがキヴォトスのD.U.シラトリ区のはずれだということと、俺がロクなものを持っていないということだ。鞄なんかのアイテムも持っていないし、ポケットにもちょっとしたお菓子とスマホっぽい端末だけ。お菓子はキャンディとかの類だけで腹を満たすには心もとない。唯一頼りになりそうなスマホらしき端末は充電切れなのかどのボタンを押してもうんともすんとも言わない。
というか、外を出歩くのに軽装が過ぎやしないだろうか。鞄はおろか財布さえ持たずにいったいどこへ行くというのか。そのくせ菓子類だけはいっちょまえに持ち歩いている。
「この身体の持ち主はいったい何をして……」
そこまで口にして、サッと血の気が引く。そうだ、この身体の持ち主はいったい何をしているんだ?死んだわけじゃないだろう、俺の目が覚めたのは細い路地だったけど、誰か死ぬような事態が起きて誰も気づかないような場所じゃない。なにより、俺は始めから立った状態だった。武蔵坊弁慶のような壮絶な討ち死にをしたわけでもないなら、俺がこの身体に入ったことで元の持ち主が消えたことになる。
「っ、落ち着け、俺。まだそうと決まったわけじゃない」
この身体がぽんっと出てきた可能性だってある。でも、もしも。もしもこの身体に元の持ち主がいて、俺が乗っ取ってしまったのだとしたら。それは……人殺しと同じなのではないか。
俺なんかが、未来ある人間の命を奪って生きながらえているのではないか。
「……たしかめないと」
うわごとのように呟いて、俺は立ち上がる。予定変更だ。早急に、この身体の身元を調べる必要がある。人命がかかっている可能性があるのだ、手段は選んでいられない。とはいえ、俺にはヴァルキューレなんかの治安維持組織に侵入する実力なんてないし、素直に事情を話そうにも信じてもらえるわけがない。記憶喪失だ、なんて言っても優先度は低いだろうし、なによりほとんど人相しか情報が無い状態で彼女らが見つけ出せる保証はない。
だから、行くしかないのだ。こんな与太話を聞いてくれて、しかも助力しようとするだろう人物のもとに。けれど、同時に彼、あるいは彼女はブルーアーカイブという物語における最重要人物だ。だから、最低限の関わりで離れることを前提として。
「すみませんそこのお姉さん、シャーレってどこにあるんですか?」
俺はブルーアーカイブの主人公にして、聖人にして変態、ついでに妖怪である先生を頼るため、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eへ向かうことに決めた。……すでに胃が痛い。